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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第六章 二年目・夏 一度きりの夏
122/298

69 全国高等学校野球選手権大会決勝戦

改めて『タッチ』を読み返したら名作過ぎてびびった。

これ、実は三角関係恋愛物の最高傑作じゃないのかね。

 勘違いしている人間が多いが、夏の甲子園という名前の大会はない。

 あくまでそれは通称であって、正式名称は全国高等学校野球選手権大会である。

 その最後に残るのは、全国4000校近くのチームから、わずかに二校。

 三年連続三度目、しかしまだ優勝のない新潟県立春日山高等学校。

 夏は初出場、当然ながら初優勝を狙う千葉県立白富東高等学校。


 公立校同士の決勝としては史上四度目、どちらも商業科や工業科、体育科のない普通科だけの学校としては、史上初となる。

 更に言えば新潟県は春夏通じてこれまでに一度の優勝もなく、悲願の優勝を願って、県知事自らが応援に駆けつけているという。それでいいのか県知事。


 だが同時に、この試合をある意味冷ややかに、だが全く無責任に楽しんでいる者もいる。

 各プロ球団のスカウトたちだ。

 プロ注の選手としては、春日山は上杉と樋口、白富東は白石、佐藤兄弟、岩崎、中村などが有望株と思われている。

 だが全て二年生以下であり、ドラフトの目玉になりそうな選手は、全て準決勝までに消えてしまった。

 かろうじて春日山の柿崎、本庄あたりは、ドラフトの下位か育成で取ってみたい選手ではあるので調査書は出している。

 だがどちらもプロは志望していない。彼らにとって野球とは、上杉勝也と一緒にプレイするため、そして彼が去った後は、残された夢を果たすためのものなのだ。


 最後の試合が始まる。




 警官の誘導に従いながら、甲子園までの道を進むバス。

 今日はいい天気だ。

 昨日もこれぐらいに晴れていたら、直史の指の状態が悪化することはなかったかもしれない。

 もっとも直射日光の酷暑の中で、先に集中力が切れていた可能性もある。

 全ては結果でしかない。


 球場前もすごい人だかりであった。

 入場し切れなかった人々が、周辺にたむろしてワンセグの準備をしている。

 たとえ観戦出来なくても、少しでも試合場の傍にいたいということだろうか。


 春日山と白富東は、どちらも有数の人気校だ。

 地元贔屓は関係ない。春日山は上杉勝也のファンからそのまま春日山のファンになった者は多いし、白富東は大介と直史を中心に、伝説的な試合を演出してきた。

 上杉が卒業し、春はベスト4が最高だった春日山が、決勝に残ってきた。

 大介と直史の甲子園の記録を塗り替えた白富東が、その相手である。

 大阪光陰、帝都一と、それぞれが準決勝の相手と、素晴らしいパフォーマンスを見せてきた。

 点数に差があったとしても、実際にはそこまでの差はない試合であった。


 入場していく白富東の背中に、大きな拍手が降り注いだ。




 先攻は白富東高校。

 守る側の春日山は、さすがに去年も決勝を経験しているだけあって、この大舞台にも緊張した様子は少ない。

「観客多過ぎぃ!」

 立ち見の客まで入れているのだが、明らかに多すぎる。

 さすがに応援団の席は確保されているが、これ、まさか球場が壊れないだろうな?


「なんかでも、準決勝の試合でやりきったという感じがしないでもない」

「つーかやりきったのはナオと大介だろ。あとジン」

「負けても勝っても点差が大量なら、思い出代打が出せるよな」

「俺、思い出守備でもいいんだけど」

 そう言う新庄であるが、彼はここまで立派に、一塁コーチャーとしての役割は果たしてきた。

 三塁コーチャーの水島と合わせて、実はファインプレイな指示は多い。

「セイバーさん、ちなみに統計ではどれぐらいの勝算が?」

「70%ぐらいですね。スコアとしては、3-1か4-1ぐらいになるかと」

 もっともこれは、直史が投げられる前提の数字である。


 白富東ベンチに、奇妙な空気が満ちる。

「これさあ、俺ら勝っちゃう?」

「優勝しちゃう? マジで? 一生物の体験なんだけど」

「はいはい、油断しないで」

 ぱんぱんとシーナが手を叩く。彼女の表情は緩まない。

「打線の平均的な力は向こうの方が上なんだからね。守備の役割は重いよ」

 今日、直史は投げられない。

 それを知っているのは、ベンチではセイバーとシーナだけだ。

 結局プレイに影響が出ない者を選んで、シーナに告げられたのだ。


 そして今日の打順は、大阪光陰に組んだものと、直史と岩崎が入れ替わっただけでそれ以外は同じである。

「まずは先取点だな」

 メンバーが告げられると、微妙に観客の温度は下がった。おそらく直史が先発でないからだ。

 もっとも大阪光陰相手に延長まで投げ、昨日もほとんど体を動かしてないことは知られているので、出てくるとしてもリリーフだとは思われていた。


 整列し、挨拶をする。

 三年にとって、そして白富東はセイバーにとって、最後の甲子園だ。




 先頭は、脅威の一年生留学生、中村アレックス。

 準決勝までは打率四割を打って、ホームランも四本ある。大介がいなければ間違いなく最強だ。

 応援曲は、狙い打ち。お前がやらねば誰がやる。


 上杉はリードの全てを樋口に託している。

 自分の役割は、折れないことだけ。

 慎重にボールから入る。大丈夫だ。制球は乱れてないし、疲労も残っていない。

 詰まらせたはずの内角が、右中間に向かって飛んで行く。

 深い。だがなんとか追いついたセンター柿崎が、ジャンピングキャッチ。

 面倒な先頭打者を出さずに済んだ。


 二番の大田は、打者としてはそれほど怖い存在ではない。

 しかし同じキャッチャーとして、樋口は警戒している。

 基本的にはストレートで押し切れるはずだが、決め球のストレートをカットしてきた。

 まだ抑えているが、140km台の半ばは出ていたのに、カットぐらいはしてくる。

(まあ向こうも、150km出したのがいるからなあ)

 樋口は頭を痛めながらも、どうにかリードをする。

 鋭いショートゴロで、ツーアウト。

(こいつも空振りしねえなあ)


 そして迎える白石大介。

 こいつの存在は佐藤と並んで、チートを超えたバグキャラとさえ言える。


 樋口は白富東に勝利するための条件を、幾つか考えていた。

 その内の一つ、佐藤兄が先発しないという、完全に相手頼みの条件は達成している。

 岩崎からなら、おそらく二点は取れる。

 佐藤の弟の方は、一点も取れないかもしれないし、五点取れるかもしれない。

 そして兄の方からは、取れても一点だろう。


 先発岩崎の時点で、樋口は事前にいい含めてあることを実行する。

「外野! 一番奥までバック!」

 白石が凡退する時に一番多いのは、外野への大飛球だ。次が鋭いライナーが運悪く野手の正面にいったもの。

 後の布石のために、ここで一点取られることは、既に正也と相談済みだ。


 あの上杉勝也が成せなかった全国制覇。

 それをこのチームで果たすというのは、かなり無理があると思っていた。

 しかし知恵を絞った。少しでも正也を温存し、小学生以来のピッチャーまでして、なんとか勝ち進んできた。


 頼まれたのだ。

 お前が来てくれたら、全国制覇出来る。

 結果的には色々なしがらみがあったが、樋口は春日山で、上杉勝也の球を捕った。

 それでも負けた。

 上杉勝也は負けなかったが、春日山は負けた。

 去年よりもチームの打力は順調に上がったが、絶対のエースは去った。

 しかしその弟が、悲願を目指して戦っている。




 初球のアウトロー。入っていないかと思ったが、審判の宣告はストライク。

 やはりそうだ。正面からのテレビの画像と、横からの画像を両方見て確認した。

 白石大介に対して、ストライクゾーンが広くなっている。

 少なくとも下方向に、3cm以上は広い。


 だが上は?

 調べようにも、白石は昨日、明らかに高めに外れたボールを場外にまで運んでいる。

 バッターに高めは禁物というのは常識だが、釣り球としても高めが使えないのなら、低目を狙われるだけだ。

(打たれるぞ、悪いな)

(分かってるって)


 二球目はインハイ。だがボール一つは高く外している。

 白石は振らずに見送った。

 ここはボールと宣告された。

 インハイの高めのボール球。ここは白石でもライトのファールスタンドに入ると思っていた。

(さすがにボール一個外せばボールか。それにインハイは狙いにくい?)


 白石の使うバットは長い。このバットで外角の多くの球をホームランにしてきた。

 しかしインコースにも当然強い。腕を折りたたんで、上手くライトスタンドに運んでしまう。

 パワーで打つときと、テクニックで打つときを使い分けている。テクニックで打つ場合は、外角の球をレフトに流してホームランだ。

 記録を見る限りでは、一年の夏まではプルヒッターと言っていい。

 しかし今では自由自在にホームランを打ち分けられる。

(落合かよ)


 三球目、今度はアウトハイに、やはりボール一つ外したストレート。

(うお!)

 振ってきた!

 当たった!


『あーっ!』

『これは! いや!』


 レフトのポールの、わずかに左。

 ファールだ。

(高めにしても、球速は――)

 152kmと出ていた。

 あと少しでも遅ければ、バックスクリーンを直撃していたかもしれない。

(こんな化物と戦うのかよ)

 樋口としては、最初から敬遠でもいいぐらいだ。

 しかしそれでは、味方を少なくする。

 判官贔屓や、春日山のファンを考えれば、甲子園の空気は今、両方のチームに同等の期待をかけている。

 だが白石への敬遠は、それを放棄する可能性がある。


 一点取られる程度なら、士気が落ちるよりマシだ。

 そう考えて樋口は、カーブを一球外に外した後、初球と同じコースへストレートを要求する。

 一年の頃の正也は、低めのストレートの制球が甘かった。

 散々スパルタで訓練したが、さすがにあの人の弟だけあって、見事に応えてみせた。

 アウトローのストレート。これなら――。


 ゴルフのようなアッパースイング。大介としては珍しい、フライ性の打球。

 だが飛距離は充分、ライトスタンドに入った。

(あれでも打たれるのか……)

 樋口の計算は、再度の構築を必要とする。


 ライトスタンドを見ていた正也は、ぽんぽんと自分の頭をグラブで叩いた。

 白石がホームインして、次に四番を迎えても、臆することなく立ち上がる。

「ツーアウト!」

(よし)

 正也が折れてなければ、まだ戦える。


 四番の佐藤弟。こいつの弱点というか傾向は、難しい変化球を打ってくるということだ。

 難しい変化球のボール球に手を出させ、遅さに合ってきたところにストレートで三振を取った。




 この日、ある意味珍妙な、しかし不思議で、そして偉大な記録が達成された。


『あ~、やはりそうですね。念のために確認しましたが、これで白石は全試合ホームラン達成です』

『全試合……決勝まで、甲子園で、全試合……』

『金木さん、これはどういう記録になるんでしょう?』

『いや……まあ六試合連続本塁打ではあるんですが、まず初戦の桜島で……五本というのがまずおかしいですが、次の名徳戦で一本、伊勢水産で二本、福岡城山で一本、一昨日の大阪光陰でも一本、そしてこの決勝で一本』

『六試合で11本。一試合に一本という割合ですが、もしこの試合でもう一本打てば、甲子園で一試合に二本のホームランを平均で打つことになりますね』

『白石君とは、勝負してはいけないということが常識になりそうですね』

『春のセンバツは準々決勝敗退ですが、三試合で五本を打っています』

『つまりこの試合であと二本打てば、甲子園でのホームラン記録が、一試合に平均二本? そんな馬鹿な』


 なおこのあたりから、大介はいけないお薬を使用しているのではないかと騒がれる。まあセイバーがお薬全盛だったMLB出身なので仕方ないのかもしれないが。

 もちろん後日の尿検査で潔白は証明された。

「ちゃんとドーピングにならないサプリを使用してます!」




 準決勝以来、魂が抜けたようになっていた真田が、ようやく再起動を果たした。

 ほぼ地元であった大阪光陰の選手は、既に寮に戻って大ホールで決勝を観戦していた。

 試合が終わったら、すぐに練習である。彼らは秋に向け、すぐに頭を切り替えなければ行けない。

「これで、上杉も撃墜リスト入りか。確か玉縄は秋季関東大会で、本多は春季関東大会で打たれてるはずだよな?」

「やっぱ先輩たちはすごかったって言えるのか?」


 一試合を通して勝負すれば、打たれるだろう。

 それが後ろの方で試合を見守る、福島と加藤の意見だ。


「カトちゃん、お前どうするよ?」

「どうするって?」

「大学か、プロか」

「俺はプロだな。新人王を取って、あいつと今度こそ真っ向から戦う。フクちゃんは?」

 その問いに、福島はにやりと笑った。

「新人王は俺が取る」


 未来の話。

 漠然としていた、歩いていく先。

 プロの世界で、もう一度白石大介と戦う。いや、一度ではなく何度も。




 秋に向けて、地方予選で敗北したチームは、既に新チームとして始動している。

 そんな勇名館の寮においても、今日は特別にテレビ観戦をしている。

 吉村はドラフト待ちのため、今は後輩のバッピなどをして肩を慣らしているのだ。

 それに彼には、内々であるが要望が来ている。

 U-18の世界大会へ、投手として参加してくれないかと。


 今年の甲子園の出場選手の中で、特筆すべき左腕は二人。

 佐藤武史と、真田真之だ。

 この二人はどちらも一年のため、さすがに慣例から遠慮している。

 そして地方まで見れば、ドラフト待ちの注目左腕が暇しているといったところだ。


「先輩的にはどっちが勝つと思います?」

「まあ白富東だなあ。全国制覇するチームに負けたなら、俺も言い訳は立つし。ドラフトも出来るだけ上位で指名されたいしな」

 最後の夏を地方で終えた吉村だが、前年のベスト4の実績が消えるわけではない。

 それに今年のドラフト候補は、大学や社会人を入れても、左腕の150kmは他に存在しない。

 あとはどれだけこの腕が高く売れるかだ。


(世界大会か……)

 通常は三年生が主体となって選ばれるのだが、決勝に残ったチームは両方とも、主軸選手が二年生だ。

 記録から言って、白石と佐藤も選ばれる可能性は高い。

(あとはどっちが優勝するかだけど、上杉と樋口も来るか? 本物のオールスターだな)




 同じ千葉県でも、いまだに挑戦者であり続ける者もいる。

 三里高校の合宿所で、ひたすら目を輝かせてテレビ画面に見入る部員たち。

 そしてそれを一歩だけ引きながら、国立監督も見ていた。


「……こんなすごい人たちと、戦ったんだな」

「佐藤君、本当に凄かった」

「ホッシー、大田に連絡しなかったのか?」

「メールはしたよ。昨日の夕方に返信来た。今日も頑張るって」

「あっちは試合以外も忙しそうだよなあ」


 甲子園、まだ遠いその場所。

 けれど、目指すことは決めてしまった。


 振り向いた星に、国立監督は言われた。

「先生、僕たちも甲子園に行きたいです」

「うん……じゃあ、行こうか」

 ごく軽く、国立は応じた。

なお現在までの各キャラの応援曲

アレク 狙い打ち

大介 ダースベーダー登場 ブライガー ホームラン後はスターウォーズOPへ移行

直史 ドラグナー

武史 サイバスターw

手塚 グレンラガン

鬼塚 タッチ

岩崎 ルパン

ジン Gガンダム

なおイリヤが編曲してあるので、どうにか全て演奏可能。

応援おじさんは他に、ガンバスター発進など、様々なメロディーを即興で吹いてくれる。

本人はダンバインが好きらしい。

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