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10話 『人モドキ』と人間と

 その少女は、時雨のこと好きだったんだと思う。

 僕が時雨と遊んでれば、いつだってその子は、時雨の方へと駆け寄ってきていた。だからこそ、僕の前で時雨が消えた時、どう説明したらいいか分からなかった。

 どんな理由があろうと、泣かれると思っていた。激怒されると思っていた、でも、事情を説明した僕は問われたのだ、


「界斗君は、大丈夫なの?」と。その時の顔を今でも覚えている。相園 恋華、彼女が見せた顔は、僕を傷つけないように、僕の前で泣かないように、瞳を覆う水の膜を、我慢している顔だった。

 目の下は赤く、少女自身心の収拾がつかないはずなのに、彼女はどこまでも、優しかったのだ。


 それからも彼女は、僕に気を使ってくれていた。僕に優しくしてくれた。たったひとりの僕を、一人きりにしないようにしてくれていた。それを僕が受け入れたか、彼女にどんな言葉を言い放ったかは、また別の問題として。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「界斗君……?」


 界斗の目に入った少女は、未だ自分に何が起こったかわかっていない様子だった、無理もないだろう。界斗のような“転移”で無ければ、元来“転移”とは突如来るもの。お茶を飲んでいるときでも、ご飯を食べているときでも、“転移”は場所も、タイミングも合わせてはくれない。


「ひ、久々だね」


 恋華は、今の状況に戸惑いながらも、明るい言葉で言葉を紡いだ。しかし、会話の相手である界斗は、未だ心の整理がついていなかった。


「ひ、久々……だね。うん、久々……」


 “転移”の事を話すべきなのか、それとも元居た世界の話をするべきなのか、誰もが前者であると考える問いにも、界斗はただ一人、頭を悩ませていた。


「こ、これって、どういう状況なのかな……?」


 話題の選択は、恋華の一言によって行われる。言葉を発した本人の顔は、困惑した様子だった。“転移”が元々知られていたことも大きいのだろう。界斗のような“転移”をしない限り、異世界に飛ばされてすぐに絶望するなんて事はあまりない。


「こ、ここ? ……って、どこなんだっけな。僕も知らないや。」


 界斗の方には、少し会話に躊躇いがあるように感じられた。けれども、時間が経つに連れ思考もまとまってきたのか、やっと普通の回答ができるようになる。


「そ、そっか。」


 二人の間を、花弁を流す風が流れる。花弁を巻き上げるその風の起こす花の舞は、美しかったが少し寂しい。命の終わりもはかなく伝えるそれに、沈黙が流れる。


「ここは、異世界? だと思う。最近はやりの“転移”ってやつだよ。」


「“転移”そっか。ついに私の番か……、仕方ないよね。界斗君は、もう長いの?」


 強い言葉で言い切れない界斗に対して、恋華は優しく問いかける。


「いや、来たばっかだよ……時雨がいるなら、もう長いんだろうけど……」


 界斗は自ら、墓穴を掘った。恋華は、いきなり放たれたその名前に、少し動揺すると同時に思い出した。八歳の頃の界斗が、時雨がいなくなった時、目の前で“消えた”と言っていたことを。


「時雨君……やっぱりいるのかな」


 話題の方向は自然と切り替わる。


「いてほしい……かな、僕は」


「そっか……」


 二人の会話は、どこかやりきれない雰囲気で進んでいく。それでも、以前の界斗よりもマシな対話であった。だからこそ界斗は怖かった、以前までの他人を拒絶する対応が、恋華を傷つけていたんじゃないかと。


(君が、君が消えればよかったのに)


「へ……?」


 界斗の頭の中に、唐突に言葉が流れ出す。しかし、唯一の話し相手である恋華は、界斗の出した情けない声に戸惑った顔をしている。


(君が、君が消えればよかったのに)

 再び頭の中で響く声。それは、昔恋華に界斗が放った言葉だった。


「違うんだ、僕はそんなつもりじゃ……ごめん、ごめん……本当に……ごめん」


 突如始められる謝罪の言葉に、恋華は何が起こっているのか分からない様子だった。

 困惑した表情が、顔に張り付いている。それでも、優しい恋華は、言葉を返す。


「だ、大丈夫……で、いいのかな?。うん!! だいじょ……うぶ、」


 界斗に言われた言葉がなんの謝罪か分からないままに、それを受け入れようと恋華はしていた。が、その返答は、突如現れた一人の青年によって遮られる。


「まったく。最近の人モドキはいつもこうなのか? これだから劣等種は……」


 会話に突如割り込んだのは、白髪が特徴的な顔の整った同い年くらいの青年だった。服装も貴族のような身なりで、透き通るように綺麗な白色の瞳には、《ペンタクル》の魔法刻印が描かれている。

 目に入れただけで、高い身分であることに二人は気づく。

 そして、その青年は、明らかに友好的な態度ではなかった。界斗は、彼の言葉の端々に感じられる蔑みを察した。


「し、知り合いの人?」


 青年の話す言葉が分からない恋華は状況をつかむことができず、会話の主導権は界斗にわたる。しかし、それを貰った界斗もまた、青年の言葉の意味を理解できていなかった。


「……なんなんですか、『人モドキ』って、なんなんですか……劣等種って」


 言葉の端々には、怒りが滲んでいた。それもそうだろう、いきなり『人モドキ』だなんて吐き捨てられ、劣等種と呼ばれたら誰だって怒りに身を投じるだろう。それは、界斗であっても変わらない。それはなおさら、この世界で生き場所を求めた界斗にとって生きることを否定しているに値している。


「あぁ、随分と気のいい人に拾ってもらったんですね……では、私が教えて差し上げましょう。君たち転移者が、人モドキと呼ばれ、人間の劣等種である真実を」


「…は?」


「勘違いしないでくださいよ? 私は優しいんだ。君たちが劣等種なのはあくまでこの世界での話。私は君たちも人間だと扱っている。だから、そこのお嬢さん、私と共に来ませんか?」


 どれだけ優しい言葉でそう言おうと、男の言葉がただただ優しさから来るものではないと、界斗は気づいた。


 しかし、そう思っているのは界斗だけだった。

 青年の綺麗な手が、恋華の腕をつかもうとする。恋華はといえば、青年がなんと言っているのかもわからず。自分がどうすべきなのかをまだ分かっていない状況なようで、戸惑いながらもその手を優しく振りほどこうとしていた。


「ご、ごめんなさい。ち、ちょっと何言ってるかわからなくって……」


 口角を上げながら、苦笑いで恋華は言う。数秒だけ、界斗が一人になる、その瞬間、界斗は詠唱を始めた。


「巡る魔素よ、この身流れて魔力を成せ。その姿、水の弾丸として、矮小なる敵を射貫け。

 撃て 《水弾アクア・バレット)」


 詠唱の通り、それは敵の中でも極端に弱い部類のものに向けられる下級魔法だった。界斗はそれを承知の上で、青年に向けて牽制として放った。


 傷を付けたくはなかった。ただ恋華を守りたかった。が、青年は界斗が相手にできるほど、弱くはなかった。



 放たれた水の弾丸が、青年に当たると思われた直前。詠唱もなしに、その水の弾は氷へと変わる。


「どうかしましたか?」


「は?」


 青年は放たれた水の弾丸を、まるでなんともないように反応する。そしてそのまま問いかけてくる様子は、余裕そのものだった。


「ありがたいですねぇ……まさかあなたから攻撃してもらえるとは、ちょうど反吐が出てたんですよ、人モドキがこの世界に抗おうとしているのに」



 徐々に、男の顔は下衆な笑みへと変わっていく。醜悪な感情を向きだした表情、界斗の頭のなかでその顔は、自分を殺そうとした金髪のエルフと重なる。


「この世界での生き方も分からないなら、死ね。」


 女と同じはずの表情、しかし、界斗はそれにどこか怒りがあるのも感じていた。いや、怒りが在るのではない、憎しみで僕をにらみつけていたエルフの顔と、怒りで界斗をにらみつける青年の顔、重なるそれの生まれどころは、別々である。それに界斗が気づいた時、目の前ではもう、青年の攻撃が始まっていた。


 詠唱を用いず放たれたのは、氷塊の弾丸、界斗の水の弾丸を氷に変えたもの以外にも、計7発の弾丸が、界斗をめがけて向かってくる。


―― 《ペンタクル》の魔法刻印……錬金術!!


 界斗に当たるまでの数秒の間、真っ先に頭に浮かんだのは、避けるという選択肢。しかし、それを否定するのは、青年が放ったのが、錬金術である事実だった。


 錬金術、それは魔力の形を想像によって形を変える魔術。魔法であるのならば、すべての魔法に詠唱が用意されているが、錬金術に詠唱は存在しない。全てが想像でのやり取りになる。想像すれば放った弾丸は敵に当たるまで追尾するし、途中でその弾丸の形を変えることも可能である。だからこそ、脳にかかる負担はすさまじく、魔術の中で最も高等と言われているのが青年の使った錬金術である。


 無論、青年が使っているのが錬金術だと確定したわけではない。魔法刻印が《ペンタクル》だとしても、魔法を使うことはできる。それに、錬金術の負担を考えると、魔法であることの方が可能性として高い。が、ここで魔法と予測し氷の弾丸に追尾された場合のことを考えると、錬金術と考え対策した方が得策だと、界斗は策を用いる。


「巡る魔素よ、この身流れて魔力を成せ。その姿、敵散らす炎の咆撃へと変え、貫き燃や……」


「遅い。」


 界斗が少し距離を取って詠唱を唱える中、冷たい声がそれを遮る。


 遮られた詠唱が生んだのは、砲撃にはほど遠い炎。それでも、近づいた氷の弾丸の内4発は、魔法によって解かされる。が、炎が魔法を溶かした瞬間、放たれた内残った3発の弾丸が、界斗の身体を貫く。


「グハッ!!」


 弾丸が射貫いたのは、右肩と右足、そして腹だった。

 

 弾丸が射貫かれた箇所から飛び出した血が、目の前の光景に思考が追いついていない様子の恋華に飛び掛かる。

 目前で始まった突然の戦闘に、恋華は声も出ない様子だった。


「魔素よ、魔力を成せ。その姿、魔を食らう炎として、業火となりて燃やし尽くせ。加えて、その姿、荒れ狂う海を写し、抑えきれぬその力で壊しきれ。」


 界斗の身体は、すでに上級魔法を撃てるほど魔力量を残していない。それだけじゃない、口からは血を吐き、右腕はもう上がらない。そんな状況に陥ってまでも、界斗は攻撃の手を緩めることはなかった。

 それは、本能が鳴らす青年への警告音と、恋華への罪償いが重なり行われた愚行であった。


「暴れ、燃やし、壊し尽くせ!! 水属性上級攻撃魔法 《波懐タイダル・ブレイク》& 炎属性上級攻撃魔法 《業炎インフェルノ》」


 異なる属性、さらに上級魔法の連立魔法。常人がそれを行うには修行を初めて2年はかかるだろう。しかし、界斗は火事場の馬鹿力と呼べるべき限界を超えた力で、魔法を行使した。


「ッチ、まだあがくか」


 目の前の界斗が続ける愚行に、青年は舌打ちをすると、背中に掛けていたいかにも上等そうな杖を取り出す。


 ポンと杖をついた際、奇妙な音が草原に響く。


 奇妙な音が草原に響いた瞬間。界斗によって放たれた二つの魔法が、青年めがけて飛んでいく。


 水と炎、相性が悪いそれらを同時に発動したのは、恋華への被害を抑えるため。

 青年めがけて放たれる炎が、恋華に影響を及ぼさないようにするためのバリアとして、その魔法は発動していた。


 目前で炎を遮る水の流れに、恋華でさえも目を奪われた。界斗の放った決死の一撃、それは青年に致命傷を与えるかのように思われた。が、


「《魔力超過マナドライブ》」


 草原に響く凍り付いたような冷たい詠唱が、青年の目前に差し迫った魔法を止める。

 青年は、一枚の巨大な氷の壁に守られていた。


「嘘だろ……」


 為すすべがない。界斗は目の前に広がる力の差を前に、そう悟る。


「勝てるわけ……」


 一言の無詠唱によって生まれた壁は、界斗が放った炎をもろともしていない。その光景に、界斗は諦めかける。が、その時、界斗の脳内である景色が映し出される。


 映し出されたのは、自分の代わりに命を落とした者たちの姿。自分は今、生かされている。その事実が、界斗の限界を跳ね上げる。


「まだ、だ……」


 発動したのは、魔法ではない。その姿が魔法と酷似していても、世界を歪める力は、魔法などという矮小なものではなかった。


 界斗はもう、言葉を発せない状況だった。だからこそ、魔法は発動出来ない、青年はそう思っていた。瞬間、空から石粒が降ってくるまでは。


「《天撃スカイ・ストライク》」


 界斗自身、その力が魔法でないことに気づいていない。しかし、そんな事は界斗にとってどうでもよかった、思考ではない、本能でもない、もはやその力は界斗のものですらない。ただ界斗に貸し与えられているだけ。


 そんなことは、界斗にとってどうでもよかった。使えるなら使う。そうさせるのは、界斗の胸にある衝動だった。

 刹那、界斗の知る姿で権限した力が象ったのは、鬼を穿った魔法だった。


 咄嗟の判断で、青年は氷の壁を空に向けるが、圧倒的な威力を前に、あとわずかで防ぎきれると思われた瞬間、氷の壁は砕け散る。


「なんなんだ……この力は」


 空から撃ち落された小石によって傷ついた額を抑えながら、青年は目の前の光景に怯えていた。

 聞いたことも、見たこともなかった。数秒前まで中級の魔法の発動に詠唱を用いていた存在が、無詠唱で上級魔法を平行発動させるなど。


「だから、なんなんだ!! その力は!!!」


 激昂する青年に、界斗は返答する気力を持たない、ただあるのは、貸し与えられた力を、顕現させる衝動だけだった。

 例えその姿が血にまみれた獣であろうと、目の前の青年をこの場から退かせると、界斗は誓う。


「界斗……君?」

 

 界斗が次の一手を顕現させようと世界を歪めた瞬間。一瞬、恋華の言葉によってその行動を強制的に止められる。

 耳に入った言葉に、界斗は恋華に目を向ける。


 その目は怯えていたのだ。界斗達を見下す青年にではなく、血にまみれても尚、傷をどれだけ負っても尚立ち上がり、殺意の衝動に駆られてしまっていた界斗に。


「相園さん……」


 花弁を流す風は、未だその草原に強く吹き続けている。

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