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最弱貴族は仕方なく最強を目指す  作者: 鈴白リンネ
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まさかまさかのまさかでした

 この世界の人間たちは各々1つだけ能力を授かって生まれてくる。



 それは『髪の毛の伸びる速度を変えられます』なんてものから、物を引き寄せたり吹き飛ばしたり、あるいは未来予知なんて能力まで様々だ。



 その能力が高い人間が生まれやすい家系、それが貴族である。身分が高ければ高いほど、理由はまだ解明されていないが、固有の強力な能力を持つ子が生まれやすいとされている。



 よって、強力な力を持った人間の集団は当然権力を増し、この世界の社会を回すのは完全に貴族となり、現状平民には苦しい社会であった。



 だから皆何としてでも貴族でありたいのである。



 そう言った建前を頭の中で確認しながら、下級貴族の中でも最下級貴族であるロゼ家次期当主ロゼ・アイノールド・ネルは、現当主である父親の唐突な馬鹿げた発言にあんぐりと口を開いた。



「家、潰れそうなんだが、どうすればいいと思う?」

「は?」



 ネルは先日18歳。そして成人は18歳であり、原則成人を迎えた貴族は徴兵令により、最低2年は軍に所属しなければならない決まりがあった。



 つまり、軍入隊を間近に控え準備に追われるそんな頃、配属にあたってかかる費用が少なからずあることを打ち明けてみると、金を出す出さない以前に家が没落しそうなことが知らされたのだった。



「いやだから、没落しそうなんだけど、どうすればいい?」

「いや知ってるけど、確か前に経済的に苦しい貴族のためにと上級貴族の方から救済措置の支給があったよな?」

「ああうん、貴族ならその卓越した能力から得られる利益とそれらをまとめた報告書を提出しろってやつでしょ。あれ、ムリだから」

「は?」

「は、じゃなくてほんとにムリなんだって」

「何でだよ」

「あれ?お前、俺と母さんの能力知らないんだっけ?」

「音と心に関する能力だってことは知ってるけど」



 ネルの事前知識ではかなり重要なところがないらしい。



 あー、と声を洩らしながら下を向き、髪の毛をクシャクシャと掻いて父ロゼ・ラドクライン・アイノールドは何かを決意した。



「何だよ、そんな真顔で」

「実はな、父さんの能力、心の中で会話したい人と会話できる開心術って類の珍しいタイプの能力なんだけど……」

「じゃあ、何でダメなんだよ」

「一番話を聞かれたくない人にだけ聞こえてしまうっていう、大きな欠点がある能力なんだ」

「なんて不完全な能力だ!せっかく聞かれないように話してんのに肝心の人に聞かれたら意味ないだろ!だったら普通に話すわって話だわ!!」



 息を乱し、肩を上下させたネルだが、没落、父の能力、三度目の正直、今度こそ驚くまいと身構えて話を進める。



「じゃ、じゃあ母さんの能力は?」

「母さんはなーー」

「うん」



 ドクンドクンと鼓動がゆっくりと高鳴る謎の緊張の瞬間。



「母さんの能力は相手の声が自分にだけ届くようにできる力なんだ」

「逆!自分の声以外聞こえなくする力なら、戦闘で重要となる感覚機関である相手の聴覚を奪えるのに!もったいねー!!」

「いやーお見合いのとき一目惚れしちまった俺の愛の告白を、能力によって自分で作り出した静かな空間で聞き届けた母さんの照れた顔は今でもいい思い出だぜ……」

「求めてねぇんだよ!そんなのろけ!誰得だよ!!」



 ネルは文字通り息も絶え絶えであった。

 明日はこれまで通ってきた魔導学園の卒業式。それが過ぎれば2年軍人。

 割合ハードスケジュールなところに舞い込んだ唐突な家計の危機ならぬ家系の危機。

 からの(まあもともと、うちが貧乏なのには両親になんらかの原因があるんだろうなとは思っていたが)、そんな想像を凌駕するほどのとんでもなさっぷり。

 ネルの脳内はキャパオーバー。

 ただいまオーバーヒート中だった。



「どうしようか?」



 と、父。逆に「どうしようか?」と聞き返したいくらいである。が、一旦耐えて、



「ま、没落したらそれはそれで仕方ないし、素直に平民として働こうな」

「え、ヤダよ」

「働けや!」



 耐えることは、不可能であった。

 父、石油の泉を財産に生きてきたようなグータラ男。

 母、今頃はおそらくテラスの方で日向ぼっこ。完璧な箱入り娘にして、世間知らずの平和ボケ女。

 どうしようもないロゼ家本家。



「えー、働くってなにすりゃいいのよ。署名して適当に手振って、『頑張れ!』って言ってるんじゃだめなのー」



 なんて言い出すくらいバカな大黒柱に平民の大黒柱は務まらない。



「マジ、終わた、この一族……あ、分家の方の方達はどうなさっているんだ?」

「ん」



 この父に敬語を使わなくなったのはいつ頃のことだったろうか。

 そんななぜだか悲しさを胸を締め付けられながら、一枚の手紙をネルは受け取り開く。

 羊皮紙に朱色のシールで止められたしっかりとした手紙だった。重要な書類であることは間違いなし。汗ばんだ手で恐る恐る開くと、



「ロゼ家分家一同は早々に足を洗わさせていただきます。我々は昨日、第一貴族アストレア家に直々に嘆願させていただき貴族を抜けさせていただくことになりました」



 ーーまさかの分家、本家に断りもなく抜ける。



「おい、父さん。いや、親父(おやじ)

「ちょっと言い方変えないで。怖いでしょ」

「あんた、もしものとき責任を分家に押し付けるつもりでいたから、没落について黙ってやがったな?」

「ああ、うん。世渡り上手、これぞ俺!」

「軽蔑してんだよ!」

「プラス思考だと言ってくれ」



 絶句。

 してから、ネルは頭を抱えて、とりあえずの猶予である軍の入隊式のある1週間後、それまでにこの『没落問題』をどうにかするため全力を注いで策を練る。



「……はぁ、マジどうすっかなぁ」

「なに?そんなにやべぇのか?」

「いやいや、軍入るって言っちまったのに家没落したのでやっぱムリですとか……言えるわけねぇだろ……あの鬼教官に……」

「じゃあやることは1つだな」

「なに?」

「お前の能力にはまだ利益を提示できるかもしれない可能性が残っている。さ、明るい未来に向かってレッツゴー!背中は任せたぞ、我が息子よ!あと、全てを託すぞ未来の英雄よ……ぐは」

「ぐは……じゃねぇよ!かっこよく言えば許される法律はねぇからな!」

「終わりよければ全て良し!」

「使い方がちげぇ……!!」



 家を飛び出し、仕事を投げ出す、一騎当千の大バカ者とそのバカを振りかざされ家に磔にされる真面目な息子という世の穢れを具現化したかのような光景が残るロゼ邸であった。


 

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