第69話 当事者と潜在的恐怖
「別に良いですよ?」
翌朝目覚めた俺は、ジルベルトの提案を二つ返事で受け入れた。
なにやら放心状態になりながら虚空を見つめている彼を見てヴェルさんが、
「だから言っただろうに……」
と漏らしていた。
もしかして俺が寝ている間に何かしてくれたのかな?
眠そうなヴェルさんに膝を貸したら大変喜ばれた。
膝枕って案外胡坐でも出来るもんだね。
「あぁ……そう言ってくれて大変ありがたいのだけれども……。
アレだよ君、色々理解しているかい?」
微妙にバカにされている気がする。
もちろん、提案を呑む前にジルベルトから色々ここまでの経緯を聞かされている。
「まぁやったのは異世界人だということは理解してます」
「同胞のことだよね?
ちょっと他人事過ぎない?」
「と言われましても。
数百年前の出来事なんですよね?
実感ないです」
「何でさ!?」
「だって人間なんて80年程度しか生きないんですよ?」
先祖の罪を数えろとか言われても困る。
さらにはたぶん先祖でもない赤の他人だし。
「……そうだった。
ヒトってそれくらいしか生きないんだった」
ジルベルトは人間をなんだと思っているんだろう?
「それにしても世界を滅亡させたなんて言い方は大仰ですね。
たかだか数カ国の国が飛んだだけでしょ?」
歴史の中じゃ良くあることだ。
「飛ぶって、消えたんだよッ?!
一瞬でッ!!
大陸の九割の街がッ!!」
と言われても当事者じゃないので。
「埒が明かないッ!
その杖で僕の記憶を見るといいよ!」
「それは遠慮します」
「何故ぇ……」
「だって文明が崩壊した後は略奪と暴力の時代になるのは目に見えてますし」
きっと彼の頭の中には胸糞映像がたくさん記憶されてるんだろう。
そんなもの見たってただただ精神的にクるだけである。
ジルベルトは共感して欲しいのだろうが、俺はズルいオッサンなので、断固拒否させてもらった。
「そこまで理解していてなんでこの反応なんだよぉ……」
「まぁ人間の大人はずるいんですよ。
とりあえずさっさと始めません?」
ジルベルトは納得のいかない眼差しを向けながらも頷いた。
それから俺は彼の提示する単語を打ち込みながら片っ端から検索をかけていく。
ジルベルトが知りたいのは世界を滅亡させた異世界人が未だにどこかで暮らしているのか否かだった。
数百年も経ったのだからそんなことあり得ないだろう、と思ってはいけない。
残念ながら実例があるのだ。
それはジルベルトの姉の夫。
たまに彼が、
「これだから異世界人は……」
と呟いていたのは、主にその異世界人を思い出しての言葉だったようだ。
ちなみにその異世界人は未だに健在だそうです。
要するにジルベルトは脅威に対して備えたかったんだろう。
そのために歴史学者になり、そのために賢者の杖を欲した。
その気持ちだけは俺もしっかりと共感してしまった。
だが……なんかモヤモヤする。
モヤモヤするので、あとでヴェルさんの喜びそうなものを仕入れられないか強請ってやろう。
膝で静かに寝息を立てているヴェルさんを見ていたら、なんとなくそれくらいしても罰は当たらないんじゃないかと思った。
 




