第40話 ヘルプ
竹害という言葉がある。
簡単に言えば繁殖しすぎた竹に森が侵食され、植生が破壊される現象だ。
実はそんな竹害がヴェルさんの森で起こっているそうな。
ヴェルさんにとって竹とは花も実も付けず森を侵略する存在ということで、そんな邪魔者を欲しがるなんて、と眉間に皺を寄せていたらしい。
「引っこ抜けば?」
ヴェルさんの目から鱗が落ちた。
「き、切るではなく?」
「うん。
確か1メートルの高さで切れば簡単に引っこ抜けるはず……だったかな」
まぁ、ヴェルさんならそんな小細工なしでやれるような気がするが。
「ひ、引っこ抜いた事はない。
最近は定期的に切り倒していた」
呆然とするヴェルさんに俺は画像付きで俺の世界の竹の話をしてみることにした。
概要から植生、繁殖方法利用価値などその他もろもろ。
言うまでもないが、ところどころ杖の力を借りながら。
コダマも含め、皆何故か体育座りでそんな説明を拝聴していた。
いつに無く真剣さを感じたのは気のせいだろうか。
「新芽はタケノコと言って煮付けにすると旨かったりする」
「なんとっ!」
「ただ今は煮付けるための調味料が無いので難しいかな」
「なんと……」
「あ、でも塩漬けが出来るから結構おいしく食べられるかも」
「なんとっ!」
「その他にも鹿が新芽を食べたりするらしいから竹林周辺には鹿が多かったりするかも」
「鹿も猪も豊富だな。
我輩が数100年は食べきれないくらいに」
影のある顔でヴェルさんが言っているあたり、枕詞に食事制限をしてとつきそうだ。
「じゃあ、竹を殲滅しすぎると鹿や猪が減るかもね」
「それは大変困るのだ」
腕を組んで悩むヴェルさん。
「深く考えずとも少しずつ削れば?」
「程度の問題と?」
ヴェルさんの疑問に俺が首肯く。
「性急に撲滅しなければ、鹿も猪もいきなり減らない。
例えば崖崩れが起きやすいところから撲滅するとか」
「確かに竹林周辺は山崩れとなんの因果があるのだ?」
「説明した通り、竹は根がネット状に浅く張っていく植物で土壌保持力が木に比べて低いんだ。
そのせいで崖崩れが起きやすくなる」
「なるほど……」
ヴェルさんが首肯く。
彼女は決断したようだ。
材木と共に一度帰宅した俺は1人ポツンと作業をしていた。
持ち帰った実も直ぐに油がとれるわけでもなくまずは乾燥させなきゃいけないし、丸太もどう角材として切り出すか調べなきゃいけない。
俺はせっせと作業を進めながらヴェルさんに想いを馳せる。
ヴェルさんはまずは頻繁に崖崩れの起こるところに生えている竹林を駆逐することにしたらしい。
初めは俺も手伝えることがあればと一緒に行こうとしたが断られた。
目的地までの竹林までは遠く、伐採された竹もコダマ達が運んでくれる。
ようするに俺は行ってもお邪魔虫のお荷物でしかない。
でも感謝はされた。
聞く限りだと竹の繁殖力は俺の世界のものよりも凄まじく、更に背も高い。
森を燃やすわけにもいかず、有効手段も持ってなかったのでやられ放題だったそうだ。
だから俺の解説は本当にありがたかったらしい。
素直に役に立てて嬉しかった。
「少しは恩返しできたかな」
作業も終わって草むらに寝転がる。
竹が手に入ったらどうしようか。
まずはコップ、それに物干し竿、やれるなら編んで籠とかも作れれば良いなぁ。
それよりなにより、まずは木材で櫛作りか。
ヴェルさんは喜んでくれるかな?
「くれると良いなぁ」
そういえば、ヴェルさんの寄生虫検査の件を癒しの権兵衛様にお願いしなければ。
そうと決まればお祈りだ。
家の中に戻って像にお願いする。
癒しの権兵衛様癒しの権兵衛様。
俺のせいでヴェルさんが寄生虫を心配するようになってしまいました。
出来れば検査と虫下しを……
俺はここまで祈って、やっと思い出してしまった。
コンコン
家の扉がノックされる。
ゆっくりと扉へ振りかえる。
ヴェルさんたちだろうか?
コンコン
ハ ハ ハ 。
そんなわけないか。
ヴェルさんならノックせずに呼ぶだろうからなぁ。
コンコンッ
さて、選択肢は2つ。
開けるか。
居留守か。
ゴンゴンッ
ノックが強くなった。
そもそもバレてるのに、居留守が通用するわけがないか。
ゴンっ、ゴンっ
……よし開けよう。
ごめんなさいしよう。
様付けのいったい何が琴線に触れてるのか1ミリもわからないけど。
病気のための保険も大事だし。
きっと話せばわかるはず。
ガチャ
ドアの先には女性がいた。
俺より背の高い金髪の女性。
髪は地面を引きずるほど長く、顔も半分以上隠れている。
ヒマティオンは純白だが裸足で土がついている。
そして胸はそこそこだった。
彼女は首を横に90度傾けながら俺を見下ろしている。
髪の間から見える瞳は限界まで見開かれ黒く淀んでいた。
生気もハイライトも感じない視線が俺を貫く。
「わたしはかみさまではありません」
ぬっと傾けたままの顔がこちらに迫る。
整った美人な顔ではあるが、そのせいで迫力がヤバイ。
「ごんべえでもありません」
あっそれも気にしてたのか。
「な、名前を知らないもので……」
ウェイトのポーズで後ずさるものの、あっちも同じ距離だけ詰めてきている。
「ぬまといいます」
「ヌ、ヌマさ」
彼女の眼力が強くなる。
「さ、さん付けはさすがに許容していただけると……」
「……よびづらければ く そ お ん な とでも」
なぜかさん付けすら拒否の構えをとるヌマさ……さん。
えっ、な、何この人……
「そ、それはさすがに……妥協点、として……お、おねがいします」
結局彼女はさん付けを無言で首肯したあと家の隅で体育座りの姿勢から微動だにしなかった。
俺はといえばいたたまれなくなって、外で体育座りをしながらヴェルさん達が助けに来るのを待つことにした。
久々にキリキリと痛む胃と格闘しながら俺は祈るように空を見上げる。
へ、へるぷみー……。




