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第一章 5

 制服を洗濯する為に、服を持って部屋の外に出た。

 地上まで三十メートル程あるので、やはり怖い。それに、この建物の大きさに、改めて圧倒されてしまう。部屋を出た廊下は左右に伸びているが、廊下の左側は他の部屋があるだけで行き止まりだ。大階段は二階にしか続いていない。右へ向かい、すぐに壁に当たり左へ。そして、棟へ繋がるドアを開けた。

 すると、棟の上から一人の女の子が下りてきていた。歳は同じくらい。白の制服に短いスカート。靴下は履いていないかもしれない。暗くてよく見えなかったが、魔法石らしい光源の横を通った時に、観察することが出来た。

 髪は黒のショートヘア。瞳も黒だった。肌は白く、目尻を赤くメイクしていた。気怠そうな表情だが、顔は整っていて、可愛い。それよりも、特徴的なのが、猫耳と細い尻尾が生えていた。本物だろうか?

 リズが一歩下がって、彼女に道を譲った。なので、棟には入らずに、通り過ぎるのを待った。すれ違う時、彼女はチラッと一度だけこちらを見た。その時に、頭に生えている猫耳が反応して、ピクッと動いた。

「あの人も魔術師?」俺はきいた。

「そう。トゥーフェイス」リズが小声で答えた。

「トゥーフェイス?それが名前?」

「名前は違う。トゥーフェイスは、彼女の相性。でも、皆、彼女をその名で呼ぶ。本当の名前は、たぶん、誰も知らない」

「なんで?」

「その内わかる」

 塔の中に入り、階段を下りた。並んで歩くことはなく、リズの後に続いて歩いた。トゥーフェイスの名前など、英語の単語が目立つ。

「アメリカって知ってる?」俺は前を歩くリズにきいた。塔の中は静かで、足音しか聴こえない。だから、今の質問も棟の中で反響した。

「しー」リズは振り返って人差し指を鼻の前で立てた。俺は頷く。質問が悪かったのか、場所が悪かったのか、どちらかだろう。黙って階段を下りることにした。質問をした時に、先を歩いていた、トゥーフェイスもこちらをチラッと振り返っていた。薄暗いが、棟の中は見通せるので、人がいれば、すぐにわかるだろう。

 見たところ、塔には他にドアがないので、三階より上には、屋上しかないだろう。

 トゥーフェイスが棟の上にいたのなら、もしかしたら、俺が、というか前任者が倒れていた理由も知っているのではないだろうか?棟に上るなんて、景色を見る以外に理由はなさそうだし、そこに人がいたら、無意識に目で追ってしまうだろう。後で尋ねてみよう。特徴的な名前とパーツがあるので、忘れることも、間違うこともないだろう。

 俺が、シトと呼ばれる前任者の体を操っているのは、誰かの攻撃を受けた可能性もある。心音を聴く能力があるなら、そういう能力者がいてもおかしくない。

 塔の一階に着いた。吹き抜けのある城へのドアを開けて入った。

「塔の中は基本的おしゃべり厳禁。二人しかいない時以外に、しゃべらないで」リズは怒った表情を浮かべた。その顔も魅力的だったが、黙っていた。

「ごめん。忘れていたから」

「そう。仕方がないね」

「それで、アメリカって知ってる?」

「知らない」彼女は首を横に振る。

「イギリスは?フランスとか日本は?」

「知らない」

「ありがとうは?」

「ありがとう?感謝の言葉」

「サンキューは?」

「サンキュー?感謝の言葉」

「『アヤナミ』みたい」

「『アヤナミ』?なに?それ」

 おもわず笑いそうになった。彼女は不思議そうにこっちを見る。

「いや、何でもない」笑いを堪えて言った。

 たぶん、この異世界に、元の世界の国は存在しないから、国名を知らなかった。でも、英単語は通じるみたいだ。それなら、日本人と話している時と、変わりない。不思議な食べ物は出てくるかもしれないが、言語の壁が少ないのは、ありがたい。

「ここでは、俺みたいに記憶を無くす人が多かったりする?」

 もし、誰かの能力によるものなら、同じ被害者がいるかもしれない。その場合、その人は、俺と同じように、別世界から飛ばされて来た可能性もある。

「いない」リズはきっぱりと答えた。「私たちの目的も、ここでのルールも、魔導書の出し方も忘れる人なんて、シトぐらいだよ」

「あっそう」はにかんでやった。

「方角ってどうなってる?」俺は確かめた。

「なにが?」

「北はどっち?」

「あっち」彼女は玄関の方を指さした。

「ありがと」

「それは感謝の言葉。サンキューと同じ意味」リズは真面目な顔で答えた。

 リズと見つめ合う。お互いに笑いを堪えていたが、同時に吹き出してしまった。久しぶりに声に出して笑った。彼女も可笑しそうに笑う。

「さっ。さっさと洗濯。洗濯」リズは楽しそうに言って、弾むように歩いていった。その後についていく。

 幸福で尊い時間だと思う。ずっと、こんな毎日なら、どれだけ幸せだろう。

 洗濯スペースは吹き抜け一階の北東側の建物だった。つまり、この城は、棟の方から朝日が昇り、部屋がある南側の窓からは、光が差し込み、夕方になると、西側のステンドグラスが鮮やかになるのだろう。城の西側スペースが立ち入り禁止区域らしい。そちらの魔法石は赤く光っているので、そこが境界線だろうか?

 学修棟に闘技場があるって言っていたから、そこに先生もいるのだろう。大人はどこで生活しているのだろうか?壁の外が危険なら、この城か、学修棟のどちらかだろうけど、先生に会った時に、どう説明するか、考えておかないと。

 城の北東の部屋の一階には、ドアが四枚ある。右から三番目のドアにリズは入った。後に続くと、奥行は五メートル横幅が十メートル程の、横に広い部屋だった。そこに台座があり、その上に大きな水晶玉みたいなものが乗っている。そのセットが部屋の長辺にズラッと並んでいる。

「その水晶みたいなのが、魔法石?」俺はきいた。

「ちょっと、違う。これは魔法具。でも、魔法石を改良して作ったものだから、おしい」リズはこっちをジッと見ている。

「なに?」

「人間を案内しているみたいだなって」彼女は笑顔のまま言った。

「人間と魔術師は違うの?」

「見た目は同じ。違いは魔力があるかどうか」

「ここに人間が来たことはあるの?」

「まさか。あるわけない。でも、本で読んだことがあるから知ってる。私、世界を救ったら魔力で全ての種族を幸せにしたい」

「それは、壮大だ」

「うん。今はその練習と思えばいい」彼女は悪戯っぽくこちらを見た。

「あっそう」

「ここに汚れた服を入れるの」彼女は水晶玉の部分に、服を押し込んだ。僅かな弾力で反発した後、水晶玉の中に服が入っていった。服は水中みたいに、水晶玉の中で浮いている。

「それも」リズは俺の持っている服を見た。

 服の袖を丸めてゆっくりと、水晶玉に押し込んだ。表面はわらび餅のように柔らかく、弾力がある。ただ、ある一定の力を超えると、スルッと受け入れた。水晶玉の中は、水に近いが、もう少し粘性がある。ハチミツと水を1:3で混ぜた液体みたいな感触だ。勿論、そんな液体を見たことも、触れたことも無いが。

 水晶玉の中で服を離して、手を戻す。不思議なことに、手には水滴一つ、付いていなかった。でも、僅かに湿り気が残っている。ヒヤッとした冷たい感触も残っていた。

「あとは魔力を込めたら、中で回転して汚れを落としてくれる。やってみる?」リズはこっちを見た。

「どうやって?」

「表面に触れて魔力を込める。掌に力を込めるんじゃなく、洗濯水晶に注ぐ感じ」

「やってみる」

 洗濯水晶らしき玉に触れて、魔力を注ごうとした。

 ………。

 でも、やっぱり、何も変化が無かった。

「魔導書に続いて、こっちも駄目か。力の使い方も完全に忘れたみたいだね」リズは隣に来て、洗濯水晶に触れた。すると、水晶の中で浮かんでいた服が回転運動を始めた。中の液体ごと回っているようだ。

「それは、回転させる力を注いだってことなのか?」俺はきいた。

「違う。魔力を注いだだけ。それをあらゆる仕事に変換するのが、魔法具の役割。魔法石は、もっと簡単な仕事しか出来ない」

「魔法具は、自然にあるものじゃなく、魔術師が作ったもの。魔法石は自然にあるものって、認識であってるか?」

「そう」

「なるほど」

 つまり、この世界の魔力は電気に近いのだろう。魔法具が電化製品にあたる。電気を自家発電出来るから、洗濯機が無いのだろう。今のところ、電化製品らしきものは見ていない。

 文明レベルは、この世界の方が低いようだが、こんな立派な城を建築する技術は持っている。でも、人類がピラミッドを造ったのは、何千年と前らしいから、巨大な建造物は、頭の良いやつが一人いれば、時間と労力を掛けて、出来るのかもしれない。

 それよりも、問題なのは、俺が魔力を一切使えていないことだ。このまま使えないままだと、洗濯一つ出来なくなる。せっかく魔法のある異世界に来たのなら、絶対に魔法は使いたい。

 出会うすべての人が、唐揚げとアイスクリームを食べ歩きしているのに、それを眺めるだけの人生なんて、我慢ならない。


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