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理葬境  作者: 忍原富臣
第五話「冥浄陸雲」
32/51

~海宝の過去~

「何! それは本当か?」


 剛昌(剛昌)が火詠ひえいに問いかけるその隣で、陸奏りくそう翠雲すいうんも驚いている様子だった。


「ええ、だいぶ楽になりました……それにしても海宝かいほう様、一体何をされたのですか?」

「それは良かったです」


 海宝は安堵して再び元の位置へと座り直し、困惑している全員に向かって話し始めた。


「魔除けと願いを同時に行うことで、火詠さんの身体から呪いを取り除いた、といえば解りますかね」

「……」


 呆気にとられている翠雲以外の三人に、海宝は床に文字を書きながら言葉を続ける。


「呪いと書いて『のろい』と読み、また『まじない』とも読みますよね」

「はい」


 火詠が端的に返事をする。


「それと、火詠さんの首にかけた勾玉は紫水晶で作った物でして、それには魔除けの効果があるんです。飢饉で死んでいった者達のまじないの『魔』を取り除いてくれると思いましてね」


 いつものように微笑む海宝に対して、火詠は真剣な目つきで呟く。


「……ものは言いようと言いますか、言葉遊びみたいですね」

「確かに、言葉遊びのようですが、昔からまじないとはそのようなものなのですよ」

「ふむ……」


 火詠は首に手を伸ばす。締め付けられるような感覚が消えているが、それは勾玉を付けた後だった。実際に首を掴まれたような感覚が消えたのは海宝に手を包まれた時のこと。


「海宝様、貴方には何か特別な力でもあるのですか?」


 真面目な顔で質問した内容に海宝は少しだけ笑った。


「いえいえ、私には何もありませんよ。ただ、昔に出会った人がくれたお(ふだ)が本物だったようです」

「お札ですか」


 海宝は手に持っていたお札を火詠達に見せた。「鎮魂縛(ちんこんばく)()」と書かれた赤黒い文字のお札を海宝は大事そうに(てのひら)で包み込む。


「名前を(めい)(じょう)(りく)(うん)。本人は陰陽師だと……仰っていました」


 陰陽師の話に食いついたのは剛昌だった。


「その陰陽師、御健在なのですか?」

「いえ、私が十四の時、四十年くらい前の話ですから、多分お亡くなりになっているでしょう」

「そうか……」


 陰陽師……邪気から人々を守り、時に頼まれれば誰かを呪うような職業の者達。

 戦をしていた時代、敵国で見かけた陰陽師は口だけの者達ばかりであった。つまりは偽物。武将を言い包めて己が権力とし、裏で操ろうとしていた詐欺師ばかりだった。


 しかし、海宝が出会った者、お札の効果からして本物の陰陽師だと言える。

 火詠が海宝の言葉に疑問を抱く。


「四十年前の、その時のお札を未だに持っていたのですか?」

「ええ……約束しましたから」


 肯定からの言葉に間を空ける海宝。


「約束?」

「ええ、約束……ですね」


 海宝の返事には再び小さな間が生じていた。翠雲と陸奏はいつもとは違う海宝の話し口調に違和感を覚えた。

 火詠と剛昌はそれぞれ別の想いを抱きながら考え込んでいる。


「さあ、皆さん、積もる話もあるとは思いますが、これは一時凌ぎにしかなりません。私は陸奏と共に供養参りをするため準備を致します。陸奏、良いですね?」


 海宝の質問に陸奏はしっかりと頷いて肯定した。


「海宝殿」


 剛昌が海宝に尋ねる。


「供養参りならば我々も一緒に行えば――」

「血で汚れてしまった者による供養参りは絶対にしてはいけません」


 剛昌を否定したのはずっと黙っていた翠雲だった。


「なぜだ?」

「人々の血がこびり付いた者が供養参りをすれば、死者の怨恨が高まるだけ……最悪の場合、被害が拡大するかもしれません」


 翠雲が前を見据えたまま冷静に答えた。


「海宝殿、翠雲の言った言葉は誠か?」

「ええ、その通りです。弔いや埋葬(まいそう)はある程度出来たとしても、供養参りは僧侶の一部にしか出来ません。心の清らかな者だけが許される行為です」


 海宝の言葉に剛昌と翠雲は再び静かになった。そして、一人考えていた火詠が口を開く。


「では、私達は別の方法で手助けを致しましょう」


 火詠の提案に海宝は静かに遠慮するように否定した。


「火詠さん、貴方は寺で安静にしていてください」

「体調は良くなりました。動いても大丈夫でしょう?」

「それはここが寺であり、清らかな場所であるからです。ひとたび外へと出れば再び体調が崩れる可能性があります」


 火詠は顎に手を添えて考え込んだ後に海宝に問いかけた。


「……勾玉は効力を発揮しないのですか?」

「効果はありますが、それも時間が経てば陰ってしまいます。物は風化し劣化していく。そして、人の怨恨は中々消えるものではありませんから、時間が経つにつれて恨みの方が強くなってしまいます」

「つまり、勾玉の効果が薄れれば意味が無くなると……」

「そう、だと思います……このような事が実際に起きるとは思いませんからね……」


 何か遠回しに話す海宝に火詠は目を細めた。何か意味を含んだような海宝の言い回しを追求しようとしたその時――


「さぁ、火詠さん! こちらに!」

「なっ……まだ話が……」


 陸奏は火詠の腕を持って立たせると勢いよく本堂を後にしようとしていた。


「ちょ、ちょっと待ってください。まだ話は終わっていませんよ……剛昌殿、翠雲殿!」


 火詠が名前を呼んでも、二人は振り向くこともせずに見送った。


「あとは私達に任せてください! 早く身体を休めて!」

「そんなに急がなくとも……」

「火詠さん、鏡で自分の首をご覧になりましたか⁉」


 怒った口調で陸奏は心配げに問いかける。


「い、いえ……」

「なら、そのままでいいです!」

「何を言って……」


 陸奏が戸惑う火詠をどんどん連れて行く。


「見ない方が良いかもしれませんから見ないでください!」

「見ない方が良いとはどういうことで――」

「ちょっと火詠さんを部屋まで案内してきます!」

「いってらっしゃい」


 海宝が優しく微笑みながら陸奏を見送る。バタンと戸が閉まる音が本堂に響いた。

 大臣である火詠を引っ張るように連れて行った陸奏の勢いに剛昌は驚きを隠せなかった。翠雲の義弟といえど、一介の僧侶に変わりはない。だが、怖気ず即座に行動を起こすところは翠雲に似たものを感じる。


「海宝殿、あの者は一体……」


 剛昌の問いに答えたのは、またしても海宝ではなく翠雲であった。


「何回か会っているとは思いますが、改めまして……私の弟の陸奏です」

「そんなことは分かっている。ずっと泣いていた理由を聞いている。人の悲しみを感じるにしてもあれは度が過ぎているぞ。それに、火詠を無理矢理連れて行くとは……」


 見慣れない性質の人間に剛昌は本堂の中で一人、恐怖にも似ている何かを感じていた。嫌悪感でもない。恐怖でもない。得体の知れない光景。「気持ちが悪い」というのが一番的を得ているのかもしれない。自分が出来ないことに対して否定的な気持ちが湧いてしまうことに、剛昌は微かな劣等感を抱いていた。


「あ――」


 翠雲が声を発する手前で海宝が話し出す。


「あれは昔からなのです。昔から、人一倍……いえ、それ以上に誰かの痛みが分かる、感じてしまう子なのですよ」

「……」

「火詠さんの首の(あざ)を見て、居ても立っても居られなかったのでしょう……」


 剛昌は陸奏が涙を流す映像を再度頭の中で流していた。溢れ出す感情の泉、心の豊かな証拠……。

 「兵士」としての自分と「僧侶」として存在する陸奏は相反するものだった。


「陸奏のことはもういいでしょう。海宝殿、なぜ陸奏に伝えたのか、その真意を教えて頂きたい」


 翠雲は(ほの)かに怒りを見せた。睨みつける翠雲を海宝は諦めにも似た雰囲気で優しく声を発した。


「翠雲さん、私は今回の一件で死ぬかと思います」

「っ⁉」


 翠雲と剛昌は海宝の言葉に目を丸くした。


「どういうことですか?」

「陸奏には教えられませんが、貴方達には伝えておきましょう。私が昔に出会った冥浄陸雲とのお話、鎮魂縛符を頂いた時の話を――」


 それは海宝が十四歳前後の時のことだった――

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