王国ルート
やっほー。
【選ばざる、あり得ざる冒険の一幕を】
◇幸運◇英雄◇???◇
◇◇◇
◇◇
〜これは、"そうはならなかったお話の一つ"
ぽか、ぽか。
呑気な蹄が柔らかな地面を鳴らす音。
がたん、ごとん。
サスペンションのない車輪が回り、地面からの反動を鳴らす音。
お花畑に囲まれた街道を、簡素な馬車が一台、進む。
「ウィス、ウィス、ウィスウィス、ほら、ご覧くださいな。すごいわ、この街道、お花畑に囲まれてるわ」
馬車の客席の中、彼女の明るい声が跳ねる。
貴き血が育んだ美貌に、まるまるとした目の中、星型の虹彩が輝く。
「あー、はいはい。お花畑ならアンタ、頭にいつも広がってるだろーがよ。そんな珍しいもんかね」
対面、馬車席に背中を大きく預けて自分の爪をいじる赤髪の大男が悪態をつく。その巨躯に、客席は少々手狭らしい。
「あらあら、ふふ、わたくし、馬鹿にされてるわね」
「おっとっとぉ、皮肉が伝わるたぁよ、もしかしてまだお花畑も手遅れじゃーー び!!」
がたん、ゴトン。
突如、跳ねる馬車。道の石でも踏んだのだろう。車輪が跳ねて、大きく席が突き上げられる。
がちん。憎まれ口をニヤニヤしながら叩いてた赤髪の男、ウィス・ポステタス・ヘロスが派手に舌を噛んだ。
「あ、が…… う」
「あらあらあら、クスクス。ウィス、あなた、運がお悪いですねえ。たまたま馬車が跳ねて、たまたまあなたが喋ってたから、偶然にも舌を噛むなんて」
ゆっくりと走っていた馬車が、たまたまなだらかな街道に落ちていた石を偶然踏んで、不運にも車体が跳ねたその時に、赤髪の男がちょうど口を開いていた。
ただ、それだけのことだ。
「う、ぐ、いへえええ、ひょの、"幸運女"、ほんと、てめ、ロクな事に力ぁ、使わねえーー えべっ!?」
だが、それが2回連続するとなると、どうだろう。
口を抑えながら息も絶え絶えに、それでも悪態をつき。
がたん、ガチん。
また馬車が跳ねて、ウィスは舌を噛んだ。彼の舌はもうボロボロだ。
「う、わ、ああ」
静かに、嗚咽する赤髪の男。竜をはじめとする上位生物とも並び合う存在、人類の中の特異点、"英雄"という存在であれ、2連続で舌を噛むと泣いちゃうのだ。
ウィスが静かに、口を開いて泣く。
「泣いちゃった! もーう、ほら、泣かないでくださいな、ウィスー。もう大丈夫ですよ、きっと、幸運にもあなたが舌を噛むことはありません。……それで、わたくしの頭が、なんでしたっけ?」
さめざめと泣くウィスの頭を背伸びしながら緑髪の女が撫でる。
その目はニコニコと微笑んでいるが、彼女をよく知る人物が見ればすぐに気づく。その微笑みには嗜虐の色が濃く映っていることに。
「なんでも、ありませェン……」
「よろしい。やはり素直が一番ですよ、ウィス」
緑髪の女の微笑みに、くそっと呟きながらも、ウィスが気を取り直し、窓枠に顎を乗せて外の光景を眺める。
「………のどかな場所だなァ、なあ、お姫様よ。ほんとに目的地はこの辺なのか? 事前のミーティングで確認してたような事件が起きそうな場所たァ、思えねえよ」
「フフ、ウィス、花が何故美しいかご存知ですか? ある魔術師の話によると、お花は虫を媒介してその種を広げるようです。自分に必要なものを、呼び寄せる為に生き物とは美しさを選ぶものなのですよ」
「……ポエム?」
ウィスがボソリと呟いて。
「また舌を噛みますか? 不運にも……」
緑髪の女が、それににっこりと微笑む。
「ひえ。ご勘弁を、我が姫さま。なあ、でもよ、俺様ァ、やっぱ信じられねえぞ。あの男が、マジでこんな呑気な場所で消息をたったていうのがよお」
緑髪の女の笑顔の迫力にたじろぎつつも、ウィスが話す。
あの男。
この2人の目的はある人物の捜索だった。
「フフ、ええ。お姉様のお気に入りが一気に2人、あの村で消えたわけです。気になるでしょう? ああ、冒険と試練の気配がしますねえ」
クスクスと喉を鳴らす緑髪の女。横にひとつまとめた長いサイドテールが窓から差す日の光を反射し、ヒスイのように輝く。
「あの覇王様が俺たちに頭を下げるくらいだァ、あんま普通じゃねえ何かは覚悟してるけどよお、アイツがまさか、ねえ」
ウィスが荒々しさと鋭さが同居した顔を顰める。アイツと言う言葉には僅かな敬意と畏れが滲んでいる。
「あら、ウィス、随分、彼のことを気にしてるのね。フフ、あなたが男の人のことを話すなんて珍しいわ」
星型の虹彩の目をぱちりと開き、緑髪の女が意外そうな声を上げた。
「うっせ、それを言うならアンタも、だろ。……よお、アンタ、わかってるよなァ、いずれ俺たちは、あの国に牙を剥くんだぜ。アンタの姉ちゃん、あの覇王様の下についてるってことはよぉ」
「あらあら、フフ。ウィス、そんな悲しい顔をしないでちょうだいな。あなたが悲しそうにしてると、わたくしも悲しいわ」
「…………」
どの口が言ってんだか。ウィスはしかし、その感想を口に出すことはしない。それを口にすれば、自分がまた不幸にも舌を噛むのは分かりきっていた。
「逆に考えなさいな、ウィス。わたくし、閃いたんですよ」
「あ?」
「わたくしの国盗りに、あの2人も協力してもらいましょ」
緑髪の女が笑う。朝にしか咲かない花の花弁が、そっと開いた、そんな笑顔で。
「はっ、国盗り? 滅ぼすの間違いだろぉ?」
赤髪の大男、ウィスが、口を尖らす。
「んー、どうでしょう? 結果的にはそうなるかも知れないし、そうならないかも知れない。まあ、これも、ウフフ、運試し。あの2人が、わたくしたちの趣味に付き合ってくれるなら、案外……」
がたとん、がたん。揺れる馬車の窓から頬杖をつきながら外を眺めてつぶやく女。
「……アンタ、連中が王国に来てから、変わったなァ」
目を細めて、赤髪の男がそれを眺める。
「ふふ、あなたもですよ。わたくしの英雄。さあ、そろそろ着きますね、王国の竜教も、帝国の天使教にも属さない異教の村。年に一度の奇祭の季節に、王国の貴人を何人も平らげる不思議の村」
「盛日の月に入って、王国の騎士が数十名、竜教団の関係者数名、そんで王宮魔術師が一名、そして、あの2人。覇王様や、兄王子様の手先が、全員消息を絶っている村ね。ぎゃはは、もうクロ確定だろォ」
「ふふ、ええ。たのしみです。さて、この村はどんな試練をわたくしに見せてくれるのでしょうか」
とても楽しみな遊びの時間を前にした子供のように弾んだ声。星型の虹彩をキラキラと輝かせ、花畑を見つめる女が微笑んで。
「まあ、たしかに楽しみだぜ。ラザールの隠密の腕と、あのイカれの鉄火場での立ち回りは本物だ。それが消息を絶ったというと、ギャハハ。ああ、少しはよお、楽しめそうだなあ」
「フフ、たしかに。ーーまあ、どうせ生きてるでしょうけどね」
緑髪の女。どこまでも幸運で、最初から歪みきっている花が喉を鳴らす。
「そうでしょ? 王国第一王女隠密頭、"影の牙"ラザール。それにお姉様の宰相ーー」
彼女が微笑む。
この女は知っている。自分は何が好きで、何が楽しくて、何のために生きているのかを誰に教えられずとも、この女は知っている。
己の幸運を試す、決まりきったこの世界の結末をめちゃくちゃにする。己の趣味こそが、この女の生きる意味。
そんな趣味の、良い遊び相手を想って笑う。なぜか、そのヒトのことを思うと、彼女はいつもたのしくなってしまうのだ。
「竜喰らいのトオヤマナルヒトさん」
緑髪の女。人類権唯二の国。王国 王位継承第三位。第三王女。
フォルトナ・ロイド・アームストロングの楽しそうな声が、花畑を弾んだ。
〜現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで!〜外伝: 毎年、なぜか行方不明者が発生するのどかな田舎の村に幸運な女と腕っ節の強い男がお忍びで旅行に行ってジメジメホラーをクソ幸運とクソ暴力でめちゃくちゃにぶちのめすお話☆あなた達、運が悪いですね☆
王国ルート:フォルトナ・ロイド・アームストロング編
ーーはじまり。
本編も宜しくお願いします。
10月の書籍情報の公開に合わせてこのお話は同時に更新していく予定です。
特別版!