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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第六章 二年目・夏 一度きりの夏

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46 残酷

本日二話目

 三里ナインの疲労は、試合前の練習を見ている段階で分かっていた。

 動きが遅い。あの俊敏な星でさえ、ゴロを取るのが遅いし、球に手がついていかない。

 センターの西もダッシュが全くついていっていない。


 無理だ。白富東のほとんどの人間がそう思った。

 思わなかったのは、諦めるということを知らない大介と直史、そして意外なことに、武史だった。

「あいつら、力抜いて動いてません?」

「え?」

「いや、俺がそう思うだけなのかもしれないけど、野球って休むのと動くのがけっこうはっきりしてるから」

「だから動けてないんだと思うんだが、違うのか?」

 兄の問いに対して、武史は首を傾げる。

「まだ練習だからってのもあるだろうけど、本当に最低限の動きしかしてないって言うか……意識的にたらたらしてるような?」


 そう言われてみれば見えなくもないが、疲弊しているのは確かなのだ。

 ユニフォームさえ泥だらけで、まさか試合後にまで練習をしているのではなかろうか。

 国立監督は自分も故障している過去を持っているので、その辺りの見極めはちゃんとしてくれそうだが。


 ほとんど最前列に行って応援をしている大介は、本当に体力も化物だ。

 まさにあれこそ、夏の甲子園で戦うために生まれてきた生き物だろう。

 ほとんどの白富東のメンバーは、ただ試合の進行だけを見ていた。




 先攻のトーチバは、いつも通りに先取点を取っていた。

 ランナーを一人出してからの、四番の一振りでツーラン。コントロールや緩急を無視するような、圧倒的な一発。

 しかしその後は、やや淡々と過ぎていった。

 二回の表、三回の表と一点ずつ取られて、三里の攻撃に快音はなし。

 そして四回からピッチャーは星に代わる。


「……おっそ」

 鬼塚が思わず言ってしまうぐらい、星のストレートにはスピードがない。

「そりゃ、全く肩を作ってなかったからな」

「あ、そういえば」

 冷静な直史の指摘に、首を傾げる一年生たち。

 視線は水島に向けられる。偵察力に長けた副キャプテンは肩をすくめた。

「まあ見ておけよ。また星が魔法を使うかもしれないからな」


 魔法。

 水島は確かに手塚と仲がいいアニオタであるが、男に対して魔法使いという蔑称は使わない。

「肩を作らなかったのは、作る必要がなかったからか?」

 速球で勝負する岩崎からしてみれば信じられないが、直史には理解出来なくはない。

 正直なところ直史は、肩を作るということの意味が分からない。それは彼が今まで、一度も全力投球をしたことがないからである。

 一度だけ限界を超えたと思った時は、肩ではなく肘に負担がきた。そしてそれ以降も、腱などを守るためのウエイトトレーニングはしていない。

 スピードが必要ないなら、肩を作る必要はないというのが、彼の考えだ。投球練習はあくまでもコントロールの精度の確認のためにある。


 面白いものが見られる。

 水島の言葉に直史はそう思ったし、実際に面白いものが見られた。

 四回の表トーチバの攻撃は、ヒットこそ打ったものの無得点に終わった。

 四回の裏に三里は一点を返し、そして五回の表も無失点で抑えた。

「どういうこと?」

 シーナの問いは、他の全員の抱いたものでもあった。

 これに対し、理論的に答えられるのはジンと倉田、そして体験しているのが直史だ。

「極端な緩急差だな」

 直史の答えはある程度納得出来るが、完全なものではない。

 だからジンは付け足す。

「先発投手を三回まで引っ張った理由だね」

「そういうこと」


 おそらくこれを考えたのは、国立監督ではなく星だろうな、と直史は推測する。

 なぜならこのパターンは星のアンダースローが効果的であり、アンダースローは春の敗戦以降に使ってきているからだ。

「星自身の緩急差もあるけど、先発の一般的な投手のオーバースローに慣れさせてるんだ。だから遅いくせに球の軌道が違う星を、打ちあぐんでいる」

 ジンも研究から、この効果を悟っている。

「それじゃあうちが対戦しても、トーチバと同じ感じになるのか?」

 手塚の質問は、ほんのわずかの敗因でさえ除こうという、勝利への執念が詰まっている。

「う~ん、何もしなくても大介とアレク、それにタケは打てるでしょうね」

「俺も?」

「星の緩急差は、ナチュラルな変化球と同じだから」


 そもそもアンダースローが、ナチュラルに変化球と言っていい。アレクの同類だ。

 それを比較的球の速い一年の後に投げるので、チェンジアップのような感触で打ち取れるというわけだ。

 しかも星は、遅い球を投げることに気合を入れている節がある。

 速い球を打つ練習をするチームは多いし、ゆったりした球を確実に打つ練習をするチームも多い。

 しかしものすごく遅い球を打つ練習をするチームは、かなり少ないだろう。


「あと、三里高校はものすごい幸運に恵まれてるな」

 その直史の指摘には、他の誰も気がつかなかった。

 頭の上に?マークを浮かべる一同。だが言われればすぐに気付くだろう。

 直史はバックスクリーンのビジョンを指差した。大介がまたも破壊したあれだ。

「速度表示のところが、大介のホームランで壊されてる」

「「「!!!」」」


 普段であれば、この星の超遅球に、速度表示で気が付いたかもしれない。

 しかしそれがない。星が普段よりもさらに遅い球を投げていれば、タイミングは合いにくいはずだ。

 だからヒットは打たれても、連打にはなりにくい。そして守備が堅い。

 五回の裏にも、三里は一点を返した。

 一人でもランナーが出ればそれを帰す。そんな気迫を感じる。


 だがそれも限界がある。

 七回、完璧だった星の制球が乱れた。

「あ~、投げ込みとダッシュ不足だな」

 直史は冷静に指摘するが、三里に感情移入していた他の部員は救いを求めるような目を向ける。

「アンダースローのコントロールは、下半身が命なんですよ。もう足腰ががたがたの星じゃ、ストライクは入りません」

 ならば誰がマウンドに行くのか。

「前にいた三年のエースか、東橋が戻るのかな?」


 その言葉通り、ライトを守っていた三年がマウンドに上がる。

 星はもうセカンドを守ることも出来ず、ベンチに戻される。

 歩くこともままならず、戦友たちの肩を借りて。


 決まった。

 もうここから、三里が逆転する目はない。


 そう思ったのは直史も同じであり、事実この回、三里は連打で一気に七点を失った。

 これで11-2のスコア。七回の裏で三点が入らなければ、コールド成立である。

 応援の声もない。もはやここから逆転はおろか、一点を入れることすらないだろう。

 だが、トランペットの音が鳴る。

 三里の攻撃にあって、応援おじさんはトランペットを吹く。

 曲は『狙い打ち』だ。




 そこから奇跡が発芽した。

 先頭の西が、センター前に運ぶ。続く代打も、トーチバの代わった二番手からヒットを打つ。

 試合が決まったと思ったトーチバは慌てる。明後日に備えてエースを温存するにも、せめて外野で休ませるべきだったか。


 連打とエラー。三里が点を入れていく。

 倒れた星の代わりのように、全力で、限界を超えて。


「頑張れ!」

 そう応援するしかない。既に限界を超えて頑張っているのは、誰もが分かっているのに。

「頑張れ!!」

 応援するしかない。日差しの下に姿を見せて、白富東は三里を応援する。

 ただ直史だけは、奇跡を信じない。

 日陰の席に隠れたまま、試合の展開を見守る。


「頑張れーっ!!」

 三里の応援団、統制の取れてないそれが、ひたすら声を振り絞る。

「高校野球……くそ食らえだ」

 口の中で直史は呟いた。




 奇跡は起きた。

 だが、それでも届かなかった。

 三点目を入れることなく、三里高校は七回コールドで敗北した。

 11-4という数字は、万年一回戦負けのチームとしては、大健闘だったろう。

「まあ奇跡ってのは、自分の力で起こすものだしな」

 冷静な手塚の感想に、水島がうんうんと頷いている。


 三里の奇跡が続かなかったのは、単純な理由である。

 奇跡を起こすための最低限の力も足りなかった。

 東雲を破った時点で、奇跡の大半は使われていたと言っていいだろう。

「つーかホッシー大丈夫かな?」

 一番連絡を交換しているジンとしては、整列の挨拶にも出てこなかった星が心配である。




 もはや用もない。応援おじさんと合流した白富東は、一部を除いてバスへ向かう。

 その一部であるジンと大介に加えて手塚が、三里高校の選手が出てくるのを待った。

 他の選手が制服に着替えているのに対し、左右から抱えられている星はジャージである。

「あの、ホッシー大丈夫ですか?」

 国立監督はそれに気付いて苦笑した。

「気絶から睡眠に移行したよ。私も多くの選手を見てきたけど、本当に体力の限界で試合中に気絶するのを見たのは初めてかな」

 そして重い溜め息をついた。

「彼を壊すところだった」


 選手の交代は監督の選任事項だ。

 確かに星をあれ以上投げさせれば、もっと重大な事態になったかもしれない。

「倒れてもさらに投げたいと思う彼が、来年のこのチームのキャプテンだ」

 国立は断言する。確かにこの星の背中に、ついていかない選手はいないだろう。

「簡単に連覇は許さないよ」

 それは、自分たちを破ったトーチバが、確実に決勝で敗北することを確信している口調だった。




 星はそこから、他のチームメイトとは別で、そのまま自宅に連れ帰られた。

 まあ眠っている人間を、一緒のバスで学校に戻しても仕方ない。

 国立も今日は、ミーティングを行わず学校で解散と決めている。

 明日も完全に休み。明後日からようやく動き出すとしよう。

 それぐらい、全員が全力を尽くしたのだ。


「監督、ホッシー大丈夫かな?」

 西が言葉をかけてくる。ベンチメンバーも多く使い、かなりの人間が完全に眠りこける中で、西だけはまだ体力に余裕がある。

 試合においてセンターとして、最も多くグランドを駆け巡っただろうに。

 星と西。次のチームの中核はこの二人だ。

「まあお医者さんも単に眠っているだけと言ってたし、水分補給はちゃんとしてたし、大丈夫なはず……だけど、本当に試合中に倒れるとはね」


 実力で星に優る選手は、数多くいた。それこそ白富東のエースやクラッシャーは、大学時代の最盛期の自分をはるかに超える選手だ。

 だが精神的に本当にぎりぎりまで、ここまで力を尽くせる人間は、いなかったと思う。

 本当のぎりぎりまで力を振り絞り、それが切れたところで完全に動かなくなる。

 まるで赤ん坊のように、オンとオフのスイッチがはっきりしているのだ。


 甲子園。

 自分の現役時代も、漠然と考えていた目標。

 監督としてそこへ、星を連れて行くのは義務のようにさえ思う。

 白富東にあの二人がいなければ、あるいは千載一遇の機会になったかもしれない。


 だが無理だ。

 あの打線の中で、白石大介を抑える方法がない。塁に出しただけでも恐ろしい。

 全打席敬遠。それは、おそらくこの夏に白石が甲子園で残す成績を考えれば、仕方がないと納得されるかもしれない。

 しかし抑えるのではなく、逃げる。それを許していいのか。

 どこかで一度、勝負してもいい機会を作る。それが監督としての采配ではないだろうか。

「夏場は徹底的に暑さの中でスタミナを鍛えて、しっかりと秋を戦おう。甲子園は、センバツを狙う」

 国立の言葉に、バスの中で眠っていなかったメンバーが耳をそばだてる。


 夏に白富東を破るより、クジ運頼みのセンバツを狙った方が、まだ確率は高い。

 そんな打算もあっての、国立の発言である。

 幸いと言うべきだろう。今年の秋は関東大会の開催地が千葉だ。県大会で三位までに入れば、関東大会に出場出来る。

 そこで、確実ならベスト4、ただし公立の初出場校ということを考えると、ぎりぎりベスト8でも選ばれる可能性がある。

 そこまでの幸運を重ねてしか、甲子園に行ける見込みはない。


 しかし、もう決めてしまったのだ。

 あの練習試合の後で、まだ心が折れていなかった星が、甲子園に行きたいと言った。

 それに西が追随した。三年までもがそう言って、この夏を戦ってきた。




 もし計算が狂っても、今度は夏を狙うだけだ。

 白富東は来年、おそらく最強の戦力となる。だがそれを破らなければ甲子園に行けないというなら、破るための方法を模索するしかない。

 多くの必然を重ねて、無数の偶然を拾って、奇跡の端を何度も手繰り寄せて、ようやく届くかどうかも分からない。


 けれどもう、決めてしまった。

 高校野球の監督は、一度やったらやめられない。

 指導者として監督として教育者として、甲子園を目指す。

 国立の挑戦は、これから始まるのだ。 

次話「夏」

投下時間は少しずれるかも。

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