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11話 醜い世界に救いの手を

 自分を止めた恋華の言葉に、界斗は動きを止める。

 

 界斗を見る恋華の目には恐怖がしみついているように見えた。困惑している様子で、驚いた様子で、自分に怯えている。界斗は恋華を一目見た瞬間、それを理解してしまった。


「なんで……」


 自分を見る怯えた目、それに疑問を投げようとしたとき、界斗の目に映ったのは血にまみれた自分の両手だった。

 鼻には濃い鉄の香りが、胃には穴が、それに加えて右肩と右足からもドバドバと血があふれている。

 全身が血にまみれていた。傷口からあふれた血が、界斗の全身を覆っていた。


「は……?」


 界斗の身体を突き動かしていた衝動は、恋華の言葉によって止まった。その瞬間、限界をすでに超えていた界斗を、急激な痛みが襲う。

 声にもならない叫びが、界斗から放たれる。衝動によって、強制的に突き動かされていた身体は、もう界斗の言うことを聞かない。


「もう終わりか……やはり劣等種、人間である僕達に勝とうとするなど……」


 焦ったように少し言葉がとぎれとぎれになっている。が、口調からはやはりまだ余裕が現れている。

 界斗はもう動けない。恋華には対抗する力などない。


「どうする? 君も私と来るか?」


 血にまみれ、地面に這いつくばる事しかできない界斗に、青年は低い声で問いかける。

 さきほどまで醜悪な笑みを浮かべ、界斗にそれを向けていたはずの青年からの問いかけは、さっきまでの態度が嘘かと思われるほど、しっかりとしたものだった。顔には余裕も、憎しみも、怒りもない。界斗は突然の豹変に驚く。が、その裏で恋華に向けられていた魔法、界斗はもう一度青年に歯向かおうとする。


「お前!!」


 血を吐きながらも、界斗は身体を立ち上がらせる。

 青年の後ろでは、氷の壁にしまいこまれた恋華が氷の壁を叩いている。


―― やっぱり危険だ……こいつは!!


 衝動が、もう一度界斗を支配する。

 恋華がどう思ってもいい、この身がどうなってもいい。ただ恋華を、守るために。


「《地か……い》」


 界斗が力を使う前に、青年はもう、次の一手を放っていた。


「なぜ、私の優しさを受け入れない……なぜ、『人モドキ』として生きようとしない……」


 青年は静かに言葉を吐く。目の前の界斗は氷塊の中、界斗が魔法を撃つよりも早く、青年は界斗を氷漬けにした。


「なぜ、なぜ、なぜ!!! なんで、お前たちは身の丈を知らないんだ」


 それは確かに劣等種だと思っている人間に対する言葉にしては、思いを孕みすぎていた。

 まるで本当に青年が『人モドキ』への優しさを持っているかのようにすら思える。

 が、もうその優しさに気づく者はこの草原にいない……はずだった。


「そりゃあそうだろ。いきなり現れた奴に劣等種なんて言われて、信じると思うか?」


 誰も返答出来ないはずだった青年の嘆きに言葉が返ってくる。

 予想だにしなかった言葉に、声の聞こえた方に目をやると、音もなく現れ、言葉を返したのは、祷慈だった。


「どういう状況だ? こりゃあ」


 界斗に持たせていた腕時計から異常を感知し駆けつけたのだろうか、来て目にした異様な光景に疑問を持つ。けれども、界斗が血だらけのまま氷漬けにされているのに対し、界斗の反応は以外にも冷静だった。


「まぁ、とりあえず俺の愛弟子を返してもらうとするか。なぁ、ガードル家の坊主?」


「私をあの愚か者共と同じにするな!!」


 祷慈によって“ガードル家の坊主”と呼ばれた瞬間、青年はめんどくさそうにする。

 “ガードル家”それは、祷慈や青年が生きる世界で四大名家として、貴族のなかでももっとも大きな力を持った家の一つである。


 祷慈の知る限り、確かに目の前の青年は“ガードル家”の人間であるはずだった。それは、瞳に描かれた“ガードル家”の家紋であり、象徴でもある魔法刻印が証明している。が、呼ばれた青年の反応は“ガードル家”と呼ばれる人間の返答ではなかった。


 祷慈の言葉に明らかに機嫌が悪くなった青年は、もう一度錬金術を発動させる。


 詠唱を用いずに、空に現れる巨大な氷塊、明らかに界斗の際とは違う規模の代物だった。


「《火式五手・灼刀》

《風式一手・天脚》」


 祷慈の刀が、灯を得る。それと同時に、風を纏った祷慈の足が、空に向けて跳躍する。


「近接系か、ならば」


 祷慈の動きを目に入れた瞬間、氷塊の形を数十本の氷の矢へと変える。


「怖がるなよ。

《火式二手・炎斬・改》」


 言葉と共に、祷慈の刀は炎を纏う。纏った炎は刀身を大きくし、空から振りかざされた刀の刀身は、青年の作り上げた矢を全て溶かす。が、その刀身が青年に届くことはない。

 

 未だ空に居座ったままの祷慈は、挑発するように青年に言葉をかける。


「こっちに来なくて大丈夫か?」


「君こそ、空は狙いやすくてありがたいよ」


 もう一度作り上げられる氷の矢、空に居座る祷慈を囲む数百の矢が、一斉に放たれる。

 祷慈はそれを気にも止めずに、空に居座ったままだった。


「まぁ、そうなるよな。」


 目の前に迫りくる矢の数々。が、祷慈は反抗するそぶりを見せなかった。

 

 微動だにしない祷慈の身体を、氷の矢が貫くと思われた瞬間。祷慈を注視していた青年は、祷慈を見失う。


「消えたっ!? どこに行った!!」


「ここだよ」


 祷慈の声は、青年の背後から現れた。


「どうやって……」


 聞こえた声に、青年の額に汗が浮かぶ。


「おいおい、魔法があるんだぜ? そんな野暮なこと聞くなよ」


 言葉が聞こえた頃には、もう遅かった。挑発めいた祷慈の言葉が響くと同時に、氷が砕ける音が、草原に響く。


「ありがとうございます。助かりました」


 割れた氷から捉えられていた界斗が解放される。 

 解放された界斗と青年の戦闘がもう一度始まるかと思われたとき、それを止めたのは以外にも界斗だった。


「やめておけ、界斗」


 解放された瞬間、魔法の詠唱をはじめようとしていた界斗の目前を、祷慈が手で覆う。


「なんでですか!? あいつは!! 俺のことを、あいつの事を……」


 口ではまだ青年と戦おうとしているが、口を動かすたびに血を吐くその状態からは、戦闘行為など不可能なように見受けられる。

 足や肩からの出血は止まっていても、明らかに界斗の身体には痛みが蓄積されている。祷慈はそれを見越していた。


「とは言っても、ここでお前が動いたら容赦しない」


 界斗の行動を止めたあと、未だ錬金術を使用としていた青年にも刀身を向けて警告する。


「何が目的なんですか、あなたは」


「俺はこいつを生かしたいだけだ。んでもって、ガキ同士のいざこざはガキ同士で解決するべきだ」


 青年の瞳が輝くのをやめ、錬金術の行使を止めたことが分かると、祷慈は最初の陽気な様子で言葉を紡ぐ。


「あのべっぴんちゃん、なんでお前が欲しがるのか分からねぇが。どうやら愛弟子と知り合いらしんでね、こういうのはどうだ? 一カ月後、スンベル国立魔法大学の試験があるよなぁ? もちろんお前は出るんだろ」


「当たり前だ。私はあそこに行かなければ、この身体に成った意味がない。」


「なら話は速いな、こいつもあそこを受ける。」


「へッ? おれは、そ…。こと……」


 祷慈のいきなりの言葉に、界斗は何か言おうとしたが、血を吐く口と痛みのせいで、うまくしゃべれない様子だった。


「今決めた。文句は帰った後で聞く。」


 祷慈の言葉に、界斗は口を閉じる。


「そこでだ、入学決定者で行われる階級分けトーナメントで戦績の良かった方が、あのべっぴんちゃんを手にするってのはどうだ?」


「私に勝てるように育てるつもりか? できるならやってみろ。私はいくらでも受けてたとう。」


 祷慈の提案に、青年は余裕の様子で返答する、


「おればって、おまで、なんかに……」


 界斗も威勢だけはいいが、うまく喋れていないあたり、信用性が全くない。が、双方の合意が取れたのは事実だった。


「決まりだな。それじゃあ、ガードル家の坊主。あのべっぴんちゃんはそれまでお前で観ててくれ。こっちはもう限界だ。くれぐれもめんどくさいことはするなよ?」


「勘違いするな、私は最初から、目的のために君たちを保護しているのではない。救うためだ、この醜い世界からな」


 祷慈の提案に、青年はそう吐き捨てると、恋華を氷の箱に閉じたままその場を去った。

 恋華は困惑した様子だったが、徐々に状況を理解すると、界斗に向けて一言呟いた。


「またね」


 氷の壁を抜け、確かに界斗の耳に入ったその言葉に、界斗は誓う。


―― 絶対に、助け出す。

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