36 決勝前日
本日三話目
「あ」
「おう」
神宮球場を後にした白富東と明倫館だが、大庭だけは生徒を先に帰して、自分は白富東を待っていたのである。
言うまでもなく、大介と話すために。
「元気か?」
「まあ、今はね。そっちは仕事どうなの?」
「ああ、やっぱり野球の仕事は向いてるな」
「東京なんかシニアもあったし私立も強いところあったし、あっちで探せば良かったのに」
「こういう仕事はなかなか縁がないとなあ。探せるもんなら俺も東京で探してたさ」
大介をその場に残し、他のメンバーは去っていく。
これもまた、友情である。たぶん、きっと、めいびー。
結局話題は野球になるのであった。
「大阪光陰は新チームでも強いぞ」
「そりゃそうだろ。でも俺たちだって戦力は全然低下してないぞ」
心配されたセカンドだが、諸角は上手くこなしている。
外野陣はアレクの守備範囲が広いので、これも問題ない。
「まあ、確かにそうなんだろうな。夏と違って決勝だから、佐藤君が先発なんだろ?」
「まだ決まってないけど、多分な」
本当にまだ決まってないが、直史はこの大会では珍しく投げたがっているし、その理由もはっきりしている。
あと、大阪光陰相手だと、岩崎では厳しいのも確かだ。
「じゃあ、一つだけアドバイスをやろう」
「いや、いらねえよ」
「相手の弱点はキャッチャーだ」
大介が耳を塞ぐ暇もなく、大庭はその情報を告げた。
「うちの村田やそっちの大田、それに夏までの竹中に比べると、だいぶ劣る」
「その割にはあんま点取られてないみたいだけど?」
「そりゃピッチャーの力だな」
まあ確かに、竹中は豊田も含めて、加藤、福島と、超高校級のピッチャーをちゃんと回していた。
大学進学のためにドラフトでは指名されなかったが、志望届けを出しておけば、どこかは上位で獲得していただろうと言われている。
竹中は長打力はそれほどないが、アベレージで確実に打てる打者だったからだ。
「それじゃまあ、甲子園で会おう」
立ち去っていく父。確かにここでは、その挨拶が相応しい。
「うちと当たるまで負けんなよ!」
息子の言葉に、大庭はひらひらと手を振って応じた。
バスに戻った大介の言葉に、ジンは深く頷いた。
「そうなんだよ。大阪光陰は確かに大きな数字だけ見たら真田が相変わらずなんだけど、細かいところでかなりキャッチャーの影響が大きいんだよね」
具体的には球数である。
ジンは自分が捕手特化の選手であると考えているので、単なる打てるキャッチャー相手にはあまり嫉妬など感じない。
しかしインサイドワークや内野への指示、それにピッチャーとの関係構築などを考えると、負けてるなと感じる選手が二人いた。
帝都一の石川と、大阪光陰の竹中である。
あと良く分からないのが樋口だ。上杉兄弟の球を捕り、ワールドカップでも直史とパーフェクトピッチングを組み立てたので、もちろん優れたキャッチャーではあるのだが、ジンの印象としては打撃の面が強い。
サヨナラホームランを打たれた側としては当然である。
そしてこの神宮大会で対決した、二人のキャッチャーもかなり凄いと思った。
瑞雲の武市に、明倫館の村田。特に村田のリードは、白富東の打線を一点に抑え、しかも高杉一人で投げきらせたのだ。
過去のスコアを入手して確認したのだが、明倫館の控えピッチャーはキャプテンの桂とセンターの伊藤で、この二人を使った時も、ほとんどの試合をヒット五本程度に抑えている。
あとはとにかく、競った試合に強い。
それとビッグイニングを作らせないのだ。ソロ以外のホームランを打たせていない。
キャッチャーがいくら考えようと、ピッチャーがその通りに投げられるとは限らないので、村田の頭脳はかなり柔軟であり、対応力が高い。
良いキャッチャーはたくさん見てきた。しかしそれはキャッチャーではなく、バッティングまでも含めた場合だ。
ライバルとは言わないが目標は竹中と石川であった。そして意識していたのが樋口。
神宮大会ではその中に、二人の名前が入ってきた。
ミーティングで準決勝の試合を確認しているのだが、真田のピッチングは苦しそうであった。
首を振る回数が多いし、球のキレも悪い気がする。
ランナーが出てからはスライダーを使う回数が多いが、明らかに配球のバランスが悪い。
「キャッチャーとの相性もあるかもだけど、俺なら真田にこんな球は要求しないなあ」
ジンに言わせるとプロに行けばともかく、高校生の時点では、捕手の専門性は投手以上である。
もちろん捕手にどこまでを監督が任せるかで、それも変わってくるのだが。
捕手の名前は大蔵。出身は洛北シニア。京都の出身らしい。
大阪光陰は半ば冗談で、逃げられないほど遠くの選手を引っ張ってくるとか言われているが、大蔵は準地元と言っていい京都の出身だ。
実際のところは大阪光陰からはそれなりの距離があるのだが、関東の人間にとっては京都と大阪はお隣さんである。
問題の大蔵は、バッティングの方はなかなかいい。
打順は六番を打っており、長打も打てる。ここは竹中よりも上かもしれない。
「でもバカだよな」
ジンは辛辣である。
勉強は出来なくても構わないが、キャッチャーは野球頭脳の低い人間がやってはいけないポジションである。
あるいは頭脳ではなく、性格の問題かもしれない。
ジンがみるところこいつは、ピッチャーを自分の制御下に置きたいキャッチャーだ。
別にそれが必ずしも悪いとは限らない。ただそれをやるなら投手をちゃんと把握しておかなければいけない。
実際にジンは岩崎を自分の制御下で投げさせている。倉田と組ませた時は明らかに数字が悪くなる。
直史に対してはそうではなく、これでいってみるかと提案の形でサインを出す。だいたいは直史もそれに納得して投げる。
どちらにしろジンは、自分が投げさせたい球と、ピッチャーが投げたい球を考え、それで結果を出している。
武史は別だがアレクなどの下級生には、己を信じて投げて来いとアピールする。
「しっかし大阪光陰ならもっと合うキャッチャーがいそうだけどなあ」
ジンが不思議なのはそこである。
大阪光陰ほどの超名門であれば、誘えばだいたいの選手は獲得出来る。
例えば今の二年であれば、東京や神奈川の私立にはジンから見てもいいキャッチャーがいる。
「この学年と次の学年で、キャッチャーが故障したとかじゃないのか? さすがにキャッチャーはすぐさま代わりは見つけられないだろうし」
「ちょっと古田にでも訊いてみるか」
三里の古田は夏休みまでは大阪の理聖舎にいたので、そのあたりの内部事情も知っているかもしれない。
とりあえずSNSで質問しておいて、あとは決勝の戦い方である。
「まず打撃の方は、むしろ夏よりも上回ってるかもしれないな」
夏は三番を打っていた一年の後藤が、四番に入っている。
七番だった大谷が三番に入り、一番と二番も一年生だ。
二年生で上位なのは、五番の丹羽である。
下位打線はどちらかというと守備重視なのだろうが、主戦力はどちらかと言うと一年生である。
これは来年こそ大阪光陰は春夏連覇しかねないなと思ったが、キャッチャーの問題がある。
「じゃあ明後日の試合はキャッチャーを攻めるということで」
ジンがまた悪い笑みを浮かべていた。
神宮大会の決勝を明日に控え、しかも先発であるというのに、東京観光などをしている男がいる。
その名も佐藤直史。一応日課の練習は終えてきているし、大学の部の準決勝第一試合は見た。
彼の目的地は一般的な観光客のそれとは違う。
簡潔に言ってしまえば、下見である。
進学先予定の早稲谷大学キャンパス。そして専用グランド。
自分が生活するようになるかもしれない場所を、見学して行く。
東京の駅の乗り換えには死に掛けたが、それもご愛嬌である。
大学の野球部、特に六大学や東都の一部に所属するチームの特徴は、平均値の高さだろうか。
わざわざ大学でまで野球を続けて、しかも強豪の大学でやっているわけである。
もっともトップのレベルは高校と大差はない。プロで通用するような選手はいきなり高校からプロという選択肢があるからだ。
実際にワールドカップに出た三年も、ピッチャーとバッターはプロに進む者が多い。希望していた球団と違うという理由で大学に進む者が、今年はほぼそれはない。
もちろん大学でもう少し実力を底上げしてとか、高校時代はまだ芽が出なかった選手、チームに恵まれなかった選手などもいるため、大学にも優れた選手はいる。
なお早稲谷大学は今年の神宮には出場できなかったので、今日も元気に練習である。
一応知り合いに連絡は入れていたので、まずはそれを探そうと、きょろきょろと視線を動かす。
「あ~? なんでお前さんがこんなとこにいるんだ~?」
奇妙に間延びした口調に振り向けば、アレクよりもさらに長身のユニフォーム姿があった。
「あれ? こんにちは」
知っている顔である。一年の夏に戦った中では、かなり印象的な相手であった。
上総総合の細田。大介をカーブで封じた。
針金のようだった体は、この一年ほどでかなり筋肉がついている。
「白富東は神宮大会じゃないのか?」
その後ろから出てきた横にでかいのも、知っている顔であった。名前は忘れたが、細田とバッテリーを組んでいた選手だ。
伏見である。直史の記憶には残っていない。そこそこいいキャッチャーでバッターだということは憶えている。
「お久しぶりです。明日が決勝なんです」
細田に比べると、伏見の口調は普通で話しやすい。
直史達が一年生の時、春の大会で上総総合は県大会を優勝した。
そして夏には白富東と準決勝で戦って敗退した。つまり甲子園に行っていてもおかしくないバッテリーだったわけである。
一年時のキャプテン北村は、マネージャー文歌の兄なので、それなりに大学の情報は入ってくる。
高校時代には対戦相手だったのが、大学では仲間になるというのは面白いと言っていたらしいが、このことだったのか。
「北村と約束か?」
「はい」
「さっきロッカーですれ違ったから、すぐに来ると思うぞ」
「そうですか。ありがとうございます」
これでこの二人は用事もないのだが、当然ながら聞いてみたいことはある。
「ひょっとして、再来年は後輩になるのか?」
「その予定ですね」
「なるほど、お前ぐらいなら特待生か……」
早稲谷大学の野球特待生は、様々な特権を持っている。
学費や入学金の免除だとか、寮費の免除とかが代表的だ。
しかしその中でも、年間に二人しかいない特待生は、ちょっと言葉では言えない特権を持っている。
甲子園でパーフェクトをしてしまうようなピッチャーなら、それに選ばれてもおかしくない。
「まあ、ちょっと普通の特待生の扱いとは違うっていうか、まだ先の事なんで分からないですけど」
考えたくないが、もしも故障などしてしまった場合、当初の予定通り千葉の大学に進学することになる。
直史ほどの成績を残していない二人には、天の上の話である。
「そういやさ~、うちの監督もさ~、千葉出身だったさ~」
「北村も監督に会わせるが目的だったのかな? 今なら監督もいるし、俺たちも一緒に行けるが」
早稲谷大学の監督を務める辺見は、千葉県出身であり当然の如く早稲谷大学の出身であり、プロにも進んだ。
奇しくも直史と同じように、多彩な変化球を武器とする投手であった。タイトルも取ったことがある。
「監督に会うつもりとかはなかったんですけどね。普通に周りを見せてもらうだけで。それにしても監督が千葉出身だったのは知りませんでした」
うむ? と顔を見合わせる二人である。
「お前、うちの監督が辺見さんだって知ってるのか?」
「いえ。有名人ですか?」
よりにもよって地元球団に所属した、プロの投手を知らない直史であった。
北村が直史を見つけたのは、細田と伏見によって直史が、早稲谷大学の野球部の基礎知識を教えてもらっている最中であった。
「久しぶりだな、ナオ」
そう言う北村であるが、実際は夏の甲子園の後にも会っているので、それほどでもない。
「北村、こいつ野球の一般常識知らんぞ」
伏見が頭を抱えるが、直史は言われてみてちゃんと思い出した。
まあ活躍していたのはけっこう昔だし、直史はあまりプロ野球には関心がなかった。それこそレジェンドレベルの選手でもない限り。
もっともその変化球を多用するスタイルは、しっかりと真似をしていたのであるが。
関心のあることとないことで、使う頭に差がある直史である。
直史はナチュラルで無神経なところがあるので、前もって監督と対面しておいた方がいいのではと北村は考えていたのだが、その日なら空いてますと、神宮の決勝前日に予定を入れるとは思わなかった。
もし決勝までに負けていたら。今日は平日であるので学校がある。
基本的に直史は公欠以外で学校を休むことはない。それにわざわざこの時期に挨拶するのは早すぎる。そもそも待遇面での調整がまだなのだ。
だが結局、会うことにはなった。
「うちの大学名門だから、そのあたり挨拶とかきっちりしないとな」
そういう理由らしい。直史も田舎の人間なので、上下関係などはともかく、挨拶をきっちりしておくのは違和感はない。
そんなわけで、練習風景を眺める辺見監督に会ったわけであるが、反応は薄かった。
「甲子園は見たよ」
普段はどちらかというと強面で近寄りづらい人物なのだが、直史との会話は普通のものだった。
「俺は出場も出来なかったんだけどね。代わりに神宮では活躍したけど優勝は出来なかったなあ」
なお六大学リーグではぶっちぎりで東大が弱い以外は、どのチームもそれなりには強い。
まあ甲子園頑張れよ的に無難に挨拶は終わった。
せっかくだから投げてみろ的な超展開は、さすがに決勝前日なのでない。
「そういや神宮大会、大学の部は見に行かなくてよかったんですかね?」
「今年は六大の代表も負けてるし、もう秋のリーグも終わったしな。それに……そろそろ監督も退任するって噂があるし」
「ああ、そういえば結構なお年で」
変化球投手出身の監督ならば、面白い野球が出来るかとも思ったのだが。
「それで、お前の見た印象はどうだ?」
「そうですね……設備は良かったですけど」
全体的なレベルはもちろん高い。六大の野球部でまで野球をする人間は、相当の野球好きか、打算がある人間だ。
中にはプロ注の選手もいたので、まあ甲子園レベルは普通にある。
そもそも一軍のメンバーであればほとんどは、高校時代に甲子園を経験している。運悪く経験してなくても、野球強豪校出身であるのがほとんどだろう。
「まあワールドカップに比べたら?」
「出たよナチュラル上から目線」
甲子園に出た? こちらは日本代表で、世界大会最優秀救援投手ですが何か?
甲子園ではパーフェクトなどしておりますが? あなた方がおそらくけちょんけちょんに負けた大阪光陰相手に。
「お前らが活躍してくれたおかげで、俺の扱いも良くなってきたしな」
なるほど、確かに北村が入学した時点で、白富東はセンバツベスト8のチームになっていた。
そして今年の夏は準優勝だ。北村としても元キャプテンとして鼻が高いだろう。
考えてみれば手塚も早稲谷が第一志望である。
「手塚さんも入れば、白富東が増えますねえ」
「いや~、あいつは入らないだろ。なんだかんだ言って早稲谷の野球部は、野球ガチ勢だし」
「通用するかどうかなら?」
「あいつの守備は充分通用するな」
野球同好会というぬるいサークルもあるので、おそらく入るとしたらそちらだろうとも言われた。
確かに手塚は、毎日野球に時間を割くタイプではない。趣味の男だ。
守備はともかくバッティングが弱いので、スタメンは厳しいだろう。
北村も鍛えられて、高校時代よりも一回り体が大きくなっていた。
「それでも甲子園常連校のやつらの話だと、大学の野球はぬるいらしいけどな」
別にきつい練習をすれば上手くなるというわけでもない。直史の持論である、ある側面から見た真実である。
かくして大学の下見は終わった。
再来年の春、このグランドで練習するか、まだ未来は決まっていない。




