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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第六章 二年目・夏 一度きりの夏
114/298

61 嵐の前

またナオ君がえっちな話してる~ 

 白富東の宿泊している旅館は、甲子園ファンのおかげで周辺の道路までが大混雑している。

 当然ながらレギュラー、特に主戦力の岩崎、大介、直史、アレク、武史などが外出する余裕はない。

 買い物があればマネージゃーなり補欠なりに頼むことになるのだが、まさかエロ本買ってきて、などとは言いづらい。

「佐々木、ちょっと」

 朝食後の片付けも終わり、さあレンタルグランドの練習に向かうかという時、一年を手招いた直史は、千円札を握らせる。

 佐々木は一年だが、顔が老けているという素晴らしい特徴を持っていた。

「コンビニか本屋で、清純系のエロいの買ってきて。着衣系が好きだけど、巨乳はあんまり好きじゃないから、よろしく」

 ……いたよ。

「ナオ先輩、準決勝先発でしょ? 右手酷使していいんですか?」

 佐々木も余計なところに気が回るやつである。

「だってこっち来てから一回もヌいてないんだぞ? その気になれば三分だ」


 佐々木は同じ投手として、直史を尊敬している。

 また同じ男として、その欲望に関しても理解は出来る。

 だから多少の困難な頼みでも完遂するつもりではあったが、これは……。

「問題にならないように、18禁じゃないグラビア系でいいですか?」

「ああ、いい配慮だな。あと俺、年上系はダメだから、そのあたりもよろしく」

 知りたくなかった。知らないままでいたかった。


 しかし佐々木は思うのだ。

「ナオ先輩、せっかくもう瑞希先輩が一緒の宿にいるんだから、ちょっと頼んでヌいてもらえばいいんじゃないんですか? すみません、冗談です」

 直史の目から、一瞬光が消えたのを、佐々木は見逃さなかった。

「じゃあ清純系のエロいので、同い年かやや年下に見えるってのでいいんですよね?」

「おう、頼んだ」


 溜め息をつきつつも、佐々木は外出の許可を取る。

 最近のコンビニはエロの規制がきついので、本屋に行った方がいいのかもしれない。一応スマホで近場の本屋は検索してみる。


「なんだ、佐々木、外行くのか?」

 声をかけてきたのは大介である。この人こそ、絶対に外には出られない人だろう。

 おそらく甲子園周辺限定では、世界一知名度が高い。

「はい、ナオ先輩に頼まれて本屋に」

「あ、じゃあ俺も」

 そそそ、と顔を寄せてきた大介である。

「あのさ、エロ本頼んでいいか? おっぱい大きい系の、年上系。ただし人妻とか熟女はなしな」

 ブルータス、お前もか。

「それとほんと悪いんだけど、金は千葉に戻ってからでいいかな? なんなら俺のサイン入りタオルとか持っていったら、周辺の人に売れるかもしれないけど」

「いや、俺が出すから問題になりそうなことは言わないでください」

 どうしてこう、うちの中心選手二人は問題児なのか。

 いや、この程度の問題で収まることを感謝しよう。


 しかし佐々木はやはり思うのだ。

「佐藤の双子、大介先輩のことめちゃめちゃ好きみたいだし、それこそ頼んで一発――すみません、行ってきます」

 大介が死んだような目になった瞬間を、やはり佐々木は見逃さなかった。




 準決勝まで来ると、マスコミの取材も多い。

 テレビの企画などもあり、それについてのコメントも求められることがある。

 基本的にセイバーはマスコミ嫌いだが、それを利用するメリットも心得ている。


 結局のところセイバーは、野球に関する話は出来ない。

 出来ることと言えば、現在メジャーで導入しているトレーニング方法や理論を紹介するだけだ。

 あとは教育論と言うよりは、経営論だろうか。選手のメンタルには気を遣っている。

「まあランナーがいる場面ならともかく、一対一なら白石君とは勝負してほしいですね」

 こうやって盤外戦術で相手の退路を狭めていくのだ。


 もっとも大阪光陰の木下監督も、ここは負けていない。

「いや、もう白石君に関しては、全打席敬遠も覚悟の上です。勝つためには、私が全ての責任を取って敬遠させます。彼は百年に一人の打者ですから」

 誉め殺しにして、退路を確保する。

 まあ実際にそう思っているのは事実だ。

 春季大会、大阪光陰の二枚看板である福島と加藤以上の素質と言われている本多が、特大のホームランを打たれている。

「そもそも明日は順番的に佐藤君が投げるでしょう? 下手すればその一点で勝負が決まりますから」

 直史はこの大会、ノーヒットピッチングを続けている。

 あの豪打の桜島打線相手に、三イニング投げて打たれていないのだ。

 単純に速い球が打てればいい。そんな練習で打てるピッチャーでないのは確かだ。


 そして選手にも取材は多い。

 特定のこと以外は一年が生贄になる。白富東の練習は、かなり独特だ。

 これに関してはセイバーも積極的に開示するように言っている。

 大阪光陰などは、超高密度の練習を、集中して長く続けているが、それの真似は白富東では出来ない。

 設備や体制がどうではなく、単純に素質に優れた人間が少ないからだ。

 素質がない人間に高負荷な練習をさせても、怪我につながるだけで意味がない。

 大阪光陰は全国から集めたエリートだけで部員を構成しているが、白富東はそんなチームではないのだ。

 大阪光陰はプロや大学での、野球選手養成所としては優れているのかもしれないが、普通の野球好きが通う学校ではない。


 白富東がここまで勝ち進んできたのは、結局のところ直史のピッチングと大介の打撃に主要因は帰結する。

 だが二人がチームの中で大きな能力を発揮しえたのは、ジンの功績が大きい。

 それと前キャプテンの北村だ。

「お兄ちゃんも準決勝は見に来るって言ってました」

 妹である文歌によると、篠塚と連れ立ってやってくるらしい。

 甲子園デートである。爆発しろ。


 そして地元に残って応援する家族の姿も映される。

 直史の父方の祖父の屋敷――そう、広さだけなら屋敷と言ってもいい広さなのだが、そこに親戚や近所が集まって、全員で応援するそうだ。

 来年はぜひ球場にまで足を運んでほしいな、と直史は思っていた。




 前日練習ということで、それほどの強度はない。

 体を動かして明日に備えるのが主眼だ。

 しかし相手のピッチャーの対策だけはしないといけないだろう。

「行くよー」

 大阪光陰の投手をコピーしたツインズが、それぞれ再現して投球している。

 スピードなどは比べるべくもないが、球筋などはかなり本物に近いはずだ。


 双子が並んでバッピをしているのは、初めて見る人間には驚きだろう。

 特にプロではなく、大学の関係者の視線が強く引かれる。

「なんか、女の子にしてはすごく速くないですかね?」

「何キロぐらい出てるんや? スピードガンあるやろ」

「そうですね……130km!?」

「おいそら計測間違いやろ。130km言うたら女子プロの選手でもよう出さんで」

「いやでも、さっきの佐藤の投球では、130台後半出てましたから、それほど狂ってないと思うんですけど」

「いや、そらかて……ありえんやろ?」


「次、真田のまね~」

 両手利き用のグラブを逆にはめ、双子は変化球を投じる。

 ストレートはともかく、変化球のキレはそうそう負けるものではない。

「なんやあの子等、両手で投げられるんかいな!?」

「スピードも全然変わってないですよね? 本物の両利きですか」

「ありえへん……てか左であのスピードの変化球が投げられるなら、プロで使えるんとちゃうか? 女子プロやなくてNPBで」

 プロでは微妙かもしれないが、大学では充分に戦力になりそうだ。

 双子の美少女として、知名度が上がっていくツインズであった。


 武史はようやく完全に復調したと言っていいだろう。

 イリヤのハーモニカを聴きながら、三田村に対して直球を投げ続ける。

 兄や双子と違って、武史はイリヤに対してあまり人間離れした部分を感じない。

 むしろ、普通の女の子だな、とさえ思う。


 う~む、と考え込む武史。

 ハーモニカを手放したイリヤは、武史の投球を見ながら、五線譜ノートに音符を書いていく。

(あいつって、兄ちゃんのことが好きなんだと思ってたんだけどな……)

 直史を追いかけて、コネを最大限に利用して同じ学校に入学した。

 熱烈なファンだと思うのだが、兄を見る視線はそういうものだとは思えない。

(兄貴は瑞希さんと、まだ付き合ってないとか言ってるけど)

 おそらく兄の場合は、結婚を前提にとかを枕詞に使うので、実際は付き合っているのだろうと武史は思っている。


 そしてイリヤは才能に惹かれるタイプの人間のはずだが、大介のことだけは苦手に思っているフシがある。

 前に、大介のバッティングは音楽を破壊してしまうと言っていたが、あの打撃のわずか数秒のパフォーマンスが、イリヤの音楽の流れを断ち切ってしまうということだろう。

(まああの人を敵に回しては、絶対に投げたくないしな)

 それにしても、今日のイリヤは武史にずっと視線を向けている。

 直史が早めに上がってしまったというのもあるが――。

(あいつまさか俺のことが好きとか……いやいや、普通に友達の好きだよな。勘違い系は痛いやつになる)

 逆方向に勘違いしているせいで、武史はこれまで多くの機会を失ってきたのである。




 エロ本を買ってきた佐々木が双子に見つかり、思わず内情をゲロって混沌とした事件も起こったが、それはいずれ外伝で語られるかもしれない。

 さすがに大事な試合の前だけに、双子も大介に対して迫ることはしなかった。

 もっとおっぱいを大きくして、大人の色気を出そうと、ひそかに決心したのは内緒である。

 ちなみに双子はそろそろ、カップをEにしようか検討中である。

 アンダーとの差があまりないので、サイズほどには大きく見えない。

 だがそれでも平均値と比べると、かなり大きいのである。


 妙にすっきりした顔の直史と大介も含めて、最後のミーティングが行われる。

 これまでに話したことがほとんどだが、昨日の試合のデータも含めて計算すれば、また確認事項も変わる。

「まあ大会前までのデータに、ほとんど変化はありません。ですが打撃に関しては、一人要注意人物がいます」

 一年の後藤。夏の予選では怪我で間に合わなかったが、甲子園の舞台ではベンチに登録された。

 初戦の神奈川湘南との試合でも、勝負を決定付ける追加点を取り、三回戦からはスタメンで出場。

 そして準々決勝では三番にまで打順を上げている。

 打率はここまで五割で、ホームランも二本打っている。

「本職は投手の福島君と加藤君も、そこそこの打率にかなりのホームラン。強いて言うならセンターの浅野君が、打撃では少しだけ劣りますね。ただ彼は外野の守備の要です」

 打撃はまだいい。問題は投手の攻略だ。


 ここまでの継投を見るに、三回か四回までを福島、その後を加藤という継投でほぼ勝ってきている。

 150kmを投げる投手が二枚、ほぼ150kmに達する投手が二枚。しかもその中に一人、左腕もいる。

 この大会でも福島が立ち上がりが悪くて一点を奪われ、先発の豊田が普通に一点を取られた試合はあるが、その他は全て無失点である。

 強力打線をどう抑えて、鉄壁投手陣からどう点を取るか。普通ならそう考えるのだろう。

 だが白富東では、前提が全く違う。


「さて、佐藤君から点を取るのに、相手は何をしてくると思いますか?」

 これである。

 直史はセンバツでノーノーを達成し、この大会でも投げた回数は少ないとは言え、ノーヒットピッチングを続けている。

 油断もなければ失投もない。しかしセンバツでは、直史が負けた。

「明日の降水確率、午前中が50%なんですよね……」

 ここだけは苦い顔で直史が言う。


 雨。この自然環境だけは、さすがに双子が踊ろうがイリヤが歌おうが、避けることは出来ない。

 テルテル坊主を作るぐらいなら、まだ祈る方がマシだろうか。

 春の雨の中、単に滑るというわけでなく、体温を奪われたために指先の感覚が鈍くなり、直史は失投してしまった。

 そしてやはり雨のために、エラーが発生してグランドの状態も変わり、それに対応出来ずに三点も取られたのだ。


「まあそれを別にしても、待球策、バント、バスターなどはしてくるでしょうね」

 そうは言われるが、直史は大阪光陰を完封する覚悟はしている。

 やろうと思って出来る相手ではないのかもしれないが、ジンと二人で考えれば、なんとかなるだろう。


 問題はもう一つ。

 大阪光陰から、どうやって点を取るか。

「福島と加藤は、まあ実城とか本多とやりあったから、うちの打線で二点ぐらいは取れるんじゃないかと思いますけど」

 ジンとしてはそれぐらいの計算だ。

「だけどあいつら、完投考えないで初回から全力で来るしな」

「春も厄介だったけど、リキのやつもベンチ入りしたし、あと真田がな……」

 単に速いだけなら、本多が一番速い。

 しかし本多には抜いて投げるクセがあった。大阪光陰の投手にはない。

 そして一年の真田。


 こいつは地方予選にも投げているが、無失点である。

「見た感じ、かなりえぐいスライダーだよな」

「ツインズのスライダーでもかなりえぐかったのに、あれよりスピードあるんだよな」

 ストレートももちろん速いが、高速スライダーの変化がえぐすぎる。

「高めに釣られた後、低めにスライダーが決まったら打てないぞ」

「しかもサウスポーなんだよなあ」

 さすが世界大会優勝のピッチャー。一年生とは思えないスペックである。


 だが、それでも論点は違う。

「どうやって大介とまともに勝負させるかだな」

 直史の言葉が、まさに問題の真実を突いている。


 大介なら打てる。

 150kmだろうが、左腕の高速スライダーだろうが、二打席あれば攻略してくれる。

 絶対の信頼感。

「福島と加藤は、まあ球が速いだけだからヒットを打つのは簡単なんだけどな」

 普通は簡単でないことを大介は言葉にする。

「真田は……一打席じゃ攻略出来ないかもしれない」

 これはやはり、二打席目は打つと言っているのと同じだ。


 ぱん、とセイバーが手を叩く。

「ではミーティングはここまで。あとはおのおの、明日に向けて休むこと」

 ういーすと気の抜けた返事があって、各自解散となった。




 窓から空を見上げる直史。今のところ天気は晴れているが、降水確率は午前中は雨の降る確率は高いとなっている。

 雨は降って欲しくないが、かんかん照りの快晴というのも、あまり直史は好きではない。

 

 優しい気配がして、隣に瑞希が立っていた。

「雨?」

「うん、降らない方がいいけど、快晴もしんどいから」

 体力は温存したい。

 大阪光陰に勝っても、まだ決勝が残っているのだ。

 チーム力なら帝都一の方が上だが、直史はなんとなく、春日山が勝ちあがってくる気がする。

 センバツはベスト4まで勝った春日山。主力ピッチャーが上杉一人というのに、よく樋口は回したものだ。

 だが帝都一は温存して勝てるチームではないだろう。

 直史はここまで完全に体力を温存できているので、大阪光陰と戦った後も、一日あればほぼ回復するはずだ。

 直史にとって春日山で危険なバッターは樋口だけだ。


 全国制覇。

 中学時代の自分に言ったら、鼻で笑われそうな言葉である。それがもう、目に見えている。

 ふと見れば、瑞希が心配そうな顔をしている。

 彼女にも、まだ色々と話していないことはある。

「うちの双子と同じ部屋だって?」

「うん」

 ならば上の階だ。さすがに直史も大切な試合を前にして、妹たちの同室の恋人に、夜這いをしかけるわけはない。


 階段の前で別れる時、周囲を見回す瑞希がそっと袖を引く。

 近付いた直史へ、そっとキスをした。

「応援してるね」

「甲子園終わったら、続きだな」

「い、お、終わったらね」

 よし、言質は取った。


 ぱたぱたと階段を上がっていく瑞希であるが、しかし男心をくすぐる娘さんである。

 もう一度トイレでハッスルすべきかと考える直史であるが、さすがに右手の酷使は良くない。

 彼は決心した。

 甲子園が終われば、最後の一線を越える。

 色々とまだクリアすべきことは多いが、頑張る。

 とりあえず大阪光陰をぶっ倒して、その勢いで全国制覇もして、それからあはん案件だ。


 色恋に性欲が絡むと、割と単純な直史であった。

大介君もえっちな話してる~ 

瑞希の言葉遣いがいつの間にか馴れ馴れしくなってる~

次話「決戦」

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