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第一章 3

「世界を滅ぼしたって?どういう意味?」俺はきいた。

「どうって、そのまんまの意味。滅ぼすって言葉の意味も忘れた?」彼女は少し顔を傾げる。その仕草が魅力的だった。

「いや、どうやって滅ぼしたのかって意味」

「どうって、異能を使って」

「異能?兵器とか、一国のトップとかじゃなくて、能力を使って滅ぼしたのか?」

 彼女は一歩近づいて、右手で俺のデコに触れて、左手で自分のデコに触れた。

「熱は無いみたい。でも、ちょっと様子を見た方がいいと思う。こうなった原因の少しは、私にあるのかもしれないし」リズは独り言を呟いて、棟のある東側へ歩いて行った。

 それについて行く。正面の壁には、つまり、吹き抜けの東側の壁には、左右に大きなドアがある。二階や三階部分には、キャットウォークのような廊下があり、それが左右の壁にも続いている。つまり、玄関から見て左側の部分、北、東、南部分に、コの字にキャットウォークのような廊下が伸びている。回廊になっていないのは、玄関から見て西側とは、高さが違うからだろう。ただ、西側にも同じようにコの字に廊下がある。東側の廊下は、東側の南北二つの部屋を、コの字に繋ぎ、西側の廊下は、西側の南北二つの部屋を、コの字に繋いでいる。

 進行方向右手側の南東の部屋にはドアが幾つもあり、数えると二十もあった。東側は三階まであるので、それが規則正しく二十×三で並んでいる。左手側の北東の部屋は、ドアの数が少ない。

 この城の中は土足のままでも問題ないらしい。静かな空間に彼女の足音が響いている。

 リズは城の東側の壁の、左側の扉に入った。彼女に続いて入ると、そこは想像した通り棟の中だった。塔の中は円柱形の空洞で、天井まで百メートル近くある。ここは窓が少ないので、城の中よりも暗かった。塔の内壁を沿うように反時計回りの螺旋状に階段がある。その所々に蝋燭ほどの僅かな光源があり、それがこの塔内の明かりの殆どだった。見上げるだけで、目が回りそうだ。棟へと入って来た扉から見て、右側にも扉があった。そこは、さっきの吹き抜けスペースから、右側の扉を開けた所と繋がっているのだろう。

 リズは慣れたように階段を上るので、それについて行く。右手に塔の壁があり、左側には手摺すらない。塔の壁から魚の骨の片っぽ側みたいな階段が生えているだけだ。階段の横幅は一メートル程で、人が並んで上ることも、すれ違うことも出来るだろうが、その時に壁側を譲るのだけは、絶対に嫌だ。塔の直径は二十メートルちょっとだろうか。丁度、一周すると、踊り場のようなスペースがあり、壁側に扉があった。そこから、さっきの吹き抜けから見た、キャットウォークに繋がるのだろう。

 半周したところで、壁側に小さな窓があった。そこから、外を見ると、広い芝生の庭と奥にある高い壁、その向こうの空しか見えなかった。

 世界が滅んでいる?

とても、そうは思えない。でも、ここが壁に囲まれているのは、守る為だろう。つまり、外敵がいるから、壁が必要になる。この棟の一番上まで上れば、壁の外が見えるだろう。

「異能って言った?」階段を上りながら、俺はリズにきいた。

「言った」彼女は前を向いたまま答える。

「それって、俺も使えるのか?」

「異能は使えないけど、能力は使える」

「能力?どんな?」

「それが……わからない」

「なんで?」

「さぁ。わからないから、今、こうして階段を上っているんでしょ」彼女は振り返って、笑窪を作った。

 よくわからなかったが、わかることの方が少ないだろう。でも、この世界では、能力を使えるらしい。

「例えば、どんな力があるんだ?」俺はきいた。

「どんなって、私たちは魔術師なんだから、魔術を使うに決まってるじゃん」彼女は立ち止まり、振り返って言った。彼女の顔が高い位置にあるからか、少し威張っているように見えた。それが可愛らしい。

「魔術師」俺は呟いた。「俺も?」

「そう。自分が何者かも忘れたの?」

「自分が何者かなんて、誰にもわからない」

「…それもそう。頭を打っても相変わらずね」彼女は初めて笑った。

 その笑顔は、今まで会ったことのある、誰よりも魅力的だった。女優やモデルなんかよりも、ずっと可愛らしい。そんな子と自然と話しているのが信じられない。

 更にもう一周した時に、リズは壁側の扉を開けた。この扉の向こうは三階に相当する場所のようだ。随分と上ったはずなのに、脚は疲れていない。息も上がっていない。この体の体力は相当あるみたいだ。元の世界の俺なら、ついて行けずに、遅れていただろう。塔の階段はまだまだ、半分以上は残っているが、この体なら、楽に上れるんじゃないか?

 扉の向こうは、城の吹き抜けの三階部分だった。そのキャットウォークにいる。ここは、城の東の端なので、反対側のステンドグラスがある西の端までは、百メートルはある。圧倒されるサイズ感だ。

 リズは廊下を左に進んだ。キャットウォークの幅は二メートル程だった。石造りの装飾の施された柵もちゃんとある。柵の高さは、一・五メートル程。石造りなのに、柵はおかしいかもしれないが、それ以外の言葉を知らない。

「階段だったら、玄関の正面にもあった。そっちを使わないのはなんでだ?」俺はきいた。

「玄関?大階段なら、二階にしか通じていない。それに、あの階段を使っていいのは序列十位以下のランカだけだから」彼女は説明した。

「へぇ」

 大階段は不思議な造りだと思う。左右対称が美という認識がないのだろうか?棟もしかり、わざと左右のバランスを崩しているみたいだ。ただ、その歪さが、妙な不安感を煽り、心をざわつかせる。これだけ大きな建物なのに、安心感が薄らぐ。言葉にするのが難しいが、安定していない。そんな建築物だ。

 リズに続いて歩いてはいるが、吹き抜けの下を見ると、高さで足が竦みそうだった。塔の階段は下を見ないようにしていたし、薄暗いこともあり、高度感が薄れていた。ここでは、リアルな高さというか、落ちたら確実に死ぬという現実を突きつけられる。

 南の壁に突き当たり、直角に右に曲がる。左手にドアが二十枚並び、右手には吹き抜け。吹き抜けの天井が近くなっているので、天井画が良く見える。それでも、十メートル以上はある。

 天井画は、幾何学模様というか、複雑で細かいことしかわからない。魔法陣にも似た模様もある。

 リズは左側に並んだドアの、一番手前の部屋を開けた。彼女はそこに入って行く。そこが彼女の部屋らしい。ドアを開けっぱなしにしていたので、入らずに待っていた。着替えるなら、扉を閉めた方がよさそうだ。

「何やってるの?」リズが部屋の中からこちらを見た。

「何も」俺は誤魔化した。見ているのがまずかっただろうか。

「着替えないの?」

「ここは俺の部屋?」

「そう。…本格的だね」彼女は溜息をついた。

 リズが堂々と躊躇いもなく入って行ったので、彼女の部屋と勘違いしてしまった。部屋の中に入る。横幅は二メートル、奥行きが五メートルの細長い部屋だった。

 でも、この部屋で特筆すべきは、そこじゃない。長方形の珍しい部屋なら、どこかにはあるだろう。この部屋は、天井が十メートル以上あった。

 入ってすぐ右側に二段ベッドがある。普通は、二段ベッドの上は天井が近くにあり、屈まないといけないが、ここでは全力で飛び跳ねたって、当たるはずもない。さらに、不思議なことに、部屋の短辺に、大きな木材やハンモックなどが、梁や突っ張り棒のように幾つもあった。天井が高い部屋のロフトみたいに、空間を有効活用しているようだ。

 ただ、ロフトもそうだが、結局は床面積の広さが、部屋の広さだ。ロフトなんて、物置にしかならない。二段ベッドの奥には、左側にデスクが二つ並び、その上に本が置かれている。その表紙を見た。

 見たことの無い文字が書かれている。

 やっぱりな。

 言語は通じるが、文字は日本語じゃないみたいだ。よくわからないが、アラビア語を直線で書いたみたいな文字だった。勿論、俺はアラビア語どころか、英語だって、高校一年レベルだ。

 なのに、その本の表紙の文字が読めた。

「チユマジュツキソ マジュツコウシキノレキシ」俺は本の表紙を見ながら呟いた。

「文字は覚えてたみたい」リズはこっちを見ていた。

「えっ?ああ」言葉を濁した。

 本は教科書や文庫タイプではなく、ハードカバーだった。表紙を捲ると、紙自体が少し黄色っぽく、厚い作りだった。中の文字も同じくアラビア語みたいな文字だったが、やはり、読めた。でも、スラスラと読めるわけじゃなく、全ての文字をカタカナで書かれた本のように、一文読むだけでも、時間が掛かる。まるで『アルジャーノン』の序盤みたいに、苦痛を伴う。

 ただ、文字が読めるのは収穫だ。これはありがたい。

 もしかしたら、前任者の記憶というか、経験が残っているのかもしれない。記憶喪失になって、家族や友達の顔を忘れても、文字が読めるのと同じだ。前任者の記憶が消えても、頭のどこかに、学習された知識が残っていたのだろう。

 少し嬉しくなり、本をデスクの上に置いた。異世界に来て、文字を覚える必要がないのは大きい。『立ち入り禁止』や『この先危険』と書かれた看板を見逃さずに済むし、買い物だって一人で出来るだろう。

 突然、リズが制服のジャケットを脱ぎ始めた。

「えっ?」俺は慌てる。

「なに?」彼女はこっちを見る。

「いや、そっちが、なにしてるんだ?」

「なにって、着替える為にここに来たんでしょ?それも忘れた?」

「いや、自分の部屋で着替えたらいいのに」

 リズは眉を寄せて、溜息をついた。

「そうね。うん。全部、言わないと。ここでのルールも忘れてるよね?」彼女は独り言を言った。

「あのね。忘れているみたいだから、色々と教えるけど。でも、ここじゃ忘れていたとか、知らなかったは通用しないから、気を付けて」彼女は強い眼差しで言った。

「わかった」俺は頷く。

「それで、まず、初めに教えるのは、ここはシトの部屋」

「うん」

「そして、私の部屋でもある」

「えっ?」驚いてしまった。

 確かに、二段ベッドにデスクも二つ並んでいる。ここには百人もいると聴いた。城の西側は立ち入り禁止だったから、序列の上位十人が住んでいるのだろう。

 東側の、この南東の部屋には、ドアが六十枚並んでいた。ここと同じ大きさの部屋が並んでいるのだろう。残りの九十人がそこにいる。つまり、相部屋になる人も少しはいるのだろう。

 でも、それが男女でなるなんて、思いもしなかった。

「なんで、そんな決め方になったんだ?」俺はきいた。

「迷惑?」

「いや、そうじゃない。でも、不思議に思って」

「今は、序列の五十一位人以下は相部屋になる。私が九十位で、シトが八十九位。だから、私たちが相部屋なの」



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