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溶けてしまうより爆ぜてしまいそうです

 その日私の世界は一変した。

 吹き飛んでいく巨体より、私の視線を奪ったのは細身の青年で。

 巨体が地に落ちた音と共に私は恋に落ちたのだ。

 私には如何しても出来ないことがある。

 一つは多肉植物を上手く育てること。店の名前もそのせいによる憧れを拗らせている。

「いらっしゃいませ。店長、一名様御来店で…店長?」

 もう一つはあるお客様の接客をすること。

「…何故、お隠れに?」

 住み込み家政婦兼当店唯一の店員がで調理室しゃがみ込んだ私に声をかける。

「いや、その、だって…」

 強いて言うなら、今来店された方が視界に入った反射です…。

「ああ、この前の買い出しの折に出逢った悪漢はあの方ですか。即刻排除します。」

「待って!違うの!逆だから!」

 あわてて立ち上がってお渡し口(カウンター)から身を乗り出し、ゆらりと歩き出そうとする彼女の腕を必死に摑んだ。

「逆…? ああ、そうでしたか。失礼いたしました。」

 彼女が見るからに不穏なオーラを振り撒いていたのが嘘のように収束する。

ーー事の発端は数日前の定休日に溯る。

 家政婦の彼女は買い出しへ、私は趣味の気ままな散歩に出ているときだった。

 人気のない道が好きな私が細い道を選んでいつものように当てもなくさまよっていると、なんと知らない人に捕まり、無理矢理何処ぞへ連れていかれそうになってしまった。

 いや、此方が覚えてないだけのお客様の一人とかだったかも。だとしたら申し訳ないような…。

 いや、そこはどうでもよかった。

 未だ跡が残ってるくらい強く捕まれて引きずられそうになってた所を助けてくれた人がいるのだ。

相手の男性の腕を払いのけたまま懐に飛び込み、そのまま相手をひっくり返してしまった彼は本当に格好良かった。

 無駄がないのだろう、テレビドラマの様に綺麗な動き。自分より高い身長に長い手脚は細身に感じさせるが、ひょろい訳でもなさそうだ。

 整った顔立ちは表情一つ変えずに巨漢を投げ飛ばしたのに、此方の腕の跡に気づいた瞬間にすぐさま心配そうに代わって近寄ってきたときは、目の前に液晶が存在してるのではと錯覚を起こした。

 いや、この俳優綺麗…と錯覚に呆けてる場合じゃない、助けて貰ったからにはら何か御礼がしたいが、手ぶらで歩いていたのでなにもできない。

 仕方なく後日御礼をさせて欲しいと店名と大体の場所を教えて数日。

 なんと彼はあの翌日からきてくれているわけである。そんな早く来てくれると思わなくて何も買いに行けなかったけれど眼福(しあわせ)です、ありがとうございます。

「ここ数日挙動不審だった訳が理解できました。御礼は済まされたのでしたら新たな顧客獲得おめでとうございます」

「そう、なんだけど…」

 来店初日は緊張しながらも割合まともに接客はできた。

 そのときにその日ご購入の物の無償化、あと貯まると次回が従業員割引価格(はんがく)になるポイントカードに永久満点と書き加えてお渡しした。

 うん、ホントはなんか気の利いたプレゼントでも買って渡したかったけど男性の好みとか解らないし喜んでもらえたからいいとしよう…。

 とにかくその日から彼は、姉のおやつの差し入れの為と称しておみやげにスイーツの購入をしたり、店内で軽食をとる日もあった。

 キッチンにいる私と目が合うとひらひらと手を振ってくれたりする。その為日に日に心臓は高鳴り、数日感ですっかりまともに顔も見れなくなってしまって今日はお店にいてくれるだけで仕事にならない。

 数日でこれなのだ、明日は憤死したローマ人のように緊張と心臓の酷使でいきなり死んでしまう気がする。

 怒ってはないからときめき死だろうか…いや、なんだその頭の悪そうな病名は。絶対嫌だ。

 別に血圧は高くないけれど、そろそろ心臓は喉辺りまで来てる気がする。

 少女漫画や恋愛小説で初恋は何度も疑似体験(よしゅう)してたからいざ落ちても大したことないだろうなんて高をくくって生きてましたごめんなさい。

 あれだ、ホラーゲーム実況を見て楽しんでいられたのにいざ体験してみると怖くって動けないで殺された時に良く似ている。

 恋愛はジェットコースターに似ているらしいのでVR体験の遊園地より実物もきっとさぞ恐いことだろう。行ったことないからよくわからないけれど。

 結局疑似体験は疑似体験であり、当事者になるのとは違うのだと再認識をしながらしゃがみ込んだ。

「緊張しちゃってホールにでれそうにないから私、キッチンに籠城する!」

 ちなみに二人で回してる小さな店なので普段は調理室と調合室(キッチン)以外にも私も出るようにしてる。

「解りました。では注文を承って参ります。」

「おねがいします」

 シックなメイド服をイメージした制服で音もなくテーブルに向かう彼女と、整った顔立ちで内装に拘った店内で注文をする彼。

 なんかホントに彼処(アソコ)だけはテレビの中の世界みたいで、内装に妥協しなかったかつての私を褒め称えたい。

 とか思っていたら、注文を聞いたわが家にいるには勿体ないほど所作の綺麗な自慢の家政婦兼唯一の店員が帰ってきた。

「本日はラズベリーのタルトをお土産に、店長との相談コースをご所望です。」

「はーい…へ?」

「店長との相談コースをご所望です。私には如何にもできませんのでご武運を。」

 なんと指名されてしまいました、逃げられない。

素直にカフェだけやれば良いところ、ハーブ専門店にして調合も承ることにした過去の私よ…なんてことをしたんだ…。

 彼女は家事のプロであり、その延長的にお店も手伝ってくれてるだけ。

調合に必要な細かい確認も必要なので、私自身が話を聞くしか無い。

 手のひらに人を書くこと三回、即席の生贄を飲み込んだ私は意を決して彼の元に向かうのだった。

これはきっとこれから始まる誰もどこにも進めないもどかしい物語

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