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第一章 1

 

 イヤフォンを付けたまま、家に帰った。

 高校生になれば、少しは変わると思っていたが、それはフィクションの世界だけみたいだ。全てが好転して欲しいわけじゃない。クラスで人気者になり、彼女が出来て、運動も勉強も好成績を残す。そんなことは望んでいない。

 ……、望んではいるが、そうなるとは思っていない。

 ただ、友達の一人くらいは、欲しかった。上辺だけの薄っぺらい関係じゃなく、親友と呼べるような、一生付き合っていく友達が。

「ただいま」誰もいないことは知っているが、口にした。

 そして、今日も、学校で一言も喋っていないことを思い出した。だから、偶にはこうして喋ってやらないと、喋り方を忘れてしまうかもしれない。

 制服から着替えてベッドに横になり本を読む。家でも学校でも本を読んでいる。ゲームをする日もあるが、すぐにクリアして飽きてしまう。すぐにクリア出来ないゲームは、操作性に難があるか、つまらないミッションが多いだけで、クリア前に飽きてしまうかのどちからだ。

 結局、本を読むのが一番楽しい。

 最近は、異世界転生ものを好んで読んでいる。

 外を見ると、いつの間にか、暗くなっていた。親の帰りが遅い日なので、コンビニに向かうことにした。月に2万円だけ貰い、そこから食事を工面する。一日当たり、約666円だ。放任主義の親だが、迷惑はしていない。お陰で自炊も少しはするようになった。これが話のタネにならずに、何になるのだろう?それを話せる友達さえいれば万事解決なのに。

 今日は月末なので、余ったお金で贅沢が出来る。コンビニで弁当とお菓子とデザートを買って、家に向かった。

 例えば、ここにクラスの女子がいたなら、買った商品を見て、疑問にも思うだろう。そこから、話が膨らみ、弁当を作っていることがバレて、学校で二人分の弁当を作ったりもするようになる。そういう小さなきっかけさえあれば、変わるのに、この世界はつまらないままだ。

 そう。

 毎日がつまらない。

 同じ毎日を繰り返し、このまま歳を取っていく。

 高校を卒業したら、大学に行って、就職して、つまらない仕事を続ける。

 最後に、ヨボヨボになって、死んでいく。

 無意味な人生だ。

 生きている意味がどこにもない。

 学校で笑って楽しそうにしているやつらだって、馬鹿みたいな話しかしていない。あれが楽しいと思えるなら、滑り台だって楽しいだろう。

 クラクションが鳴った。

 振り返る。

 黒い塊。

 トラック?

 ライトが付いていない。

 目の前。

 慌てて道の端に跳び込んだ。

 ぶつかる。

 衝撃。

 目を瞑る。

「痛って」立ち上がり、手に付いた汚れを払って、通り過ぎて行ったトラックを睨む。レジ袋の中の商品から、プリンが飛び出していた。それを拾うとカラメルが混ざってしまっていた。

 舌打ち。

「ぶつかったらどうするんだ。馬鹿」

 躱したから良かったものの、地面に跳び込んだので、掌がヒリヒリする。

 それにしても、住宅地の中を、トラックが走るものか?作業道具や材料を運ぶのだから、普通は、もっと大きな道路を走っているものだろう。この近辺に、生コンや土砂を扱う会社があるわけでもない。

 少し歩くと、大きなエンジン音が聞こえる。振り返ると、また、大型のトラックだ。今度はライトが付いている。道路の端に寄って、それを見送る。

 トラックはスピードを落とすこともなく、走り去って行った。どこを向かっているのだろうか?

 また、トラックが後ろから走って来た。初めから道路の端に寄っているので、問題はない。でも、目の前を何かが横切った。

 黒い塊。

 トラックのライトに照らされたそれは、猫だった。

 猫は道の真ん中で立ち止まっている。

 荷物を捨てて、飛び出した。

 猫を抱えたまま、反対側に走る。

 クラクションが鳴る。

 トラックはそのまま、背後を通り過ぎた。

 心臓が止まるかと思った。

 呼吸を整えていると、腕の中で猫が暴れた。黄緑色の瞳の黒猫だった。腕を緩めると、猫はそのまま塀を上り、その奥へ消えて行った。

「痛った」右足首を捻ったみたいだ。道路を渡り、荷物を持ってゆっくりと家に帰った。

 弁当を温めてから食べ、スナック菓子は部屋で食べた。風呂にも入って、冷蔵庫からプリンを取り出したが、容器の中で脳みそのように混ざっているプリンを見て、溜息が出た。

 プリンは明日食べることにして、歯を磨いてから、ベッドで横になる。

 明日も学校だ。

 つまらない。

 猫を助けたところを、クラスの誰かが目撃していたら、話題にもなったのに。

 でも、猫が助かったのなら、それでいいか。

 目を瞑る。

 つまらないな。

 こんな世界は、消えてしまってもいい。

 そのまま、意識を失った。



 声がする。

 何度も。何度も。

 誰かを呼んでいる声だ。

 それが段々と近づいてくる。

 違う。

 俺の意識が近づいている。

 その証拠に、肩を触れられている感触がある。

 だから、声の主は俺の肩に触れたまま、呼んでいる。

 名前を。

 でも、誰の?

 目が覚めた。

 目の前に、見たことのない女の子がいた。知り合いではないのは、一目でわかった。髪の色は艶のある綺麗な赤色で、瞳も同じ色だ。肌は白く、顔のパーツはどれも整っている。

 というより、とびっきり可愛い。歳は同じ位だろう。服は白の制服だ。スカートは黒で、胸元のリボンは赤い。

 彼女が覆いかぶさるように、俺を見ている。俺は眠っていたようだ。

 彼女の向こう側に空が見える。太陽は高い位置にあり、少し眩しい。

「シト」彼女の声を認識した。彼女は心配した表情で、俺を見ている。

 起き上がろうとする。

 彼女は俺の手を掴んで、さらに、背中を支えてサポートしてくれた。

「大丈夫」俺は言った。異性とこれほど密着したことは一度もない。普通なら、少しは慌てるだろうが、今は、それ以上の異常事態が起きていた。

 地面は芝生が敷き詰められている。人口的に植えられた樹々。その奥に、石の壁が見える。それが円を描くようにこの場所を囲っている。

 そして、円の中央には、同じ石造りの城がある。『ハリポ』とか、『ディズ』でしか見たことがない城だ。どちらかというと、『ハリポ』に近い。もしくは、ドイツの中世に建てられた城みたいだ。城より、大聖堂に近いかもしれない。

 他にも、もう一つだけ円柱形の大きな建物が、壁の中に見えた。壁の中の建造物は、恐らく、それだけだ。

 夢だろうか?

 それはない。

 夢を見ている時に、それが夢だと気付けないことは多い。

 でも、現実を、夢と勘違いすることはない。

 それは呼吸であったり、体を動かすだけでわかる。情報量が桁違いだからだ。怖い夢を見た時も、情報量の差で、夢だと気付けるようになった。

 だから、これは、現実だ。

 でも、現実ではありえない。

 そう。

 まるで。

 異世界に来たみたいだ。

 心臓が脈打つのを感じた。夢だと、こんなものを感じることは無い。

 自分の体に触れる。

 生きている。

 もう一度周りを見渡す。

 他に人は見当たらない。

 壁の高さは三十メートル程。門らしきものは、どこにも見当たらない。城の反対側の死角にあるのだろうか?城の高さは、五十メートル程で塔がくっついている。その棟は百メートル程の高さだろうか。城の屋根は細く尖り、古風な窓がいくつかある。

 その城の他にも、建物がある。大きな円柱形の建物で、横幅が五十メートル程。高さは十メートルくらい。人工的な建物は、全て濃いグレィの石造りだ。

 目の前の女の子を見る。

 目が合う。

 綺麗な赤色の瞳。

 彼女の胸元が汚れていた。

「大丈夫?」彼女が言った。

「えっと、名前は?」俺は言った。

「えっ?頭、打った?」

 体を確かめる。痛みはない。

「大丈夫」俺は答えたが、自分の胸にも彼女と同じ汚れが付着していた。それを右手で払う。それは、少し濡れていた。そして、右手にも汚れが移った。

 その汚れをジッと眺める。

 それは、血だった。

 もう一度、自分の胸元を見る。これが血だとすれば、かなりの出血量だ。血が滲んでいる部分の体に触れた。怪我はないようだ。

 彼女の胸元の汚れを見る。どうやら、それも血らしい。でも、服に染みた血の濃さや範囲からして、自分の方が重症だったはずだ。

 そうじゃなく、彼女の服の汚れは、看病した時に、付着したものだろう。服に触れた手が汚れたのだから、同じように彼女の胸元も汚れたのだろう。

 この状況は何だろうか?

 例えば、俺が鈍感で、見ているだけでイライラするやつなら、ここで『これは夢だ』とか『ドッキリか?』とか言っていただろう。でも、そんな間抜けじゃない。

 本で何度も読んだことがある。

 ここは異世界だろう。

 異世界転生か?

 でも、俺は死んでいない。

 そういえば、昨日、トラックに轢かれかけた。あれが関係しているのだろうか?もし、あのトラックに轢かれて、この状況で目覚めたなら、異世界転生だろう。

 でも、昨日は、トラックを避けた。そして、弁当とお菓子を食べて、眠った。

 目が覚めたら、この状況。

 俺が着ている服は、俺の物じゃない。彼女が着ている制服の男版だろう。スカートじゃなくて、長ズボンだ。もし、異世界に召喚されたのなら、俺の服や姿のままだ。

 でも、さっき、自分の手を見てわかった。これは、俺の手じゃない。指の長さや肌の色に馴染みがない。喋った時の、声だって、別人だった。

 つまり、目が覚めたら、異世界にいた。

 そして、異世界の誰かの体を操っているのだろう。操っているというよりは、魂が入れ替わったような感じだ。

 そして、元の体の主は、怪我をして倒れていた。その知り合いの彼女が助けに来たのだろう。

「頭を打ったのか、記憶が曖昧になっている」俺は嘘を付いた。成りすますのは、不可能と判断したからだ。

「そう」彼女は、俺のデコを優しく撫でた。柔らかな掌の感触と熱を感じる。

「えっと、名前って何だっけ?」俺はきいた。

「頭を打ったのはホントみたい」彼女は驚いた表情を浮かべた。


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