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理葬境  作者: 忍原富臣
第一話「春桜の死」
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~翠雲と春栄~

翠雲すいうんも元気そうで何よりです。この後時間はございますか?」


「ええ、丁度、時間が空いて暇潰しにでも行こうかと思っていたところです」


 優しく答える翠雲の返答に嬉々として、春栄は翠雲の手を引っ張った。


「教えて欲しいことがありますので、こちらに!」


「はっはっは、急ぐと転んでしまいますから、慌てず行きましょう」


「すみません……」


「ふふっ、お気になさらず」


 翠雲はこの日に限らず、春栄しゅんえいへ国を治めるために必要となるであろう知識や知恵を教えていた。ここ最近は飢饉の問題で会えていなかった分、春栄もいつにも増して嬉しそうな表情を浮かべている。


 国王である春桜しゅんおうは武人として名を馳せた結果、今の地位に存在している。だが、このまま二代目、三代目と武力のみで続くことは難しいであろうと翠雲は考えていた。


 国を動かすには知恵が必要であり、民を守るため、動かすための人心掌握もまた必要となってくる。翠雲は自分が生き抜いてきた経験を春栄へと伝えることで、より良い国へと導くことが出来るかもしれないと踏んでいた。


 春栄への教えは、翠雲自身の想いも継承するためのものだった。

 王城の一室にある春栄の部屋にて、翠雲は様々なことを教えていた。


「翠雲はなんでも知っているのですね!」


 春栄は目を輝かせながら新しい知識をどんどんとその頭に記憶していく。


「私も知らないことの方が多いのですよ。ただ、知らない事を知ろうとした結果、こうなっていただけの話です」


「知らないことを知ろうとするって、なんだか素敵ですね!」


 日が暮れ始めた頃、春栄がふと外へと目を向ける。紅い夕日が大地に半分ほど沈み、光と闇の境界線が出来上がっていた。


「翠雲すみません、ずっと相手をして頂いて……」


「ふふっ、王様の息子の頼みを断るわけにはいきませんよ」


 微笑みながら言う翠雲に、春栄は少し悲しそうな表情を浮かべた。


「翠雲は、私が春桜の息子でなければ教えてはくれなかったのでしょうか……?」


 ぴたりと動きを止めて春栄は翠雲の目を見た。翠雲は焦ることなく、春栄の頭を撫でる。


「春栄様が学ぶことを止めなければ、きっと別の場所でもこうなっていたでしょう。巡り会わせという運命は不変ですから」


「……本当ですか?」


「ええ、ここで会えなくとも、必ずどこかで」


 優しく諭すように話す翠雲の言葉を聞いて春栄は安堵した。

 完全に太陽が沈み切った時間を頃合いとし、翠雲は王城を後にしようと春栄に見送られていた。


「翠雲、明日も時間はありますか?」


「明日は寺の方に用事がありまして、申し訳ない」


「寺というと海宝かいほう様の所ですか?」


「ええ、そうです」


 春栄は「少しだけお待ちください」と翠雲をその場に残し、一度自室へと走っていった。何か海宝殿に渡すものがあるのだろうと、王城の入り口で壁にもたれかかっていると、すぐに春栄は戻ってきた。息も絶え絶えに春栄は翠雲へと手紙のようなものを渡した。


「す、すみません……これを渡して頂きたくて」


「海宝殿にこれを?」


「いえ、それが海宝様にではなく、陸奏りくそうという人に……」


 陸奏の名前にぴくりと眉を動かした翠雲は一瞬だけ考えると、ハッとして嬉しそうな表情へと切り替わった。


「……ああ、そういえば陸奏のことをご存じでしたか!」


「翠雲も知っているのですか?」


「ええ、彼は私にとって弟のようなものですから」


「そうなのですか! 実は小さい頃から陸奏には仲良くして頂いてるのです!」


「そうかそうか、春栄様は陸奏と顔馴染みだったとは、いやはや、なんとも縁とは興味深いものです。陸奏は昔、ある村で拾った孤児でしてね、両親が死んでしまい独りぼっちだったところを拾ったのですよ。そんな陸奏が今では海宝殿の弟子に……感慨深いものですよ」


 どこか遠くを見つめながら嬉しそうに話す翠雲。優しい兄のようなその雰囲気に春栄は憧憬の眼差しを向けていた。だが同時に陸奏の過去を知ったことで、自身が何の苦労もせずに育ってきたことを走馬灯のように振り返った。


 春栄は陸奏の事を考えると、心がキュッと締め付けられるような、そんな気持ちに苛まれた。


「陸奏にそんなことがあったなんて知らなかったです」


「まあ、今となっては昔話ですからお気になさらず。あ、でも、このことは陸奏にはくれぐれも内緒でお願いしますね」


「はい!」


 唇に指を当て、二人の秘密とした翠雲のその姿に、春栄は漢として、この人には生涯勝つことのできない何かを感じた。

 翠雲は春栄から受け取った手紙を懐へとしまう。


「陸奏によろしくとお伝えください!」


「ふふ、承知致しました。では、また」


 春栄に見送られ翠雲は自宅へと帰っていった。


 次の日、明朝から寺の方へと向かい家を出る翠雲。

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