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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第七章 白い軌跡 二年目・秋 うつろう世界
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2 雑音の中で

 最近のジンは頭を悩ませることが多い。

 もっともハゲるほど頭を悩ませているのは、部長である高峰であろう。

 原因はただ一つ。

 カナダで開催中の、U-18ワールドカップだ。

 大介の活躍はまだしも、イリヤと双子がやりすぎていた。


 高校野球の応援と言うのは、基本的には健全で保守的なものだ。

 鳴り物に制限はあるし、電気系統の必要な楽器は許可されない。

 ブラスバンド部が音楽の主人公であり、それ以上に大きな音となると、凄まじい声量を誇る人間ぐらいが限界か。

 布施明みたいな人間が数人いれば、おそらく規制の対象になるだろう。声量お化けと海外で言われるケイティさえ、さすがにそこまでの声は難しい。


 そんな高野連とは全く別のところで行われたワールドカップにおいて、日本を応援するミュージシャン軍団、イリヤと愉快な仲間たちがしでかした。

 エレキやシンセまで持ち込んだ、もはやなんでもありのスピーカーによる熱唱とダンス。

 それに応えて大介がホームランを打ちまくり、既にしてMVPは決まったような状況になっている。

 カナダまで人員を派遣できないマスコミは、仕方なく白富東に人員を派遣してくるわけであるが、これが凄まじく邪魔であるのだ。

 この時期はまだ新チームの構想が固まっておらず、本来の力が出せないチームが多い。

 しかしその中でレギュラーが多く残る白富東は有利なはずなのだが、とにかく取材の数が多くて、部長である高峰だけでは案件を処理できず、キャプテンであるジンや、監督であるシーナがそれに手を取られる。

 地元マスコミや一般の野球マスコミならともかく、俄かの野球ブームに乗ろうとしているマスコミは本当に困る。


 高峰と共に校長とも話し、基本的にマスコミはシャットアウトという方針にした。

 部長である高峰は、それについては説明をせざるをえないが、海の向こうの大介や直史のことを問われても、ジンとしては困るのだ。

「なんだか大変そうだね」

 本日の練習試合の相手である、三里高校の国立監督がしみじみと言った。

「甲子園の直後は、こんなにひどくはなかったんですけどね」

「そりゃあ……甲子園より面白い国際試合なんて、WBCでもそうそうないよ」

 乾いた笑みを浮かべる国立であった。




 学校の敷地内に侵入出来ないマスコミであるが、不幸にも白富東の野球部グランドは、敷地から少し離れた場所にある。

 ここもまた敷地であることに変わりはないのだが、部室と違って無遠慮な視線を防ぐ手段がない。

 贅沢を言うようではあるが、小さめでも屋内練習場が欲しかった。

 さすがにそんな物を建てる敷地はないし、あったとしても維持費がかかりすぎるだろう。

 公立校の限界というものである。

 今はイリヤが好き放題に金をかけているが、彼女にしてもそれを永遠に続けるつもりはない。


 そんな衆人環視の中で始まった練習試合であるが、白富東は三里を完封した。

 ジンはこの日、捕手を倉田に任せてベンチから指揮をとったのであるが、三里が継投と堅実な守備を駆使する中でも、ここぞというところで着実に点を取り、終始試合を有利に運んだ。

 最後にはシーナが「代打あたし!」をして、甘く見て前進守備の外野の奥へと運び、決定的な点を加算した。

 投手は岩崎ーアレクー武史と継投し、ヒットを一本も許さない完勝であった。


 夏の県大会ベスト4と、甲子園準優勝チームとの戦い。

 スコアとしては5-0で白富東の勝利。

 準優勝チームは主力の二人を欠いていても、圧倒的に強かった。

 最後まで指揮官に徹していたジンは、それなりに課題も見つけた。贅沢すぎる課題である。


 それとやはり、外野がうるさい。

 単なるファン、県内、県外の強豪校の偵察。それにプロのスカウトマン。

 ブラバン有志の勝手な応援はともかく、他にも気になる者はいた。

 休日であるからおかしくはないのだが、中学生と思われる少年たち。

 あるいは来年の白富東入学を考えている者たちかもしれない。


 甲子園を勝ち進んでいたというのも理由の一つであるが、ジンは今年は、出身のシニアに選手の勧誘に行っていない。

 忙しかったということの他に、今年の鷺北シニアはあまり強くなかったというのもある。

 試合を終えて三里一団が帰った後、倉田が話しかけてきた。

「キャプテン、観客の中に、三井シニアの赤尾と青木がいました」

 倉田にとっては一つ下であるが、ジンにとっては二つ下の選手。

 だが一年の頃からシニアのレギュラーであった二人を、ジンはしっかりと憶えている。

「今年のうちに勝ったとこか。赤鬼青鬼コンビだよな?」

 そう、今年の鷺北を破り、全日本に出ていた三井シニアの中核選手だ。


 シニアチームというのは広範囲の地域から選手を集めるだけに、他校の生徒の情報も自然と入ってきたりする。

 キャッチャーの赤尾孝司とセカンドの青木哲平は、全国レベルで名前の売れる選手にまで育った。

 もちろん強豪私立のスカウト対象のはずだ。それが白富東を見に来たというのは……この時期であったら、もう偵察だろうか。

 白富東は公立であるが、それに加えてスポーツ選科なども存在しない。完全な進学校である。

 つまり白富東で野球がしたいなら、どれだけ野球が上手くても、勉強で入ってくるしかないのだ。

 アレクのような例外中の例外は、来年も一人入ってくる予定だとは聞いている。しかしそれ以外の新一年の追加戦力は、あまり期待出来ない。


 今年の一年は23人も入ったが、去年のジンたちは12人であったし、手塚の代は研究班まで含めて七人だ。

 来年も人数はそれなりに多くなるだろうが、本当の即戦力は、セイバーの選んでくれた一人ぐらいだろう。

 だがそれでいいのだ。

 一年の夏から――白富東の場合は春からというのが二年続いたが――戦力になれるようなチームでは、底が薄いと言うしかない。

 ちゃんと鍛えて二年の秋からはしっかりとした戦力になる。そういうように育てるのが、高校における育成の基本だろう。

 もちろん戦術の継承などを考えれば、二年の夏からスタメンになる選手が、一人か二人は必要になる。




 正直なところ、白富東は今の一年が抜けた後は、甲子園を目指すのが精一杯のレベルに落ちる可能性がある。

 中学時点で素質の分かっている素質を、全国の私立はかき集めている。そして野球人口は徐々に減っていっている。

 素質はあるがスポーツ推薦にかからない者は、基本的に私立か、地元の強い公立を目指す。

 そして白富東は超強豪ではあるが、スポーツ枠での入学が一切ない。

 甲子園まであと一歩にまで、去年の夏は勝ち進んだ。だからその実績でもって、ジンは倉田を引っ張ってきた。

 秋の結果のセンバツ出場と、自由すぎる規律を見て、鬼塚が入ってきた。

 最初は野球部に入る気のなかった武史は、受験が大変であったという。


 勉強が出来て、野球をやりたい。

 そういったレベルの選手を鍛えて、どうにかチーム力で勝っていく。

 三年後の白富東は、そういうチームになっているのだろう。

 セイバーやイリヤが揃えてくれた練習環境も、コーチ陣の契約が終われば、劣化していくのは間違いない。


 この輝きは、短いものだ。ジンにもそれは分かっている。

 しかし一瞬ではあるが、その絶対値は凄まじい。


 全国制覇が狙える。

 三年で甲子園出場という、入学当初の目的はとっくに果たして、その年に日本で一人しかいない、日本一のチームのキャプテンになれる。

 可能性があるなら、挑戦するに決まっている。




 しかし、雑音がひどい。

 あれから一週間、ワールドカップが終わった。

 日本代表は初優勝。しかも全勝での優勝であった。

 だがそんなことがどうでもよくなるほど、白富東の周辺が騒がしい。


 全ては大介の責任だ。

 伝説に残るようなパフォーマンスを、一大会の中でいくつ起こせば気が済むのか。

 場外ホームラン、予告ホームラン、代打逆転満塁ホームラン。

 決勝では四打席連続ホームランである。打者のタイトルを全て獲得し、最終的にはMVPに選ばれた。

 MVPは決勝で投げたピッチャーが選ばれることが多く、そういう意味ではクローザーとロングリリーフをこなした直史も対象であったそうだが、満場一致で大介が選ばれたそうだ。

 確かに、甲子園では直史も大介も前人未踏のことをやってのけたが、ワールドカップでは大介の活躍の方が確実に目立っていた。


 いや大介の責任だけを問うわけにはいかないだろう。

 そもそも論としては、イリヤに応援を頼んだ直史が一番悪いのであろうが、ワールドカップという一応全世界にネット配信されたあの大会で、イリヤと愉快な仲間たちによる応援は、目立ちすぎた。

 世界的に知られたミュージシャンが集まって、バックコーラスをしながらレジェンドが歌う。

 佐藤家の双子が芸能人であることも特定され、記者会見などでもひどい有様になっていた。

 あれだけのパフォーマンスをした応援に対し、大介はホームランで応えた。

 イリヤも言っていたように、大介のパフォーマンスは、巨大な応援すら覆すパワーを持っている。


 そんな大介を見るために、日本のプロ野球球団はもちろん、MLBのスカウトまでが白富東に注目している。

 ジンは父から聞いて知っているのだが、少なくとも大京レックスは来年のドラフトは、大介の一位指名を内定したらしい。

 アマチュアの大会とは言え、160kmのボールを軽々とホームランにしていたのが大介である。

 現在のNPBにおいて160kmを投げられる投手は、五人もいない。


 あとは野球部ではないが、野球部関係者として双子の追っかけがすごい。

 元々校内でも可愛い双子としては有名であったのだが、実はこっそりミュージシャンとしてデビューしていたというのだから、話題性もばっちりだ。

 日本国内で有名になる前に、いきなり世界大会でその音域の広い声を披露した。

 音楽配信でうっはうはらしいが、詳しいことはジンも聞かないようにしている。




 現在の白富東は、監督がいない。

 正確にはシーナが監督である。高校野球の監督の条件には、現役の女子高生の就任を禁ずる項目はない。

 夏までは早乙女のついたセイバーが、マスコミをシャットアウトしてくれていたのだが、現在はさすがにそうはいかない。

 おかげで双子はあれ以来、練習補助員として動けなくなっている。


 なお勝手にグランドに入ってきたマスコミもいたが、それは一度きりでその後は防がれている。

 そこにいたら危ないよ、ボールが飛んで行くよという大介の忠告を聞かなかったため、彼の打ったボールがカメラマンのカメラを直撃し、150万する業務用のカメラが一台破壊された。

 そのカメラの下敷きになってカメラマンも負傷し、無許可で白富東の練習場に入ることの意味を、マスコミ各社は知った。

 大介のバットコントロールは、恐ろしくまたさらに向上している。

 こいつの打撃はどこまで進化するのか。


 そんな大介がワールドカップ後に変わったことは、木製バットを使い始めたことである。

 まあ今までも、大介が金属バットを使うのは危険すぎるという指摘はあったのだが、なにしろ大介の使っていたバットは、物干し竿の異名を取る長いバットであったので、折れやすい木製にするには経済的に問題だったのだ。

 だがセイバーが残してくれていた伝手により、スポーツ用品メイカーが、白富東をバックアップしてくれることになった。

 メーカーの製品を試合でも使う代償に、ボールなどの消耗品や、練習のために使う特殊な形状のバット、そして大介が使うなら絶対にいずれ破壊されるであろうバットを提供することになった。

 スーパースターが一人いるということは、それだけで良い効果が膨大となる。


 またメーカーの品を使うという点では、直史も恩恵に与っている。

 これまで直史は、普通のグラブではなくファーストミットをマウンドでも使っていた。

 これは中学時代、グラブとミットの二つを用意すると、どうも感覚がおかしくなるというのが理由であったが、ピッチャーとして固定されてもずっと続けていたのは、ちゃんと理由がある。

 ミットは当然ながら普通、グラブよりも重い。

 これを使うことによって、投球時に体が開くのが遅くなる。

 そして重い左手を開くことによって、体全体が回転し、右手に力が加わるということだ。


 直史はこれを、左右両利きのグラブへと替えた。

 これまで公式戦で投げたことはないが、直史が左でもかなりの球を投げられるのは、周知の事実である。

 可能性は低いが、左投手を極端に苦手とする打者と対戦する時のために、選択肢を増やしておくのだ。

 重さは指定の通りで、これまでよりもキャッチングの取り回しは良くなった。


 セイバーにしても資金的にはいくらでも援助出来たのだろうが、そもそも直史が言い出さなかったのが悪い。

 メーカー営業に頼んでみれば、アレク用のより軽いスパイクや、より高性能な防具なども提供してくれた。

 かくしてグランド外では色々な問題を起こしながらも、白富東の新体制は整っていったのである。

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