第104話 感傷とサガ
「ヴェルフール、ヘタレ。
我が屋敷にようこそ、歓迎いたしますわ」
アルさんが恭しく挨拶したのを見て俺とヴェルさんは目玉が飛び出るくらい眼を見開いていた。
彼女は今、ロングのイブニングドレスを着た人間の姿なのだが、その所作一つ一つがこれでもかと言うほど洗練されている。
挨拶が終わると俺達はアルさんに連れられ場所を変えた。
今は手入れのされていない庭にひっそりとたたずむガーデンテーブルに座っている。
座る前にサクッと風魔法と水魔法でそれだけ綺麗にされ、さらには豪華そうな陶器のティーセットが用意されたのだが、アルさんの所作が優雅すぎていつもとは別人ではないかと疑ってしまう。
まぁ大方のことを自分の糸で行っている以外は、だが。
「いつもは笹のお茶でしたが、紅茶は飲めまして?」
「「アッハイ」」
ヴェルさんの視線がキョロキョロと泳いでいる。
「そんなに緊張しないで。
いつも通りにして構いませんわ」
「「いや、アルさん(貴様)がいつも通りじゃないんだけどッ?」」
紅茶を渡し終わるとアルさんがとても上品に笑い出す。
「ちょっとした感傷よ。
たまにはこういうのも良いものね」
「感傷って……」
「この屋敷を見て分かる通りここに来る者なんて、精霊達とヴェルフール以外居ないもの。
人を招くなんて何年振りかしら」
それは本当に何年で済むレベルなのだろうか……。
「我輩が来たときはもっとこう……あれだったろ?」
「その姿でここに来たのは初めてでしょう?
狼のもてなし方なんて習ってないわ」
あっ、やっぱり作法的な何かを習ってたんですね。
ん? しかしそうなると……。
「じゃあ実はアルさんって、文字の読み書きも出来るんですか?」
「出来ないわよ?」
「えっ、でも今のアルさんからは教養を習ってました感が……」
「あぁ、ヘタレはなかなかに平和な世界から来たのだったわね。
この世界の昔の女はね、文字の読み書きが出来るとはしたないって蔑まれていたのよ?」
マジでか。
あっ、あれか愚民政策ってものだろうか。
「教えられたのは今となっては古臭いマナーと話術、損をしないための計算程度のものね。
あれからもう時代も変わったけれども」
紅茶で喉を潤しながらどこか遠い目で空を見つめているアルさん。
「それで用事があってここに来たのでしょう?
夜にはまたお邪魔するつもりだったけど、何か急ぎの用事?」
そう問われて、若干戸惑いながらもコダマ達が浴衣を欲しがっていることを伝えると、彼女はガシャンと身を乗り出して詰め寄ってきた。
「ホントにッ?!
願っても無いわっ、何着分必要? 色もどうしようかしら、あぁいっそのこと欲しい子達に選ばせるのも良いわねッ♪
ヴェルフールの浴衣を作るときにいくつか別の反物も作ってあるからとりあえず先にそちらを見せて個別に……あぁッ!
こうしちゃ居られないわッ!!
ちょっと貴方達、さっさと帰って浴衣がほしいって精霊達に私の家に集まるように伝えなさいッ!
こっちにいる子達にもそう伝えるからッ!!
善は急げよ!」
「「アッハイ……」」
アルさんのテンションマックスな姿を目の当たりにして、さっきまでとの落差についていけなくなりながら生返事を返す。
なんというか…………うん。
コダマ達の浴衣、よろしくおねがいします。




