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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第六章 二年目・夏 一度きりの夏

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55 個の力、チームの力

本日二度目の投下です。

 ベンチに戻ってきて早々、岩崎は倉田に声をかける。

「モト、ちょっと受けてくれ。微調整したい」

「その前に、ちょっとだけいい?」

 シーナに声をかけられて、ぴたりと止まる。

「あのさ、みんな桜島との試合を引きずってる。バッティングは大介の言葉で修正したみたいだけど、さっきの送球ミスとか、普段なら周りがちゃんと見てるよね?」

 その通りなので、誰も反論はしない。

「気をつけていこ。うちはここで負けるようなチームじゃないよ」


 おう、と気合が入る一同。

 シーナの言葉は単純に士気を向上させるものではなく、気を引き締めるものであった。

 ベンチの奥でそれを聞いていたセイバーは安心する。

 このチームは大丈夫だ。

 自分で考えられる選手が多く、そして絶対に選手としては出られないシーナがいることによって、客観的に物を見れる。

 監督としての自分は、やはり必要ない。

「手塚君、粘ってください」

 だからこの程度の声をかける。


 ブルペンで岩崎は、軽くストレートを投げる。

 四球、送りバント、タイムリー、犠牲フライ。

 ヒットを打たれたのは一本だけにもかかわらず、入った点は二点。

 悪い流れだが、それを呼び込んでしまったのは、自分の先頭打者への四球だ。

 一回戦を全く投げていない自分が、こんな投球をしていてはいけない。


 だがあせらない。

 少なくとも今日の朝までは、制球もキレも全く問題なかった。だから問題はメンタルにある。


 桜島実業とのホームラン合戦。あれが観客の興奮を引き出した。

 もちろんあんな無茶苦茶な試合は、生涯で二度とないだろう。

 しかし観客は熱狂を求める。その熱狂は、結局どうなった?

 直史が鎮めたのだ。


 自分は投手として、直史よりも劣る。

 何が劣るかと言えば、球速以外の全てと言ってもいい。

 だがそれを認めた上で、自分は勝つ。直史にではなく、試合にだ。

 直史の身体能力は、決して岩崎を上回るものではない。それがあそこまでのパフォーマンスを発揮するのは、ひたすら工夫しているからだ。

 あえて努力とは言わない。直史は、工夫している。自分に合ったスタイルを考えて。

 だから自分も、諦めることだけはしてはいけない。




「ガンちゃん、バッター」

「ん、ああ」

 下位打線は粘ったものの、塁に出られずに岩崎の打順となる。

 代わりにネクストバッターサークルに入っていた水島に礼をして、打席に立つ岩崎。


 ツーアウトからでもランナーに出れば、先頭に回ってアレクが帰してくれるかもしれない。

(けれど、次の投手にアレクが合うとは限らないからなあ)

 名徳は相手打者が一巡するごとにピッチャーを代える。そんな極端な継投で勝ち残ってきたチームだ。

 関東大会で勝負した甲府尚武と似ている。しかしあそこは投手を引っ張れるだけ引っ張ったが、名徳は一巡ごとに必ず代えるし、さらに控えもいる。


 絶対的な一人のエース。かつては甲子園でエースが一人で投げ抜いたものだ。

 だが近年は色々、それこそ投手の問題ではなく夏の気温上昇などもあり、一人の投手で甲子園を勝ち抜くことは難しくなっている。

 まあ、上杉兄のような例外はいる。あの人は、ルールが20年前のままだったら優勝できただろう。

 大阪光陰は反則レベルの投手層の厚さだ。シニア時代、常に自分の上だった豊田が四番手などというチーム、作る方が卑怯とさえ言いたくなる。


 しかし今年は勝つ。

 直史と大介がいる。そして大介が勝負される程度の打力の厚みがある。

 そのためにもこの試合は、自分が投げて勝つ。


 岩崎の気合が入ったバットは、前田の変化球を捉えた。

 それは外野の深いところまで伸びたが、織田の守備範囲内であった。

「くっそ。下手に外野に飛ばすよりも、ホームラン狙った方が得点の確率高いんじゃねーのか?」

 ベンチに戻った岩崎はそんな愚痴を言うが、確かに織田の守備範囲は広い。

「勝負してさえもらえたら、放り込んでやるんだけどな」

 グラブを渡してくれた大介が呟く。

「まあとりあえず、裏を守ろうぜ」




 二回の裏、岩崎のピッチングは変化した。

 制球を意識して腕が縮こまるのかと思ったが、むしろ振ってくる。

 やや荒れたストレートに対して、変化球は上手く制球されている。

(よっしゃ、いいイメージ)

 ジンも思わずにっこり。

 この回は両チーム共に三者凡退。


 そして三回の表。

 先頭打者アレクに対して、名徳は投手が代わる。

 前田がサードに入り、ベンチから出てくるのは川尻。

 サウスポーというのもタイミングが良いように、周囲からは見えるだろう。

 だがアレクは左投手だからと言って打率が変わるタイプの左打者ではない。


 やや甘く入ったスライダーをフルスイング。

 ライトフェンスを直撃。余裕のスタンディングダブル。

 さあ、ここからがベンチの采配の見せ所だ。


「送る?」

 シーナの問いに、一同の視線はセイバーに集まる。

「統計上、無死二塁の場合は、一死三塁に送った方が、一点の期待値は高くなります」

 セイバーメトリクスは送りバントを否定すると言われているが、実はそうでもない。

 無死で二塁、無死で一二塁の場合は、送った方が得点の期待値は上がるのだ。

 そして一死三塁の場合は、おおよそ無死二塁よりも期待値は高くなる。


 もちろんこれはランナーの能力と、打順によって変化する。

 ジンがヒッティングしても、一塁が空いている以上、ダブルプレーの可能性はかなり低い。

 そして送っても、大介はまず敬遠される。

 すると一死一三塁で鬼塚。完全に初回と同じ状況である。

 川尻は前田に比べると、ストレートで押すタイプなので、鬼塚は相性がいいはずだ。




 結局ジンが選んだのは、またも送りバント。

 初回と違うのは、相手が警戒をしていることだ。下手にファーストに投げて、アレクがホームに突っ込むことも想定している。

 ファーストに素直に送って、カバーに入ったセカンドが投げられたボールをキャッチしアウト。


 そして大介である。

 今日はまたダースベイダーのテーマで登場し、そして打席に入れば「ブライガー」が始まる。

 しかしこの応援曲というのは、バッターだけでなく投手にまで、勝負したいという気持ちを起こさせるのではないだろうか。


「あ」


 誰かが声を発した。

 アレクに初球を打たれ、ジンには素直に送られた川尻。

 大介に対して外に外した球だが、そこは大介の長いバットが届く範囲だ。


 普通ならありえないフルスイング。

 バットの先が届いて、打球はレフトスタンドに運ばれた。


 おおおおおおおっ!

 大観衆がざわめく。

 またつまらなぬ球を打ってしまった、と思いながらベースを回る大介に対して、スターウォーズのOPが流れる。

 ガッツポーズをする大介に対して、大観衆の声援が飛んだ。

 3-2

 三回の表、白富東は早くも逆転に成功。

(よし、あれやってみるか)

 大介はホームベースに向かって、軽く助走。そこから前転の後、一回宙ひねり。

 着地した場所が、白いホームベースであった。


 おおおお、と更にざわめく観客席。

 バク転でホームインというのはあるが、一回宙にひねりを加えたホームインは、高校野球では見たことがない。と言うか、するとまずい。

 盛り上がりに盛り上がる観客席。そして主審からの注意が大介にいく。

 だが観客席のブーイングは、完全に審判に向けられていた。注意する声が大介に届かないくらいである。


 これで大介は観客を全て味方にしたかもしれないが、審判のかなりを敵にした。

「やりすぎだバカ」

 そう言いつつも手を上げた岩崎のハイタッチに、大介は応じた。

 野球は楽しむべきものだ。選手も、観客も。




 試合は激しく動きながらも、徐々に白富東に有利になりつつあった。

 ほとんど毎回両チームがランナーを出すが、点につながることは少ない。

 あれだ。

 大介のパフォーマンスが、ゲームを支配した。


 大介の打席が回るたびに大歓声が沸き起こり、敬遠するとブーイングが起こる。

 高校野球に色々と求めすぎであると思うのだが、大介がその期待に応えてしまうから仕方がない。

 バッテリーの配球を読んで盗塁しても、そこで大歓声が巻き起こる。


 七回の裏が終了した時点で、スコアは6-3で白富東のリードへと変化していた。

 そしてここで投球数が100球を超えていた岩崎は、直史へと交代。

 地方大会は平均して15点以上を奪取し、一回戦でも10点を取っていた明徳を、七イニングで三失点までで抑えた。

 これは甲子園の代表的な投手と比しても、充分すぎる成績だったろう。




 佐藤直史がマウンドに登る。

 それ即ち、無失点記録が更新されるということだ。そんな錯覚がある。


 春のセンバツで大阪光陰に、戦術の妙などで失点して以来、直史は春季大会も夏の予選も、練習試合でさえも一点も取られていない。

 古くは江川、最近では上杉と、高校野球には伝説を残す投手がいる。

 佐藤直史もその一人だろう。もっとも前二者に比べると、あまりにも異質だが。しかしこの化物が、どうして打者の化物と一緒にいるのか。

 名徳だけならず関東のチームは、似たようなことを一度は思う。

 勘弁してくれ、と。


 直史の登場と投球練習に合わせて、演奏がなされる。

 この曲はイリヤが選出して編曲した物らしいが、元ネタは手塚が持っていたアニメだ。

 どうやらイリヤは80年代以降のアニメ曲がお気に入りらしいが、これについては手塚に質問したらしい。

「どうして日本のアニメって、OPと本編の絵が違いすぎるの?」

 現場の事情があるのだ。アメリカ文化に慣れたイリヤには理解しがたいが、そこはそっとしてあげてほしい。


 トランペットで始まるアップテンポの音楽。リズムも速い。

 

 パパラパッパー (チャッチャッ) パッパー (チャッチャッ) パッパー (チャッチャッ) パラパパ!

 パパラパッパー (チャッチャッ) パッパー (チャッチャッ) パッパー (チャッチャッ) パラパパ!


 パパーパパーパプパーパパパープパ (チャララルラララ チャッチャチャン)

 パパーパパーパプパーパパパープパ (チャララルラララ チャッチャチャン)

 パッパープパーパ パパッパ! (チャンチャチャン)

 パパパパパパパパプパー (チャッチャラ) パパパパパプペパプパー (チャッチャラ)

 パプパッ パプパッ パペパッ パペパッ パポパッ パポパッ パペパプーピーパーポパーーー! (シャラララン!)


(別にルパンかタッチでいいんだけどな)

 ちなみにイリヤはあと一曲、武史のための応援曲も編曲してある。

 付き合わされた吹奏楽部の諸君は、泣いていい。


 手塚や水島曰く、日本のアニメOP曲はブライガーとアクロバンチ以降で、大きな変化があるらしい。

 もっとも素養のない直史には全く分からない話である。

(でもこの曲はいいよな)

 いくつか候補はあったのだが、直史はこれを選んだ。なお当然ながら、生まれるはるか以前の作品である。

 イリヤの教養はかなり変なところまでカバーしていると思う。




 さて、それはそれ。これはこれ。

 投球練習を終えた直史は、計算をする。

 せっかく大介が集めてくれた地元ファンを、手放すわけにはいかない。

 ここからさらに大介が勝負されることはないであろうから、このファンを白富東の側につけておくには、パフォーマンスを見せ付ける必要がある。

 白富東は強いのだ。大阪光陰に勝ってもおかしくないぐらいに。そう思わせるパフォーマンスを。

 そして同時に、負けないための計算もする。


 自分は投手だ。投手として、圧倒的に観客を沸かせなければいけない。

 ならば三振を取るか? いや、確かにそれは一つの手段だが、せっかく三振を取るのなら、150kmオーバーの球速で取った方がいいだろう。

 コンビネーションを駆使してカーブで三振を取るのは、玄人好みであるが地味なのだ。そして直史は150kmという球速は出せない。


 なら三振以外で観客を沸かせよう。

 打順を計算すれば、ちょうどいい並びになっている。

 八回の裏、名徳は三者凡退。

 九回の表、白富東はランナーこそ出すが追加点はなし。


 九回の裏、名徳の打順は八番から。

 二人出れば、なんとか織田に回る。逆に言えばここから二人出さなければ、織田には回らない。

 当然のように代打が出てくる。これは想定内だし、もしこれが出塁すれば、代走が出てくるのだろう。

(足に全振りのやつよりは、森を残した方がいいか?)

 あっさりと代打をショートゴロで封じると、九番、四人目のピッチャーである明智には代打は出されなかった。

 まあこいつは切り札の投手であるのと同時に、代打で出ることも多いので、そう簡単に交代はさせられないだろう。

(こいつを残しておくか)


 直史は球を際どいところに集め四球、夏の甲子園に来て初めてのランナーを出した。

 三点差なのでトップバッターに戻った森は、当然ながら打ってくるだろう。

(だけど足の速いこいつは、塁には出しておかない)

 ここでスルーを使う。

 カーブとストレートとスルーのコンビネーションで、森は三振。


 ツーアウト二塁。打席には二番の池田。

 池田はつなげるバッティングが出来るので、代打を送ることはない。

(こいつも比較的足は遅いから、残しておくか。キャッチャーだし代走も出せないだろ)

 直史の出したサインに、思わずジンはタイムを取っていた。




「何考えてんの、お前」

 ジンは色々と相手の裏をかくことに長けているが、この直史の行動だけは意味が分からなかった。

 直史が出したサイン。それは敬遠だ。

 敬遠して、織田と勝負する。

 すごい打者と勝負したい。そんな戦闘民族のノリは、直史とは無縁のはずだった。

「ジン、俺たちは強くなった。打撃、投手、守備、走塁と、層の厚さ以外は大阪光陰と同じか、上回ると言っていい」

 それはジンも計算している。その層の厚さというのが頭の痛いところであるのだが。

「けれど一回戦までは、圧倒的に負けている部分があった」

 それこそが層の厚さだと、ジンは考えていたのだが。

「応援だ」


 大阪光陰は絶対的な王者であり、地元の英雄だ。

 もちろん強いからというのもあるが、観客の応援はどのチームと対決しても、大阪光陰に傾くはずであった。それこそ兵庫代表とでも戦わない限りは。


 しかしあの、伝説に残る一回戦。そして大介の存在が、白富東のファンを爆発的に増やした。

 この試合でも明らかに声援の数が違う。その声援に後押しをされて、この試合でも追加点が取れた気がする。

「つまりわざと織田と勝負して、さらに観客を味方につけようってことか?」

「そうだ」

「ありえねー……」


 愕然とするジンだが、意図は分かった。

 それに確かに効果はあるだろう。あとはリスクとリターンの問題だ。

 直史を信じられるか。

 これが岩崎や武史なら考慮にも値しない。だが――。

「ホームランでも、同点か」

「そうだ」

 ジンは頷いた。




 キャッチャーボックスに入ったジンが立ち上がったのを見て、大観衆がどよめく。

 三点差で敬遠をする意味などない。試合に勝つなら、普通に投げて打ち取ればいい。

 この敬遠の意味は、織田と勝負すること以外には何もない。

(舐められたか?)

 怒りと共に、狂おしいほどの冷徹さが計算させる。

 佐藤直史は、強打者との勝負に価値を見出すタイプのピッチャーではない。ピッチャーらしくないピッチャーと言っていいだろう。

 だがここで、織田と勝負しようとする。


 もう、考えるな。

 意味など考えなくていい。勝負したいのは、勝負してほしいのは、むしろこちらだったはずだ。

 それにここでホームランを打っても、まだ同点だ。試合の流れは変わるかもしれないが、決定的なものになるかは分からない。

 目の前の機会を、最大限に活かすことだけを目的に、ただ勝ちに行け。


 池田が歩かされ、織田が打席に入る。

 第四試合ながらこの日最大の盛り上がり。SNSなどで拡散されていったこの状況は、たちまち視聴率を爆上げした。

次話「消えるもの、残るもの」


注:大介の真似は非常に危険なので、絶対に真似しないでください。

  こいつは基本バカなので、割と危機意識がありません。

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