12話 人間
「祷慈さん……俺って、人間じゃないんですか……?」
ベットの上で目を覚ました界斗の前で、祷慈は頭を抱えていた。界斗の知ってしまった事実をどう伝えれば良いのかわかっていない様子だった。
「いや、法律的に言えばお前は人間だよ。エルフ、ドワーフ、獣人同様、ヒトの分類に入る人間だ」
祷慈の言葉、取り繕うように紡がれる。何も嘘を言っているのではない、界斗達が今いる国リデルセンでは、確かに法律上転移者は人間だった。
「でも、民衆は認めてないとかなんでしょう? その法律を」
界斗の言った通り、それはあくまで法律上の話、転移者を人間として差別なく接する異世界人など、数にすれば3割ほどだろう。
「俺は、人間じゃないんでしょう!? 『人モドキ』ってやつなんでしょう!? 俺は……俺は!!」
「……。 あぁ、そうだ。人間じゃない」
少しの沈黙が二人を包んだあと、吹っ切れた様子で祷慈は言い放つ。仕方が無かったといえばそれで終わってしまうのだろう。祷慈は何も悪くはない、ただ、界斗の心はそれを理解できるほど落ち着いてはいなかった。
「なんで……、黙ってたんですか。俺が人間じゃないって」
「言ってどうなる? お前は救われるか?
もっと順を追って後から言おうと思ってたんだ。まさかこんなことになるとはな……」
界斗の口調は不貞腐れた様子で、気持ちを抑えることができない。感情の流れゆくままに、抑えきれないいらだちと絶望を、祷慈に向って吐いていた。
「なんで、俺は……」
そう言葉を吐く界斗の瞳には水の膜が張っていた。
草原の中では、恋華を助けるという使命に突き動かされ、青年の言葉の真意を気にしていなかった。が、祷慈に救われ、正気に戻った今、界斗は青年の言葉の真意に心を奪われていた。
無理もないだろう。生き場所を失い、だからそこ転移を願った。数人の死の上で自分の生を成り立たせた矢先、突きつけられた転移者は人間でないなどと言う事実は、到底界斗に受け入れられるものではなかった。
「ハハッ、やっぱり……どこにも、僕の生き場所なんてないんだ……」
乾いた笑い声と共に、界斗からあふれるのは、どうしようもない本心だった。
「あそこにも!! ここにも!! 僕に生きる資格なんてなかった……、なんで……なんでいつもこうなんだ……。父さんもいなくなって、母さんも壊れて、時雨はいなくなって……俺が、何をしたって言うんだよ。俺が……俺は、」
界斗の胸の内にある思いは、これまで界斗が孕んできた絶望は、界斗の口からとめどなくあふれ出る。シーツはあふれ出る涙でぐしゃぐしゃになり、祷慈は見ていられなくなる。
「大丈夫、お前は人間だ。法律にもそう書いてある。それに俺は……」
界斗に前を向かせるような言葉を祷慈は優しい口調で口から放つ。が、今の界斗にはそれを受け入れられる心など持ち合わせていなかった。
「なんで……なんで、僕を助けたんだ!! あそこで死んでおけば!! こんなことにならなかった!! 死んでいれば!! 僕は……僕は……」
界斗の願う死は、救いなどではない。現実にあきらめた者の逃げ道だ。
死ねば楽になれる。死ねば終わる。そう考えてしまっている者の決断に一隻を投じるのは、祷慈だった。
「見てきたよ、お前みたいなのを色々と、」
界斗を憐れんだような目で語り始められるのは、祷慈がこれまで救ってきた者達の話だった。
「みんなその顔をする。自分は人間じゃないって分かって、希望を見失うんだ。まぁそれもそうだ、この世界の転移者人口はドワーフ、エルフ、獣人、人間を含めたこの世界のヒトの1割にも満たない。歩いていればほぼ全ての人間が自分を劣等種だと思うんだ、死にたくなるに決まってる。」
祷慈が救って来たのは、界斗が初めてじゃない。今までも何人もの人間をその手で救ってきた。
そして見てきたのだ、その者達の絶望を。
元居た世界で人間として生きていたのに、ある日勝手に転移なんてものをさせられて、突然人間じゃなくなる。そんな事実を受け入れられる人間はそう多くない。
色々な人間の姿を、その目に映してきた。
祷慈の目の前で死へと向かった者、世界を変えようと多くのヒトを虐殺した者、そして、祷慈の手によって殺した者。
必要に迫られた、殺したくなんてなかった。が、祷慈の救った人間の半分は現実を受け入れられなかった。
救うたびに考えてしまう。こいつは死ぬのか、死なないのか。怪物達を退ける度に迷ってしまう、ここで生かすことが、本当に救いなのだろうか。
救い続けるたびに、その人間の絶望に立ち合うことになる。祷慈はそうした時に思ってしまうのだ、ここで救っている自分は、ただ目の前の転移者を絶望に突き落としているだけじゃないのかと。
しかし、そんな思いを、界斗は知らない。
「じゃあ……」
祷慈の言葉に界斗が口を開こうとすると、覆いかぶさるように祷慈は言葉を放つ。
今も、祷慈は迷っている。言葉を遮った今も、ここで界斗を生かすことが、本当に救いなのかを、祷慈は考え続けている。
脳裏を巡る思考の中、迷う祷慈に救う選択をさせるのは、目の前で絶望する界斗だった。
怪物たちから助けるか、それとも見殺しにして人間のまま死なせるか、そんな迷いを抱えながら森の中へと足を踏み入れたその時で、誰よりも世界に抗おうと、生きようとしていたのは界斗自身だった。
だからこそ、祷慈は巡る思考の中で、もう一度救う選択をし、刀を抜いたのだ。
「ここにきて自殺を選んだ人間を何人も、ヒトを殺したやつだって見た。この手で殺したやつもいる。俺は今でも、お前ら転移者を救うか迷ってる。」
そう語る祷慈の目には、少し水の幕が貼っている。声も、身体も、少しだけ震えている。
生かすという選択に、今もまだ祷慈は怖がっている。が、それを抑え込んででも、祷慈は救いたいのだ、一度でも世界に抗おうとした界斗のことを
「でも、お前は救われなきゃならねぇ、お前は生きなきゃならねぇ。。あいつらの代わりに生きた時点で、お前にはその義務がある!!」
祷慈は森を進むさなか、目に入ったのは、人の形を保つことも許されなかった死体達が地面を覆う光景だった。
だからこそ、祷慈のその言葉を聴き、界斗の脳裏に浮かぶのは、元居た世界で見た虐殺の光景、自らの代わりに命を無くした人間達の姿だった。
浮かんでしまったその光景に唖然と座り込む中、虚ろな目をする界斗の胸を、祷慈はつかみあげる。
「それが分かってるから、お前はあそこで、あの怪物どもを殺したんだろ!!
ならどうして、今この世界に抗わない!! 一度立ち向かって見せたんなら、最後まで戦い抜いて見せろよ!!」
胸倉をつかみあげる祷慈の表情が孕んでいるのは、怒りではなく、優しさだった。
一度抗った界斗に、もう一度抗う勇気を与える優しさ。それが例え死という逃げ道ではなく、立ち向かうという地獄だったとしても。
「それに、あの嬢ちゃんを助けなきゃだろ?」
唐突に放たれたその一言に、界斗の心は草原で誓った言葉を思い出す。
「絶対に、助け出す……」
涙が止まると同時に、界斗の口からは誓いの言葉が放たれる。
『人モドキ』、それは人間の劣等種であり、転移を望んでいても望んでいなくても、すべての転移者に与えられるレッテルである。レッテルを貼られた転移者は、異世界に住まう全ての種族から蔑まれ、その存在を憎まれる。
しかし、それでも『人モドキ』達は誓う、この異世界で、生き抜くと。
これは、剣と魔法が謳歌する異世界の地で、劣等種のレッテルを張られた転移者たちが、異世界で生き場所を手に入れるまでの、物語である。
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「申し訳ありませんが、これが私にできる最大限のもてなしです」
白髪の青年は、さすが貴族と言わんばかりの大きさと、華やかな装飾で飾り付けられた部屋の中でそう呟く。
青年の視線の先、目の前で起こっている光景に驚いていたのは、連れ去られた恋華だった。
「この部屋は好きに使ってもらってかまいません。何か要望があれば私に言ってくれ、出来る限りなんとかしましょう。食事は私が持って来ます、出来れば君はこの部屋から出ない方がいいでしょう」
青年が言葉を放つ度に、恋華は困惑して行く。
理解できなかった、意味がわからなかった。なぜ、自分は青年の言葉を理解できているのだろう。そんな疑問が、恋華を困惑させていた。
「な、なんで……言葉が……」
戸惑った様子で、恋華はとぎれとぎれに言葉を紡ぐ。
戸惑う恋華の言葉を耳に入れた青年は、部屋のドアを開けながら吐き捨てるように言葉を放つ。
「簡単な話だよ、僕も君たちと同じ転移者だからさ。まぁ、もう違うんですけどね。」
「もう違う」そう言い放った青年の言葉にどこか引っ掛かった恋華は、言葉の真意を青年に問う。
「もう違う……? どういう、意味ですか?……」
「簡単な話です、私達はもう、人間に成れない。たったそれだけの話です」
その言葉を最後に、青年、セシス・ガードルは部屋を後にした。




