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第一章 4


 リズの着替えが、見えないように反対側を向いた。

 でも、着替えている音は聴こえる。すぐ隣で服を脱いでいるのがわかる。

 同室ってことは、毎日こういうことがあるのだろう。勿論、嫌ではない。むしろ、嬉しいアクシデントだ。でも、これからは、部屋にいても落ち着かないのではないか?女性なら全ての人が、一緒にいるだけで、緊張するわけじゃない。

 ただ、リズの顔もスタイルも普通じゃない。目は大きく、鮮やかな赤色の虹彩が全て見える。あの目で見られると、全てを見透かされているみたいだ。リズがとびっきり美人なのが、問題なのだろう。

「着替えないの?それとも、着替えのしかたも忘れた?」リズの声が背後から聞こえた。彼女の声は、芯があるが、その周りを優しさで包まれているみたいだ。

 振り返ると、彼女は、スカートはそのままに、白のTシャツを着ていた。彼女の白く細い腕を無意識に見てしまう。腕から視線を引きちぎって、目を見る。

「それは覚えている。でも、服のある場所を忘れているみたいだ」俺は答えた。

 彼女は大きく息を吐いた。でも、面倒だという仕草ではなく、しょうがない、というか、散歩をせがむ犬を相手にしているような、溜息だ。犬だと表現が悪いが、要は、嫌われてはいないみたいだ。

「そのベッドの下に、シトの服はある。忘れていると思うけど、制服を着ていないと、城の外に出ることは許されていないから」彼女は言った。

 ベッドの下の引き出しを開けて、そこから服を選んだ。白い服ばかりだ。替えの制服もある。シャツがあったので、それに着替えることにした。下は汚れてはいないので、このままで良いだろう。

 服を脱いでいる最中も視線を感じたので、リズを見ると、彼女はこっちを赤い瞳で見ていた。

「なに?」俺はきいた。

「血があんなに付いてたのに、怪我一つしていない」彼女はゆっくりと近づいてくる。そして、俺の胸に優しく触れた。驚いて呼吸を止める。裸を見られるのも恥ずかしいが、観察されるのは、もっと恥ずかしい。彼女は、制服に血が付いていた傷口らしき場所を、じっくりと眺めて、触れて、確かめた。

 俺の体には、傷一つない。あの血は、俺の血ではなかったのだろう。

もう一つ、体を見て思ったのが、筋肉がほどよくついている。細マッチョというか、腹筋も割れている。でも、重量級ではない。思い描いていた理想の体型を、あっけなく手に入れたようだ。

 元の俺は、太ってはいないが、マッチョではなかった。声ももっと幼さが残っていたが、この体は、声優みたに美声だ。

 リズは一歩引いて、上目遣いにこっちを見た。『どうして?』という表情だが、わかるはずもない。

 シャツを着て、血に汚れた制服を見る。確かに、出血量は多い。それに、胸の部分に鋭利な刃物で刺された穴が開いている。

「俺が倒れていた時、周りに誰かいなかった?」俺はきいた。

「いなかった。一人であの場所に倒れてたから」

「その時間、他の人は、えっと、闘技場にいたのか?」

「殆どの人はそう」

「リズはどうして、そこにいなかったんだ?」

「私は……嫌われてるから」彼女は視線を逸らして、声も小さくなった。

「えっ?なんで?」

 彼女はこっちを見て、困ったように笑った。理由を尋ねない方が良かったかもしれない。こういった発言が、人と接してこなかった弊害だろう。

「コドクノシロの目的は、世界を滅ぼした四人を殺すことにある。だから、日々、魔術と能力で競っているわけだけど、序列の低い私は、嫌われるわけ。それに、私の能力も、戦闘向きじゃないし、戦闘スタイルも気に入らないみたい」

 コドクノシロ?

 この城の名前だろうか?孤独の城。変なネーミングだと思った。

「能力って?」俺はきいた。

 彼女は少し間をおいた。

「『ハートビート』それが私の能力。この目で見た相手の心音を聴くことが出来る。初めはそれだけの能力だったけど、能力を鍛えて、心音から、相手の攻撃に移る予兆も察知出来るようになった。だから、相手の攻撃を躱せるんだけど、みんなは、魔術や能力をぶつけあって、力を比べることに重きを置いている。だから、避けてばっかりの私は、嫌われている。それに、私からの攻撃手段は弱くて効果がないから、早々に降参するのも、駄目みたい。あとは、攻撃を躱し続けることで、心を読まれていると勘違いするみたいで、気味悪がられているし」

「凄い」素直な感想を口にした。

「えっ?」彼女はキョトンとした顔をした。

 心音を聴く。魔術。心躍る言葉がいっぱいあった。

「心音を聴いたって、攻撃を躱せるわけじゃない。そのレベルまで能力を昇華させたのは、リズの努力だし、躱し続けるのも、楽じゃないはずだ。よくわからないけど、凄いことだと思う。それに…」早口で話していると、彼女は下を向いてしまった。「えっと、ごめん。変なこと言った?」

「んーん、何でもない」彼女は下を向いたまま、自分の髪に触れた。

「俺も鍛えたら、心音が聴けるのか?」

「違う」彼女はこっちを見た。少しだけ頬が赤くなっていた。

「シトの能力名は、魔導書に書かれている。読んだら?」彼女は言った。

「魔導書?」部屋の中を見渡す。そんな禍々しい本は見当たらない。

「魔導書なんだから、閉まってあるに決まってるじゃん。こう」リズは右手を出した。そして、そこに突然、本が現れた。濃い茶色の表紙に金色で模様が描かれている。

「凄っ。それが魔導書?」自分のテンションが上がっていることを自覚する。でも、抑えられない。

「そう。基礎魔術を使う時は、基本的には魔導書が必要になる」

「基礎魔術って?」

「基礎なんだから、色々あるけど……その服の洗濯とかも出来る」リズは俺の持っている服を見た。

「へぇ。凄い。もしかして、城の中で見た灯りも、魔術の力?」

「大まかにいえば、そう。でも、あれは魔法石に魔力を込めただけ」

「魔力って誰でも使えるのか?」

「まさか。力を扱えるのは、魔術師だけ」

「へぇ」

 つまり、選ばれし者しか、扱えない力か。その力を、俺も扱うことが出来る。元の世界に未練はなかったが、こうなると、断然、こっちの世界の方が良い。

「どうやって、その魔導書を出すんだ?」俺はきいた。

「どうって。魔力を込めて、イメージするとしか」彼女は少し困った顔をした。

「魔力……」俺は呟いた。よくわからないが、その力が俺にもあるのだろう。彼女と同じように、右手を出して、そこに力を込めた。彼女の出した魔導書もイメージする。

 ………………。

 ………………。

 なにも出ない。

「手に力を入れるんじゃなくて、掌の上に、魔力を集めるの」彼女は言った。

 言われたことを意識する。

 でも、やはり、何も出なかった。

「嘘?魔導書の使い方も忘れたの?」彼女は少し呆れている。

「もっと、具体的なアドバイスは無い?コツとか」

「…無い。だって、魔術師として生まれたなら、誰だって出来ることだから。コツもなにも。右手を握って、と言われたら、それが出来る。そのコツをきかれても、答えようが無いのと同じかな」

 しばらく、試したが、やはり、魔導書は出なかった。

「ちょっと疲れてるのかも」彼女は慰めの言葉を言った。

「うん」落ち込むのを、隠すことも出来なかった。この体を操っているってことは、素質はあるはずだ。なら、力の操作方法さえわかれば、使えるはずなのだが…。

 少し雲行きが怪しくなってきた。

「その世界を滅ぼした四人も、魔術を使うのか?」俺はきいた。

「まさか」彼女は首を横に振る。「あいつらは、生体エネルギィを力や能力に変換させて戦う。魔術師とは、戦闘スタイルがちょっとだけ違う」

「どう違うんだ?」

「人と馬くらい違うかな。構造も骨格も筋肉の大きさも違うけど、内臓の役割とか、骨の役割とか、そういった視点で見れば、近いものがある。ものの本質は同じだけど、その形の違いによって、力や能力が変わってくる。馬は速く走れるけど、人間は両手を自由に使えるみたいに」

「へぇ」彼女の言いたいことは伝わった。さっきから思っていたが、リズは頭も良いのだろう。

「もしかして、魔導書が出せなかったら、能力を使えないのか?」俺はきいた。

「そんなことはない。魔導書はあくまでも、基礎魔術や術式展開の補助に使うのであって、魔法石や魔法具を使うことも多いし。それに、私たちが授かった能力は、それとは別にある。生まれ持った力だから」

 能力……。

 固有スキルみたいなものか。

「リズの『ハートビート』がそれにあたる?」俺はきいた。

「そう」

「俺の能力名は、魔導書を出すまで、わからないままか」俺は呟いた。

「私には、前に教えてくれた。それも忘れてるみたい」リズが言った。

「えっ?なに?」思わぬ所から蜘蛛の糸が伸びていた。

 前任者に感謝。

「『ドライバッテリィチープハート』」リズは言った。

「『ドライバッテリィチープハート』」俺は繰り返した。彼女は頷く。

「どんな能力?」俺はきいた。

「それがわからないから、シトは序列八十九位なんだ」彼女は悪戯っぽく笑顔を作った。。


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