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15話 血の契約

 数多の武器から選んだ、刀。界斗はそれを、祷慈から受け取る。


「にしても、まだ近距離魔法しか覚えてない状態で刀とはな」


「すきですから、こういうの」


 祷慈と言葉を交わしながら、初めて手渡された刀の重みに、界斗は目を輝かせる。

 元居た世界では体感したことのない高揚感が、界斗の心を覆った。

 

 異世界に来て、元居た世界には無かったものをたくさん体験してきた。魔法を使ったし、殺されかけたし、魔物を殺した。

 でも、目の前で起こる事象は、どこか他人事だった。魔法を放っても、放たれるそれはただの演出。自分自身で放ったという感覚にはほど遠かった。はじめて他人事でなくなったのは、セシスに殺されかけた時、胸を走った緊張感が、界斗をこの世界に引き込んだ。そして今、手に握る刀が、もう一度異世界への扉をあける。


「これが……僕の武器」


 好奇心に目を輝かせ、心の声が、期待の感嘆が口からあふれる。


「界斗さん、早く行きましょう!!」


 異世界に来て初めて、祷慈の目には界斗が“子供”として映った。これまでの苦しみに塗れた表情とも、苦難にあふれた表情とも違う高揚感が、界斗の子供を引き出していた。


「どこ行くんだ?」


 祷慈はからかうように言い放つ。けれども、界斗は言葉の裏に隠れた意味を見いだせず少ししょぼんとする。


「どこ行くって、練習ですよこれの」


 刀を輝かせながら、界斗は外に足を運ぼうとする。


「待てって、まだお前には渡したいものがあるんだ」


 祷慈の言葉に、界斗は少し足を止める。


――まだ、渡したいもの? 

 

 頭の中には何も思い浮かばない。武器はもらったし、傷は治してもらった。今日やるべきことはもう終わったはず、そう思った時だった。


「《ブロート》の進化をしてやる」


 《ブロート》には、二段階存在する。一つは、界斗のように真ん中を開け、空白にしたままの適正魔術を持たないモノ。

 もう一つは、適正魔術の証を《ブロート》に刻み、刻印を進化させたモノ。


 通常の魔法刻印であれば、魔法を使うにつれて徐々に魔法刻印が進化していく。が、《ブロート》を身に付けているだけでは転移者に刻印の進化は訪れない。


 それは、界斗も理解していた。だからこそ、さらなる高揚感が界斗を包む。


「少しだけ痛いけどな」


 祷慈の言葉は、界斗を興奮させる。



「何をすればいいんですか?」


 祷慈とトゥレイアの元に戻ってきた界斗は、目を輝かせながらそう問いかける。


 黒い手袋と顔を合わせながら、祷慈達を見ない界斗の目は、期待でいっぱいいっぱいだった。


「界斗君、一応、いまからする儀式の説明をするわね。」


 トゥレイアの口調からは、どこか怯えているような感覚が見受けられた。怯えている、というのは過言かもしれないが、それでも、界斗の持っている期待とは全く別の感情が、トゥレイアの胸にはあった。そしてそれは、期待に胸を躍らせる界斗の心に疑問を抱かせる。


「今から行うのは《血警フェーデ》と、呼ばれている儀式。これはね、あなたの血をこの刻印に塗り込んで進化をもたらす技術だわ」


「血を、塗り込む……?」


 語りだされた儀式の内容に、界斗は少しだけ怯えた。


「そうよ、これは“色付け”とも呼ばれてるわ。その無色の刻印に、血を注いで色をつけるの」


 口調は鋭く、事実だけを言う。トゥレイアの言葉に優しさが重なっていないのは、好奇心だけで《血讐フェーデ》と呼ばれる儀式を使用としているのを制しているのだろう。

 この行為にある危険を、痛みを、トゥレイアは伝えようとしている。


「いい? これをすれば確かにあなたは力を手にれる。でも同時に、この世界から逃げれなくなる。」


 《血讐フェーデ》、その儀式は、血を代償に世界に存在を刻むためのものである。

《ブロート》はあくまで借り物の機械、ただ魔法を使うためだけのものであり、それは簡易的なもの、魔法を極めるために使用するものでは到底ない。だからこそ、存在を世界に刻み、人間と同等の存在力をこの世界で持つ必要がある。

 それを、トゥレイアはこう形容する。『この世界から逃げれなくなる』、その言葉は、界斗を一気に現実に戻す。


「それでも、力は手に入るんですよね」


 現実に戻ったとしても、界斗の心はすでに決まっていた。この世界で生き抜く、言葉を放った界斗の目には、その覚悟が現れていた。


「ほらな、言ったろ? こいつはこんなところでへこたれないって」


 弟子の勇気に、自慢気に祷慈が言うと、トゥレイアは腰から手におさまる程度の小さなナイフを取り出す。


「覚悟が決まってるなら、ここに《ブロート》と武器を置いて」


 指定されたのは、教会の中で一際強く存在感を働かせていた祭壇だった。

 界斗は指示通り、祭壇に《ブロート》と武器を置く。目前にした祭壇には、儀式のための模様が描かれており、その上に《ブロート》と武器を置くと、模様が徐々にまがまがしく光りだす。黒い閃光が、教会の内部を支配した。


「これで、あなたの手を切って、ここに血を垂らすの」


 それは、契約の儀式。血を用いて、武器に自らの存在をサインし、《ブロート》を介して世界に刻む契約。


 界斗はナイフを受け取ると、ゆっくりと手に近づける。

 震えの一つも感じさせないその動きに、トゥレイアは恐怖すら覚えた、まだ18歳の少年が、ここまでのことをしてしまう。トゥレイアは異世界の住人でありながら、その世界の恐ろしさを実感していた。


 音一つせず、声一つ上げず、界斗の掌に傷ができる。ツーと垂れてくる血を、界斗は置かれた《ブロート》に落とした。


「世界よ、この誓いを聞き給え」


 それは、《響奏神歌リディア・ソング》ではない。それは世界の仕組み、転移者が人間に成るために生まれた仕組み。血と痛みを代償に、世界に名を刻むその行為を、人々はこう呼ぶ。《血讐フェーデ》、それは自らを蔑む人間への復讐として、血に刻んだ屈辱を切り離すための名。


 そして、ここにまた一人新たなる青年が、その名を世界に刻み込む。


 トゥレイアの言葉と共に、血を受け取った《ブロート》は輝きだす。まがまがかった黒色の閃光は、やがて白く輝きだす。

“色付け”そう呼ばれるこの儀式の真価は、ここにある。徐々に色を帯びる刻印、界斗が手に入れたのは白色だった。


「終わりだな」


 閃光が輝くのをやめると同時に、祷慈がそう言い放つ。祭壇の上にあった《ブロート》には、白色の魔法刻印が刻まれていた。武器も同様、界斗の魔法刻印へと進化した《ブロート》の紋章が、刀の柄に刻まれていた。そして、刻印の進化の末、刻まれた界斗の適正魔術は、


「《ワンド》!!」


 目を輝かせる界斗は、ぽつりとそう呟いた。


「俺と一緒だな」


 祷慈の言葉に、界斗は言葉にならない歓声をあげた。


「これで、相園を……界斗さん、修行お願いします」


「あぁ、任せとけ。」


――――――――――――――――――――――――――


 教会の内部では、一人そとに魔法の試し撃ちに行った界斗を除いて、トゥレイアと祷慈が真剣な表情で言葉を交わしていた。


「あの子の刻印、白色だったわね」


 辛辣な声で、トゥレイアが言い放つ。


 魔法刻印の色には、それぞれ意味がある。


 特にそれは、魔法属性の適正を示しており、赤であれば炎、青であれば水のように、それぞれが色で魔法の適正が分かるようになっている。が、魔法刻印の色には、2色だけ例外がある。


「白色か……」


「意味は分かってるの?」


 ドンヨリとした重い雰囲気で導かれる白の刻印の意味、それは……


「人間ならざるもの」


 それは『人モドキ』でも、人間でもない者が持つ証である。

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