第一章 6
洗濯水晶の中で服が回転している間、その光景を眺めながら、話をきいた。
コインランドリィのように、洗濯水晶と反対側の壁には椅子が並んでいる。そこにリズと並んで座った。大まかな説明を受けた。わからないところは質問しながら、疑問を解消していった。
それをまとめると、居住スペースは、南西と南東にある。そして、この城は西側にある部屋ほど、序列が高い。序列一位は、南西の一番の西の端の部屋、二位はその一つ隣となっている。東側と違うのは、序列の一位から五位は、西側エリアの二階の部屋を使っている。二階エリアを使えるのは、序列の五位以上らしい。そして、序列六位は、南西一階の一番西側の部屋だ。
北西には、浴室、トイレ、キッチンなど、東側とは別に、全てが揃っている。設備も豪華らしい。立ち入ることが出来ないので、それを言いふらすやつが序列の上位にいるのだろう。序列の上位十位以内をランカと呼ぶらしい。制服のデザインが違うから、一目でわかるそうだ。
そして、東側エリアの南東居住スペース一階の大階段がある方に、十一位が住んでいる。東に進むにつれ、序列が一つずつ下がり、南東居住スペース二階の西の端は、三十一位。三階の端が、五十一位、五十二位の相部屋となる。つまり、俺とリズの部屋は、一番ランクの低い部屋になる。
トイレは各階にあり、北東スペースの一番東側、棟の近くの扉二つがトイレだ。向かって右が男性用、左が女性用。三階には、女性用の浴室がその隣にある。二階には、男性用の浴室。一階は、この洗濯場と、トイレから一番離れた扉にキッチンがあるらしい。西側エリア以外は、全て自由に使って構わないとのことだ。
女子トイレと、女性用の浴室に「忘れた」と言って、入って行かないようにと、冗談交じりに言われた。
ここでは、五十一位以下は、食事の用意と畑仕事と掃除の義務が発生する。それは日によって当番が決まっているようだ。リズと俺は、つい最近にその当番を終えたので、しばらくは楽だと話していた。
塔の南側。つまり、この城の南東居住スペースよりも更に東側に、棟のように、別の建物がくっついている。そこは書庫らしい。間取りをイメージすると、縦横が二十五メートルの広い部屋だ。高さは五十メートルあるらしい。そこへのアクセスは、吹き抜けから東を見た時に、右側にある扉から出来るらしい。左側の扉は塔へと通じる。さらに、棟に入って、右手に見えた扉も、書庫へのドアとのことだ。
学修棟は、地下一階、地上二階建てで、複数の部屋があり、屋上に闘技場が造られているらしい。不思議なことに、大人はおらず、マリオネットと呼ばれる、魔力で動く人形が教えているらしい。ただ、そのマリオネットは、質問に答えるだけで、教師のように授業を行うことはないという。
疑問に思ってきいてみると、これは、魔術師の間では珍しいことではないそうだ。魔術師は親から子への教育が基本らしい。魔術師は、その家系の魔術を代々親から子受け継いできたので、それが外に漏れることを嫌ったのだそうだ。幼い子ども時代に、他の家の魔術に触れて、濁ることを恐れていた時代があったらしい。この辺りの話は、そのまま呑み込むしかない。
ただ、大人がいないというのは、今の自分の境遇には、好都合だ。
洗濯が終わった後、隣の水晶玉に湿った服を入れた。リズはそこに魔力を込めると、服が水晶玉の中で回転した。今度は乾燥らしい。
魔力とは、目には見えないもの。魔術師にしか、扱えないもの。
魔力を、魔術として使用したなら、目視でも視認出来るらしい。魔力を変換するのが、魔法石や魔法具の役割。この辺りは、漫画やアニメで似た設定があったので、すぐに理解出来た。
魔術を使うには、基本的には、魔導書が必要らしい。それにより、魔力の塊を飛ばして攻撃したり、魔力の盾を展開して、戦うそうだ。
乾燥が終わったらしく、リズは服を取り出した。俺の分を、彼女は手渡してくれた。それを見ると、汚れは綺麗に落ちていた。それに、服も完璧に乾いている。今すぐにでも着れそうだが、穴は塞がっていない。別の制服を着る為に、部屋に戻ることになった。
「三階って不便だな」棟の中に二人しかいないので、俺は呟いた。
「そう思うなら、序列を上げないと」
「自分より上の序列の人に決闘で勝てば上がるんだっけ?」
「すぐにってわけじゃないけど、基本的には、そう」
部屋に戻り、お互いに制服に着替えた。勿論、リズの方は見ないように意識した。
「この後、棟の頂上に上ってみたいけど、それは構わないんだよな?」俺はきいた。
「うん。でも、なんで?」
「壁の外を見てみたい。壁よりも外に出るのは、禁止されていたから」
「そうだけど。五百段以上あるよ」
「うん。たぶん、大丈夫」俺は一人で部屋を出た。
この部屋に戻ってきた時も、脚は全く疲れなかった。筋力が向上しているのだろう。
「待って」リズが部屋から出てきた。ジャケットは脱いで、上は白のシャツ一枚だ。リボンは外していないみたいだ。
俺の後に、リズがついて来た。二人で棟を上る。途中で、壁にある輝く魔法石を見た。宝石のような石が綺麗に発光している。
「この魔法石の光の色が、少し違うのは、なんで?」振り返ってリズにきいた。
「魔術師の魔力の色が反映されているだけ。だから、魔法石に魔力を込めれば、その魔術師の魔力の色がわかる」
「へぇ。色によって何が違うんだ?」
「色相で言うと、赤に近いほど良いとされている。逆に紫が一番悪い。魔術師の家柄が良いほど、赤い色をして、他の色と血が混ざると、色相が濁るとされている。でも、魔力の色と、強さには何の関係もない。それよりも、どれだけ明るく、どれだけ長く照らせるかの方が、力比べにはなる。色は生まれ持ったものだから、途中で変わることはないけど、魔力量は、訓練次第でどれだけでも伸ばせる。でも、古いタイプの魔術師ほど、この色を重視する傾向がある」
「意味が無いのに?」
「そう」
「俺の色は?」
「魔力の出し方を思い出したら、やってみたら?」
振り返ってみたリズの顔は、黄色の光に照らされていた。そういえば、西側エリアの魔法石は、赤い光を放っていたが、東側エリアは、黄色や緑色が殆どだった。それだけを見ると、赤い色の方が、実力も上だという証明にならないだろうか?
でも、魔術師の歴史や文化に関わるつもりはない。それよりも、魔力の習得が先だ。
塔の天井が近づいて来た。力を分散させる為か、曲線の支えのようなものが見える。
階段の続く先の天井の一部に穴が開いている。そこを超えると、その天井が、屋上の床部分になっていた。
石の柱が棟の外周を囲い、その柱の間を、腰の高さまでの壁がある。そういう低い壁を柵というのだろうか?建築用語には詳しくない。でも、柵という文字に反して、石で造られているし、隙間から外が見えるような空間はない。あくまで、一メートルほどの低い壁だ。塀が近いのかもしれない。
アーチ状の屋根は、柱に支えられて乗っている。塔の中央に二メートル程の大きな鐘がぶら下がっている。それを鳴らす為であろう、木の柱も天井からぶら下がっている。
広いスペースだ。地上から九十メートル以上の高さになるし、景色が景色なら、風も抜けて、気持ちがいいだろう。俺とリズ以外に誰もいない。
塔の端に寄って、真下を見る。城の天井部分が良く見えた。屋根はアーチ状になっている。改めて大きな城だと思う。その周りには綺麗な青い芝生。立派な樹が幾つも生えている。
壁は、城を中心に円を描くように囲い、その中を、北東から南に川が流れて、川の向こう側に畑もある。畑の近くには、小さな木造の小屋が見える。家畜用の小屋だろう。畑や家畜小屋へ向かうには、川がある為、橋を渡る必要がある。川を越えた南東の壁の近くに、畑と小屋はある。
城の南西側には、学修棟が見える。その屋上には、闘技場らしきスペースと、それを囲う観客席が見えた。雨の日は濡れながら戦うのだろうか?観客席には、何十人もの人が、小さいが見えた。
俺が倒れていたのは、城から北西の辺りだ。壁内の城の北側には、芝生や樹々しかない。
そして、それら全てを囲う、高い壁。不思議なことに、門らしきものは、どこにも見当たらなかった。でも、その理由が、わかる気がした。
この壁は、守る為に造られたのだ。だから、門が無い。門があれば、そこの強度が落ち、弱点になるのだろう。
この世界は、四人によって滅ぼされたらしい。世界はその四人を厄災と呼んだ。
『アリスアイリス』
『ロキガンロック』
『クロサイドドリル』
『ユメイロハヅキ』
この四人を殺す為に、ここは造られた。
その四人の残した爪痕が、壁の外にはあった。
壁に囲まれた綺麗な世界とは対称的に、壁の外は、確かに滅んでいた。
どこまでも続く荒野。
いや、焼け野原に近い。
土は腐り、樹々は一本も見当たらない。植物も動物も、なにも無い。それがどこまでも続いている。北の遠く離れたところに高い山が幾つも見える。でも、そこに草木は一本も見えない。焦げた土が露出している。谷から茶色く濁った川が流れ込んでいる。その川の水は、壁の中に入った途端、ろ過されたのか、澄んだ川の色に変わっている。あれも魔術なのだろうか?
溜息が出た。
どうやら、目覚めた先の異世界は、本当に滅んでいたらしい。