第18話 SANチェックに失敗したけど私は元気です。
真面目回。
イルカ曰く、あの人はヴェルと出会う前に所有者だった男らしい。
すんごい変わり者で、金のなる木である賢者の杖をほとんど使わず、イルカと話しているだけの半生だったそうだ。
男は旅好きで、その道中にイルカ=賢者の杖を手に入れ、旅の道連れにした。
そんな男との旅はそれはもうくだらなくも飽きない日々だと、イルカは語る。
どこそこのこれはうまかった──。
景色が良いと噂の高台は雨が降ってて見れなかった──。
酒場で勧められた食い物が腐っていた──。
などなど、楽しかったこと、うれしかったこと、はたまた失敗したことまでたくさんの経験をしたそうだ。
そしてその旅の果てに終の棲家としてこの家に定住し、死んだらしい……。
「私は所有者が死ぬか所有権を放棄するとあの台座に戻るんですよねぇ。もしかしたら先代さんはそのことを覚えていたのかもしれないですなぁ」
出来たお墓を見つめながら感慨深そうにイルカが言う。
俺は残っていたベッドの布に遺体を包んで、修理をしたシャベルを使って埋めた。
埋葬方法は種族、地域によって様々らしく、ちょっと日本テイストに仕上がっていた。
場所は先代さんが好きだったという高台。
ここからはいろんなところが一望できる、もちろん、杖のあった森も……。
ヴェルさんは平たい石を運んでくるとイルカに名前の字を教えてもらって石に爪で一生懸命名前を彫ってくれた。
彫っている間、彼女は終始無言だった。
「……死で悲しいと感じたのは初めてだ」
祈りをささげたヴェルさんが俺の手を握る。
俺が握り返すとヴェルさんがさびしそうに微笑んだ。
ヴェルさんがこんな風に思うのは、イルカが語ってくれた彼らの思い出が楽しそうだったからだろうか。
そしてそんな楽しい思い出にも終わりがあると知ったからだろうか。
「サトウさん、彼の死因について知りたいですか?」
イルカの問いに俺は首を横に振る。
食器や家具の残骸は1人分しか見受けられなかった。
それにイルカから男の家族の話は一切出ていない。
「独居老人だったんだろ?」
イルカはいたがその本体は杖だ。
今見えているイルカの姿も立体映像でしかない。
「そうです」
「なら……予想はつく」
きっと彼は大病を患ったわけじゃないのだ。
そしてたぶん、老衰したわけでもない。
「そうですか」
イルカの表情に多少の影が落ちている。
知識のある賢者の杖の精霊でも人に尋ねたい、ということがあることに多少驚きはしたが、たぶんイルカの問いに答えられるのは彼以外誰も居ない。
そしてそれはきっと、イルカ自身が理解していることなんだろう。
「……聞きたくないことは無理に尋ねなくて良いと思うぞ。
俺は先代さんじゃないし」
「どうしてそう思ったのか聞きたいところですが……そうですね」
イルカの姿が光り、人の姿を象る。
神々しい金糸の軽いウェーブのかかった長い髪、純白のヒマティオン。
その姿はまさしく女神のようだった。
きっと、これが先代さんと一緒にいた時の姿だったのだろう。
「記憶は薄めずにそのままで胸の内にしまっておきましょう」
夕日に照らされて彼女の顔が煌めいていた。
少々展開に迷っておりまして、1日だけ更新をお休みしとうございます。
次回は明後日、27日の12時の更新いたします。




