68 新たなる希望
春である。
暦の上ではどうかは分からないが、学生にとっての春とは、やはり新学期の始まりであろう。
今年三年生になる佐藤直史と佐倉瑞希は、クラス分けを見て微笑み合った。
最後の一年、同じクラスである。
白富東は二年生時に文系と理系に分かれ、三年生時におおよその進路先でまたクラス分けをする。
なので直史と瑞希のクラスが同じになるのは、ある程度予想されていたことである。
校内一のラブラブカップルであるこの二人は、ごく自然と生暖かい視線を向けられている。
二年生のクラス分けでも、少し奇妙なことが起こっていた。
理系クラスの同じクラスに、佐藤家の双子が所属しているのである。
これは理系クラスの中で、単純に成績順に分けるから起こることだ。
全国でもトップレベルの学力の双子は、自然と同じクラスになってしまうのだ。
「なんでお前理系クラスなの?」
同じクラスになったイリヤに対して、武史は悪意ない疑問を問いかける。
イリヤは学力は低いが、国語などの語学分野は割と得意なはずだ。
「だって漢字と社会科系科目が壊滅的だから……」
そういうことらしい。
既に先だって入学式は終わり、新入生である佐藤淳一郎は、己のクラスにいた。
仙台からやってきた彼には、ほとんど顔見知りがいない。
幸いなことに一人はいた。入学式前の春休みに、野球部に参加して顔見知りになった、赤尾孝司である。
実は顔見知りということであれば、更に前の中学時代、シニアの大会で知り合っている。
直接対決はなかったが、お互いシニアでは全国区で有名な選手だ。
野球をするために、淳はこの学校にやってきた。
さらに正確に言うなら、全国制覇をするために、白富東にやってきたのだ。
春のセンバツ甲子園を制覇した白富東は、現時点においてはおそらく日本最強のチームである。
三年生に超高校級の選手が三人いて、そのうちの二人はさらに高校野球史上屈指のレベルである。
またそれを率いるキャプテンも、キャッチャーとしての能力は全国トップレベル。
そして二年生にも凄まじい才能の持ち主がいる。
二年の春に154kmを投げたピッチャーに、打率五割の強肩外野手、キャッチャー以外はどこでも守れるユーティリティプレイヤー。
次代のキャプテンとなるであろうキャッチャーも、その技術と援護の打撃力は高い。
これで来年からは体育科の創設で、さらに選手を集めやすくするという。
同じ一年には帰国子女・留学生枠でも一人、フィジカルモンスターがいるので、最後の年までなかなか面白く戦えそうだ。
だがまずは、今月下旬から始まる春季大会である。
つい先日まで行われていた春のセンバツ甲子園で、白富東は優勝した。
しかし良いことばかりではなく、その決勝の終盤にて、チームを掌握しているキャプテンが負傷したのだ。
幸い選手生命を絶たれるほどの怪我ではなかったのだが、春の大会は少なくとも県大会までは出場しないことを決めている。
このため入学したての一年ではあるが、赤尾孝司のベンチ入りがほぼ決定している。
孝司はキャッチャーとしてのインサイドワークが優れていただけでなく、打撃でも全国トップクラスの選手だった。
たいした投手のいなかった三井シニアが全国でベスト8まで進めたのは、彼の力が一番大きかったと言われている。
そしてついに、隠し球の登場である。
女子選手解禁により、椎名美雪が選手登録可能となったのだ。
センバツ後、短い期間ではあるが、彼女は女子野球の高校選抜合宿に参加していた。
同じ時期に男子もU-18代表候補の合宿があり、白富東からは三人が参加した。
新学期が始まり、今日からそのメンバーもチームに戻ってきている。
淳は考える。
(春の大会のベンチは20人、甲子園メンバー18人のうち、キャプテンが離脱した代わりに赤尾が入って、あとシーナさんも入るから、残りは一枠)
もっともセンバツのベンチメンバーのうち五人は、あまり戦力になっていなかった。四人は試合に出ていない。それに情報班の人間は外れる可能性もある。
五枠あるとして、春から練習に参加していたのは、孝司を除いて四人。
順当にいけば全員ベンチに入れてもおかしくない。
(……ただこのチーム、ピッチャーが多すぎるんだよな)
専業ピッチャーとしては三年の直史と岩崎、そして信じられないのだが兼業のピッチャーが二年の武史とアレク。
あと地方大会レベルなら充分にエースとして通用するのが、大介と鬼塚、そしてシーナである。
今年の帰国子女・留学生枠で入ってきた日米ハーフのトニーは、一年生ながらほぼ150kmを投げる。
そして左投手というのなら、淳以外にも武史とアレクがそうである。
淳はピッチャー以外では、ファーストと外野を少し守れるだけだ。
ピッチャーとしての存在感を示さないと、夏のベンチには入れないかもしれない。
(それでもこの戦力なら、来年も全国制覇を狙えるかな?)
監督も経歴のある人間が就任したし。
自分の選択は、間違っていなかった。そう思う。
そして他のやつらにも、エースだと認めさせる。
淳はきわめて計算高いが、野球バカであることには変わりはない。
「それと最後に、野球部からのお知らせだ。まだ体験入部期間ではあるけど、野球部は特に本入部も可能になってる。春の大会で出られる可能性もあるから、その気があるなら今日から参加していいそうだ」
入学式のオリエンテーションで説明はされていたが、白富東の野球部は県内で一番有名である。
強いことは強いのだが、いくら野球が上手くても、それだけでは入れない。
体育科のない進学校で、県外からの越境入学も不可能で、こんな条件でどうして全国制覇が出来たのか、さっぱり分からない不思議なチームではある。
春休み中に練習に参加していた赤尾と青木、それと佐伯にも聞いたが、かなり勉強では苦労したそうな。
やはりシニアの知り合いには白富東を目指したが、結局合格せずに私立に進んだ者も多いらしい。
入学式を見た限りでは、坊主頭の男子が多かった。おそらく野球部に入部希望の者たちなのだろう。
もっとも白富東の野球部は、完全に頭髪は自由だ。坊主頭はほとんどいないし、金髪まで一人いる。
(まああえて公立にくるような物好きで使えるのは、せいぜい一人いるかどうかだろうな。三年目は俺とトニー、赤尾と青木に佐伯はいいとして、下級生からスタメン選ぶしかないか)
傲慢であり計算高く、自信家である淳だが、慢心することはない。
三年時には自分とトニー、そして中継ぎ的に青木もピッチャーが出来るので、投手はなんとか確保出来ている。
あとは打撃力だが、トニーはクセがあるが、赤尾と青木は状況に合わせたバッティングが出来る。クリーンナップとして頼もしい。
(ひょっとして最後の夏も全国制覇出来るんじゃないか?)
来年以降の戦力によるが、可能性は否定出来ない。
ホームルームが終わってグラウンドへ行く準備をしていると、机の脇に立つ姿を認めた。
赤尾孝司。全国でベスト8まで行った三井シニアの守備の要。
そして順調に行けば、二年の秋からはバッテリーを組む相手だ。
無言で佇んでいるが、単に待ってくれているだけだろう。
わずか四日間共に練習をしただけだが、こいつの対人コミュニケーションの歪さは、もうすっかり分かっている。
赤尾孝司は、基本的に人見知りである。
それでチームスポーツが出来るのかと言いたくなるが、慣れてくれば普通に話す。たとえば同じシニア出身の青木は親友であるし、シニア時代に対戦のある佐伯とも、普通に会話をする。
だが初対面の人間には絶対に自分からは話しかけないし、あと女性に対する感情は完全に拗らせているらしい。
シニアにおいてはキャプテンであったが、副キャプテンである青木がいなければ、絶対にキャプテンとして機能しなかっただろう。
なぜそんなやつをキャプテンにしたのかと言えば、コミュ障ではあっても指揮能力が高かったからである。
あと、神経が太かったというのもある。
「お、まだいた」
そう言って入ってきたのは、隣のクラスになった青木哲平である。
淳と孝司の間に会話がないのを見て、そっと溜め息をつく。
(また俺、タカの翻訳機やんの?)
それはそれで面白いからいいのだが、孝司の将来に不安を感じる哲平である。
(それにしてもこいつら二人……)
顔面偏差値も高いな、とそれなりのフツメン哲平は思うのであった。
淳が荷物を持って立ち上がって、自然と並ぶように廊下を進む。
はっきり言って横に広がって迷惑なので、哲平が一歩下がる。するとその横に孝司も下がってくる。
子供か! と言いたくないでもないが、もう慣れた。
「今日から参加してくるやついるかな? 見学何人ぐらい来ると思う?」
とりあえず無難な話題を哲平が振る。
「入学式で確認した限りでは、坊主頭が24人いた。頭髪自由で入ってきた者も考えると、30人前後は確実だろう。ただ研究班に入りたい人間もいるだろうな」
孝司の観察眼は、既に発動しているらしい。
白富東の野球部は、体を使う練習はほどほどにして、野球の研究をしたり観戦をする、研究班が内部に存在している。
今年の三年でも二名、二年で三名、その研究班がいる。実はこの研究班、対戦チームの分析をするために、かなり重要なウエイトを占めている。
「多すぎるな。まあ三年目に使えるようになるやつが三人もいれば充分だろ」
傲慢そうな台詞を吐くのは淳である。
「同感だ」
そして孝司もそれに頷いた。どうやら価値観は似ているらしい。そっと胸を撫で下ろす哲平である。
春休みの数日を見た限りでは、一年で自己主張が強そうなのは、香宗我部淳一郎だったはずの佐藤淳一郎と、親友の赤尾孝司の二人である。
割と哲平と同じく調整型の性格をしている佐伯と、マイペースなトニーをを考えると、この二人の関係がどうなるかで、未来の白富東の強さは決まると思う。
(偏差値不足組は三里目指すの多かったし、あとは勇名館とトーチバか。ちょっと前とはだいぶ勢力図変わったよな)
三人の高校生活はまだ始まったばかりである。
白富東の野球部の施設は、公立としてはおよそ信じられないほど充実している。
だが致命的にまずいのはグラウンドが敷地外にあって、鍵さえ開いていれば誰でも立ち入れるということである。
つまりマスコミもファンも、ネットに群がることが出来るのだ。
「相変わらずすっげえな」
「テレビ局来てるじゃん」
「さすがに地方局だろ」
隣接した部室のロッカーで着替えて、そこで佐伯とも合流したのであるが、グラウンドのフェアゾーンには二年がいて、入り口近くのファールゾーンには新入部員らしき一年が溜まっている。
トニーだけ頭一つ以上抜けてるのは笑える。
三年が一人もいないのは、おそらく学年の関係だろう。進路指導などのホームルームが長引いているのかもしれない。
淳と孝司が堂々とフェアグラウンド側に行ったので、哲平たちも続く。淳がいるから別に怒られはしないだろう。
「トニー! お前もこっち来いよ!」
淳に呼ばれたトニーは、ほいほいと人の波を掻き分けてやってくる。
佐藤兄妹という強烈な後ろ盾があるということもあるが、この一年のリーダー格は淳でいいのかもしれない。
哲平はそう思うのであるが、孝司はどうなのか。
「テツ、あの人らなんだと思う? シーナさんじゃないよな」
「あ? ああ……あの人らね」
春休みの練習中にはいなかった女子二人が、体操服姿でグラウンドで球遊びをしている。
下手くそなキャッチボールであるが、投げる球自体はしっかりしているので、わざとぎりぎりのところに投げているのかもしれない。
「あれがS-twinsだろ? そうだよな、淳」
「ああ、うちの姉さんたち」
細かいことまでは聞いていないが、わざわざ白富東に入るために、佐藤家に養子縁組したという話は春休み参加組は聞いている。
そこまでやるかと思ったが、冷静に考えれば野球超強豪校はそれぐらいはしている。
なんでも宮城の甲子園常連を袖にして、公立にまで来たらしい。
気持ちは分かる。
佐藤直史と白石大介と同じチームなら、わずか五ヶ月でも一緒にやってみたいだろう。
「タケ兄、三年はまだなの? それとあの人ら、何やってんの?」
「三年は全員まだだしな。なんか連絡だろ。それとあいつら二人を止められるのは、少なくとも二年にはいない。監督もちょっと遅れてるな」
へえ、と視線を回した淳は、マネージャーの中に知らない顔を見つける。
「彼女は?」
「新マネ。監督の娘なんだってさ」
「似てないな。美人じゃん」
「……お前って普通に女の子に美人って言うのな」
呆れる武史であるが、実は彼も気付かないうちに言っていることがある。
血縁である。
「しっかし多いよね。何人いるんだろ」
「50人以上いるかなあ……」
「48人です。そのうち43人が男子で、ユニフォーム着てるのが38人」
さっと言ったのが孝司で、哲平が補足する。
「こいつ人数えるのとか得意なんっす」
「微妙に便利そうだな」
そんな会話をしている間にも、鬼塚と倉田は相談していた。
「ガチ勢と研究部とマネぐらいには分けておいた方がよくないか?」
「監督遅いよね。まあそれぐらいはしといてもいっかな。あとおおまかにポジション分けもしとく?」
「そうだな。てか今年多すぎるだろ。半分で良くねえか?」
「う~ん……少なくとも半分以上は、夏が終わるまではフィジカルかな。でもうち練習時間短いし」
「あ、そっか。監督がいるから居残りとかしやすくなるか」
そんなわけでとりあえず、分けてみることにする。
「そんじゃとりあえず、ポジション分けだけするから~! マネージャー志望は向こう! バッテリーは俺のとこ! 内野はエーちゃん! 外野はアレク! 研究部は曽田! その他まだ未決定はタケってことで!」
声がでかい倉田は、それだけでそれなりにキャッチャー向きである。
ずらずらと移動するわけであるが、未決定の者がそれなりにいる。
バッテリーのピッチャーとキャッチャーは気合が入っているのか、全員がユニフォーム着用だったりする。
外見はともかく練習に取り組む姿勢は真摯な鬼塚は、内心でごちていた。
(こんないらねえだろ。イリヤが卒業まではコーチ陣もいるとして、指導の手が回らねえんじゃねえか?)
白富東の野球部の理念は緩いが、かと言ってやる気のない人間が多いのも困るのである。
「淳、お前らもいったん、向こうの方へ」
そう言われた淳たちも、一年の列に加わる。淳、孝司、トニーがピッチャーで、哲平と佐伯は内野である。
マネージャー志望の女子が五人、倉田のところには七人、内野は11人、外野は10人、研究部は八人、その他が七人という内訳だ。研究部が多い。
武史のところに集まったのは、ユニフォームを着ていない生徒であった。正直ガチ勢ではない武史はほっとする。
「君らはまだ、野球部入るか決めてないのかな? まあ見ての通り多くなっちゃったから、なかなか試合に出るの難しいかもしれないけど、今年からはちゃんとBチーム作って練習試合には多く出すそうだからさ」
「あの!」
その中で、割と体格のいい一年が手を上げた。
「初心者っていいんですか? 中学時代は野球部がなくて、陸上やってたんですけど」
「ああ、いいよいいよ。俺も小学校の頃は少しやってたけど、中学はバスケで本格的に始めたのは高校入ってからってか、いまだにバスケ部に時々出てるし」
武史の感覚は、野球部としては想像を絶するほどに、ゆるい。
チームスポーツでも野球は、他のメジャースポーツと比べてもかなり異質なのだ。
詳しい者は知っているだろうが、テレビでちょっと見た程度の新入生にとって、武史の口にした経歴は驚くべきものである。
甲子園の決勝で投げたようなピッチャーが、高校からやっと本格的に野球を始めたというのだ。
アメリカの場合などは高校の段階では、他のスポーツと掛け持ちすることは全く珍しくない。
両方のプロになった選手もいるし、どちらもプロ並という選手はいるのだ。
実のところ武史は、高校時代から投手が投げまくるのは、選手生命を縮めるのではないかと思うこともある。
「基本的にうちのチームは個人に合わせたメニューを組むから、練習がきつくてついていけないってことはないんだよ。ただ限界を超えていかないと、上手いやつらに追いつかない可能性はあるな。大学までゆっくりと楽しむなら、高校時代は基礎を伸ばすのもありだと思うぞ」
武史の感覚は、ひたすらにゆるい。
だが心の底から思っているのも確かだ。40人以上も部員が入ってきてしまったのでは、甲子園のベンチにすら入れない人間が出てくるのは当然だろう。
そもそも甲子園に行けるかどうかすら、来年以降は怪しい。単純に選手層を見るだけならむしろ厚くなっているだろうが、よく兄たちのいう突破力が足りなければ、甲子園のグラウンドは踏めないだろう。
(まあ、俺はもう甲子園で楽しんだし、下級生を伸ばしてやるのが仕事かな)
次期エースはそんなことをのんびりと考えていたりする。
だが、そこへ悪魔たちが歩み寄る。
「ほ~」
「ほ~ほ~」
同じ顔の双子が、初心者やまだ決心のつかない者たちを眺めていく。
「おいお前ら、また弱いもの苛めするんじゃないだろうな」
去年の春のことを、当然ながら武史は憶えている。鬼塚フルボッコ事件である。
「タケはうるさい」
「そうだそうだー」
「それに野球部に入ることが必ずしも幸せとは限らない」
「才能を努力で補うより、才能がある人間にある程度努力させた方が、よほど簡単だしね」
双子は相変わらずひどい。
だが事実でもある。
無差別にやる気があるだけはある人間を集めて、二年と少しで結果を出すよりも、最初からフィジカルエリートと分かっている人間に、一年少しの練習をさせたほうが強くなる。
それは、武史という人間がまさに証明している現実である。
おまけにこの双子は、人の才能を見る目が凄まじく高い。
「この子、頑張れば最後の夏にベンチ入り出来るかも」
「この子も素質はいいと思うけど、野球向けかなあ?」
どうやらお眼鏡に適うのは、二人だけらしい。
直史、大介、ジン、シーナ、監督、そしてイリヤもいない状態では、この双子に下手に歯向かって暴走させるのは不味い。
ただでさえ先日の合宿で、面白そうな経験をしてきただけに。
だが幸いにも時間は味方であった。
三年生たちが、グラウンドにやってきたのである。
・佐伯政宗
鷺北シニア出身の一年生。ポジションは主にショート。鬼のように上手い守備に比べ、打撃はだいたい下位打線。ただし塁に出したらやべー足を持つ、何気に重要なキャラである。
(*´∀`*)春の大会は「帝都一の逆襲」そんで「甲子園への帰還」で完結かなw
高校女子野球選抜合宿の話を4~7話程度書いているのだが、どこにくっつけたらいいだろうか。やはり2.5の後に3.25を作るべきか。




