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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第六章 二年目・夏 一度きりの夏
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54 正統派対決

ひさしぶりにまじめなやきゅうするぞー(なぜかひらがな

 白富東と名徳は、そこそこ似ている部分が多いチームだ。

 投手の枚数が多い。先頭打者がホームランも打てる高打率俊足。そして最強のバッターが俊足の三番。

 しかしそれらの部分は、全て白富東が上回っている。


 名徳は高レベルの投手こそ多いが、絶対的なエースがいない。

 白富東の事実上は二番手の、岩崎レベルでさえいないのだ。だから投手力では白富東が上回っている。

 先頭打者もだ。アレクに比べると長打は少なく、打率も低く、走塁もタイム自体は遅い。

 最強の三番も、大介のように当たり前のようにホームランは打てないし、打率も低い。


 このように白富東が上回っている要素が多いのに、なぜ名徳は四強に入り、白富東は入らないのか。

 それはベンチメンバーの能力による。

 名徳のように野球部員が100人にもなるところだと、ベンチメンバーの背番号争奪戦も凄まじい。

 白富東は今年の一年こそ数も多く、それなりに素質を持った者も多いが、ベンチに入れた四人とそれ以外の能力に開きがある。

 今年の秋から来年の春にかけて、どれだけ伸びてくる者がいるか、そして来年の一年に新戦力がいるか。

 確実に全国制覇を狙うとしたら、それだけの戦力の底上げが必要だ。


 極端な話、直史と大介がいなければ、白富東の戦力は大幅にダウンする。

 甲子園に来れたとしても、一回戦が勝てるかどうかというレベルだ。

 ジンやアレク、武史なども中心選手ではあるが、代えの利かない選手ではないのだ。




 甲子園球場に到着した白富東を待っていたのは、凄まじいまでのファンの数である。

 誘導に従って進んでいくが、特に女性ファンが多すぎる。

 初戦で九点も取られた武史への声援が多いのはご愛嬌だ。

 あとは圧倒的に大介であろう。

 三回限定とは言えパーフェクトピッチをした直史はあまり目立たない。


「第四試合だってのに、お客さん多そうだよな」

 呑気に大介は言っているが、ほとんどはこいつのせいだろう。

 大介のホームランには、どでかい夢がつまっている。


 現在の大介の、甲子園通算ホームラン記録は、春のセンバツと昨日を合わせて10本。

 歴代一位の清原が13本、二位の上杉が10本。

 この夏がほとんど丸々残っていることと、三年の春夏があることを考えれば、記録の更新はかなり期待出来る。

 それに今年のセンバツまではともかく、今は高打率の打者が四人も増えた。

 倉田はスタメンで使いにくいが、武史と鬼塚を後ろに置いておけば、大介を敬遠するのも難しくなる。


 強打者は一人で存在していても、敬遠されればその力を発揮されない。

 もっとも大介は足があるので、下手に塁に出すのもやはりまずい。

 三振しない俊足の強打者など、ピッチャーならずとも悪夢のような存在だ。




 さて、先攻を取れた白富東のオーダーである。


一番 (右) 中村 (一年)

二番 (捕) 大田 (二年)

三番 (遊) 白石 (二年)

四番 (左) 鬼塚 (一年)

五番 (三) 佐藤武 (一年)

六番 (二) 角谷 (三年)

七番 (中) 手塚 (三年)

八番 (一) 戸田 (二年)

九番 (投) 岩崎 (二年)


 少し調子を落とした武史を五番に、鬼塚を四番としている。

 直史は温存だ。三回戦までの日程を考えれば、最後にリリーフとして出す可能性はある。

 ある程度点を取られることは覚悟している。しかし名徳の守備力は投手の力でなく、野手に配分を多く評価されている。

 そうは言っても甲子園で投げる投手が、平凡であるはずもないのだ。


 一つ一つのプレイを丁寧に。

 それを徹底したチームが、おそらくは勝つ。




 一回の表の攻撃、いきなりアレクが出塁した。

 珍しくと言うべきか、内野の間を抜けていくゴロである。

「変化球か」

「アレクの場合、打てそうなら打っちゃうからなあ」

「種類はカット?」

 一塁コーチャーに入った水島が聞いてきたが、アレクも多分、といった感じだ。


 おそらくはムービングに分類されるカット。名徳の先発前田が得意とする、ストレートとスライダー系を絡めた投球だ。

 それでもアレクは打ってくれた。ありがたい先頭打者である。続く二番のジンは、最初からバントの構え。


 簡単には送らない。

 単に送っただけでは、大介が敬遠されるだけだ。相手バッテリーの反応を確認した上で、バントの効果を最大にまで上げる。

 アレクの足を警戒してきてか、あちらも単純にゾーンには投げてこない。

 ボール先行でワンスリーとなる。ここからはもうストライクを投げるしかない。

(仕方ない。白石を敬遠して、次でゲッツーを取る)

(分かった)


 際どいコースに入ってきたが、ジンは最大限に勢いを殺し、サードに転がす。

 役目は果たしたとばかりに、崩された体勢からもファーストに走るが、さすがにこれは間に合わない。

 だが、間に合わないことが役目なのだ。


 捕球したサードは、アレクが軽々と二塁に達しようとしているのを確認し、ファーストに投げる。

「ゴオッ!」

 水島の合図で二塁に到達しようとしていたアレクが加速した。


 一つのアウトで、ランナーを三塁まで。

 この時のファーストの判断は小さなミスであった。ファーストのアウトを確実に取るより、アレクが三塁に進むのを阻止すべきだった。

 ファーストでジンのアウトを取ってから、三塁へ送球。しかしベースカバーに入るショートも遅れている。

 スライディングしたアレクはセーフ。送球の遅れたサードと、カバーの遅れたショートのミスであり、ファーストにもミスはあった。


 結局のところ、名徳は全体が勘違いしていたのだ。

 白富東というチームが、粗い攻撃をしてくるチームだと。




 一死三塁。そして迎えるは高校……あるいはプロを含めてさえ、日本最強かもしれないホームランバッター。

 サードランナーが俊足であることを考えると、外野フライや内野ゴロでも一点は入る場面。


 仕方がないとはいえ、敬遠である。

 一回戦で白富東のファンになった甲子園の常連客からは、ものすごいブーイングが起こる。

「いや~、桜島はいいアシストをしてくれたなあ」

 ニコニコと微笑むジンである。確かに桜島とのあの試合のおかげで、白富東の人気は極めて高い。

 甲子園というのは、スターが誕生する場所なのだ。おそらくあの試合によって、白富東は地元並の応援を得たと言っていい。


 大阪光陰の圧倒的なアドバンテージの一つ、地元の応援というのを、白富東も手に入れていた。

 だが結局大介は歩かされる。名徳レベルのピッチャーであれば、敬遠気味の勝負でも、平気で外野フライは打ってしまう大介だ。

 一塁に粛々と進む大介。そして四番の鬼塚。

 一回戦は、そんなことどうでもいいというぐらいの試合であったが、金髪の一年四番である。

 甲子園があるのは兵庫であるが、観客には大阪人が多い。

 そして大阪人は派手好きだ。


 金髪をさらしながらも、メットを外して礼をし、打席に入る。

 このギャップがまたいいらしい。

「ええぞ金髪~! 打ったれ~!」

「考えてみればバースかって金髪やったしな~!」

 いや、外国人と金髪を同じにしてはいけない。


 ここで鬼塚に期待されるのは、外野フライだ。

 強肩の織田が守るセンターでも、深い位置ならばいい。だが出来ればレフトだ。

 名徳の先発前田は、割と打たせて取るタイプなので、普通に打てばゴロになる可能性が高い。

 しかし鬼塚は自分の身長を意識した、アッパースイングが出来る。

 小器用にスクイズも出来るので、ここで白富東が使える戦術は多い。その中で外野フライを狙うのだ。


(タケのやつが試合でどれぐらい使えるか分からないし、俺が決めないと)

 内角低めの球。注文どおりのレフトへのフライ。

 そう思ったのだが打球の弾道は思ったより低く、むしろレフト前ヒットという、いい結果が出てきた。


 一回の表、白富東は積極的な走塁と、底力のあるバッティングで一点を先取した。




 今日は五番に下がっている武史は、ライトへの深いフライ。

 これで大介がタッチアップして三塁まで進んだが、後続がなく一点どまり。

 着実にチャンスをものにした白富東と、失点を最小に抑えた名徳。

 一回の表だけでも、面白い展開であった。


 そして今度は裏の攻撃。

 一番の森は、三番の織田に次ぐ高打率バッターであり、俊足だ。

 先頭を切ることは、野球における基本である。


 岩崎はこの時点でも、千葉県では直史と吉村に次ぐ実力のピッチャーとして思われていて、実績も申し分ない。

 シニア時代には課題となっていたメンタルも、素晴らしく成長した。

 しかしそれでもまだ高校生。

 そしてそれをリードするジンも高校生。

 一回戦で凄まじいパフォーマンスを見せた佐藤兄弟。それに対する岩崎へのフォローをジンは怠っていた。セイバーにそういった能力はないのだから、彼がキャッチャーとしてすべきであった。


 力は入っているのだが、いまいちキレがないストレート。

 投球練習の間に、ジンは岩崎の不調を感じ取っていた。

(これは初回から大変なことになるぞ)




 そんなバッテリーの様子を、ベンチも感じ取っていた。

「ガン先輩、あんまり良くないですよね」

 このあたりのことに、体は大きいのに性格は細かい倉田は、すぐにそれに気付いた。

「う~ん、考えてみれば一回戦は投げてないし、そこからも間隔が空いてるからね」

「それでも昨日までは良かった。夏の試合の初戦だから、やっぱり緊張だな」

 一回戦で三回をパーフェクトに抑えた投手が、何やら常識的なことを言っている。


 名徳は高打率のチームだが、それ以上に走塁に力を入れたチームだ。

 打率のいい選手と足の速い選手を比べれば、足の速い方をスタメンにするチームなのだ。

 ジンのインサイドワークが重要になる試合のはずだが、岩崎のケアに追われると、そこまで頭が回らないかもしれない。

「シーナ、倉田、お前らセイバーさんのデータを使って、守備とかにサイン出してけよ」

「そりゃやるけど、ナオはどうなの?」

「ん~、キャッチボールでもしてようか?」

「ここでやるのはむしろ悪影響だと思います」


 以前に一度、直史がブルペンで投げることによって、岩崎を発奮させることがあった。

 しかしあれは、調子は良かった上で、改めて体力を振り絞るためのものであった。今とは状況が違う。


 別に直史としては、ここですぐにリリーフに行ってもいいのだ。だが統計や分析をするまでもなく、それは悪手だと分かる。

 これが決勝戦なら、直史もあっさりと交代に行ける。だがまだここは二回戦。

 これからを戦っていく上で、岩崎の力は絶対に必要だ。

 ここで交代してしまうことによって、この夏の岩崎の調子は、悪いまま固定してしまう可能性が高い。

 せめて一回を乗り切れれば。

 そんな願いも虚しく、岩崎は先頭打者を歩かせてしまった。




 牽制を二回入れて、その初球。

 二番の送りバントは、ピッチャーの前。

「一つ!」

 指示に従った岩崎は、ファーストへ送球。

 まずは普通に送りバントをして、二塁へ進塁。一気に三塁などという冒険はしない。


 ピッチャー前へバントをしたのは、岩崎を揺さぶるためだったのか。

 しかしジンも確認出来たが、岩崎は確かに投球は力んでいるが、それ以外の部分が悪いわけではない。

 状態は悪いが、それはそれとして認めている。

 肩をぐるぐると回したりするのは、自分でもどうにかしようとしているのだろう。

(早めにアレクと、適当な理由を付けて一時交代させたいな)

 そのきっかけとしては、この三番の織田がいいのかもしれない。


 左の高打率打者に、左のスライダー使いのアレクをぶつける。

 理屈としては成立するが、岩崎がそれに納得するかどうか。


 最初から逃げたくはない。

 万一ホームランを打たれても、まだ一回なのだ。名徳の投手陣を考えれば、こちらが追加点を取れる可能性は高い。

 ミットを大きく叩いたジン。それに対して岩崎も頷く。

(へえ、勝負するんだ)

 地方予選ではまともに勝負されることが少ないため、自分で勝手にストライクゾーンを広げて打っていた織田にとっては、ありがたいことである。

 第二のイチローなどと言われているが、さすがにあんな伝説レベルの人間に自分がなれるとは限らない。ただプロに行った時に、いい成績を残すにはどうすればいいかは、ちゃんと分かっているつもりだ。


 イチローはドラフト四位で指名された、だから機会が与えられる頻度も少なく、その真価を発揮するまでにわずかながら時間がかかった。

 自分はドラ一を目指す。幸い去年の上杉のような化物は今年はいない。俊足巧打の外野手をほしがっている球団は多い。

 甲子園での活躍は、そのために必要な切符だ。

 悪いがまだ二年生の岩崎に、抑えられてやるわけにはいかない。




 そうは言っても岩崎もいい投手だ。充分に全国レベルである。

 これで二年生なのだから、来年にはそれこそドラ一候補にまでなるかもしれない。まあ来年は来年で、同じチームに白石大介という核弾頭級の化け物がいるが。

(いや、佐藤もいるか。あの学校、スポ薦ないんだよな?)

 高校野球史上屈指の化物が同じ学年、同じチームに二人いる。この不思議はいったいどういうことなのか。

 まあ佐藤直史が先発しなかった時点で、こちらの勝率はかなり上がったと言っていい。

 トーナメントの組み合わせを考えるなら、むしろ岩崎は三回戦を担当した方が楽だったろう。


 そんなことを考えながら、織田は岩崎のスライダーを、ライト方向に見事に打ち放った。

 右中間を破った打球が、ドライブ回転でフェンスで弾かれる。

 森は一気に本塁まで帰ってくる。そして織田も、一つでも前の塁を目指す。

「違う! 三つ!」

 ジンの指示は遅かった。

 本塁へ投げられたボールを手前で受け、ジンは三塁へと投げる。

 織田はミスとも言えないほどの送球の選択ミスで、三塁を陥れていた。


 桜島とは違う。手塚から中継した角谷も、普段だったら気付いていたはずだ。

(桜島との対戦は、悪い方にも影響を残してるのか)

 ジンは改めてそこに気付く。

 バッティングフォームに関しては、大介の直感で気が付いた。

 しかし他の部分までは、手が回っていない。

(セイバーさんにここまでは出来ない。俺がなんとかしないと)


 その後四番の犠牲フライで、名徳はさらに一点を追加。

 白富東は珍しくも、一回が終わった時点で追いかける展開となったのである。 

次話「個の力、チームの力」

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