憧れの伯爵令息への誕生日プレゼントに誤って婚姻届を入れてしまったところ、翌日受理されていた!?
「でね、僕がベッドで横になって本を読んでいたら、リートがお腹に乗ってきて、喉をゴロゴロさせながら香箱座りしてしまったんだ。動けなくなっちゃって困ったよ。ハハ」
「まあ、それは微笑ましい光景ですね」
貴族学園のとある昼休み。
私は伯爵令息のラウル様と二人、いつもの東屋で世間話に興じていた。
あぁ、今日もラウル様は麗しいわ……。
夜空に瞬く星々を彷彿とさせる銀色の髪に、目が合うだけで吸い込まれそうになるエメラルドの瞳。
神が生み出した芸術品とも呼ぶべき造形美には、ただただ溜め息が出るばかり。
――だというのに、生粋の猫好きで、ペットのリートちゃんのことを溺愛しているという一面もあり!
何というあざといギャップ萌えッ!!
こんなの好きになるなってほうが無理な話じゃない!?
――できることなら私が、ラウル様の婚約者になりたい。
でも、女である私から気持ちを伝えるなんてはしたないこと……。
もうすぐ貴族学園も卒業だけれど、この想いは墓場まで持っていくつもり。
「そういえば、最近ニャッポくんは元気かい?」
「ええ、元気すぎて私が勉強していたらいつも邪魔してくるので、ホント参ってます」
「ふふ、そっかー。いつか僕もニャッポくんに会ってみたいな」
「……ええ、機会があれば、是非」
「楽しみだなー」
無垢な少年のように目を細めるラウル様は、本当に幸せそう。
同じ猫好きというのがキッカケでラウル様と仲良くなれたので、ペットのニャッポには感謝している一方、それが原因でこんなに胸が張り裂けそうになっていると思うと、正直複雑な気持ちだ。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさいコレット。そういえば、明日はラウル様の誕生日よね?」
「っ!?」
帰ってくるなり開口一番、お母様がそんなことを言ってきた。
お、お母様!?
「な、何でお母様が、ラウル様の誕生日を知ってるんですか……」
「ふふん、母を舐めるんじゃないわよ。娘の懸想してる相手の誕生日くらい、ちゃんと下調べ済みよ」
「け、懸想……!」
何でお母様が、私のラウル様に対する恋心を知ってるの!?
誰にも言ったことないのに……!
「バレてないとでも思ってたの? あなたいつもラウル様の話しかしないし、完全に恋する乙女の顔になってたから、バレバレのバレだったわよ」
「そんな……!」
何それ超恥ずかしい……!!
穴があったら、入りたい!!
「ちゃんと誕生日プレゼントは用意してるんでしょうね?」
「いや、あの……」
一応、用意はしてますけど……。
「ふふん、まあこの母に任せなさい。あなたに代わって、私が最高のプレゼントを用意してあげたから!」
「え?」
ドヤ顔でお母様が差し出してきたのは、一枚の紙。
何かしらこれ?
「――こ、これは!?」
そこには、『婚姻届』の文字が――!
えーーー!?!?!?
「親の欄にサインはしておいたから、あとはあなたが自分のサインを書けば、プレゼントの完成よ! 明日でラウル様も18歳で、成人だからね。ラウル様に名前を書いてもらって役所に提出すれば、晴れて二人は夫婦よ!」
「気は確かですかお母様ッ!!?」
昔からいろいろと思考がブッ飛んだお方だったけれど、まさかここまでだったとは……!!
「それに、女である私から求婚するなんて……」
「あら、まだあなたそんな古いこと言ってるの?」
「――!」
お母様……。
「もう時代は変わったのよ。女だからって、男からプロポーズされるのをただただ待ってる必要なんてないの! 好きなら好きって、ハッキリ言ってやればいいのよ!」
「……」
お母様のこういう常識に縛られないところは、本当に凄いと思う。
実の娘なのに、何で私には遺伝しなかったんだろう……。
「まあ、とはいえ無理強いするつもりはないわ。これを渡すかどうかは、あなたが決めなさい」
「は、はい……」
でも、ごめんなさいお母様。
やっぱり私には、そんな勇気はないです……。
「婚姻届、か……」
机に座って婚姻届を眺めていたら、ラウル様の超美麗なタキシード姿が目に浮かび、慌てて振り払った。
あわわわわわわ、私は何を……!
……でも、まあ一応、自分の名前を書くくらいだったら、別にいいわよね?
私は震える手で、妻になる人の欄に自分の名前を書いた。
わ、私がラウル様の、妻に……!!
うおおおおお、無理無理無理無理……!!
私には役不足よおおおおお!!!!(この『役不足』は誤用の意味の『役不足』です)
「ふぅ」
深呼吸して心を鎮め、婚姻届を四つ折りにする。
その上に、猫用の青い首輪を置いた。
これは私が手作りした、ラウル様への誕生日プレゼントだ。
リートちゃんは白猫らしいから、きっとこれが似合うと思う。
ラウル様、喜んでくれるといいけど。
「にゃあぁん」
「あっ!」
その時だった。
ペットの黒猫のニャッポが机の上に乗ってきて、首輪を興味深げに睨んだ。
「ダ、ダメよニャッポ! これ、作るのすっごく大変だったんだから!」
「にゃあぁん」
ニャッポはオモチャもすぐ噛んでボロボロにしちゃうんだから!
私は慌てて首輪をプレゼント用の袋の中に仕舞い、それを鞄の中に入れた。
「さあニャッポ、あなたにはこれで遊んであげますからね」
「にゃっ、にゃあぁん」
猫じゃらし型のオモチャを振って、ニャッポを誘導する。
ニャッポはこれに目がないのだ。
「にゃっ、にゃっ、にゃあぁん」
「うふふ」
ニャッポと私は、お互いクタクタになるまでじゃれ合った。
「それでね、リートの後ろにこっそりキュウリを置いておいたら、振り返った瞬間ビョーンて飛び跳ねてね。いやぁ、可哀想だったけど、凄く可愛かったなぁ」
「うふふ、何で猫って、キュウリにあんなに驚くんでしょうね」
そして迎えた、ラウル様の誕生日当日の昼休み。
私は満を持して、鞄の中からプレゼントの袋を取り出した。
「と、ところでラウル様……、これ、お誕生日おめでとうございます」
「っ! あ、ありがとうコレット。僕の誕生日、覚えててくれたんだ」
「もちろんです」
忘れるわけないじゃありませんか。
お慕いしている方の誕生日なんですから……。
「とても嬉しいよ……。開けてもいいかな?」
「どうぞ。気に入っていただけるといいのですが」
「わぁ、これは、猫用の首輪かい?」
袋を開けたラウル様の瞳が、キラキラと光り輝く。
「はい。一応私の手作りなんですけど。ニャッポの首輪も、普段私が作ってるので」
「コレットの手作りッ!?」
「?」
手作りというワードに、ラウル様が過敏に反応した。
ラ、ラウル様?
「そうなんだ……。本当にありがとうコレット。これ、一生大切にするよ」
「あ、ど、どうも」
まさかそんなに喜んでいただけるなんて。
余程リートちゃんのことを溺愛なさってるのね。
「――あ、あれッ!!?」
「??」
袋を覗くラウル様の顔が、今度は耳まで真っ赤になった。
ラウル様???
「こ、これは……、君の僕に対する気持ちと受け取ってもいいのかな?」
「え?」
私の、気持ち?
ああ、まあ確かに、その首輪は私のラウル様の誕生日を祝いたいという、気持ちの表れではありますけど。
「はい、それが私の気持ちです。受け取っていただけますか?」
「もちろん。……凄く、凄く嬉しいよ」
ラウル様は何かを嚙み締めるように、プレゼントの袋をギュッと抱いた。
そんなに首輪を気に入っていただけるなんて。
苦労して作った甲斐があったわ。
「帰ったら早速両親を説得するよ。――どうか明日まで待っていてほしい」
「――!?」
ラウル様はいつになく真剣な表情で、私の手を強く握ってきた。
あ、あわわわわわわわ……!
ラウル様のご尊顔が、こんなに近くに……!
でも、ご両親を説得って、やはりラウル様くらいの名家となると、ペットに首輪を付けるだけでもご両親の許可が必要になるものなのね。
「はい、お待ちしておりますね」
「うん、任せてくれ」
この日、ラウル様の距離感がやたら近かった気がしたのだけれど、多分気のせいよね……?
「あら?」
自分の部屋に着いて机を見た途端、異様な違和感を覚えた。
何かが足りない気がする……。
ああそうだ、昨日お母様からいただいた、婚姻届が消えてるじゃない。
どこにいったのかしら?
机の周りを探すも、どこにも見当たらない。
「にゃあぁん」
「きゃっ」
ニャッポが額をスリスリと擦りつけてきて、構ってアピールをしてくる。
もう、本当にニャッポは甘えん坊なんだから。
まあ、婚姻届はどの道使うことはないんだから、別にいいわよね。
「じゃあニャッポ、今日はこれで遊ぶわよ」
「にゃっ、にゃあぁん」
私はネズミ型のオモチャを取り出して、それをニャッポの目の前に放り投げた。
ニャッポはオモチャに物凄い勢いで跳び付き、ガジガジする。
「にゃっ、にゃっ、にゃあぁん」
「うふふ」
そんなニャッポを見て、私は目を細めた。
「あら?」
そしてその翌日。
私がクラスに入ると、ラウル様が大勢のクラスメイトに囲まれていた。
いったい何があったのかしら?
「あっ! やっと主役が来たわね! もう、やるじゃないコレット!」
「へ?」
私を見付けたクラスメイトが駆け寄ってきて、私の肩をパシンと叩く。
んんんんんんんん????
「虫も殺せないような大人しい顔して、意外とやること大胆ね!」
「おめでとうコレット! まあ、くっつくのは時間の問題だと思ってたけどね!」
「推しカプのゴールを見届けられて、私も最高の気分よ……!」
「あ、あの、みんな……?」
さっきから何の話……?
「――コレット」
「――! ……ラウル様」
ラウル様がいつになく凛々しい佇まいで、私の前にお立ちになった。
ラ、ラウル様……?
「昨日あの後両親に相談したら、大層喜んでくれてね。その足で役所に行って、提出してきたよ」
「――!?」
役所に……提出!?
「これで僕たちは晴れて夫婦だ。――これからも末永くよろしくね」
「――!!!!」
ラウル様はみんなの前であるにもかかわらず、私のことをギュッと抱きしめてきた。
えーーー!?!?!?
ま、まさか……!!
――この時、私の頭の中で、全ての点と点が繋がった気がした。
今思えば私はあの時、四つ折りにした婚姻届の上に首輪を置いた。
そしてそのまま、婚姻届ごとプレゼント袋の中に仕舞ってしまったのでは……!!
「――愛しているよコレット。もう一生離さない」
「あ、は、はい。……わ、私も、です」
ふおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?
「よーしみんな、新婚夫婦を胴上げよ!」
「「「オー!!」」」
「なっ!?」
クラスのみんなから胴上げされる、私とラウル様。
ラウル様は少年みたいにアハハと笑っている。
ハ、ハハ……。
帰ったらお母様から、「それでこそ私の娘よ!」とドヤ顔される未来が見えるわ。
――因みにこの少し後、ニャッポとリートちゃんも夫婦になるのだけれど、それはまた別の話。