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モルダナの咲く頃に  作者: 塩谷 渚
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灯籠と笹舟

 蝉が鳴き始めた頃に夏はやってくる。商店街では西瓜やらお萩やらが店頭に並び盆に備えての品物が並び、軒下には暑さを忘れさせるような優しい音色の風鈴が飾られている。それだけでは厳しい暑さなのだろう。過ぎゆく人の中には手持ちの扇風機を持っている人や、夏祭りということもあり、扇子や団扇を服装に合わせ持っていたり、配られたものをそのばしのぎで使っている者もいた。街の中は至る所でしゃぎりの賑やかな音が響き渡り、人々は思い思いの服装で、家族やら友達と祭りを昼間から楽しんでいた。屋台のご飯の匂いは祭りの雰囲気をさらに高めすでにお酒を飲んで酔っ払っている者でさえ、仕事帰りの気怠い気持ちを吹き飛ばすやけ酒ではなく、祭りの中の高揚感を感じ、楽しみながら飲んでいた。

 そんな人々とは裏腹に、たった一人の少女が、祭りから少し離れた路地裏の何もない小川に自分自身の感情を笹舟や灯籠に乗せ流すかのように、ただただひたすに覗き込んで戻ってこないでほしい感情を洗い流すかのように泣いていた。祭りに来れば少しは気持ちが晴れると、少し期待して来てみたものの楽しむどころか、思い出が込み上げてきてそれどころではなくなっていた。彼女の耳にはイヤホンが付けられており、遠くからでも響く楽しそうなその音を完全に遮断していた。

「バカ…」

 なども何度も桃華はそう小川に向かい呟いた。しかしそう呟きたくなるのも無理はないだろう。彼女の愛した人は彼女に別れを告げずにいなくなってしまったのだから。

「翔也…一体どこに行っちゃったの?どうして何も言ってくれなかったの?次の祭りも一緒に来ようって言ってたのにその約束でさえ

 貴方は忘れてしまったの?」

 何度言っても何度繰り返しても、彼の暖かさも、彼女だけに見せていた笑顔も、もうないのに声の限り彼女はそう呟いていた。でもそう繰り返せば繰り返すほど彼を悪くしたく無い気持ちから、自分への憎悪が強くなるのであった。

「桃華、ずっと俺と一緒にいよう。そして桃華が、俺を選んでくれるのであれば、俺は君と結婚してといろんな感情を共有していきたいし、不安なことがあるならば君を全力で支えていきたい。君の悲しむ姿をもう見なくていいように僕が君のことを精一杯幸せにする。」

 そう言って自分のことを抱きしめたいないはずの翔也の声が何度もこだまする。桃華は初めて自分にそう言ってくれた彼の言葉や、声を思い出すたびに涙を流していた。もういなくなって一週間は経つというのに、桃華は元気がなく食欲も無いせいで、彼女はどんどん痩せていた。

「桃華‼︎いつまで彼のことを引きずっているの⁉︎」

 普段であれば、優しく味方でいてくれる母でさえも、心配で見ていられない姿にいつの間にかなっていた。そんなことをいちいち言われなくても、彼女自身そんなことはわかっていた。でもいくら忘れようとしたところで二人で歩いた通学路、お揃いで買ったネックレスや洋服などの思い出の品々が、記憶を蘇らせる。

 普段であれば自分から別れてもこんなに深く傷つくことはなかった。大体告白は相手からで、自分はモテないし冷やかしで告白されてもとりあえずは付き合っていた。だが本気なのは相手だけで桃華は、冷めていた。周りから茶化されるのが嫌で、相手と顔を合わせて話さなかったり一緒にいるのを見られたくなくて、知り合いがいそうな人気を避けてデートしたりしていた。だからお互いがぎこちなくて、長続きせず別れてしまう。だが翔也だけは違った。趣味が合うこともあってか授業中に話したり、休み時間一緒にいたり、人目を気にせず隣にいられた。だからこそ失って初めて本気で相手を愛していたのだと気づいた。

「翔也…」

 夏休み明けの誰もいない教室を見渡し、翔也の席を見つめ自分に言い聞かせる。夏休み長いし、携帯のメッセージに既読がつかないのもきっと忙しかったか、具合を崩しただけで流石に学校は来るだろう。夏祭りに来なかったのもきっとそれが原因で…だから翔也が来たら絶対に夏休み中の不満をぶつけてやるんだ。だけども授業が始まり学校が終わっても彼の姿はなかった。もちろん担任の先生から彼についての連絡もなかった。

(やっぱり翔也は、あの時言った約束全て忘れて、学校にも友達にも何も告げずにどこかへ旅立ってしまったのだろうか…)

 彼のことを何も知らないまま、時間だけが過ぎていき、彼に対する感情が込み上げては溢れ出す。でも誰も何も知らないこの状態ではその感情をどこに吐き出せるわけではなくただ夜の帳が降りた頃、誰の目にも触れない静かな部屋で一人ひっそりと泣くしかなかったのだ。

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