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エースはまだ自分の限界を知らない ~白い軌跡~  作者: 草野猫彦
第六章 二年目・夏 一度きりの夏
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52 中五日の過ごし方

 甲子園の初日に勝利した白富東は、当然ながら次の試合までの間隔が最も長い。

 トーナメントを見ていくが、強いところはだいたい前評判通りに勝っていく。

 白富東にとって重要な、三回戦の相手になりそうなところは、二日目に決まった。

 両方一回戦を勝った、三重の伊勢水産高校と茨城の常陸ノ宮高校の試合の勝者だ。


 なかなか予想がつかない対戦だ。

 伊勢水産は公立の高校であり、それほど突出したカラーを持つチームではない。

 しいて言えば、部員全体が一丸となって戦うという、チーム力で勝ったチームらしい。


 茨城県はそれなりに強い私立が多い県だが、お隣さんであるというのに今までの対戦はなかったチームだ。

 他にも強豪私立があったのに今年を勝てたのは、新任の監督の手腕によるところが大きいらしい。

 硬軟兼ね備えた攻撃力を持ち、守備はオーソドックスだとのこと。


 地方予選ではどちらもあまり有力とは見られておらず、代表となったのは運がかなり良かったとも言える。

 本来ならもっと戦力の整ったチームが、同じ県にはいくつかあったのだ。

 特に茨城は隣接県なので、お互いに何度か練習試合を行ったチームがある。

 そこでも常陸ノ宮高校は、せいぜいベスト8と聞いていた。

 データがあまり多くないのは不安であるが、それは一回戦と二回戦の試合を見れば、ある程度は分かるはずだ。

 正直に言ってどちらが勝ち上がってきても、二回戦の名徳ほどのシビアな試合にはならないという統計が出る。

 だが、このどちらかと当たるとしたら、当然ながら甲子園で二勝しているチームと戦うということだ。

 油断出来る要素ではない。




 宿に戻ると、夕暮れの庭で大介がバットを振っていた。

 なにしろ一日で有名人になってしまった彼だ。そうそう外出も出来はしない。

 元々有名人ではあったのだが、もうほとんど国民レベルのスーパースターだ。

 来年のドラフトは大変だろうな、とジンは完全に他人事のように思った。


 大介の素振りは、一回一回の間隔が長い。

 もちろん素早く何度も行うこともあるのだが、これは実戦を想定した振り方だ。

「おう、どうだった?」

 集中していた大介だが、近くに来たメンバーの気配に気付かないわけではない。

「うちに関係あるとこだと、三重と茨城が勝ち上がった。あと別の山でベスト8まで上がってくるかもしれないのは、京都の立生館付属かな?」


 トーナメント表を見て、事前のデータからある程度の予想は立てている。

 ベスト8まで勝ち残りそうな、運のいい山に入った強豪はある。

 そうは言っても相手も甲子園に出場するチームなので、何が起こるかは分からない。


 今のところ、ベスト8に入りそうなところは、ちゃんとマークしてある。

 帝都一、春日山、福岡城山、仙台育成あたりは勝ち残ってきそうだ。

 大阪光陰と神奈川湘南が初戦の二回戦で当たり、白富東が二回戦で名徳と当たるのが、序盤の注目すべき部分か。

 四強と言われるチームの内の一つが確実に敗退し、もう一つもかなり敗北の可能性は高い。というか、白富東は勝たなければ上に進めない。


 考えるのはジンたちの役割だ。大介はそう考えて、素振りを続ける。

「そうだ、お前らも昨日の試合に出たやつ、後でフォームチェックしとけよ。絶対に大振りになってるから」

 日課の素振りをしていた大介だが、どうにも具合が変であった。

 コーチに確認してもらったところ、スイングのトップの位置が微妙におかしい。

 それを修正するための素振りである。


 その点に関しては、セイバーも渡りをつけておいた。

「ネットもあるグランドを確保してきました。明日はそれほど注目のチームもありませんし」

 あったとしても、それを観察して分析するのは偵察班の仕事だ。

 そもそも全国中継されている試合なのだから、それなりに情報はつかめる。

 まあ守備位置の細かさなどは、ちゃんと観察しないと分からないが。

「てことで、今日は夜更かしもせずに、早く眠るようにな」

 手塚はそうまとめたのだが、本人すらも実際にそれを守ることはなかった。




 初戦から二日目。今日も朝から武史はマッサージを受けてきたわけだが。

「驚いたね。うん、もう今日から普通に動いていいよ」

 整体師の先生はそう言った。


 最初に言われていたこととかなり違うので、逆にそれが不安になった武史である。

「まあ、簡単に言うと、君には素質があったのかな? 回復力という素質が」

 そうなの、だろうか?

 怪我の治りが異常に速い人間などは、特異体質として存在する。兄も、何かは分からないが何かが特殊な人間だと思う。

 武史の場合は、回復速度、あるいは治癒速度の高さらしい。


 ある程度は納得出来る。武史が中学時代にやっていたのは、バスケットボールだ。野球と違って動きの緩急は不意にあり、激しい運動で何度も選手が交代する。

 その中で武史はスタミナお化けと言われていたし、受験勉強でやや落とした体力も、春の大会が終わるまでには戻っていた。

 実はあまり野球とは関係ないと言われる持久走でも、武史の記録はかなり高く、ダッシュ力の維持とその回復は、大介の次、アレクとほぼ同じぐらいの数字である。

 だがアレクは、日本の夏に慣れていないという明確な弱点を持っていた。

 夏場に入ってから、アレクの練習量は減っている。それでも部員の平均よりははるかに高いパフォーマンスを発揮している。

 練習量は技術を落とさないように最低限に、それ以外の全ては現在の体力の維持に。

 おそらく普通の強豪校では行えない、各個に合わせたスケジュールである。


 かくして早乙女と共に確保された練習場にやってきた武史だが、周囲の観衆が凄い。

 びったりとまるで虫のように、フェンスに張り付いている。

 その中を専用通路で中に入る武史だが、かけられる声援が凄い。

「武史くーーん!」

「こっち向いてーー!」

 本当にそっちを見れば、きゃあきゃあと黄色い声援が上がる。

 思わず口の端が緩む武史であるが、練習場の中の風景を見れば、そんな気分は消し飛んだ。


 外野に芝があるその練習場では、直史は一人ライトあたりで柔軟をしている。

 暑いので直射日光が上手く遮られている場所を選んでいる。

 アレクは音楽を聴きながらベンチで寝ており、他の部員、特に一回戦を戦った者は、バッティングに重きを置いて練習している。

 おそらく本当に、あのホームランの打ち合いで、フォームが崩れていたのだろう。




 その中でも目立つのが、大介の練習であった。

「いっくよー」

 ツインズのどちらかが、体操服でバッピをやっている。

 しゅっと投げたストレートはゾーンの枠ぎりぎりに集まるのだが、それをミートしていく。

 打球はセンターにいる手塚のグラブに、ぱしんと収まる。


 投げる、打つ、収まる。

 投げる、打つ、収まる。


 手塚が動くのは、せいぜいが三歩ほど。センターの定位置に、ストレートの次は各種変化球を打って集めていく。

 普段の大介は、飛距離が制限されているため、フェンスの上限あたりを狙って打つレベルスイングをしている。

 だが今日はミートを主題としているのか、狙った場所に球を集めている。

 まあ普段も、一塁ベースや三塁ベースを、狙って平気で当てる人ではある。

 だが今日のこれは、中距離の精度を試しているようなものだ。


「よっしゃ、ナオ、頼むわー!」

 直史はミットを手にすると、ちんたらとマウンドに上がる。

 そこから投げるのは、球種もコースも予告しない、ガチのバッティングピッチである。

 遅いカーブを打つ。

 もっと遅いストレートを打つ。

 大きく曲がるスライダーを打つ。

 全てがセンターに集まり、手塚は徐々に後退していく。


 ミートをそのままに、飛距離をどんどんと伸ばしていく。

 こんな真似が出来る人間が、世界で他に何人いるだろう。


 大介は高打率でありながらホームランも打ち、そしてスラッガーであるにもかかわらず空振り三振がきわめて少ない。

 普段は腰の回転と体重の前後移動でホームランを量産しているのだが、変化球や緩急でタイミングやミートポイントを崩された時、当ててヒットにする。

 ただそれでもホームラン狙いは常に忘れないため、野手の正面に打球が飛んだり、大きめのフライが外野に飛んだりする。

 ホームランを完全に捨てれば、大介は八割なら軽く打てる。

 だがたまに凡打があるとしても、ホームランで大量点が取れるなら、そちらを選ぶべきだ。




 あの人は本物の化物だ。

 兄の直史と、どちらが上なのだろう。

 紅白戦での対戦成績では、普通に打者として見れば、大介の勝ちであった。

 しかし試合の結果は直史の勝ちである。


 直史は上杉の兄のような、全打者を三振に抑えるというような圧倒的な球威と球速を持つタイプではない。

 しかし点を取られないという点では、匹敵するといってもいい。

「よっしゃ、調整終わり! 誰か打ってくれ~」

 満足した大介が打席を外し、直史もマウンドから降りる。

 30球ほどの球を、大介は一球も空振りすることなく、直史も変化球を四隅に集めた。

 キャッチャーもネットも要らないバッティング練習だった。


 さて、せっかくマウンドが空いたのだから、誰かは打席に入るべきだろう。

「タケ、もういいの?」

 そう声をかけてきたのは倉田であった。アレクが休み、直史も投げず、鬼塚も打撃に入っているため、あとは岩崎との組み合わせしかない。

 しかしその岩崎はブルペンでジンと組んでいるため、倉田は余っていたのだ。

「先生が俺の回復力は特別だってさ。ただコントロールが不安だから、受けてくんない? せっかくマウンドも空いたし」


 他の選手はトスバッティングを主に行っていて、マウンドを使おうという者はいないらしい。

 少し贅沢であるが、マウンドで投球練習をさせてもらおう。


 倉田が装備を着けている間に、水島が近付いてきた。

「おう、もういいのか? 今年の夏は全滅とか聞いてたんだけど」

「若いから治癒力も高かったみたいで。もう投げてもいいみたいっす」

「そんじゃ俺が打席に入ってやるわ。当てるなよ」


 そう言いながらも水島は、頭までを完全装備で固めてきた。

 武史のピッチングに対し、全く信用を置いていない。まあ前科があるので仕方ない。

 キャッチボールを終えて、まずはギアをローから。

 よし、きれいにストレートが決まる。

 縫い目を気にしながら、130km前後のストレートを小刻みに動かす。


 では、ミドルなら?

 そう思って投げたストレートは、倉田の頭のはるか上を通り過ぎていった。

 ジャンプしても捕球出来ず、バックネットに当たる。

「あれ~?」

 その後も続けて投げたが、ミドルギアでは制球出来ないことが判明した。


「あんた何してんの?」

 双子がマウンドまでやってくる。その視線はいつもと変わらず、ぶさいくなペットを見る上から目線だ。

 だがそれでも、この双子の方が肉体のメカニックについては詳しいはずだ。

「いや、またストライクが入らなくなって」

「そりゃそうでしょ」

「バランスが崩れてるから」

「多分打つ方もずれてる」




 昨日は軽いランニングだけをやって、ノックも受けていなかった。

 バットも振っていない。しかしたったの二日で、こうまで劣化するのだろうか。

「ほら、じゃあ打ってみ」

 マウンドに登った片割れが、もう一人のキャッチャーミットに投げる。

 せいぜい120km程度の速球に、それよりも遅い変化球。

 だが武史は引っ掛けまくって、まともにミートが出来ない。

 三振こそまずしないが、手心の加わったこの球が打てないのはまずい。


 その頃にはグランドのチームメイト全員が、武史の不調に気が付いていた。

「なんじゃこりゃ」

 武史のみならず、全員の顔色が悪い。

 直史でさえ心配そうな顔をするのは、やはり兄として当たり前のことである。

「原因は?」

「正中線が狂ってる」

「治るのか?」

「……時間をかければ」

「どれぐらい?」

「早ければ今日中に、遅ければ……二ヶ月?」


 バランスの専門家である双子の言葉に、やはり呆然とする一同。

 検証してみると武史の不調は、投球と打撃だけでなく、守備にまで及んでいた。

 捕球までは問題ないのだが、一塁への送球の乱れが明らかであった。

「う~ん……ファーストにコンバートして、サードに鬼塚を入れようか」

「打てないんじゃファーストに置いておく意味もないだろ」

 ジンは苦悩するが、直史は最悪の事態も想定していた。

 ピッチャーとしてだけでなく、打撃も守備も出来ないとなれば、主力が一人いなくなる。

「まだあと三日あるから、頼めるか?」

「らじゃりました」

 長兄の言葉に、さっと敬礼をする双子。

 かくして武史の地獄のストレッチ、バランス訓練が始まったのである。

他のチームの試合まで描写してたら、すごい文字数になりそう。

次話「もう一人の左腕」

なお明日は本編は夕方のみの投下です。

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