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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
間章 平凡な才能は甲子園に行けない理由にはならないそうです
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11 胸を張って行こう

 嬉しい悲鳴、という言葉がある。

 この秋の千葉県高野連にとっては、まさにその言葉が当てはまった。


 高校野球は日本でも最大レベルの興行となるイベントだが、それはやはり夏の甲子園が大本番だ。

 センバツの甲子園や、夏につながる地方予選もかなり盛り上がるが、その中で秋季大会の集客力は低い。

 例年であれば臨海野球場を使って、準決勝以降が行われる。その収容人数は一万に満たない。


 だが今年は違う。

 世界で活躍してきた白富東の二人、特に投げないかもしれない佐藤直史とは違い、常に打つ白石大介を見るために、多くの観客動員数が見込めたのだ。

 県営球場を確保したものの、それでも勝ち上がれば勝ち上がるほど、観客の数は増えていく。

 県高野連はNPBと球団に頭を下げて、どうにか準決勝以降にマリスタを使わせてもらうことの許可を得た。

 幸いとは言えないが、地元球団がクライマックスシリーズに参加出来ていなかったからこそ、通った案件である。

 なお、さすがに関東大会は無理だからね、と釘を刺された。




 夏もこの道を通った。

 プロ野球も行われる、マリンズスタジアム。

 来年の夏も、絶対にここに来ようと思っていた。しかし色々な事態が積み重なり、あれから三ヶ月もしないのに、またここへやって来ている。


 国立はあえて言及しなかったが、21世紀枠に気付く者は他にも普通にいる。

 関東大会にさえ出られれば、三里がセンバツの東日本代表として選ばれる可能性は高い。

 だが甲子園の優勝のない東北勢の可能性もある。

 興行的に考えれば、応援に行きやすい東海や北陸の地方から選ばれるかもしれない。


 しかしここで勝って決勝へ進み、関東大会で一度でも勝てば、ほぼ決定だ。

 ほぼ、であって確定ではない。たとえば野球部以外でも不祥事があったりなどしたら、選ばれないだろう。

 ここもまた、運だ。

 あとは白富東が関東大会で優勝し神宮大会に進み、そこでも優勝してくれたら確実だろう。




 第一試合を終えた白富東と、通路ですれ違う。

「おっす、元気?」

 先頭の大田は活力に溢れている。まああれだけの試合の後である。

 準決勝であるのに、12-0の五回コールド。あまりにも圧倒的過ぎる。

「俺たちは元気。そっちも復調したみたいだね」

 試合の様子は逐一報告させていたが、もはや定番となった一回の攻撃で、白富東は白石大介がホームランを打った。

 その後彼は敬遠されたが、他の打者も打ち、合計四本のホームランで、トーチバを粉砕していた。


 夏の大会では、三里がかなわなかったトーチバを相手に、ここまでの力の差があるのか。

 しかもこの試合、キャプテン大田は采配に専念し、倉田が四番のキャッチャーとしてスタメンであった。

 そしてその倉田がホームランを含む四打点で、決定的な役割を果たした。

 投げては岩崎が参考記録ノーノーと、投打に全く隙がない。

 おそらく高校野球史上最強ではないのか、そんな声まで上がっているのが、今の白富東だ。

 もっとも実際は、スタメンとベンチのメンバーの差が、それなりにある。

 ベンチどころか応援スタンドのメンバーさえ、甲子園レベルの大阪光陰などの超強豪とは違う。

 だがそれでも戦えば、おそらく白富東が勝つ。


「うちの応援団から、何人か残って応援に混ざるし」

 大田はそんなことを言った。

「ぶっちゃけ今年の勇名館は個性がないから、そっちと戦いたい」

 ほとんど驕りとも言えるほどの余裕だが、これを変な笑みを浮かべたりはせず、真顔で言うのが大田である。


 国立にも分かる。

 今の勇名館と戦っても、普通に力押しで勝てるだけだ。

 三里のような発展途上のチームが戦って得られるものはあるかもしれないが、白富東には何もない。

 投手と打力が突出していて、守備に隙のないチームが、現段階の勇名館と戦っても、得られるものはさほどない。

(古賀監督がどう考えてるかは、これから分かることだ)

 ベンチに入った三里のメンバーが見たのは、マリスタを埋める観客であった。




 勇名館古賀監督は、球場の雰囲気に戸惑っていた。

 甲子園を経験した監督である彼だが、このマリスタに残った観客の発する感覚がよく分からない。


 これは、高校野球のファンではない。

 白富東のファン、さらに言うなら白石大介を見たいがために、集まったのだ。

 白石を敬遠したトーチバには、観客からの大ブーイングがあり、それがあの強豪校を呆気なく敗北させた。

 いくら白富東が強くなったと言っても、トーチバがあそこまで無惨に負けるのはおかしい。

(いや、おかしいと思いたいのかな)

 白富東は、高校野球を違うステージに持っていってしまったのかもしれない。

 そういう意味では前監督の山手は、鬼塚の金髪を許容したことも含めて、多大な影響を与えたと言える。


 残った観客は、野球ファンなのか、それともただの暇人なのか。

 少なくとも白富東のファンの何割かは帰ったようだが、そこへ勇名館と三里の応援団が入ってくるので、やはり満員なのは変わらない。

 だが、この観客がこのままここにいるだろうか。

 多くは白富東を見に来たのだろう。そしてその期待通りに、白富東は圧勝した。

 そこまではいい。

 これから勇名館と三里が、ごく普通の高校野球をしたとして、それを楽しんでくれるだろうか。

 白富東の、正確には白石大介のプレイは、野球から離れかけていた日本人のスポーツ熱を、再び元の水準にまで戻したかもしれない。

 だが求められるものは、大きい。


「思ったよりも、かなりまずいな」

 古賀の言葉に、ベンチは戸惑う。

「白富東が盛り上げすぎた。普通の野球をしていても、お客さんは帰っていくだけだな」

「じゃあ、でも、どうするんですか?」

「普通にしよう」

 古賀の言葉に、勇名館のメンバーは怪訝な顔をする。

「普通に、いつも通り、全力でプレイしよう。たとえお客さんが帰っても、見ていてくれる人はいる。応援していてくれる人はいる。だから君たちも、しっかりとした試合をしよう」

 古賀の言葉は現実的である。


 吉村と黒田を擁し、夏の甲子園ベスト4にまで進んだ。

 それを見て入ったのが、今の一年生である。

 この選手たちが主力となる再来年の夏が、また勇名館が甲子園に行くチャンスである。

 もっともSS世代が卒業しても、白富東の戦力は充分すぎるほど高い。

 この秋季大会の結果如何では、さらに来年の一年生も強くなるかもしれない。

(スポーツ推薦がない学校で、本当に良かった)

 なお古賀の期待は裏切られる。




 三里の国立も古賀と同じく、球場の状況は把握していた。

 そしてこの状況は、自分たちに有利だと判断した。

「いつも通りに出来るかどうかが、試合を分けるポイントだろうね」

 そしてやはり、同じような結論に達した。


 だが勇名館と違うのは、三里は普通にやってもそれなりに見ていて面白いチームということだ。

(アンダースローは見てて面白いだろうしなあ)

 遅い球でもアウトが取れるというのは、人によっては面白いだろう。

 星のアンダースロー。

 おそらくそれが、この試合の肝になる。


「さて、ここで勝てば決勝進出。関東大会への出場も決定するわけだ」

 勝てば決勝、負ければ三位決定戦を、明日行う。

 関東大会にさえ出場できれば、ほぼセンバツは確定する。

 さらにそこで一勝できれば、よほどの例外事項がない限りは、確定と言っていい。

「今日負けても明日、という考えもある」

 国立はあえてその可能性を示した。

「白富東に木っ端微塵に負けて、士気の落ちたトーチバと戦うのも一つの手だ。夏の雪辱を返すという考えもある」

 そんな国立の言葉に、三里の選手は困惑を隠せない。

「だが逆に奮起して、必死で関東大会を取ってくる可能性も高い。どちらにしろ、全力を出すということは変わらない」

 その通りだ。

 下手に考えていては、勝てるものも勝てなくなる。

 挑戦者が勝利以外を考えれば、それはもう挑戦者ではない。


「この試合に勝って、決勝へ進む」

 それが、一番の甲子園への道。

「白富東に勝てれば、甲子園は確定だ」

 それは間違いない。




 先攻は三里。

 先頭打者はセンターの西。この大会はずっと一番を打ってきた。


 新チームにおいて勇名館は、主に二枚の投手を使い分けている。

 左の本格派と、右の軟投派だ。本日は右の軟投派が先発。

 これは三里の、左の軟投派と右の本格派との対比で面白い。

 もっとも左の本格派と言っても、140kmが出せるほどではない。左で140kmが出せるなら、甲子園レベルでも充分に通用する。

 佐藤武史や吉村が異常なのであって、試合で使えるレベルの左投手というのは、それだけで貴重なのだ。


 勇名館は強豪私立の例に洩れず、データを重視した野球を行う。

 そして普段はセオリーどおりの野球を行い、勝負どころで大胆に動いていく。

(ここ数年はほとんどベスト8を逃してないからなあ。千葉の私立の三番手の地位を確定させたかな?)

 むしろ東雲が最近はあまり良くないので、二番手かとまで思える。


 絶対王者は白富東だ。それは間違いない。

 今年の夏の準決勝と決勝を見るに、戦力の低下のないセンバツは、本気で全国制覇を目指しているだろうし、それも充分に可能だ。

 あまりにもレベルの違う選手が揃っている。だがそれでも、勝算はゼロではない。それが高校野球だろう。




 西は巧打者だ。ホームランも打てる長打力に、高い打率と出塁率を誇り、足も速い。

 一番打者として相手のもち球を引き出す選球眼もある。だが、ここはあえて普段とは違う方針。

 右の軟投派、初球の甘く入ってきたスライダーを狙い打ち。

 初球は甘い変化球で反応を探るというのが、勇名館の試合の入り方だとは、データからもはっきりしている。

 左中間を破る打球で、ノーアウトで二塁にランナーが出た。


 ノーアウト一塁で送りバントというのは、今でも行われているセオリーではあるが、かなり減少傾向にある。

 統計でワンナウト二塁にしても、得点の期待値が下がるという結果が出ているのだ。

 だがワンナウト三塁にする送りバントは、ありだ。

 得点の期待値が大幅に上昇する。それは三塁ランナーがスクイズ、内野ゴロ、外野フライ、キャッチャー後逸などで帰ってこれる可能性が高くなるからだ。


 星は、絶対に送りバントを決める。

 三里はコールドで勝てる試合は増えたが、打力が絶対的に上がったわけではない。

 特に相手がある程度の実力となってくれば、むしろ接戦をものにする方が多い。

 そのために、着実に先制点を取る。


 勇名館は前進守備。

 三里の投手陣からは、二三点は取れるだろうという計算がある。

 それは逆に、奪われる点をそれ以下に抑える必要があるということでもある。

 ロースコアのシビアな試合になる。

 両監督が、それを承知している。


 勇名館投手は、変化球主体の右腕。

 バントで転がすにはいい相手だ。

(ここはリスクを取っても、バント失敗を狙う)

 一球だけウエストした後、高めにストレートを投げさせる。

 フライを打たせるためのコース。だが星は、バント職人だ。


 チャージしてきたファーストの頭上に、コンとボールを浮かせる。

 ミットは届かず。一塁線に転がる。ピッチャーがボールへ向かうが、セカンドの一塁カバーが間に合わない。

 プッシュバント成功で、ノーアウト一三塁となった。


 続く三番東橋もバントの構え。

 ここでスクイズをしてくるのか、それともまた何か小技を使ってくるのか。

(序盤でピッチャーのリズムを崩すのはまずい。やらせろ)

 東橋は星ほどのバント職人ではない。最低限の役目として併殺を防ぐため、星を二塁へ送ろうとした。


 ピッチャー頭上へのフライ。難なく捕球されてアウト。

 慣れないことはするものではないが、これでワンナウトで古田に回った。




 大阪の強豪理聖舎から転校してきたこの選手を、当然ながら県内の有力校はマークしている。

 理聖舎で二年の夏にスタメンに入っていたというのは、それぐらいの存在であるのだ。

 打率が高く、長打の打てる四番。

 勇名館の古賀監督は、わずかに迷った。


 敬遠して満塁? いや、ないない。

 五番も長打はないが、そこそこ打率はいい。ヒットが出ればもちろん一点だが、二塁にまでランナーを進めてしまっては、もう一点取られる可能性がある。

 これがサヨナラの場面ならともかく、ここは勝負。

 強打者というのは案外、軟投の変化球投手に弱かったりする。


 古田もまた、己の役割と、ここで果たすべき役目を認識している。

 まずは一点だ。

 内野ゴロは、併殺崩れの間に一点入る可能性は高い。

 外野まで飛ばせば、西の足ならだいたいタッチアップで帰ってこれるだろう。

 理想を言うなら外野を抜ける長打だが、変化球投手からそれを打つのは難しい。


(外野を狙う)

 三球目の、ゆるいカーブをややアッパースイングに。

 レフトがやや後退して捕球。そこから西がタッチアップ。

 先制点は三里高校であった。

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