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第二章 1


「ヤンミャクドクタデブリ様は、その厄災の四人には勝てないのか?」俺はきいた。

「実力では勝っている。でも、四人は狡猾で卑怯な手を使うらしい」リズは答える。

「それは誰が言ったんだ?」

「マリオネット」

 塔の屋上から景色を堪能した後、降りることにした。見えない方が綺麗なものもあるのがわかった。

 塔の階段下りて、部屋に戻る為に、三階に来た。キャットウォークに出た時に、賑やかな声が聞こえてきた。北の入口とは逆の大階段のある南側にも扉がある。そこから大人数が入って来た。一人の男が中心を歩き、その周りを大人数が囲って、持て囃しているようだ。たぶん、中心の男が決闘の勝者だったのだろう。

「決闘はそんなに人気なのか?」群衆を見下ろしながら、リズに小声できいた。

「序列がここでの全てだから。それが変わる瞬間を見逃す変わり者は少ない」彼女も下の人だかりを見下ろしている。

「リズは?」

「私は変わり者だから」

「さっき会った、トゥーフェイスも?」

「あの子も、変わっている時がある」

 人の塊は、東側エリアに集まっている。決闘の勝者も東側エリアの魔術師なんだろう。全員が、俺やリズと同じ色の制服を着ている。

「よぉ」男の大きな声が、吹き抜けの広間に響いた。喋ったのは、中心にいた男のようだ。その男がこちらを見上げている。周りの人もつられてこちらを見た。さっきまでの喧騒は消えて、静まりかえった。

「弱いんだから、人の決闘を見て勉強でもしたらどうだ?」男は言った。遠いので視線からは、自分とリズのどちらに言ったのか、わからなかった。主語を付けて欲しいものだ。

 もしかして、前任者は嫌われ者なのだろうか?序列は八十九位なので、かなり低いことは確かだ。

 中心にいた男は、体格も良く、肌が日焼けしている。髪の一部をピンクに染めていた。

「ランカの決闘は必ず見ている。参考になるから。今回はそう思わなかっただけ」リズは堂々とした佇まいで言った。怯えた様子は一切ない。

「お前よりも下はいない。誰の決闘を見ても参考になる。それがわからないから、お前はそこにいる。違うか?底辺同士で馴れ合うなら、ここから出てけ。それはヤンミャク様への反逆だ」

「そのまま向かって右のドアを開けたらいい。反逆って言葉の意味を調べられるから」

「決闘を受けろ」男は一歩前に出て行った。ここからでもわかるくらい、明らかに怒っている。

「そんな暇じゃないの」リズはそのまま歩いて、部屋に入っていった。ピンクの髪の男は、リズが見えなくなるまで、目で追っていた。顔が動いていたのでそれがわかった。

 ここに用は無いので、部屋に入ることにする。

「お前はどうだ?無能の雑魚」ピンクの髪の男は言った。たぶん、俺のことを言っているのだろうが、聴こえない振りをして、部屋に戻った。無能とは、能力が使えないという意味だろうが、今はそれどころじゃなく、魔力すら使えない。戦いにもならないだろう。

 リズは椅子に深く腰掛けていた。後頭部を背もたれに預けて、天井を見上げる格好だ。

「相当、嫌われてたな」俺は言った。リズの髪が重力に従い垂れている。その綺麗な色をぼんやりと眺めていた。

「うん」彼女は力なく答えた。さっきまでの威勢とは大違いだ。疲れたのだろう。

「序列が低いとこんなに嫌われるのか?」

「私の場合は、それ以外に理由がある」

「行動を予測して避けるって言ってたやつ?」

「それもある。力と力を正面からぶつけて、比べるのが綺麗な決闘とされている。だから、敗者は怪我をすることが多い。それは名誉の傷とされ、敗者はその傷を思い出し、悔しさを糧に強くなろうと研鑽するの。でも、私の決闘での敗因は、全て降参によるもの。元々、私に有効な攻撃手段は無いから、避けられる技だけ避けるんだけど、それが無理だとわかると、その時点で降参する。降参した相手を攻撃することは、魔術師としての恥だから、その攻撃が当たることはない。でも、降参は卑怯者のする行動ってわけ」

 傷を負うまで戦うのが、美徳とされているのか。わからないでもない価値観だ。チキンレースや度胸試しで、早々に音を上げるやつは、どこの世界でも馬鹿にされるだろう。でも、その結果、怪我を負う方が馬鹿馬鹿しい。怪我の直前で止まれるから、その勇気が称えられるのであって、無鉄砲なやつは、どう見てもただの馬鹿だろう。

 異世界にきても、人間関係のトラブルはあるんだな。でも、ここの方が、シンプルだ。もし、序列が全てなら、序列を上げれば、馬鹿にされない。

 元の世界は違った。勉強や運動が出来るやつは、それなりに人気があった。でも、それしか出来ないやつは、逆に馬鹿にされていた。人気のあるやつは、個人の能力とは関係なく、例えば、声量の調整が出来ないやつだったりする。授業中に大声で離れた席の友達と話すやつが、それなりに人気だった。立場を誇示したいだけだろう。そんな馬鹿を格好いいと思う馬鹿が沢山いた。

 でも、勉強や運動や声の大きさよりも大切なのは、勇気や優しさじゃなく、周りと合わせる能力だ。人間関係や相手の顔色を窺って、自分を殺して合わせることが美徳とされている世界だった。運動が出来ても、体育の授業を本気で取り組んではいけないし、歌が上手くても、音楽の授業では周りと合わせないといけない。

 息が詰まるほど、窮屈だった。そんな馬鹿な行為を、コミュニケーション能力や気遣いと言い換えて、持て囃していた。

 だから、この世界の方が、ずっといいだろう。

 でも、この世界にも、柵はあるみたいだ。序列もそうだが、魔力の色とかも、根が深そうだ。あんまり関わりたくない。

「怪我なく戦いを終えるなら、実戦に長く浸れるから、その分、成長速度が速いと思う。それを卑怯者と言うのは、馬鹿だから気にしないでいい」言葉を慎重に選んで言った。

 リズは顔を上に向けたまま、視線だけをこちらに向けた。

「やっぱり、記憶は無くしているみたい」リズは言った。

「記憶を無くす前は、こんなやつじゃなかった?」

「なかった」彼女は呟いて、目を閉じた。


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