第80話 pH試験紙
いつまでも凹んでいられないので、ジルベルトの義兄である高橋の厚意に便乗する形でpH試験紙を作ることにする。
作るのは材料さえあれば簡単だ。
細かくきざんだ紫キャベツを水または無水エタノールで煮て、煮汁に紙を染み込ませて乾燥させるだけ。
「あの、お義兄さんはpH試験紙について教えてくれなかったんですか?」
鍋で瓶を湯煎しながらジルベルトに尋ねてみると彼はヤサグレた顔を返してきた。
「知らないね。
そもそもあんまり話をする間柄でもないし」
の割には前に話を聞いた時には慕っている風だったような気がするんだけど……う~ん、こういうのは下手に突っ込んで話を聞くべきでもないか。
「それよりもさっき言っていた無水エタノールって何なのかな?」
「エタノール、または酒精という言葉に聞き覚えは?」
「酒精なら知っているけど無水エタノールってアルコールなの?」
「そうですね。
無水エタノールはその中でも水分をほぼ含んでいないもの、数字でいえばとある温度下において99.5%以上のものをさします」
「数字で言われても良くわからないな」
「あ~……葡萄酒、米酒が16%くらいで蒸留酒が40%くらいかな?」
「……狂気の沙汰じゃないか。
何が異世界人をそこまで駆り立てるんだ……?」
「飲料用じゃないですよ。
薬品として使うんです」
興味が尽きないのだろう、その後もジルベルトの猛攻はやむ気配がなかった。
いつもなら頃合いを見てヴェルさんが止めに入ってくれるのだが、彼女にとっても興味深い内容だったのか、まったく止めてくれる気配がない。
というか、このくらい教えてやれよ高橋。
そんな感じに過ごしつつ紫色のpH試験紙はあっさり完成した。
紙に水魔法を用いてスプレー状に吹きかけたあと、これまた魔法で乾燥。
本当に魔法って便利。
ヴェルさんが一枚手に取って匂いを嗅いだ。
「単なる青臭い紙にしか見えんが?」
「それだけだとね。
ジルベルトさん、レモンあります?」
「君に言われたリストの中にあったから持ってきたよ」
それを聞いて小さくガッツポーズをする俺。
「見たことない実だな」
「まだ食べちゃダメだよ」
「別に毒ではないのだろ?
良い匂いだし」
「……毒ではないけど毒みたいかもよ?」
「わけのわからん脅しだな。
フフン、それしきで我輩が怯むとでも思ったか」
ガブリンチョと食べたヴェルさんはあわや悶絶!
ナムアミダブツ!!
「……偉大なるヴェルフールがのたうちまわっている」
唖然としているジルベルト。
野生が長かったヴェルさんはおいしそうだと感じると子供並みになんでも口に入れてしまうのだ。
良い匂いがしてたし仕方ないけど、切実にそろそろ学習してほしい所ですはい。
呑み込みも早いし俺なんかよりも頭も良いはずなんだけどなぁ……。
まぁお水は渡したので大丈夫だろう。
せっかくなので噛み痕のついたレモンを貰って試験紙に垂らしてみると、しっかりと紫色の紙が赤色に変色した。
「おぉっ……色が変わるだけかい?」
「赤くなると酸性、色が変わらないと中性、青くなるとアルカリ性ってわかるんですよ。
農業していく上でも結構重要なんです」
また質問攻めに遭ってしまったが配達のお礼も兼ねて彼に知っているだけの事を教えることにした。
もちろん、賢者の杖を使って補足しながらではあるけれど。
後日、土のpH検査の結果、ここら辺の土壌は弱い酸性と判明。
今回はミズゴケ以外の2つの畑でのみ作物を育てることにした。




