65 貴方は成し遂げた
本日二話目
第二試合に向けて待機している春日山。
樋口はベンチには持ち込み禁止のスマホで、試合の様子を見ている。
いや、他のメンバーもほとんどが、設置されたテレビで第一試合の様子を見ている。
佐藤が普通じゃない。
「マジかこいつ……」
普段は豪放磊落を気取っている柿崎が、本気でビビッている。
佐藤直史。
去年の夏もたいがい化物だと思っていたが、ここまでか。
まずは目の前の帝都一が大事だと思うが、おそらく向こうも同じだろう。
決勝で当たりそうな相手を、注意しない方が無理だ。
(そう、そうだそこでカーブ。よし! そしたら次は……)
気付けば頭の中で、直史をリードしている樋口であった。
八回の裏もランナーはなし。
まさかこんな真似を出来る人間が、上杉勝也以外にいようとは。
「なんつーか、ラオウとトキって感じだな」
ひきつりながらも笑みを浮かべている正也。
「兄貴がラオウで、佐藤がトキ」
「北斗の拳は詳しくないけど、たぶんそれで合ってるんだろうな」
本格派とも言える速球派と、技巧派とも言える変化球派。
もっとも直史はストレートでも三振を奪っているが。
九回、白富東の攻撃。
「白石からか」
「あいつなら真田も打てるだろ」
真田は北信越地区の出身なので、春日山にも知っている人間は多い。
しかしあのスライダーは凶悪だ。
以前から練習していたのかもしれないが、シンカーと合わせて一年前とは別人になっている。
だがそれでも、白石なら。
四球目、おそらく左打者である白石にとっては、背中から迫ったように見えるスライダー。
ジャストミートしたそれは、運悪くファーストのミットにライナーで吸い込まれた。
「惜しい!」
「つーかこれ、九回抑えても完全試合にならないのかよ」
勝たなければあくまで参考記録。
九回の裏、佐藤直史は投げる。
「うお! 三振かよ」
「まだ球数100いってないって……」
「スルーだよな? 後半まで取っておいたのか」
九番竹中のバットが空振りして、九回の裏が終了した。
佐藤直史、参考記録ながらパーフェクト達成。
しかし勝負はまだ終わらない。
☆ 夏の甲子園準決勝第一試合part99 ☆
287 名前:どうですか解説のななしさん
三振!
288 名前:どうですか解説のななしさん
三振!!
289 名前:どうですか解説のななしさん
キタ━━(゜∀゜)━━ !!
290 名前:どうですか解説のななしさん
完全試合!
291 名前:どうですか解説のななしさん
最後は三振!
292 名前:どうですか解説のななしさん
あ~、三振。化物め
293 名前:どうですか解説のななしさん
すげえものを見てしまった……
294 名前:どうですか解説のななしさん
ほんまにすげえな。これ史上初やろ? 上杉も出来んかったんやん。
295 名前:どうですか解説のななしさん
すごいとしか言いようがない
296 名前:どうですか解説のななしさん
上杉超えたか?
297 名前:どうですか解説のななしさん
言うても上杉は毎試合投げてたからな
298 名前:どうですか解説のななしさん
待て待て。まだ参考記録だ
299 名前:どうですか解説のななしさん
上杉原理派に殺されるぞ
300 名前:どうですか解説のななしさん
白石が打ってればな……
どうしてこの試合に限って打ってくれないの?
301 名前:どうですか解説のななしさん
これで10回に点取られて負けたら、参考記録にもならんのか。理不尽すぎる
302 名前:どうですか解説のななしさん
いやもう、どこまで続くか見るしかない。デートキャンセル
303 名前:どうですか解説のななしさん
こいつが中学時代未勝利って草生えるわw
顧問どういう指導しとったんや
304 名前:どうですか解説のななしさん
まだ完全試合じゃないん?
305 名前:どうですか解説のななしさん
あ~、でもどこまで続くか見てみたい
306 名前:どうですか解説のななしさん
おうちデートで試合観戦のワイ
なお彼女、ナオ君見ては泣いてときめいてる。可愛い
307 名前:どうですか解説のななしさん
三振の数も多いよな。19個か。でもエラーせんかった守備も偉い
308 名前:どうですか解説のななしさん
つーかもし13回までいったら、勝ってもタイブレークで完全試合にならんらしいぞ。中継言うてた
309 名前:どうですか解説のななしさん
大阪光陰、相手投手とのめぐり合わせ悪すぎるやろ
310 名前:どうですか解説のななしさん
佐藤は15回まで投げても、次の日も大丈夫な球数か
でも次の日投げられるんか? まだ100球行ってないけど、15回まで投げたら150球……あれ? なんかおかしくない?
311 名前:どうですか解説のななしさん
佐藤の性能バグってるwww
なんで九回完投して100球行ってないんだwww
312 名前:どうですか解説のななしさん
解説www
今更球数www
313 名前:どうですか解説のななしさん
ええと去年の決勝とは違うんや
タイブレークやと16回以降も投げなあかんのやぞ
314 名前:どうですか解説のななしさん
こちら現場から実況中。テレビでも見てるやろうけど、球場の雰囲気がおかしい。長年甲子園見てるワイでも、はっきりとおかしいと言える。……去年の決勝並
315 名前:どうですか解説のななしさん
おお~拍手! スタンディングオベーション! 去年見た光景!
316 名前:どうですか解説のななしさん
あ~、これ去年見たw
317 名前:どうですか解説のななしさん
佐藤、なんとか勝ってくれ。白石、なんとか打ったれや!
318 名前:どうですか解説のななしさん
大阪人やけど、今回だけはチバ応援したる。勝っていいぞ!
……
万雷の拍手に送られて、直史はベンチに帰還する。
もっともその表情に、喜びの色はない。ただの無表情だ。
「佐藤君、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないように見えるんですか?」
「……見えませんね」
セイバーも絶句するしかない。
おそらくは、誰かがいずれは、成し遂げたのかもしれない。
しかしそれが、今ここで成し遂げられた。
完全試合。
だがまだ、参考記録でしかない。
10回、白富東の攻撃は、六番の角谷から。
「ヒットとは言わないから、球数投げさせろ!」
「四球でもいいから出塁して、さっさと大介に回せ!」
白富東は、甲子園などどうでもいい。
ただ今の二年生以上は、大阪光陰にだけは勝ちたいと思っている。
直史は水分と糖分を補給する。
もう消化に回すエネルギーももったいないので、固形物は口にしない。
疲労はあるが、体力はまだ残っている。下半身にも肩、肘にも異常はない。
だが指先は、少しだけ痺れてきたかもしれない。
ロースコアゲームになるとは思っていたが、真田が想像以上だった。
アレクや武史も三振に取り、大介の打撃も確実なミートは出来なかった。
(次の大介の打席が回るのは、12回か)
もっとも一人でも出塁出来たら、11回に回る。
(いや、下手に出るより、回の先頭で回った方がいいか)
真田は打てない。
変化球打ちの得意な武史が、全くついていけなかったのだ。
これがせめて先発ならば、スタミナ勝負に持ち込んだものを。
(また雨か……)
指先が濡れるのを防ぐために、ロージンでこすりすぎたかもしれない。
失投で負けるのは、絶対に嫌だ。
センバツの借りは、絶対に返す。
「くっそー!」
手塚も凡退。ネクストバッターサークルに行かなければいけない。
(指が千切れてでも、失投はしない!)
バットを持った直史の前で、戸田が三振してスリーアウトになった。
『いや~、岡島さん、この展開はどうでしょう?』
『そうですね。一点を争う戦いにはなると思っていたのですが、想像以上ですね』
『佐藤のピッチング。これはどう思いますか?』
『いや、もう想像外です。スピードは140kmまで出ていませんが、単に球種が多くてコントロールがいいというだけではないでしょうね』
『と言いますと?』
『同じ変化球でも、変化量が違いますね。あとは緩急がものすごく極端です』
『はあ』
『カーブがよく分かるんですが、120kmのカーブと、90kmのカーブがありますからね。同じカーブの軌道でも、全く違う球です。ストレートのカーブと、チェンジアップのカーブとでも言いましょうか。そもそもカーブが緩急を取るための球のはずなんですが』
『さあ、そして10回もツーアウト。三番の一年生後藤。準々決勝までの成績を評価されて今日は三番ですが、ここまで快音はありません』
『いや、今日は誰も打ってないですからねw』
後藤をピッチャーゴロにしとめて、これで10回も終わり。
ベンチに戻ってきた直史は、またすぐにバッターボックスに行かなければいけない。
「つーかもう、今日は点取るのはお前らに任せるからな」
打席に入る前に、素振りもしない。
完全に打撃を放棄していた。
これで自分でホームランでも打てば、劇的すぎるのだが。
(参ったな……)
痺れるのが嫌で、強めに湿気は拭ってきた。
しかし雨の中でそれをやるのはよくなかった。
右手の指。それも一番最後に引っ掛ける人差し指に、マメが出来ていた。
おそらくこんな天候の中、湿度と摩擦がなければ、こんなことにはならなかったろうに。
300球の投げ込みを行うときも、わざと濡れた状態で投げることなどなかった。
雨対策は、下半身で行うものだと思っていたのだ。水分で柔らかくなった皮膚がこうなるとは。
皮膚が強かった直史は、生まれて初めてのことに、対処も分からない。
痛みがある。
だが痺れではない。どうにか投げられないことはない。
(あんまりここから違う球種は使いたくないんだけどな)
見逃し三振で倒れた直史は、ネクストバッターサークルのジンに声をかける。
「ジンちょっと。倉田、代わりにネクスト――」
そう言おうとした時、アレクが打球を放っていた。それはいい当たりだったが、センターの守備範囲内だ。
「いや、いいや」
ここで下手にジンを動揺させるわけにはいかない。
制限した状態で勝てるほど、大阪光陰は甘いチームではない。
足のマメに比べれば、投げる時の一瞬を我慢すればいいだけだ。
あとはそれより、失投を恐れよう。
「あれ?」
誰かの呟きに反応する。ジンがゆっくりと一塁に進んでいる。
ツーアウトながら、真田から初めての出塁だ。しかも続くバッターは大介だ。
ここで決めて欲しい。
真田のボールは、スライダーを外角に。
さすがに大介を恐れたのか、二球大きく外れる。
そこで竹中は立ち上がる。敬遠だ。
「あ」
直史は気付いた。
誰かに任せる暇も惜しみ、塁上のジンへとサインを出す。
ジンが首を傾げるが、直史は何度も繰り返す。
ジンも理解した。
大介への敬遠の三球目、ジンがスタートした。
竹中の肩と敬遠を考えれば、間違いなくアウトのタイミング。
しかし竹中は投げない。そのままボールを真田に返す。
「ナオ、どうしたの?」
このまま敬遠されれば、どうせ大介は一塁に行って、ジンも二塁に行くはずだった。
「ジン! そのまま走れ!」
しかし直史の声は遅かった。
大阪光陰からの伝令が、申告敬遠を告げていた。
次話「死力を尽くせ」