第二話:五つの国
ブルティアの国々についての話しに移ろう。まずは北西の国、ノリス家が代々統治しているノリス国。西からの清らかな風と、国の東西にある森林に多く自生する果樹、そしてノーザ川の恵みによってこの国は大変潤っている。”飢え”という言葉を聞く機会のないこの国に亡命しようとする者があとを絶たないのだが、この国は決して彼らを受け入れない。なぜならば国民の殆どがノリス国民がブルティアで最も気高いと強く信じていて、その高貴な血が他の国の者によって穢されるのがどうしても許せないのだ。昔、正式に移住してきた他の国の商人がノリス国の女性と結婚しその子供とともに国内の小さな村で暮らしていたのだが、ある日一家諸共惨殺され、その遺体はノリス城の壁に吊るされ、晒された…という残酷な事件があった。それでも密かにこの国に入ろうとするものはやはり多く、国境である川沿いには常にノリス国軍兵士たちが風以外の何者も通さぬようその青く鋭い目を光らせている。
そんなノリス国に亡命しようとする者が最も多いのが西の国,ノリス国とはウェスタ川を挟んで隣国となるイン・サーロ国である。現在は獣と人間を足して二で割ったような風貌の大男、ミノ=カ=ビル将軍がその権威をふるっており他国から見れば”史上最悪”と言われる状態が続いている。この国では繰り返された無謀な農法や元々の環境のせいもあり、大地は荒果て一部の土地を除いては耕作はできず、前述したようにウェスタ川には毒が流れているとの噂のため飲み水として利用する人は少なく、魚も獲れない。たのみのエーエス川といえば、その水は飲むことが出来るものの、セントラル湖にとどまる魚達が多く、さらにそれらの多くは獲られてしまうためここでも食糧はあまり期待できないのだ。”飢え”が空気に溶け込んでいるかのように蔓延しているこの国の人々が生き残るためには、亡命をするか、他の国から食糧を略奪するしかない。繰り返される戦争の中で多くの食糧を勝ち取り、さらには他の国の領土の半分までを得たことがきっかけとなり、ミノ=カ=ビルは多くの支持者を得て今の地位を得たのだ。ミノ=カ=ビルがまだ、現在のように全ての国民を手玉にとれるようになる前は、彼は得た食糧を国民にもわけあたえていたのだが、最近では自分を優先にして、国軍兵士のみ与えるということを宣言している。そのために今では国民の9割以上は厳しい訓練にも嘆かずに国軍兵士として働き、残りはわずかな穀物と狩猟で得た肉を糧にして辛うじて生活している。
現在ミノ=カ=ビル軍からの攻撃を受けているのはベジル国。既にこの国の西半分はイン・サーロ国の植民地と化し、ベジル国の真面目な国民たちが奴隷のように扱われ、無理やりに長時間の肉体労働をさせられている。こんな状況の中でもベジル国王の武力による抵抗をせず、”和解”することのみを求めている。この国は古くから宗教が主体の国家で、暴力はタブーとされているため、自国軍も所有していない。恵まれた環境とは言えないが、貧しいながらも飢えをしのぎながら生活するのには充分な食糧を得ることが出来る。しかしミノ=カ=ビルが狙っているのは食糧でもか弱い民たちでもない。この国の一番東にある小さな集落に住んでいる人々―水と風の民と呼ばれるウィズ族を手に入れたいのだ。彼らはベジル国に所属しながらもその思想や生活様式は全く独自のもので、ウィズ族以外の人々との交流は全くない。全くない、と言ったが、実は一度だけあった。ミノ=カ=ビルがまだただの一将軍であったときのことである。イン・サーロ国軍がベジル国の何にも手を出さず、国の中心を堂々と通り、どこかへ向かっている姿が確認された。ノリス国を除くほかの国々はイン・サーロ国がウィズ族の集落に向かっているということをすぐに見抜き、速やかに小隊をウィズ族の集落に駐在させ、彼らを守りきったのだ。守りきった、と言ってもそれは殆どウィズ族の力のおかげだった。彼らの誰もが他の普通の人の数十倍も強力な魔法を使え、おまけに周りにある水や風を自由に操ることが出来るのだ。巨大な水柱によって中に放り出されたミノ=カ=ビルはその時からこの集落の民を手に入れることに尽力している。
東に位置するアキード国はブルティア最大の商工業国である。建築や金融業、あるいは衣類や食器といった生活用品の販売まで他の国々や自国民を相手に展開しているが、アキードで最も有名なのはなんといっても軍需産業である。アキード国王のディザルは表向きにはイン・サーロ国への武器の販売を禁止しているが、イン・サーロ国に武器がなくなると、戦争の火種がなくなり武器が全く売れなくなってしまうので、裏ではむしろイン・サーロ国に多く提供している。ディザルはかなりの野心家で、ウィズ族がイン・サーロ軍に攻めされたときに小隊を送り、協力的な顔をして外交をしているが、彼の本当の目的はブルティア大陸を全て自分のものにすることである。特に彼はノリス国の美しさに完全に心を奪われており、一国も早く手に入れたいため、密かに大量のスパイを送り込んでいる。
そして最後に北東の国、ブルティア大陸の警察とも呼ばれているフローズ国が、このお話のメインとなる3人の若者が生活をしている国である。