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理葬境  作者: 忍原富臣
第三話「黒百合村」
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~黒百合村の任務 下~

「では、みん様。質問してもよろしいですか?」

「ええ」

「お、おい……」


 さっき言動を止めた兵士が再び止めようとするが、質問した兵士の口はそのまま動き続けた。


「彼らは反逆罪で殺されたのですよね?」


 泯は兵士の率直な意見に一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべたが、布で顔をおおっている為、兵士達には泯の細かな表情の違いは分からなかった。

 泯は毅然きぜんとした態度で兵士の質問に答えた。


「ええ、彼等は王に反旗を翻そうとした者達です。殺されても文句は言えません」


 泯の凛とした姿に、兵士達は見惚れていた。


 剛昌ごうしょうの右腕としての地位、そして誰にもその素顔を見せたことがない忍び。彼女の存在は五年前から兵士達の間でも有名であった。「右腕とは名ばかりのただの剛昌の女だ」と噂されたことが何度かあったが、泯は己の実力だけで噂を断ち切った。今では次の大臣と言われるほどにまで、その位置づけは底上げされていた。


 質問をした兵士は小さく声を発する。


「殺していい存在だった、ということですよね……」

「ええ、彼等は殺さなければならない存在でした」


 泯は静かに兵士へと言葉を返す。


「そ、そうですよね……」


 兵士は俯いて自分を言い聞かせるように呟いた。


「無粋な質問するんじゃない……まったく……」


 再び隣の兵士に叩かれる兵士。

 泯はその光景に少しだけ頬を緩めた後、兵士達に声を掛けた。


「任務は終わりました。さあ、帰りましょう」

「はい!」


 質問した兵士以外が声を合わせて返事をした。

 泯は返事をしなかった下を向いたままの兵士に声を掛ける。


「大丈夫?」

「うっ……」

「……」


 兵士が震えているのを見た泯はそっと近づいて寄り添った。


「大丈夫?」

「お、俺は……」


 兵士が口を開いたがどうも様子がおかしかった。頭を抱えながら小刻みに震える兵士。

 隣の兵士も心配そうに背中に手を当てて声を掛ける。


「おい、大丈夫か?」

「俺、初めて……人を殺したんです……。苦しんでたのに……なのに……何回も刺して……うぅ……」


 兵士は血塗ちまみれの両手を見つめて震えていた。

 泯は兵士の肩にそっと手を置いて優しく囁く。


「ここで殺していなければ彼等はもっとひどい死に方をしていました。私達が楽にしてあげたのです」

「うぅ……でも……あの人は……あんなにもがいて……」


 兵士の瞳から大粒の涙が手元にこぼれ落ちていく。弱気な兵士の態度に泯はしっかりと言い聞かせるように助言を呈する。


「死に際に躊躇ちゅうちょすれば相手もその分苦しむ。次に人を殺す時は確実に殺してあげなさい」

「うっ……うぅ……分かりました……うっ……うわぁあああああ……」


 兵士はそのまま地に伏せて泣き崩れた。


「……」


 戦が終わってからというもの、村や町の憲兵上がりの者が王城の部隊に入隊することは珍しい事ではなかった。敵国に攻め込まれようと大臣は全員が元武将。戦で負けなしの武将達が率いる部隊は多少の兵士の欠損だけで相手を追い詰めることが出来た。


 近年に至っては敵国も恐れて下手に手出しはしてこない。それに伴い、戦場を経験する者は少なくなっていた。

 戦を経験せず、殺し合いもしていない者ならば、今回の任務は酷だったに違いない。兵舎に居る兵士なら大丈夫だと油断していた泯は申し訳なさそうに表情を(ゆが)めた。


 嗚咽(おえつ)混じりに泣く兵士に泯が優しく呟く。


「その悲しみは失わないよう、大切に、心にしまっておきなさい」

「っ……?」


 兵士は言葉が出ないまま、泯の言葉に疑問を抱いた。


「命も心も、失くしてから気付くには遅すぎるのですよ……」


 泯は言い終えるとすっと立ち上がり、未だに燃え続けている村を見つめた。

 泯の後ろでも黒百合が燃え、未だにその範囲を広げている。


「さあ、帰りましょう」

「はい」


 全員の声が聞こえたのを確認し、四人は村を後にした。

 燃え盛る黒百合の花畑と村を背に、ほんの僅かに顔を出し始めた太陽に四人の姿が徐々に浮かび上がる。四人は黙ったまま颯爽と草むらや林の中を駆け抜けていく。


 人を殺める際に生じる感情。初めて人を殺した兵士の反応は泯にとって久しかった。血の匂い、はみ出る血肉に内臓、悲痛な呻き声。泯も初めて人を殺した時は三日間ほど、食べても食べても吐き続けた記憶がある。


 もう、だいぶ前になる記憶を思い出しながら、泯は林の中で立ち止まった。


「さあ、着替えましょう」

「はい」


 王城へと帰る道中、四人は黒衣装を林の中で脱ぎ捨てた。黒服の姿では目立つことを考えて準備していた着物を各自が手に取る。太陽はその姿を既に半分ほど覗かせ始めていた。

 予め用意していた着物に着替え始める四人。着替えの最中、泯の方へと自然に目が寄ってしまう三人の兵士だったが、顔の布はいつの間にか付け替えられていて、胸にはさらしが巻かれていた。


 華奢きゃしゃではあるが女らしくない着替え姿に一同は肩を落として溜め息を漏らした。三人の様子に泯は首を傾げて「どうしました」と尋ねたが、兵士達は「な、なんでもありません!」と慌てて着替えを続けた。

 全員の着替えが終わり、直ぐに四人は王城へと向けて再出発した。


「泯様?」


 あぜ道を歩いている途中、泣いていた兵士が具合の悪そうな顔を泯に向けていた。隣で歩いている兵士が「またか……」と言いたげな表情をしている。


「どうしました?」

「私もそのうち慣れるのでしょうか……?」

「そうですね……慣れないうちに平和になることを祈りましょう」


 泯は前を向いて歩きながら答えた。


「そうなればいいですが……そのような日が訪れるのでしょうか……」

「その為の礎に私達がいるのですよ」

「その為の礎?」

「ええ。死んでいった者達の為、これからを生きていく者達の為に、私たちが生きて平和の道を作っておくのです。その為の礎になる事は、私にとって誇りなのです」


 兵士にとって、話している泯の後ろ姿は寛大で逞しく思えた。

 兵士は泯の言葉に感銘を受け、そして、背筋を伸ばして泯の言葉に気持ちを込めた返事をする。


「……は、はい!」

「ふふっ、さあ、日が上がり切る前に早く帰りましょう」


 そうして四人が王城に着く頃、黒百合村の壊滅の件はその日のうちに王城まで広がりを見せていた。

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