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紅蓮の女騎士出撃す

 前線は、一気に後退した。

 敵国の主力部隊が、攻勢に打って出た。

 地図を、イリヤはざっと見た。


「後退距離は40km、か」


 筆で戦線を書き込む。後退は結構深刻だ。


 ふむ、とイリヤは唸った。

 敵も存外にやる。


 既に開戦から五年が経った。

 先代の王が病に倒れ、その間隙を縫う形で関係が悪化していた隣国が攻めてきて、もう五年だ。

 その間、一進一退で戦を続けてきた。イリヤの指揮のもとで。


 イリヤはこの国でもっとも優れた騎士である。

 女性の身でありながら騎士最高の栄誉とされる勲章まで貰い受けた女傑だ。


 そんな女傑にも悩みはある。

 前線に、滅多に出してもらえないこと。

 だから相手は調子に乗るのだと思っている。それが今回の前線の変化に影響しているのだろうと、イリヤは考えていた。


「イリヤ様、ご報告が」


 副官のクラークがやってきて、玉を渡した。

 その玉は、最前線で偵察している偵察兵の持つ玉の様子をそのまま映し出している。


 隣国よりこの国が優れているのは、魔法技術だ。この玉から出る情報もすべて魔法による技術の結晶である。

 それに対して、相手は機械の力が優秀だ。実際、相手には『銃』という、誰でも扱えるが遠距離からでも攻撃できる武器を持っている。


 捕虜を捕まえて武装の解析を行い、量産出来ないか試みたが、かなり構造が複雑でこちらでは再現できないという結果に終わっている。

 その兵器の差もある。


 実際玉を見てみると、前線に基地が出来つつあった。基地にはでかでかと隣国の旗が舞い、銃を持った兵士がそこら中にいる様子が見て取れた。


 指令が出たのは、それから二時間も経たないうちだった。

 前線基地が完成するより前に完全に壊滅させよ。それが指示だった。

 クラークが神妙そうな顔をして、イリヤを見た。


「イリヤ様、この任務、我らが受け持ちます」

「いや、ここは私が出なくちゃしょうがないでしょ。あの兵士の数を見ただろ、クラーク。それに、銃だ。あれだけの数の銃を喰らって『平気』な奴、どれだけいる?」

「そ、それは……。しかしイリヤ様、自身のお身体のことも」

「いいんだよ、クラーク。それに、私は『傷つけば傷つくだけ強くなる』ことを知っているだろう?」


 クラークが無念そうにしていた。


「我らにも、その力があれば、イリヤ様お一人にこれほどの苦労をさせることはなかったのに……!」

「気にしないで、クラーク。こんな能力、戦闘でしか役に立たないし。ただ、敵の数は多いから、少し陽動を頼める?」

「陽動、ですか?」


 クラークがいうと同時に、イリヤは地図を再度広げた。

 そしてその作戦を聞いた瞬間、クラークは愕然とした表情を浮かべると同時に、自信に満ちた、そんな表情も浮かべていた。


 そして運命の王国歴一〇九二年七月五日夜。

 イリヤ率いる部隊が王城から出撃した。

 ただし、極秘裏に。


 イリヤは紅蓮の炎の如き真っ赤な戦闘服、他の部隊は黒い戦闘服に身を包んでいる。

 そして道中、イリヤは単独で部隊から離れ、馬で向かうべき場所へ向かった。


 一方のクラークの本隊は、一気に加速してある場所へと向かった。

 別れる瞬間まで、クラークは心配そうにイリヤを見つめていた。




 前線基地は、騒然としていた。


「何?! 大軍が首都へ向かっているだと?!」


 モニター越しに偵察兵が報告してきたことで、一気に作戦司令室はざわめきを起こしていた。

 まさか王国の領土に入って前線基地を作り、それを橋頭堡にしたにも関わらず、それを無視して首都へと向かっている部隊がいる。


 もし仮にその軍勢が首都を陥落させようものなら、自分達はここで干上がるのは目に見えていた。


「くっ、仕方がない! 討伐隊を編成しろ!」


 こうして前線基地の部隊は二分された。

 それ自体がイリヤの仕掛けた罠だとも気づかずに。




 クラークの部隊は敵軍首都へ向けて駆け続けていた。

 もっとも、それ自体陽動なのだが。


 元より首都を攻めるつもりはない。

 あの隣国の首都は防衛網がしっかり敷かれている。それを突破するなどこの編成では不可能だ。


 だが、クラークは考える。

 イリヤならそれが可能だ、と。

 何故ならあの紅蓮の女騎士は、恐らく、世界中で敵う人間のいない化け物なのだから。


「クラーク様、後方より敵軍出現!」


 部下の一人が大声で知らせる。

 にやりと、自分が笑ったことにクラークは気付いた。


 イリヤの作戦は完璧だ。

 これで、前線基地は堕ちた。そう思うには十分だった。


「よし、罠にかかったな! 全軍、陣形を敷け! んでもって、とっとと片付けてイリヤ様の援護に行くぞ!」

「承知!」


 馬群を、一気に返した。

 辺り一面の荒野に出る。


 歩兵部隊と魔法援護部隊は構えに既に入っていた。

 クラーク達主力は中段に構えている。


 敵軍。見えた。

 数はこちらの倍、といったところだろう。


 意識を集中させた。

 あの巨人を出すために。

 この世で最強の魔法による兵器を出すために。




 イリヤは一人、前線基地へと馬を走らせた。

 たった一人で潰す。

 そのためにイリヤはクラークに主力を預け、自分は唯一人で前線基地へと向かった。


 正直あの前線基地の兵力が半分なら、自分ひとりで落とせる自信がある。

 何しろ自分には、最強の魔法兵器があり、そして自分は、それを世界で唯一使いこなせる化け物なのだから。

 感慨にふけりながら駆けると、ちょうど月が照らした。


「吉兆ね」


 そう思った直後、自分にサーチライトが当たった。

 敵の懐に入った、といったところか。


「侵入者に告げる。そちらは完全にこちらの射程にある。大人しく降伏せよ。こちらに近づけば射殺も辞さない」


 一歩、前に踏み出した。

 地面に、銃弾が当たった。


 もう一歩。

 肩に、銃弾がめり込んだ。


 血が、自分の腕から地面に滴り落ちた、まさにその瞬間だった。


 自分の血が地面で踊りだした。

 そしてそれは魔法陣を描き、自分の周囲に展開する。


「来い、鮮血の魔法兵器、ブラッド・ザ・ナイト!」


 イリヤが叫んだ瞬間、その血の魔法陣が赤く光り輝き、そこから放たれた血のように赤い光が、イリヤを包み込む。

 そしてそこから現れたのは、一〇mはあろうかという、巨大な人型兵器。


 この国が開発に神経を注いだ、魔法によって生み出され、魔法によってのみ動く人が搭乗する機動兵器。

 その中でも誰も扱えなかった機体がある。

 血を媒介として動き、そして、その持ち主の膨大な魔力を要求するが、どの兵器よりも強力無比な、たった一つの天下無双とも言える兵器。

 それがブラッド・ザ・ナイト。


 その巨躯は、まるで血を浴びたかのように真っ赤に染まり、関節の各所からは膨大な魔法に寄って発生する熱を逃がし続けるため、蜃気楼が築き上げられている。


 そのコクピットに、イリヤはいた。

 身体が、重く感じる。


 だが、それがこの機体だ。

 自分の身体に掛かる負荷。それがこの機体の強さの証だ。


 一気に、大地を蹴り上げて駆けた。

 同時に腕に装備されていた双剣を抜く。

 その双剣の剣先もまた、血のように赤く染まっていた。


 眼の前の基地から、一斉に銃撃。


 無駄だ。


 すぐさま、銃撃を切り払うと同時に、まだ敵基地から一〇〇mはあろうかというところで、剣を一閃。

 衝撃波が、一気に前線を襲った。

 相手の絶叫と同時に、轟音を立てていくつかの建物が倒壊していく。


 それと共に更に疾駆し、地面を蹴った。


 飛んでいる。


 そう感じた直後には、地面についていた。

 敵前線基地ど真ん中に。


 相手が反応したのか、こちらのこの兵器に似せて作った人型機動兵器がこちらへ向かってくる。

 もっとも、あちらは魔法ではなく機械で動くのだが。


 数は一五。大したことはないが、一機だけ緑に塗られた機体群の中に、青く塗られた機体がいた。

 指揮官機だと、すぐに分かった。

 すぐさま疾駆して、銃撃を放ってくる人型兵器へと近づく。

 まずは右の剣を下から振り上げ、相手の左腕を切り落とす。

 直後、左の剣で相手の胴体を一閃した。

 轟音を立てて相手が崩れると同時に、また指揮官機に近づく。


 五機、六機と立て続けに斬り進んだ。

 ブラッドは無傷。


「ま、まさか、あれは……!」


 指揮官機のパイロットが言った瞬間、指揮官機の懐に入っていた。

 そのまま、左の剣でコクピットを一突きしたあと、すぐさま引き抜いて両方の剣で、十字に切り裂いた。

 四つに分かたれた機体の残骸が、轟音とともに崩れ落ちた。


「間違いない……! あの真紅の双剣使いは……鮮血の女騎士だ!」


 その言葉が敵兵から出た瞬間、四分五裂になって散り散りに逃げていく。

 だが、逃がすつもりはない。

 国境沿いに来たことを、後悔させるだけだ。


 ひたすらに、斬り、突き、穿つ。

 そこら中から火が上がると同時に、ブラッドの巨躯を、より赤く染め上げた。


 同時に、漆黒の人型兵器群が、こちらに向かってきて、一気に敗走していた敵軍を皆殺しにした。

 クラーク達の部隊だった。

 こうして、敵軍は一夜にして前線基地を失い、莫大な死者を出して、この戦闘は終結した。


 そんな攻防の歴史を、私は見ていて、少しゾっとするところを感じた。

 王国歴は、既にあれから九〇〇年経過している。今は平和になり、こうして私は歴史の研鑽に明け暮れることが出来ている。


 鮮血の女騎士イリヤ。この唯一人の化け物が、戦線を支え、国を支えていたと言ってもいい。

 王国と隣国が五分になった理由はただ一つ。イリヤという化け物の存在がいたからだ。


 しかし、ブラッド・ザ・ナイトのその凄まじい力にはそれ相応の代償があった。

 あの戦闘の後、三日三晩イリヤは寝続けたという。それも、魔法の回復術師が常に回復魔法を掛けながら、である。

 命を奪いかねないほどの力を持つ人型兵器。それにイリヤは乗り続けていた。

 血を媒介に魔力を増大させるという極めて特殊な魔法の体質を持っていたイリヤは、この代償故に滅多に戦場に立つことを許されなかったのだ。


 そんなある意味悪魔とも言える機体、ブラッド・ザ・ナイトのレプリカは今でも王国博物館に飾られ、イリヤの功績とともに称えられている。


 そんなイリヤの戦は、あの後も続くことになる。


 その歴史を、私はじっくりと見ていくことにしようと思った。

 空は、イリヤの鮮血のように、赤い夕焼けに染まっていた。


(了)

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