表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
間章 平凡な才能は甲子園に行けない理由にはならないそうです
145/298

15 窮鼠は虎を噛むか

 どうしてあれが打たれて、しかもセンターの一番深いところまで届くのか。

 打者として超一流と言われた国立ですら、さっぱり理屈が分からない。

 手元でわずかに変化させているはずだ。フライ系でホームランになるならともかく、ライナーの当たりでホームランになるのが不思議だ。


 四番に今日は入っている佐藤武史に、またフェンス際まで運ばれたがなんとかアウト。

 いい当たりばかりをされていながら、一点だけというのは確かに悪くはないはずだ。

 しかし少し流れが傾けば、一気に試合が決まってしまいそうでもある。

「東橋君、よく崩れずに投げた」

「いや~、あんなところに打たれたらもう、いっそスカッとしましたから」

「確かにそうかもしれないね」

 呆れるしかない国立である。


 センターの西は、また違った感想を抱いていた。

「センターライナーでラッキーと思ったら、そこからぐんぐん伸びてくんだもんな。何かの冗談かと思った」

 バックスクリーンに直撃しなければ、あそこからさらに上昇したのかもしれない。

 スコアビジョンに当たれば、また壊していただろう。

 とにかく規格外であるのは間違いない。


 とにかく最小失点で一回の表は終わり、裏の三里の攻撃である。

 そして白富東の先発は、佐藤直史。

 ついに無安打無四球記録は途切れたが、無失点記録はずっと継続中である。

 球速も県内レベルなら一流だが、それはおまけで変化球と制球、そして緩急を使う異形の超絶技巧派。

 白富東は全国レベルのピッチャーを四枚も持っているが、その中でも一番めんどくさいのがこいつだ。


 もし今日、付け入る隙があるとしたら、キャッチャーが倉田であるという部分だ。

 打力として期待するなら、ライトに入れてもいい。あまり適正ではないかもしれないが、なんとかこなすだろう。

 しかし大田がスタメンに入っていないというのが、なんともこちらを甘く見ているというか、それとも大胆と言うか。

 ベンチでは女子マネの椎名が監督をしているというのだから、そのあたりも隙があるような気はする。

 白富東レベルであれば、監督をしてみたいという人材はいくらでもいるだろうに。

 それでも国体で優勝しているところが、底知れないところではある。




 そして攻撃の前の白富東の守備練習で、観客たちはまた喜ぶ。

 ノックをするのは大田やベンチメンバーではなく、監督である椎名なのだ。

 女性監督と言うなら、前監督の山手もそうであった。

 だが彼女は完全に参謀系の監督であり、ノックを打つのは大田が主であった。


 高校野球においては、女性のマネージゃーが練習補助でグランドに入って、それが問題視されたことがある。

 理由としては本音はともかく、危険だからというのが建前として言われた。

 だがこのノックを見て、危険の一言で済ませてしまっていいものだろうか。

 男女のフィジカルの差などで女子禁制の甲子園であったが、監督まで務める女子生徒が、ノックを普通に打っている。

 センバツに白富東が進むのは確定なので、彼女が甲子園のグランドをチームメンバーとして踏む、最初の女性になるだろう。


 さすがに国立ほどの打球の鋭さはないが、狙い通りのところにちゃんと打っている。

 外野までちゃんとフライを飛ばしているのは、長年の努力の結果だ。

 最後の見せ場のキャッチャーフライも真上に上げて、倉田がしっかりとキャッチした。

 観客からの拍手に手を振って、現役女子高生監督はベンチに戻るのであった。




 先頭打者の西は、出来るだけ多くの情報を引き出さなければいけない。

 だが変化球が売り物の佐藤は、ストレートでストライクを取ってきた。

 ならばそれを打てばいいと思うのだが、これが難しい。

(なんか変に伸びたり、少しだけ曲がったりしてるよな)

 佐藤直史のピッチングは、基本的に大きく曲がる変化球で、分かっていても打てないコースに制御するものだ。

 だが今日のこれは、打てるがまともには打てないものだ。これを実戦で試したため、国体ではヒットを打たれたのかもしれない。


 つくづく嫌になるほどの余裕だが、西はアウトロー一杯のストレートを空振り三振した。

(落ちないストレートかよ)

 二番の星には、ほとんど伝えることがない。

「ヘンカまともに使ってきてない。遊ばれてる」

 そして国立の隣に座る。

「この間の練習試合でも対戦してないからはっきり言えませんけど、さらに進化してると思います」

 球速ビジョンも表示されているのではっきり分かるが、今の打席は最速134kmであった。

 そこそこの強豪校のエース級ではあるが、球速だけなら県内を見ても、この程度のピッチャーは多い。

「多分、スピンを意図的に調整してるんだろうね」

 国立も内心の絶望感を言葉に出さないようにするので必死である。


 佐藤兄は高校入学し硬球に慣れていなかったであろう一年の春に、勇名館をどうにか抑えて勝っている。

 その後のトーチバとの戦いでは負けているが、これは彼だけの責任ではない。

 以降に負けた試合は、明らかに審判の誤審とエラーの重なった一年の夏と、天候ややはりエラーなどによる二年の春。

 夏はマメを潰してでも延長を投げ切って勝ったので、単純に技術が優れているわけでなく、精神力も強いことは分かっている。


 変化球投手とは思われているが、直球で空振りが取れないこともない。そしていざという時には好き勝手に曲げまくる。

 西の言葉を聞く限りでは、初速が同じストレートでも、握りやスピン量を調整して伸びや軌道を変えている。

 おそらくこれは、プロを見回しても誰も出来ない。

 ギアを上げた時に球質が変化する投手はいるが、それとは全く違う変化だ。

(だけど、このタイプなら打てる)

 既に関東大会への出場は決定し、先制点を奪った場面。

 佐藤直史はここから、一点を奪われるまでは、実戦で確かめる余裕がある。

 それはキャッチャーが倉田であることとも無関係ではないだろう。




 日本ではピッチャーの配球というのは、基本的に対戦相手のデータを元に監督が方針を決定し、その場の変化をキャッチャーが考える。

 なおここで、そもそも配球どおりに投げられないピッチャーが、高校レベルでは多いという実態は無視する。

 これがMLBであると、ピッチャーが己のその日の調子で、投げることを決めることが多いという。

 この違いのために日本から挑戦したキャッチャーが通用しなかったりもした。

 白富東は、他のピッチャーの場合はともかく、佐藤兄は倉田のサインにも、一切首を振らない。

 それでも打たれないのだ。つまりキャッチャーのリードが優れているか、読まれた球でも打たせないか。

 変化球がここまで多い投手をリードするなど、普通は高校生レベルではありえない。

 つまりこのバッテリーは、倉田が成長するためのものである。

 次の世代のことまでも含めて、向こうは選手を起用する余裕があるのだ。


(う~ん、監督がちゃんといるならともかく、同じ年の女子マネが監督で、次の世代のことを考えてるのか……)

 キャプテンの大田も共に指揮していても、国立はそれがいかに異常なことか分かる。

 高校野球の最後、夏は負ければそこで終わりというものだ。

 白富東にしても、ここで負けても関東大会には出られるのだが、公式戦でそれを行うのは、かなり大胆なものである。


 速球派投手なら球威の落ちる後半に勝負を賭けるかもしれないが、佐藤は延長でも全く球威は落ちないタイプのピッチャーだ。

 そもそもストレートと変化球の球速差から考えて、試合では一度も全力投球をしていないのではという疑惑さえある。

 だが、同じ人間で、倉田を成長させるために投げていれば、隙はある。

 星がツーストライクから粘った打球は、鋭いゴロ。

 三遊間。飛びついた白石が捕球して、膝を落とした状態から上半身だけでファーストへ。アウト。

 普通なら抜けているし、そうでなくても内野安打になるコースだ。

 白石は打撃もずば抜けているが、守備も鉄壁だ。

 待球策を取りながらも、どうにか隙を見出すしかない。

 変化球主体なら、握力の低下を期待するところであるが、佐藤がそういった可愛げのある存在であるはずもない。


 東橋も早々に追い込まれているが、早打ちをしないでどうにか後半まで行きたい。

(分かってはいたけど一点が痛い。果たして点を取れる機会が何度あるか)

 そう思っている国立の前で、東橋の打った球がレフトの前にぽとんと落ちた。

 国体でも二本しかヒットを打たれていない佐藤から、あっさりとヒットで出塁した。




 意外と言ってはなんだが、予想外のことではあった。

 どうやら東橋の様子を見るに、狙った球を運良く叩いたということだけのようではある。

 マウンド上の佐藤は平然としているが、むしろ倉田の方に動揺が見える。


 古田の前にランナーが出た。ツーアウトではあるが、そもそもランナーを出すことすら珍しい投手である。

 これはあれだ。キャッチャーのリードのミスだ。

 倉田も強豪シニアのキャッチャー出身であるから、かなりの実力を持っているのは間違いない。

 だが秋まではほとんど公式戦ではマスクを被っていなかったため、実戦経験が不足している。勘も鈍っているだろう。

 岩崎や佐藤弟のような、球威で圧倒するタイプのピッチャーならともかく、リードの必要な技巧派を、扱いきれていない。

 だからこそ佐藤と今日は組ませているのか。


 これは微妙な状況だが、チャンスであることには変わりはない。

 だがヒット一本で帰ってくるのは難しい。

 つまり、スチール。だが単なるスチールだと、倉田の強肩で刺されて終わる。


 それでも初球スチール。大きな縦のカーブの間に、二塁への進塁成功。

 これが直球系であれば、古田も打っていった。ランエンドヒットだ。

 インプレイ中だが、倉田と佐藤が少し会話をした。

 いざとなれば大田とキャッチャー交代なのだろうが、そのタイミングがどうなのか。

 それにしても、ノーヒットピッチングが基本の佐藤が、よくもまあこのリードで満足している。


 初球はカーブでストライクを取ってきた。セカンドの東橋は、牽制アウトに気をつけながらも、しっかりとリードは取る。

 二球目に何を投げるかは、選択肢が多すぎて絞りきれないが、この東橋のリードを見て、三盗を警戒するかもしれない。

(アウトになってもいい。行け)

 クイックからの投球に対して、東橋はスタートを切る。

 外角高めに外したボール。これなら三塁で刺せると思ったか。


 外しきれていないボールを古田はライトへ流し打ち。

 ライン際に着地。回り込んでライトは捕球したが、早くセカンドを発進していた東橋は、余裕でホームイン。

 佐藤直史、公式戦においては80イニング振りの失点であった。




 どういうことだ、と国立は喜びよりもむしろ当惑していた。

 少なくとも星の打席までは、ヒットを打たれるような球は投げていなかった。

 東橋の一本がまぐれだとしても、古田にまで外した球を打たれるとは。

 佐藤の調子が悪いのかとも考えるが、西を相手には完全に抑えている。


 先頭打者の俊足の西、それに続いて面倒な星がアウト。

 ツーアウトから気が抜けた? 佐藤が?

 そして古田への不用意なボール球。

 わざと点が取られる状況にしたとしか思えない。

「東橋君、打ったボールは?」

「はい、ストレートの割合が増えてたので、それに的をしぼりました」

「う~ん……」


 佐藤の調子が悪い、と判断してしまえばことは簡単だ。

 しかし現実的に考えて、あの佐藤が調整に失敗するだろうか。

 それに調子が悪くても、他にもピッチャーはいる。


 そんなことを考えている間に、五番がゴロに打ち取られてスリーアウト。

 一回の表に先制されることは予想していたが、正直その裏で同点に追いつけるとは思っていなかった。

 だがこれで、とりあえず試合は振り出しに戻ったのだ。

「よし! ここをきっちりと切っていこう!」

 何か不穏なものは感じるが、とりあえずは考えるのは自分の仕事だ。


 二回の表、白富東の攻撃は、五番の倉田から。

 先ほどの反省をぶつけたような打撃で、ボールがスタンドに放り込まれた。

次話「いまだ道の途中」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ