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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第四章 二年目・春 春季大会

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27 投手の意地と打者の信念

本日二話目です

 四回の表の攻撃は、打順もよく一番のアレクからである。

 もっともそれは、本多相手にこれまで、パーフェクトに抑えられているということでもある。

 左打席に入るアレクに対し、本多は圧倒的な上から目線で投球する。

 ついこの間まで中坊だったガキに、自分が打たれるわけはないと。


 それはある程度正しい。

 しかし彼は知らなかった。

 南米全土から有望な少年を集め、将来の戦力とするメジャーの下部団体。

 その中でも最も日本に適応すると考えられたのが、中村アレックスという少年であるということを。


 本多のストレートは速いが、速いだけなら世界を見渡せば、それより上はいくらでもあるのだ。

 元3Aのピッチャーの球さえ打ったことがあるアレクに、本多の甘いストレートは絶好球でしかなかった。


 アウトローを厳しく攻めたつもりである。

 しかし八分の力で投げたストレートでは、アレクは抑えられない。

 打球はレフト線ぎりぎりに着地し、ファールグラウンドへと転がっていく。

 余裕のスタンディングダブル。

 塁上でアレクがガッツポーズした。




 くしゃりと帽子を抱える本多に、背後から石川が声をかける。

「だから言っただろ。資料見てなかったのか?」

 試合前に配られた、各打者の資料。帝都一のスコアラーが必死で作った物だ。

 もちろん本多は読んでいた。しかし、理解してはいなかった。

「数字からでは、ちょっと分からなかったんだよ」

「なら、次はもう大丈夫だな?」

「おう、次は全力のストレートで三振にする!」

 そういうことではない、と思いつつも石川は諦めた。

 本多はこれでいい。足りないところは自分が埋める。


 二番打者の大田。石川は彼に、どことなく共感するものがある。

 それは打てない捕手としては当たり前のものだ。

 プロの世界に行けば、投手は投げることだけを求められるが、捕手はある程度打つことも求められる。

 リードや戦術、キャッチングやスローイングの技術では負けない自信がある石川だが、どうしても打撃では貢献できない。

 振っても、いくら素振りをしても、打率は上がらない。

 先天的に、才能がないのだろう。それでも都大会の序盤でなら、そこそこ打つことも出来る。


 だが、甲子園ではどうだろうか。

 自分に打てるような投手は、まず出てこないだろう。それなら多少の捕手の役割を減らしてでも、打てるベンチメンバーが使われることはありえる。

 チャンスに打席が回ってきたら、間違いなく代打を出されるだろう。

 だからこそ自分の捕手としての役割を、監督にアピールする必要がある。


 一番打者が二塁にいることで、ランナーを置いて白石大介に回ることは、避けられなくなった。

 まったく白石といい佐藤といい、どうしてこんな連中が中学時代は無名だったのか。

 公立の進学校から甲子園へ出場など、ロマンがありすぎる。

 特に白石などは、中学時代は西東京地区の軟式でプレイしていたという。

 その中学の監督の首を絞めて、どうしてあんな化物をちゃんと使わなかったのか、小一時間ぐらいは説教したい気分だ。


 だが、無意味な妄想はやめよう。

 今必要なのは、二番の大田を確実に打ちとって、白石と勝負すること。

 一塁が空いているので敬遠してもいいのだが、それは本多のプライドが許さないし、監督も許容しないだろう。


 松平は名門私立の監督を30年も務める凄い監督だが、最後にはロマンを優先するようなところがある。

 泥臭い勝利よりも、美学を保った敗北。むしろそれこそが、自分の役目だと思っている節がある。


 それは高校野球ファンにとっては、勝利至上主義よりも面白いものに見えるのだろう。

 石川だって、ファンの人気取りという点では、理解出来なくもない。

 だが、だからこそ自分だけは徹底的なリアリストであるべきだ。


 ならばここで、採るべき戦術は――。




 二塁にアレクがいるので、ショートはやや二塁寄りにポジショニングしている。

 ジンの打力で引っ張るのは難しいので、それで正解のはずだ。

(ゴロを右に打って、アレクを三塁へ送る)

 下手に打つよりは、三振であった方がいい。

 これは諦めではない。純粋に自分の力を認めた上で、どう勝利に貢献するかの問題だ。

 諦めず、認めるからこそ、自分に出来ることが明確になる。


 そんなジンの打席の初球、本多の投げた球は、高めに浮いたストレートだった。

 甘いストレートは打つ。そう決めていたジンは、無意識の内に力んでいた。

 ピッチャーライナー。捕球した本多は振り返り、セカンドへと投げる。

 飛び出していたアレクが戻るのも間に合わず、フォースアウト。

 結果的に、チャンスを消してしまうことになった。




「悪い」

 打席へ向かう大介に、謝ってベンチへ向かうジン。

「いや、これでいい」

 打席へ向かう大介の言葉に、思わず振り返る。

 しかしバッターボックスで足場を固める大介の表情は、よく見えなかった。


 ノーアウト二塁が、ツーアウトランナーなしへ。

 普通に考えれば、得点の機会は減ったと思うだろう。だが大介には別の形が見えている。

 ランナーがいなくなったことで、ホームランを打たれても最小失点ですむ。

 ならばここは、エースの力で相手の最強打者を抑える場面だ。

 正々堂々と、力で勝負してくる。

 ならば自分は、それをホームランにするだけだ。


 大介の思考は明瞭だ。

 相手の最高の球を、ホームランにする。それ以外は何もない。

(飛ばす)

 それだけを考える。

 アウトローへのストライク。見逃し。

 低めのフォーク。見逃し。

 ツーストライクと、追い込まれた。

 実際は、追い込んだと相手に思わせるのが目的だ。


 そこから石川は、本多にスライダーとシュートのボール球を投げさせた。

 それに対して大介は反応しない。石川が戸惑うほどに。

(まさかこの打席は、球筋を見るつもりか?)

 ツーアウトランナーがないここで、ヒットを打つのはあまり意味がない。本多から狙ってホームランを打つのも難しい。

 試合はまだ四回なのだ。あと二回打席が回ってくることを考えると、それもありなのだろう。


 試してみる価値はある。

(アウトハイのボールに外れる球、全力で!)

(お、いいねえ)

 球威で惑わして振らしてやる。本多はそう判断した。

 石川としては後の打者を見る限り、打たれても得点にはならないだろうと思ったのだ。


 大介は考える。おそらくボール球が一つ使えるので、どこかで全力のストレートを使ってくると。

 アウトロー、インハイ、あるいはボール球。

 イメージは出来ている。あとはそれに従って打つだけだ。


 五球目、ボール球のアウトハイ。

 本日の最高速。ボールになると承知した上で投げた本多の球は、伸びもキレも強烈だ。

 だがこれを、大介は待っていた。

 単なるホームランではなく、本多を折るためのボールを。


 スイングスピードは170kmを軽く超えただろう。アウトハイのボールをレベルスイングで捉える。

 当たった瞬間、ホームランだと分かった。

 その打球はセンターに真っ直ぐ飛び、スコアボードを直撃して、フェアグランドのセンター位置までも戻ってきていた。

「くっそ。場外は無理か」

 どこまで飛んだか分からない。それほどの場外弾を放つつもりだったのだ。

 しかし本多はマウンドに膝をついた。直史なら絶対にしない仕草だ。


 これが本多に与える影響がどれぐらいのものかは分からない。ただ一つ確実なこと。

 値千金の先取点は、チームナンバーワンの打者によってもたらされたのだった。




 応援が盛り上がる。

 大介の一撃はそれほどまでに衝撃的なものだった。

 単なるホームランではない。

 バックスクリーンを直撃して、そこからフェアグランドに戻ってくるなど、普通はありえない。

「か」

「か」

「かっこよすぎる」

 そう言った双子がふらふらとするのを、周りが支える。鼻血まで出しているので、美少女が台無しだ。


 またそのすぐ近くで、イリヤも頭を抱えていた。

 ここまでの調和を完全に破壊する、あまりにも衝撃的な一打。

 これは、彼女の知る限りの音楽では表現できない。

 無音を音楽とするのと同じぐらい、これは表現が難しい。

 あらゆる打楽器が、この一瞬に音を揃えた。それ以上の感覚だ。

 ただこの一音のために、一つの曲を作るようなものだ。


 全ては音楽に通じる。そう考えていたイリヤにとっても、その概念を打ち砕くほどの一撃。

 だがこれを音楽に出来れば、自分のステージはまた上がる。


 技術ではなく、感覚で作ろう。

 イリヤは五線譜にペンを走らせる。


 また瑞希も、目の前の光景を感情のまま、そして事実を限りなく多く記していく。

 選手の目線からではなく、観客のライブ感から、記録を作る。記憶を綴る。

 野球というのは生で見るのが一番いい、そして心臓に悪いスポーツだ。




 本多がいったん外野に送られ、ピッチャーが代わる。

 左の榊原。コントロールは抜群の、スライダーで左打者を封じる二番手。

 それでいながら球速はMAXで145kmを記録するのだから、帝都一の選手層は厚い。


 そんな榊原ではあるが、交代直後の武史にセンター前に運ばれた。

 左打者には必殺のスライダーだったのだが、完全に狙い打たれた。

 だがやはりというべきか、普通に甲子園出場校のエースレベルであって、続く打者を封じ、結局この回の得点は一点。

 しかしこの一点は大きい。直史は春のセンバツで敗北して以来、ここまで全てのイニングを無失点で完封してきた。

「佐藤の野郎はどういうやつなんだ……」

 深く座り込んで、ガシガシと頭を掻く松平である。


 松平は自身も大学野球で好成績を収めた選手であったが、プロになるほどの資質はなかった。

 それでも野球が好きなので、野球好きの子供たちに技術を教えていたら、いつの間にやら名将と呼ばれる監督になっていた。

 そんな彼が現役時代に見た中で、一番人間離れしていると思った投手は、江川卓であった。

 大学において対戦したこともあるが、全く勝負にならなかった。

 プロに行ってもまた大騒動を引き起こし、32歳の若さで引退。

 あれは確かに天才であったと、松平は今でも思う。


 そして次に、監督として出会った中で、最も人間離れしていると思ったのが上杉勝也である。

 去年の伝説の甲子園決勝など、ドラマティックが過ぎる。甲子園ではむしろ敗北した側が美しいと言われることもあるが、松平は激しく同意せざるをえない。


 それに比較すると、佐藤直史はどうなのか。

 ストレートのスピードが遅い。高校までに投手経験もある松平としては、それだけで首を傾げる存在だ。

 だがあれほどの変化球を、多彩に的確に投げ分けるというのは、NPBを見渡してもいない。単に投げられるのではなく、使えているというのが異常なのだ。

(プロに行ったら二桁勝利を10年以上続けるか、全く通用しないかのどっちかだな)

 多種類の変化球の行使は肘に負担がかかるが、その分四球が異常に少なく、総合的には使い減りしないだろう。

 しかし変化球が中途半端だと、プロの一軍レベルなら簡単に対応してくる。


 プロ志向が全くないとは聞いているが、それなら大学野球はどうなのか。

 かなりの条件を積んで、上の大学に取ってもらった方がいいだろう。

 だがこんな考えは、今の試合とは関係ない。

 クソのように多い球種を、コントロール抜群にゾーンギリギリに投げ込んでくる。

 ストレートの質さえ変えてくるなら、どれか一つに絞ることも不可能だ。


 自身の投手経験と、打者としての経験。

 そして采配をしてきた長年の勘。

 この投手を打ち崩すのは監督の役目だと、松平は性根を据えた。

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