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理葬境  作者: 忍原富臣
第一話「春桜の死」
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~翠雲と春桜~

 それから暫くの間、春桜しゅんおう海宝かいほうが会う機会はなく、厳しい納税が変わることはなかった。ただ、海宝との一件以来、春桜もまた、納税の重圧を付け加えるようなことはしなかった。


 あれから数年、春桜の国だけでなく周辺の国に至るまで、大地は干ばつに襲われた。作物が育たず、田畑は地割れを起こし、金品の無い、作物を納めていた民達は苦しんだ。納税が出来ないと駆り出された開拓地で鞭を打たれ、使い物にならなくなった者達は見捨てられた。飢えで死ぬ者達も続出し、国はゆっくりと、気付かないうちに衰退していった。


 王城と城下町は納税の作物によってなんとか凌いではいたが、それも時間の問題でしかなかった。武力で国を作り上げた春桜にとって、この問題を解決させるための知恵を思いつくのは至難の業であった。大臣達に「どうにかしろ」と命令するも、彼らもまた戦で勝ち残った者達。田畑のことなど知る由もなかった。


 春桜は大臣達を一堂に集め、この干ばつに対する対応策を必ず出すように求めた。

 時間だけが刻一刻と進むだけの部屋の空気はかなり重くのしかかる。


「誰も思い浮かばんのか」


 無言の中で春桜が呆れながら呟いた。


「春桜様、一つよろしいですか?」


 横の者同士がひそひそと話し合う中、一人で思案していた翠雲すいうんという者が春桜へと挙手をした。


「翠雲か、述べてみよ」


 翠雲はまず、水を引くことが出来る位置の特定と、田畑の位置、水を引くための資材、作物だけでは間に合わない為、海まで行ける最短距離を割り出し、海産物の確保など、可能な限りの提案をした。周りの大臣が感心している中、春桜は翠雲を主軸に大臣達を動かし、翠雲の策に乗ることにした。


 二ヶ月後、山の水を引くことに成功した翠雲は、王城の近くにある複数の村に水を流した。作物が出来るのは先になるが、どうにか翠雲の策は成功を見せた。


 翠雲はこの働きにて、現王補佐の地位へと昇格することを春桜から提案されたが、その誘いを断ることにした。


「今よりも数段良い暮らしが出来るというのに何故だ?」

「春桜様、ありがたいお言葉、胸中に沁みますが、私は今の暮らしで満足しております故、現王補佐の地位はまたの機会とさせてください」


 深々と頭を下げる翠雲の姿に春桜は肘をつき、僅かにだが睨みつけた。

 翠雲は元々地位や名誉に興味を示す性格の者ではなかった。ただ、彼の才覚が、彼を大臣の地位へと至らせるには時間は不要だったのだ。


 兵士・分隊長上がりの戦うことで己の価値を見出してきた他の大臣達とは違い、翠雲は周囲を見ながら考えて生きてきた人間だった。人の表情や心の機微を読み取り、相手が望む行動を遂行する。そのまた逆、敵兵を追い込むということも、彼にとっては容易であった。


「お主程の才能の持ち主を大臣で留めておくには私とて忍びない。この国を救ったのだ。褒美を申せ」

「褒美、ですか……」


 玉座で答えを待つ春桜。彼の気が短いことを翠雲は既知としていた。欲も無く、気が付けばこの場所に居た、大臣という地位もお金と食べ物には困らない。


 強いて翠雲が望むものといえば……。


「暫し休養を頂いても?」


 翠雲の申し出に呆気にとられた春桜は、暫く動かずに翠雲の顔を見た。


「そんなものでいいのか?」

「はい、ここ暫く働き詰めでしたから、少しばかり休養を頂けるなら、それが今、最も欲しい褒美でございます」


 春桜は眉をひそめ顎に手を当てて訝しんだ。にこやかに笑う翠雲の表情からは、特に何も感じられない。自分の預かり知らぬ所で妙案を企てているような素振りや雰囲気も翠雲からは感じない。この秀才を敵に回した時こそ、自身の命が危ぶまれる時だろうと、春桜は考えていた。何より、戦場を共に駆け抜けてきた翠雲を本気で疑うようなことはあり得なかった。


「其方がそれで良いと言うのなら、好きなだけ休むといい」

「ありがたき幸せでございます。私の業務については後任を用意しておきますので、心配なさらず」

「どこまでも隙の無い男よな」


 呆れ笑いを含んだ春桜の呟きに対し謙遜しながらも、話を終えた翠雲は玉座を立ち去っていった。


 翠雲が暫しの休養をとろうと不意に思い立ったのは、寺に住む義弟の存在を思い出したためであった。ここ暫く会えていなかった義弟が無事にやっているのか、大事はないかと心配になったからだった。


「では、後はよろしくお願いしますね」

「はい! お任せください!」


 後任の兵隊長に引継ぎを終わらせ、自分が居なくても問題がないように必要なことは全て伝え、書類や書記も残してきた。もしもの場合に他の大臣にも伝えてある。

 特に心配も無いだろうと、翠雲が王城を出ようとした時、後ろから翠雲を呼ぶ声が聞こえてきた。


「翠雲! 翠雲!」


 呼び声に振り向くと、それは春桜の息子である春栄しゅんえいだった。十四になる春栄は学びたい盛りで、大臣の中でも、秀才である翠雲を強く慕っていた。


「おお、春栄様、見ないうちに大きくなられたようで」

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