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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第七章 白い軌跡 二年目・秋 うつろう世界
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38 ライバル

 夏の甲子園は、真田の鮮烈なデビューの舞台になるはずであった。

 確かに元々シニアでも名を売っていた真田であるが、世間一般にまで大々的に認知されるのは、やはり甲子園で活躍する必要がある。

 実際に初戦となる超強豪神奈川湘南との先発には、150kmコンビや二年の豊田を差し置いて、真田が選ばれた。


 確かにあの神奈川湘南相手に、ドラフト一位でプロへ行った玉縄と投げ合って、勝利した。

 実質的な一年生エースとして、話題を独占するはずであった。


 しかしそうはならなかった。

 目の前で右打席に立つ、こいつのせいである。

 佐藤武史。

 兄の佐藤の数字が凄すぎて目立たないが、こいつも充分以上に怪物である。

 一年生で150kmオーバーというのは、真田でも未到達の領域だ。

 それをこいつは軽々と投げたのだ。

 途中まではペースを考えていたのか、桜島打線にぼろぼろに打たれていたが、本気を出してからは連続三振。

 結局152kmまでを記録した。これは甲子園の試合で球速が表示されるようになってからは、一年生左腕としては最速の数字である。


 真田のピッチングも強烈な印象はあり、翌日のスポーツ新聞では一面を飾ったものだ。

 しかし武史の152kmという数字にはそれ以上のインパクトがあった。

 投手としての完成度は、真田の方がはるかに高い。だが潜在能力では、武史が上。

 そんな記事を真田は見つけたものである。




 武史としては、真田にライバル意識など持っていない。

 あの時はリミッターが外れていたのは明らかであり、その後の試合でも一度も150kmを突破してはいない。

 コントロール、緩急、そしてペース配分なども含めて、真田の方が優れているのは明らかだ。


 しかし相手がそうとは限らない。ジンはそれに言及した。

 大介に最も注意を払い、あるいは敬遠をしてくることは考えられる。

 真田は負けん気の強いピッチャーであり、確実に実力もあるが、監督の指示を無視するほどの無頼ではない。

 木下監督は帝都一の松平に比べれば、ロマンよりも現実を優先する者であり、確実に勝てる手段を模索する。


 だから大介が敬遠か、敬遠気味の四球で歩かされるとは思っていた。

 すると重要になるのは、大介の前後を打つバッター。特に一つ後ろを打つバッターである。

 一点を取るためには誰を四番に据えるか。アレクが四番という選択肢を外すなら、それは武史である。

 相手投手にもよるが、真田が投げてくると想定したジンとシーナは、武史を普段どおり四番に置いたのである。


 ここまで大阪光陰バッテリーの動きは、完全にジンの想定内である。

 おそらく木下も苦々しくは思っているのだろうが、この状況で真田を代えるわけにはいかない。

 代えるとしたら豊田であり、一度真田を外野に下げるという手段もあるのだが、その豊田にノーアウト満塁という場面を任せるのは酷だろう。


 武史はスイッチヒッターであるが、基本は左打ちで、左投手の場合は右に入ることが多い。

 特に真田のような強力な横の変化球がある場合は、間違いなく右に入る。


 真田の持ち味は、伸びのあるストレートと、高速スライダー。そして緩急を取るために投じられる縦のカーブ。

 右打者用にはシンカーがあって、それもツーシームタイプの速いものと、チェンジアップに近い落ちるものがある。

 大介でさえそう簡単には打てなかった左腕なので、武史が右に入るのは当然である。


(スイッチヒッターなんて、ロクなもんじゃねえ)

 ここは強気で押す、と真田は決めている。

 本来の左打席より、左相手には右打席ということなのだろうが、そんなコロコロと打席を変えてまともに打てるものか。

 並の投手ならともかく、自分は違う。




「とまあ、真田はそんなことを考えてるんじゃないかねえ」

 ベンチの中でジンは黒く笑う。

「真田ってもっとクレバーな投手じゃなかったか?」

 直史としてはそう思うのだが、ジンとしては違うらしい。

「本来ならね。ただ今の真田はリードがいまいち合ってなくて、力技でどうにかしようとしている」

 すると当然、初球から真田の意思が優先される。

 

 武史は単なるスイッチヒッターではない。

 左右どちらの腕でも130kmのストライクが投げられる、本物の両利きのスイッチヒッターなのだ。

 少なくともジンは甲子園レベルでも、武史ほど左右の打力に差がない人間を知らない。


 初球を連打された後なので、キャッチャーとしては初球はボール球を要求する。

 これは単に逃げのピッチングというわけではなく、相手の打撃の傾向を探るためのものだ。

 しかし真田はここまで一球も空振りが取れていない。まずはストライクから入りたいのだ。

 その場合何を投げるか? さすがにストレートを全力というのは難しい。

「五割ぐらいの確率で、初球は高速スライダー。ゾーンに投げるならそれしかないと思う」

 そしてジンの予想は当たる。


 真田のスライダーは魔球と言ってもいいほどのもので、大介でさえ単純な攻略は出来なかった。

 しかし武史は、変化球には極端に強い。

 武史から初球ストライクを取るなら、アウトローのストレートというのが一番なのだ。

 もちろんそこまで緻密な情報を、大阪光陰でも持ってはいない。


 外角から、一気に内角に切り込んでくるスライダー。

 だが来ると分かっていた変化球なら、武史は打てる。


 抉りこんでくる角度に逆らわず、そのままライトへ。

 それでも想像よりスピードは上だったのだが、この場合はそれが有利に働いた。

 一塁線ギリギリ。長打にはならないが、ライトが回り込んで捕球するので、二塁ランナーもホームを狙える。

 鬼塚はアレクや大介ほどではないが俊足だ。


 滑り込んで左手でベースをタッチ。

 好投手真田から二点の、まさにタイムリーなヒットであった。




 夏はあれだけ苦戦した真田から、いきなり初回に二点先制。

 これで一点は新しいスタメンの情報を得るために使えるな、と直史がまたぎりぎりなことを考える。

 しかし試合はまだ動く。

 五番の倉田へ投げた球は、やや浮いていた。

 それを強振すると、打球はレフトへの大きなフライとなる。


 レフトの大谷は強肩であったが、その位置から三塁に進んでいた大介は刺せない。

 タッチアップで余裕をもって大介がホームベースを駆け抜け、さらにもう一点を追加した。




 野球というのは本当に頭を使うスポーツだと直史は思う。

 もちろんサッカーやバスケ、ラグビーなどが頭を使わないスポーツだとは言わないが、ここまで一つのプレイの間に中断が入るスポーツは珍しいだろう。

 特にバッテリーと打者の勝負は、一球一球が打者との読み合いである。


 中学時代、直史は自分で投球を組み立てることで、相手のヒットを最小に抑えていた。

 しかしそれでも、ジンと組んだ時のような、一塁も踏ませない圧倒的なピッチングは出来なかった。

 スルーなし、スピード抑え目、変化弱めという制限はついていたが、それに加えてもキャッチャーに対する信用がなかった。


 ジンはいいキャッチャーだ。

 もちろん組んだ回数は少ないが、先輩キャッチャーたちより上手いし、日本代表で試しに投げた武田や立花よりも、ジンの方が投げやすい。

 比べられるのは樋口だけだ。

 樋口であれば安心して投げられるが、果たして大学において、バッテリーとして機能するキャッチャーがいるだろうか。

(なんだかんだ言いながら、高校時代が俺の全盛期扱いされそうだな)

 そんなことを考えながら直史は、三点差で二回のマウンドに立った。


 秋から四番に立った後藤には外野に打たれたが、レフトのほぼ定位置でアウト。

 五番の宇喜多を内野ゴロ、六番の大蔵も内野ゴロ。

 この回も七球しか投げていない。

「バッターは去年より大振りが目立つな」

「まあヒット連打よりは、ホームランの一発に賭けてるのかもな」

 ベンチでのジンとの会話である。


 確かに坂本にホームランを打たれたように、直史からヒットを連打するよりは、一発に賭けた方がいいという疑惑まである。

 だが直史は部内の紅白戦で、大介にもホームランを打たれなかった。

 速球投手は出会いがしらでホームランというのもあるが、変化球投手相手にそれは比較的少ない。

「そこそこ打たれてもいいと思っても、案外打たれないもんだな」

「いやお前、サイン通りに思わせて少しだけ変化させてるだろ」

 下位打線を全員内野ゴロにしとめて、白富東ナインはベンチに戻ってきた。




 そして三回の裏は、二番の鬼塚からである。

 二回の裏はアレクに粘られたが、どうにか三者凡退の真田。

 どうにか立て直したらしく、鬼塚もスライダーを引っ掛けさせた。


 ランナーなしで大介と勝負するかと思えば、大蔵が立ち上がった。

 意外とも妥当とも考えられる。

 甲子園ならブーイングや野次がひどいのだろうが、神宮はまだしもおとなしい。

 だがそれでもグランドに聞こえるぐらいには、観客の批難の声がする。


(ランナーなしで敬遠だと、今日はもう打たせてもらえないかもしれねーな)

 白富東の上位陣がどれだけ高い打率を誇ろうと、真田レベルから確実にヒットを打つのは難しい。

 しかし一回の攻撃で三点も取れば、直史にとっては充分だろう。

 あとは普段どおり、データの少ない選手に対応していくだけだ。


 そもそも立ち直りかけたところに、ピッチャーに敬遠をさせる。

 元はベンチからの指示であるのだろうが、このあたり大蔵はピッチャー心理を分かっていない。

 信頼関係があるのならともかく、この二人は上手くいっていないのだ。

 そしてその原因は大蔵の方にある。竹中がキャッチャーだった時の真田は、一試合に三点も取られるピッチャーではなかった。


 ここでまた四番の武史。

 真田の集中力が、また発揮される。

 相手を意識すれば、まだ武史よりは真田の方が上なのだ。

 しかしここで大蔵は余計なサインを出してしまった。牽制だ。


 確かに大介の足は速いし、左の真田の牽制は効果的だ。

 それにしてもここでバッターに集中させないのはまずい。

 もちろんここで走られるのもまずいのだが。

 真田はプレートを外したが、牽制球は投げなかった。

 もちろん大介の反射神経をもってすれば、帰塁することは容易いだろう。

 わざわざ球を投げなくても、牽制の意識だけは示せる。


 走ってくるのか、それとも打たせるのか。

 真田は牽制も上手いので、大介もそう簡単に走ることは出来ない。

 三点差で投手が直史。これは圧倒的である。

 まだ序盤とは言え、安定感抜群の直史から三点を取るのは難しい。


 初球、走るモーションの大介に対して、真田は外に外した。

 大蔵も強肩である。真田がちゃんと外せば、大介の足でも二塁で刺せると踏んだ。

 別にパスボールなどという展開もなく、大介も一塁に戻る。

 またバッターに集中しようとするが、どうしても左投手は一塁ランナーが目に入る。


 真田ほどの投手であっても、ランナーに気を取られていればそのパフォーマンスは悪化する。

 大介としては盗塁など、出来ればやるだけであって、やらなくてもいい。

 基本的にアレクと大介は、塁に出れば好きに盗塁するのだ。

(でもまあ、これだけ集中力が欠ければ、今日の真田なら打てるだろ)

 リードを取る大介であるが、走る気は全くない。

(来年はお前と真田が戦うんだからな)

 珍しく上から目線で見つめる大介の視線の先で、武史のバットが真田のスライダーを弾き返した。

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