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図書室のお茶会  作者: ゆきづきせいな
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第2章


診察室。


春日医師にさっきの病室での騒動を話す。


「すまなかったね。」


「夏目さんにばれるのは時間の問題のようだね。」


「春日先生、夏目先輩に話ませんか?」


もう隠し通せないし、先輩には言っても問題ないと思う。


「当主と相談するよ。」


「それと、水無月はどこにいるんですか?」


「ここの特別病棟にいる。幹部医師以外は立ち入れない。」


「それに、花音さんはまた意識をなくして目覚めていないんだ。」


水無月は演技ではなかったようだ。


「それと、当主が明日の夕方に自宅に来てほしいそうだ。大丈夫かね?」


水無月のお父さんが?


「はい。」


春日医師に住所を聞き、病室をあとにした。


今日は夏目先輩に会わないように帰るようにと言われた。



その後エントランスで見覚えのある人物と出くわす。



「風紀委員長?」


「ん?君は?」


「2年の坂上です。図書委員です。」


そういうと事故を察したようだ。


「大丈夫だったか?」


「はい。先輩は今日は?」


「実は百合…夏目が水無月の見舞いに行ってそのまま入院したと聞いてね。俺はツーイーに乗る当日は急用で乗車キャンセルして助かったから、被害生徒の見舞いをして回っているんだ。」


「それはお疲れ様です。」


夏目先輩の話は避け、一礼してさっさと病院をあとにした。


なんだかんだで時刻は7時を過ぎていた。


一度家に帰って、ちこの病院へ行くことにした。


家に着いた。


「秋伸、いままで何してたの?あら?その口どうしたの?」


家に入ると、お袋はもう起きて待っていた。そういえば口ケガしたんだった。


軽く病室でのことを説明する。


「お雛様で甘酒?何言っているの?もう5月よ。」


「え?」


「お雛様は3月でしょ?お医者様が間違えたのかしらね?」


一体どんな意図で甘酒が出されたのかは謎だ。今は多少疲れているので気にするのはやめよう。


「ちこちゃんのお見舞いは午後にして、午前中はゆっくりしてなさい。あなたもまだ病み上がりなんだから。」


「へーい。」


自室へ戻り、ベットに横になる。


ケガをした口を触る。


俺、夏目先輩にキスしてしまったんだ…。いまさらながら少し鼓動が高まる。女の子にいきなりキスなんて、一歩間違えば犯罪だ。


あれ?


ポケットに入れておいた携帯電話が無い。もしや、病室で落としたのか…。


最近ついてないな~。


「はあ。」


ため息をついて目を閉じる。


水無月の事、ちこの事、夏目先輩の事を考えていると自然に眠りについた。



―――――――



「ん。」


目覚める。


時計は午後2時を指している。軽く身支度を整え、ちこのいる病院へ向かった。


コンコン。ノックする。


「あ、あっちゃん…。」


久々に聞くちこの声。


「ちこ、気がついたのか!?」


ベットまで駆け寄る。


「うん。ついさっきだけど。」


「よかった、ほんとよかった…。」


ちこが目覚めた。自然に涙が溢れる。


「もう、大げさだなあっちゃん。」


俺は自分でも無意識にちこを抱きしめた。ちょうどベットに座っていたので、上半身だけを抱きしめる形だ。


「ちょ、あっちゃん!?」


一瞬ちこは驚くが、そのまま抱きしめ返してくれた。


「心配かけてごめんね。あっちゃん。」


「気にするな。」


「うん。」


そして、ちこはいつもの笑顔を見せてくれた。


「ねえ、みんなは無事?」


ちこが少し緊張しながら聞いてきた。


橘先輩と水無月の話を説明する。ここで再び、水無月の生死について本当のことを告げるかどうか迷う。でも、許されていない。


でも…


「…ちこ。ここからは本当に内緒話になるんだけどいいか?」


「え?うん。」


水無月の事をちこに説明する。夏目家には、まだ生きているけど死んだことにしていること。世間にはまだ水無月が意識不明の重態であるという記事以降、なにも公表していないこと。


今回の事故はテロの可能性があるということ。


すべてを話した。


「あっちゃんも、苦労してたみたいだね。私、ずっと眠っていてごめんね。」


「ばか。気にするな。早く退院して、また一緒にご飯食べような。」


すると、「うん。」とまた微笑むのだった。


しばらくちこと話をして、携帯電話を無くしたことを思い出す。


「ちこ、お前の携帯借りていいか?昨日から無くしてさ。」


「いいよ。はい。」


棚からちこが携帯を差し出す。


「どこで無くしたのか心当たりあるの?」


「一応な。多分水無月が入院している病院だと思う。」」


「一緒に行こうか?」


「ばか。ちこは意識が戻ったばっかりなんだからゆっくりしとけ。」


そして、また明日携帯を返しにくると約束して、俺はまた先進医療センターへ向かった。


夏目先輩が居ないことを祈りながら。



――――――――



先進医療センターに着いた。


夏目先輩がいないか注意しながら、ナースセンターへ向かう。


受付に昨日の空き病室で携帯を無くしたかもしれないと説明すると、入室許可をもらい昨日の空き病室へ入る。


無人。


夏目先輩はもう家に帰ったのだろうか。


ちこの携帯から俺の携帯へ電話をかける。


……。


…。


無音。


「あれ、ここじゃない?」


ならばどこで落としたのだろうか。


すると、ちこの携帯に着信が入る。


相手の名前は…。


「俺じゃん。」


誰かが俺の携帯を拾ってくれたのだろうか。


「もしもし。」


俺は通話ボタンを押し、電話に出る。


「坂上君?」


「げ、な、夏目せんぱいっ!?」


「「げ」って何よ。せっかく携帯を拾ってあげたのに。」


「す、すみません。」


一番まずい人物に携帯を拾われたようだ。


「今朝のことだけど。」


「は、はい…。」


「何か目覚めてから、今朝の記憶があいまいというか無くて。迷惑かけたようでごめんなさい。」


よほど強い薬を投与されたのだろうか?でも、好都合だ。


「いいえ、気にしないでください。」


「携帯は、私の家の前まできてくれたら返すわ。今日は外出できないの。大丈夫?」


「はい。大丈夫です。」


夏目先輩の住所を聞き、そのまま先輩の家に向かった。


教えられた住所を目指す。


「うわぁ。でかい。」


思わず口に出た。豪邸だ。


正門あたりに向かうと、夏目先輩が待っていた。


「いらっしゃい。」


「先輩の家、でかいですね。」


「私が建てた家じゃないわ。はい、携帯。」


「ありがとうございます。」


そしてついでに確認したい事を聞いてみる。


「先輩、ほんとに今朝の記憶ないんですか?」


「ええ。本当に覚えてないわ。」


夏目先輩は賢いので、こちらも誘導尋問をしてみる。


「先輩、今朝俺に告白したのも忘れたんですか?」


「えっ!?そうなの!?」


夏目先輩は困惑している。少し顔を赤くした。


「そ、そっか…。私、坂上君に告白したんだ。」


「はい。」


「ごめんなさい。覚えてないわ。」


本当に覚えてないようだが…。


「気にしないでください。冗談です。」


「え?冗談なの?ただでさえ記憶がないんだから、あまりからかわないでほしいわね。」


すみませんと軽く謝り、ちょうど水無月家に向かう時間でもあるのでそのまま水無月家の方向へ歩きだす。


「それじゃ先輩、お大事に。」


「え?あ、ありがとう。気をつけて。」


先輩の表情が一瞬固くなったような気がしたのは気のせいだろうか?


少し登り坂を歩くこと約10分。


水無月家の正門に着いた。ここも家がでかい。日本家屋のような造りをしている。


しかも、ここって水無月家に続く専用道路じゃないか…。


まさか、夏目先輩…知ってて黙ってたとか?


とりあえずインターホンを鳴らす。


「どちら様ですか?」


インターホンから中年女性の声が返ってきた。


お手伝いさんだろうか。


「坂上といいます。当主に本日呼ばれたのですが。」


すると、お待ちくださいと言われ、しばらくするとお手伝いさんらしき中年女性が現れた。


「いらっしゃいませ。こちらです。」


本家脇あたりの離れの少し小さな屋敷に案内される。


きっと当主専用の離れなのだろう。


日本庭園のような中庭を横切る。


江戸時代の大名屋敷みたいだ。


「当主。お客様です。」


少し緊張してきた。


「坂上様、どうぞ中へ。」


「あ、どうも。」


ドアを開けて中へ入ると、タバコの香りが漂っている。


「ああ、すまない。一服中でね。窓を開けるから。」


当主…水無月のお父さんは貫禄ある声でそう言うと窓を開けた。


「はじめまして。坂上です。」


「花音の父です。座って。」


軽く握手をして、ソファに腰掛けた。


【視点変更:水無月花音】



目が覚めると、白い天井が写りこむ。


「私…生きてる?」


集中治療室ではない。死後の世界だろうか?


「いいえ。ここは現実よ。」


誰かの声。声の方を向くと、金色というか黄色の長髪、赤い大きな瞳をした女の子が丸椅子に座っていた。


容姿は少し幼い。


「あなたは誰?」


「私?私は創造主。」


「創造主?」


何を言っているんだろう。


「信じない?」


創造主さんは優しい笑みを浮かべた。


「信じられない。」


「そう。なら証明してあげる。心の中で私に問いかけてみて。」


心の中で?


私は心の中で創造主さんに問いかけてみた。


『あなたの名前は?』


「私の名前?さっき言ったはずよ。」


!!


どうして分かったのだろう?私は少し頭が混乱し始めた。


これは厄介な後遺症なのかな?


「まぁ、創造主は名前じゃないから、ちゃんと名乗らないとね。私は雪月聖那(ゆきづきせいな)。」


「雪月さん?」


「そう、雪月さん。」


赤く大きな瞳。雪月さんはまた笑顔を見せた。


「雪月さんは本当にこの世界を作ったの?」


「ええ。私が望めば世界はその通りに変わる。」


「今回の事故も雪月さんが?」


「そう。それが世界のシナリオなの。」


そして雪月さんは難しい顔をして続けた。


「世界は、幸福を与える代わりに試練も与えなければバランスが保てないの。ごめんなさい。」


「バランス?」


話が非現実すぎてついていけない。


「今は理解しなくていいわ。」


!!


まただ。雪月さんは心が読めるんだ。


少し恐怖心が沸いて来る。


「あはは。大丈夫よ。心は自由よ。読めたとしても、私は心そのものを操ることはできない。」


「ただ…、今回の事故は11人が亡くなったと言われたけど、実は誰も亡くなっていないの。」


「え!?どうして?」


「私がシナリオを変えてしまったの。だからあなたはこうして今生きているのよ。」


「本当は私、死んでたの?」


「集中治療室でね…。でも私は誰も亡くなって欲しくなかった。」


……。


「ちなみに私の姿はあなたにしか見えないわ。」


「あなたは事故で頭を打った時に特殊能力が目覚めたというか、私とコンタクトを取れる能力を得たようなの。」


「そう…。」


実感がない。


「だから、あなたに手伝ってもらいたいの。本来のシナリオに戻る為に。」


軌道修正よと付け加える雪月さん。


「どうすればいいの?」


「あなたはこの病室から抜け出して、自分の家に帰って。私がうまく抜け出せるように手引きしてあげる。」


「抜け出す?普通に出れないの?」


「ここは特別病棟よ。幹部医師しか立ち入れないし、守衛のキー解除がないと出入口は開かないの。」


「どうしてこんな所に私はいるの?」


「それはあなたのお父様に聞けば分かるわ。」


一体どんな状況なんだろう。いまいちわからない。


「雪月さんは私の怪我は治せるの?」


「いいえ。私は創造主だけど神様ではないわ。だから、怪我や病気は治せないの。」


「雪月さんの上には神様がいるって事?」


「違うわ。私は私で、誰かの創造した世界で生活している。きっと誰かのシナリオ通りに。」


「花音ちゃんは、夢が現実になった事ある?」


「ないけど。」


「私は夢で見た事が何年か先に現実になる事があるわ。その現実で私は常々感じるの。」


そして雪月さんは、悲しい顔をして小さくつぶやいた。


「シナリオ通りだって。」


抗っても抗っても、結局は夢が現実になる。抗う事すらも誰かのシナリオ。


別名「運命」とも言うらしい。


「余計な話もしてしまったわね。明日、この時間にまた迎えにくるわ。いい?誰にも見つからないように家に帰るのよ。そして、お父様に話を聞くの。いい?」


「うん。でも服がないよ。」


入院患者用のパジャマみたいな服しか着ていない。


「明日持ってきてあげる。」


「うん。」


「あ、下着もいる?」


「え?下着はいいよ。」


すると雪月さんは私の胸を指差す。


「いるでしょ?」


確かに。上着は今はパジャマしか着ていない。


「私は必要ないけどね。」


あははと空笑いする雪月さん。


この人、場を和ませるのが下手だなぁ。さっぱり笑えない。


「…悪かったわね。」


「あ、ごめんなさい。」


心を読まれた。


「花音ちゃん。」


「何?」


「今は百合ちゃんに、会ったらダメよ。」


「どうして?」


百合ちゃんにはまず最初に会いたい。


「今はシナリオが変わってしまったから、会わないで。会うとまたシナリオが変わってしまう。」


「本来のシナリオってどういうものなの?」


「ごめんなさい。それは話せないわ。都合がいいかもしれないけど。」


「そう。」


「花音ちゃん、私はもう行くわ。また明日ね。」


そう言うと、雪月さんは病室を出て行った。


一体何者なんだろう?


【視点変更:坂上秋伸】


ソファに座ると、向かい側に水無月のお父さんが腰掛けた。


「大体の話は春日君に聞いてると思うが。私からも直接話しておきたくてな。」


「はい。」


何が語られるのか…。


「内容は春日君とは変わらないが、実は今屋敷に夏目家の人間は一切立ち入れて居ない。噂では、我々の家を陥れようとしている輩がいるそうだ。」


「水無月さんは、本当に夏目家がわざと事故を起こしたと考えているのですか?」


「そこはまだ結論には達していない。ただ、側近が主を打つというのはよくある話だ。」


「私は、名誉や地位は今更興味はない。水無月を越える家が出てきても構わない。ただ…。」


水無月のお父さんは少し難しい表情になった。


「娘を傷つけるやつだけは許さん。」


「私は、娘を今後目標にされない為に、亡くなったふりをしてもらっている。騒動が終結したとき、あの子には自由を与えるつもりだ。」


「自由ですか?」


「自由。それは好き勝手やれという意味ではない。屋敷での自由の話だよ。」


「そうですか。水無月に…花音(かのん)さんに会うことはできますか?」


「坂上君には特別に会わせてやってもいい。なにせ、あの子の命の恩人だ。できる限りのことはさせてももらうつもりだ。」


「ありがとうございます。」


「それと、夏目のお嬢さん、百合ちゃんだったかな。あの子は賢い。悟られないように気を付けてもらいたい。」


「あの、百合さんにだけは話してはだめでしょうか?」


「駄目だ。百合ちゃんは賢い。夏目家である限り、今は信用すべきではないと判断している。」


「そうですか。」


「ただ、坂上君にどうこうしろとは言わない。百合ちゃんといつもどおり接してもらっても問題はないよ。」


そういえば、春日医師もそんな事を言っていた。


「夏目重工のツーイーの開発には、実はもうひとつの企業が絡んでいるのだが…。」


そう言うと、水無月のお父さんは窓際に行きタバコに火をつけた。


「金ヶ崎重工というが、ツーイーの技術で両者が一時対立した時期がある。」


それが何か関係あるのだろうか?黙って話を聞く。


「当時の話では、車体の電力による浮力技術は金ヶ崎重工と夏目重工が共同で開発を始め、最終的には金ヶ崎重工が特許を得ている。だが、夏目重工がその技術はこちらの開発資料を金ヶ崎重工がこっそり盗み出して単独で特許登録したと裁判を起こした。」


「結果、金ヶ崎重工は裁判で敗訴し、特許登録を剥奪され、ツーイープロジェクトからも外されたようだ。」


まさか…。俺は思ったことをそのまま聞いてみる。


「まさか、金ヶ崎重工は夏目重工を恨んでいるのでは?」


「ああ。その通り。これも当時の噂だったが、夏目重工もその電力浮力技術の共同開発の段階で、金ヶ崎重工に産業スパイを送り込み、金ヶ崎重工を陥れたと言われている。」


「そして夏目重工…夏目家はこの街の大地主、水無月家の執事。地位では夏目が有利というわけですね。」


「ああ。」


「それと、金ヶ崎重工って三大名家のひとつと春日先生に聞いていますが。」


「その通りだよ。確か、娘は実波(みなみ)ちゃんと言ったかな。確かお兄さんは直樹君と言ったな。」


実波だって!?


「坂上君。今日の話はすべて内密にしていて欲しい。それと…。」


水無月のお父さんは一度タバコを吸うと、外に向かって煙を吐いた。


「花音のことをよろしく頼むよ。」


「はい。」


「難しい話は終わりだ。ところで君は花音とどういう関係なんだね?」


「えっ?同じ委員会仲間ですが…。」


「がははは。またまた冗談を。」


大笑いする水無月パパ。


間違っても口にだして水無月パパとは言えないけどな。


「あの子は美人だろう?なにせ私の自慢のひとり娘だからね!」


しかも親ばかだよ…。


「坂上君。」


「はい。」


「あの子はまだ女の子なのかね?」


言いたいことは想像がついた。何が楽しくて娘の親御さんと下ネタで笑いあわなければならないんだよ…。


「俺に聞かないでください。」


軽くスルーした頃、お手伝いさんがお茶を持ってきた。


「どうぞ。」


「ありがとうございます。」


「水無月さん、いつ花音さんに会えますか?」


「う~ん。まだ意識が戻っていないと聞いている。意識が戻ってからでいいかね?」


「はい。」


水無月にもう一度会える。


もう一度会えるんだ。俺は一命を取り留めた奇跡を、改めて感謝した。


しばらく雑談をした後、ちこに携帯電話を返す用事もあるので屋敷を後にする。


「坂上君?」


水無月家の正門前に夏目先輩…。


「夏目先輩?何してるんですか?」


「坂上君こそ、花音(かのん)の家に用事?」


うわ、このパターンは危険だ…。俺の第6感が警笛を鳴らす。


第6感とは何かはうまく説明できないけどな。


『百合ちゃんは賢い。』


不意に水無月パパの言葉を思い出す。やっぱり夏目先輩は俺を騙してる部分もあると思う。


「どうしたの?坂上君?困った顔して?」


あなたに困ってるんですとは言えない。どう回避するべきか…。


「あ、いえ、水無月のお父さんに事故の時のお礼がしたいからと呼ばれてたんですよ。」


「お礼?何で?」


「何でって何ですか?」


「こんな状況でお礼?冗談でしょ?」


やはり先輩に嘘は通じないのだろうか。


「花音の密葬中らしいけど、私は入れないけど坂上君が行ったならあの子も平気よね。」


夏目家には亡くなった事にしてるんだったな。


適当に相槌を打っておく。すると、


「花音も、こんな不自由な屋敷から開放されてあの世でさぞ幸せなんでしょうね。」


急に夏目先輩らしくない嫌味のような口調に変わる。


「死んでよかったわね、花音。」


ドクンと心臓が大きく鼓動し、俺は気づいたら夏目先輩の頬を叩いて叫んでしまっていた。


それは、今までの苦労を水の泡にし、なおかつ裏切り行為である一言。



「水無月はなあ!!生きてるんだよっ!!死んでいいわけねえだろ!!」



すると夏目先輩は叩かれた頬を撫でながら、くすっと笑った。


「坂上君は、人を騙すのは向いていないわね。」


!!


これも誘導尋問だったようだ…。またやられた。


「坂上君、ちゃんと説明してくれるわよね?」


夏目先輩が再び小悪魔化する。気をつけないとまたパニック状態になりかねない。


「ん?どうしたの?聞こえないの?」


うつむく俺の顔を覗きこんでくる。


「ねえ、してくれるわよね?」


「夏目先輩…。」


「くすっ、もう百合ちゃんって呼んでくれないんだ?」


!!!


記憶がないのはやっぱり嘘か。恐るべし夏目百合。


「分かりました。」


ここまできてはもうこの人にはごまかせない。観念して白状するしかないと腹をくくった。



――――――――



水無月家の前では都合が悪いので、坂を下り、夏目先輩の家の前に移動してすべてを説明する。


「夏目先輩、絶対ご家族にも秘密ですよ。」


「ええ。約束は守るわ。」


いまいち信用できないが。


「嘘ついたらどうしますか?」


一応ばらされた時の保険をかけておくことにする。


「私は花音の味方よ。危険に陥れるようなことはしないわ。」


「だったら先輩。もし嘘をついたら、俺は先輩に自由な事します。いいですね?」


すると夏目先輩は急に顔を赤らめ、両手で自分を抱きしめるように縮こまる。


「な、なにを言うの!?」


お、効果ありのようだ。こちらも戦略で攻める。


「俺本気ですからね。」


「さ、坂上君って意外と浮気しやすいタイプ?」


「な、違います!!断じて!!で、どうなんですか?」


「わ、分かった。」


そういうと顔がまだ赤い先輩はうつむいた。


「で、具体的には自由な事ってなにする気なの?」


「えっ?」


そこまで考えてなかった。以前先輩に好きなことしていいと言われたことをそのまま条件にしただけなんだけど。


あとは夏目先輩が絶対嫌な条件を付け足せば完璧だ。


「う~ん。水無月と付き合うとか。」


「なにそれ?」


「夏目先輩は水無月の事好きなんじゃないですか?」


「ち、違うわ!私の恋愛対象は男の子だけよ!」


お、これも効果ありだ。


「本当ですか~?証拠は?」


調子に乗ってみる俺。


「私には、好きな男の子くらいいるわ!」


「誰ですか?」


すると夏目先輩はしまったという顔をした。意外と恋話には免疫がないらしい。


「誰なんですか~?百合ちゃ~ん。」


うつむく先輩に顔を覗き込み返す。


「!!」


すると先輩はビクッと驚き一歩後ろに後ずさる。


「きゃっ!」


自分の足にからまり、後ろに転びそうになる。


「危ない!」


俺はとっさに先輩の手を掴み、間一髪で転倒は回避できた。


夏目先輩は手を掴まれた手を見ながら、ますます顔を赤くした。


密かに可愛い。


「花音は、こうして坂上君に命を救われたのね。私も今こうして救われたように。」


すると先輩は真面目な表情になる。


「花音を助けてくれてありがとう。たったひとりの親友を助けてくれてありがとう。私のすべてを助けてくれてありがとう。」


そういうと、先輩の瞳から涙が流れた。


「先輩…。」


「私は約束は絶対守るわ。それにね…」


そして、耳元に近寄り、一言。



――私は、花音が生きているという事実があればそれでいいの。



小さな声だったけど、確かに先輩の嘘偽りない本心だと確信した。


夏目先輩はそのまま屋敷の中に入っていった。


一人取り残された俺は、ちこに携帯電話を返す為に病院へと引き返す。



――――――――



市営バスを乗り継ぎ、ようやく病院前に着いた。


エレベーターでちこのいる病室へ向かう。


「あら、いらっしゃい。」


ちこの母親も丸椅子に腰掛けていた。


「あっちゃん、携帯見つかった?」


「あ、おばさん、どうもっす。」


とりあえず先に挨拶する。


「ほら、ちゃんとあったぞ。携帯サンキューな。」


ちこに手渡す。


「私はちょっと出るわね。」


おばさんが気を利かせたのか、部屋を出て行った。


「あっちゃん、何か疲れてない?」


ちこが心配そうに顔を覗き込んできた。


「確かに、ちょっと疲れたな。」


色々あったし。


「あっちゃんも一緒に入る?」


ちこが自分の布団をぽんぽんと叩く。


「いや、それはまずいだろ?」


「大丈夫だって。昔はよく一緒に寝てたし。」


「それはほんとにガキの頃だろ。」


しかし、ちこに「いいからいいから」としつこく催促され、結局ちこの布団にお邪魔する。


「あったかいでしょ?」


「ああ。しかも何か恥ずかしいな。」


「あれ?あっちゃんは私を意識してるってこと?」


くすくすと微笑む。


「ば、バカ言うなよ。」


照れくさくてそのままちこに背を向けて、そのまま横になる。


すると、ちこも横になって俺の背中に顔を寄せてきた。


「あっちゃん。無事でよかった。」


手で俺の背中を撫でる。


「ちこも、無事でよかったよ。早く元気になれよな。」


照れくさいのでそのまま俺は壁を見ながら返事をする。


「あっちゃん。」


「何だ?」


「ううん。やっぱ何でもない。」


「何だよ?気になるだろ?言えよ。」


「いい。」


何なんだろう。なぜかこういう言われ方するとむしょうに気になるのは俺だけだろうか…。


何なのか聞こうと、俺はそのままちこの方へ振り返った。


「!!」


すぐ間近にちこの顔があった。


「あ、あっちゃん…。近いよ。」


ちこが顔を赤くする。


でも、俺はまたこうしてちこの色々な表情が見れるのが嬉しかった。あんなに大きな事故だったのに、またこうして側にいれて嬉しかった。


「あっちゃん?」


俺は、いつもこいつが側にいるのが当たり前だと思っていた。


でも、この時だけは、


俺は…ちこが側からいなくなるのを心の底から拒んでいた。


自然に俺はちこの頬に手を当てる。


暖かい。


生きている。


生きているんだ。


「あっちゃん。」


「ちこ…。俺、お前が生きていてくれてよかった。」


夏目先輩や水無月と一緒にいるときとは全く違う、この気持ちは何なのだろう。


ちこは自然と目を閉じた。


ドクン。


自分の鼓動の音なのか、ちこの鼓動の音なのか分からない。


そのくらいお互いに近かった。


そして、俺もそのままちこにくちづけをする。


目を閉じているちこを間近で、本当に間近でみる。


少し幼さの残る顔立ちに、泣きほくろ。


「あっちゃん、大好き。」



俺はこの時はじめてちこの気持ちを聞いた。


俺もちこが好きだったんだと思う。


何か、ちこといる時とほかの女の子といる時では全く気持ちが違う。


うまく説明できない。


これが恋というやつか?


「ちこ…。」


布団が暖かいせいか、今日の疲れが一気に襲いかかり眠くなってきた。


「あっちゃん、おやすみ。」


ちこがやさしく頭を撫でてくれる。


「…少し、寝るわ~。」


「うん。おやすみ、あっちゃん。」


おばさんが戻ったらやばいと思いつつも、俺は夢の中へと誘われた。



ちこ。



多分、



俺も、



お前のこと…。


ふと目が覚める。


横を見ると、ちこが丸椅子に座って俺をながめていた。


「ちこ、悪い。ベット占領してて。」


「ううん。大丈夫。あっちゃんよく眠ってたよ。」


「今何時だ?」


「午後8時だよ。お母さんも帰ったよ。」


「それと、あっちゃんのお母さんもお見舞いに来てくれたよ。お母さんと一緒に帰ったけど、伝言を頼まれたよ。」


「どんな?」


「復学は明日の予定だったけど、来週の月曜から私と一緒に復学するように変更しておくから一日くらいはどこにも出掛けないでゆっくり療養しなさいだって。」


「そうか。」


どうしよう。また最終の市営バスを逃した。時間的に今日は病院に泊まるしかなさそうだが。


「あっちゃん、今日はどうするの?」


「どうしよう。」


お袋が帰るときに起こしてくれればよかったのに。


ここは個室なので当然ベットはひとつしかない。来訪者用は丸椅子しかないので横にすらなれない。


事前に宿泊申請をしないと布団すらないしなあ。


「一緒に寝ようか?」


ちこがいたずらな笑みを浮かべて提案する。


「そ、それはまずいだろ。」


「何で?」


「何でってそりゃ…。」


男と女だぞ。見つかったら明らかに俺はやばいだろ。


「だったら、今日は一緒に夜更かしして明日私の家でゆっくりする?明日退院できるんだよ。」


「え?そうなの?」


早くないか?今日目覚めたばかりだろ?


「もともと体には異常ないみたいだから。通院でも大丈夫だろうって先生が言ってた。」


「どこで夜更かしするんだ?」


「えへへ、実は行ってみたい場所があるの。」



―――――――



ちこに案内され、一般病棟の休憩室に着いた。


先進医療センターの休憩室のような作り。しかも室内は数台の自動販売機の明かりしかなく、不気味な雰囲気をかもし出していた。


「薄暗いな。」


「そうだね。あっちゃんはコーヒー?」


「おう。今日は微糖で。」


「めずらしいね。どうしたの?」


「水無月の見舞いに行った時も微糖コーヒーにしたんだけど、甘すぎず苦すぎずで丁度いいことに気付いたんだよ。」


「へえ。私はストロベリージュースでいくよ。」


「ちこは本当にいちご系好きだよな。」


「うん。大好き。」


ドクン。


ついさっきも同じセリフを聞いたので少し動揺する俺。


そういえば、俺達は今どういう関係なんだろう。


二人で目的の飲料を買い、そのまま丸テーブルに腰掛ける。


「あら?坂上君とちこちゃん?」


「あ、実波ちゃん。」


ちこが軽く手を振っている。


なぜか金ヶ崎実波があらわれた。


何かRPG(ロールプレイングゲーム)の戦闘時の冒頭メッセージみたいだな。


「はろ~。ちこちゃん元気になったみたいだね。」


「うん。おかげさまで。」


「私も何か飲もうかな。」


実波はコーヒーを買うと、ちこの隣に座る。実波・ちこ・俺みたいなポジションだ。


すると、実波はバックからスティックシュガーを出し、缶に入れ始めた。


「実波お前、それ甘すぎないか?」


甘すぎて気持ち悪いだろ、それ。


「私甘党なの。いつもスティックシュガーを持ち歩いてるのよ。」


!!


今のセリフで俺は先進医療センターで集中治療室を出たあとに飲んだあの甘くなった謎の微糖コーヒーのことを思い出した。


あの時、夏目先輩が開けたアップルティも空だった。


「実波、先進医療センターで、休憩室にあった誰かの飲み物に砂糖入れたか?」


「くすっ。何それ?なんの話~?」


「アップルティだよ。」


わざとコーヒーとは言わず、夏目先輩みたいに誘導尋問を仕掛ける。


「コーヒーでしょ?…あ。」


簡単にひっかかった。


「お前、あの時どこにいたんだよ。」


「内緒。」


「坂上君はどこにいたの?」


質問を質問で返す。


「夏目先輩と水無月の見舞いだよ。」


「へえ、百合ちゃんとね。だからアップルティだったんだね。」


実波は立ち上がり、スカートを軽くポンポンと手で払うと、


「百合ちゃんは水無月に相当惚れ込んでるからね。」


ばかみたいにと付け加えた。


「実波ちゃん、言いすぎだよ。」


「ちこちゃんだって、坂上君に相当惚れ込んでるでしょ?」


「そ、それは…。」


顔を少し赤くしてうつむくちこ。


「実波、お前は今日はなんでここにいるんだ?」


「ちこちゃんに会いに来たのよ。」


「私?」


「うん。お見舞いと少しプライベートな話をしに…ね。」


意味不明なウィンク。


「何の話?」


ちこも検討がつかないらしい。


「別に深い意味はないわ。雑談って意味よ。」


「坂上君。ひとつ忠告してあげる。」


「何だよ?」


「春日先生を、信用するのは危険よ。」


春日医師のことか?なんで実波が知ってるんだ?


「…。」


こいつも何か企んでるようだ。


「それじゃ。もう帰るわ。坂上君は一緒に帰らない?迎えが来てるの。」


「俺はちこと残るよ。」


「そう。それじゃね。」


手を振るとそのまま薄暗い廊下に消えた。


「なんだったんだろうね、実波ちゃん。」


「ああ。」


「ねえあっちゃん。」


「ん?」


「あんまり深く迫り過ぎないほうがいいんじゃない?」


「何をだよ?」


するとちこは耳元に近寄ってきて、


「水無月ちゃんは生きているんでしょ?それならそれでいいんじゃない?」


そっと離れる。


「何か、大きなお家同士が喧嘩しているような雰囲気を感じるんだよ。」


さすがちこ。鋭い。


確かに、俺が首を突っ込んでも仕方が無い問題であり、何より最初から無関係だ。


でも、俺はもう引き返せない領域に来てしまっていると思う。


もしかしたら、水無月家、夏目家、金ヶ崎家の問題にもう巻き込まれているのかもしれない。


そんな気すらしていた。


【視点変更:少女】


暗闇を歩く。


リノリウムの床がいい音を奏でる。


病室を出て迎えの待つ駐車場へ向かう。


途中立ち止まり、振り向かずに声をかける。


「いるんでしょ?」


「よく分かったわね。」


夏目百合。私が許せない人間のひとり。


「夏目センパーイ。ストーカーですか~?」


「ふざけないで。今日は実波にお願いがあるの?」


「何よ?」


「実波、あなたが夏目重工を嫌うのは構わないわ。でも、私たちは何の罪もない。だから、何かしようなんて考えないで。お願い。」


「くすっ。そんなに水無月が好きなんだ?」


「私たちは…何もしていない。花音も何もしていないし、実波、あなたもなにもしていない。」


「だったら、私に絶対服従するなら聞き入れてもいいけど?」


すると百合ちゃんは厳しい表情を見せた。


「私は真面目に話しているのよ。」


「百合ちゃん、私たちは次の世代の後継者同士よ。私は水無月、夏目と友好関係を築くつもりはないわ。」


そして、私はこの街を支配する。


「だから、花音にもいずれ消えてもらう。」

「実波…どうして。私たちの世代は仲良く争いのない、権力など持たない関係を求めているわ。」


「じゃあどうして水無月と夏目は権力をこんなにも持っているの!」


許せない。


「実波…分かって、お願い。」


「綺麗事ばかり言わないで。」


私は百合ちゃんに近づくと、護身用のエレキテルショックを腕目掛けて突き付けた。


「きゃっ!」


百合ちゃんは意識を失い、私に倒れかかる。


携帯電話を取り出し、執事の村雨(むらさめ)に電話をかける。


「私だけど、百合を連れて屋敷に帰るわ。」


それだけ告げると、駐車場で待機していた村雨が車を寄せてきた。


「お待たせしました。」


「お嬢様、百合様はいかがなされたのですか?」


「発作で気絶したみたい。屋敷で介抱するわ。夏目家には私から連絡するからしなくていいわ。」


「病院は目の前ですが?」


「いいから言うとおりにしなさい。」


「かしこまりました。」


神杜の前に、あなたをまず服従させてやるわ。


神杜は意識を取り戻したようだから後回しにしてあげる。


感謝しなさい、神杜。


あとは水無月花音の行方を掴めば、第一段階は完了なのに。一体どこに?


春日先生と坂上君の会話ではまだ生きているというのは事実らしいけど。


まぁいいわ。


気を失っている百合ちゃんを見つめる。


憎しみをこめて。


【視点変更:夏目百合】


目を開ける。


私、どうしたんだっけ?


でもすぐに左腕に激痛を感じ我にかえる。


両手を後ろ手に縛られ、両足も同じく縛られベットに横たわっていた。


しばらく意識がないふりをして様子を見よう。


私はスカートのポケットにしまっている携帯電話に指をゆっくり伸ばす。


ばれないように。


「百合、見えてるわよ。」


「!!」


実波(みなみ)が私の後ろに座って眺めていたようだ。


「何?ポケットになにかあるの?」


「……。」


「へえ。こんな状況で歯向かう気?」


「もう一度聞くわ。ポケットに何かあるの?」


「何もないわ。」


すると実波は私の前に謎のタブレットを差し出す。


「私は夏目を許さないわ。電力浮力技術はお兄様のすべてだったのよ。」


「だから!私たちは関係ないわ!」


「お兄様は!!」


実波は憎しみに満ちた表情で見下ろす。


はじめて私は恐怖という言葉を感じた。


「夏目重工に騙されたせいですべてを失ったの。あげくに裁判で産業スパイ疑惑の濡れ衣を着せられ、実刑判決まで受けているのよ!」


「だから私は、夏目百合、あなたの大切な“すべて”を奪ってあげるわ。」


実波が無理矢理タブレットを飲ませようとしてくる。


抵抗するが、手足が縛られているので抵抗しきれず、タブレットを口に入れられる。


甘い。


メロンタブレットのような甘さ。


水無月花音(かのん)はどこにいるか知ってるわよね?教えなさい。」


「お願い!花音は関係ないわ!やるなら私に何かしてよ!」


「もちろんあなたにもするわよ。」


ゾクッ。


何かにとらわれた瞳に寒気がした。


「くすっ。百合、暑いでしょ?」


謎のタブレットのせいだろうか?


体中が暑くなってくる。


怖いよ。


怖いよ。花音。私どうすればいいの。


「暑い……でしょ?百合…。」


耳元で悪魔のようなささやき。


「み、実波…な、何をしたの!」


「あなたは夏目家ご自慢の“賢さ”を持ってるそうね。」


「これで思考は乱れる。私はね、人間心理学を学んだの。あと意識操作もね。」


「ツーイーの事故は、私が起こしたのよ。」


「!!」


嘘だ。


「夏目がお兄様のすべてを奪うのが悪いのよ。知りもせず我が物にした報いよ。」


私は涙が出た。そんな理由で罪なき人々は…。坂上君や神杜さんや橘まで…。


でも、この体を襲う暑さは思考回路を鈍らせていた。


「百合、あなたは学園では清楚でクールなキャラみたいだけど。」


実波がスカートを思い切りめくりあげる。


でも、おかげで携帯電話が腰の後ろあたりに移動してくれた。


「実波、あなたはGL趣味?」


「百合が黙って縛られたままでいるとは思えなくてね。」


「何もしないわ。何もできないしね。」


実波は私の両足をひっぱりはじめ、ベットから落とされ、隣の浴室に引きずられる。


そしてシャワーをかけられる。


しまった!携帯電話が壊れる…。


私はとっさに携帯電話があるポケットをかばう。


すると実波はにやりと笑う。


「百合、ケータイ壊れちゃったわね。くすっ。」


気付かれていたようだ。


「実波…はぁ、はぁ。な、何が目的なの。」


シャワーが暑いんじゃない。あのタブレットのせいだ。


体の中が暑い。


「だから、花音の場所を教えなさいって言ってるでしょ?」


「くっ…。」


「百合…。あなたにも深い心の傷を与えてあげる。」


私はダメもとでようやく指が届いた携帯電話のリダイヤルボタンを押す。


最後に発信した人物は坂上君。


お願い。通じて!


実波もシャワーで濡れている。


私は実波に思い切り腹部を蹴られた。


「ごほっ!」


一瞬息ができない。


暑さもあり、私は再び意識を失った。


携帯電話が坂上君に通じている事を祈りながら…。



―――――――



【視点変更:坂上秋伸】



自販機の明かりだけの休憩室に携帯電話の着信音がなる。


あれからずっと休憩室でちこと雑談をしていた。


「あっちゃん。病院だから電源切らないとダメだよ。」


「わりぃ。何か夏目先輩からだ。」


「もしもし……。」


ちこが黙ってこちらを眺めている。


「もしもーし?」


「あっちゃん、どうしたの?」


「何か応答がないんだよ。あと、どっかで聞いたような女の声もする。」


ちこにも聞かせる為、通話をスピーカーオンに切り替える。


「シャワー?」


シャワーのような水音。


「あっちゃん、夏目先輩って持病持ちなんだよね?」


「まさか?発作が!?」


ちこと顔を見合わせる。


「あっちゃん、そこって先輩の家かな?」


するとシャワーからはっきりした声が聞こえた。


「百合、もっと深い傷を負わせてあげる。あはははは。」


「この笑い声…。」


「あっちゃん!これ実波ちゃんの声だよ!しかも傷を負わせるってなんだろ?」


夏目先輩がただ事でないことは確かだ。


「ちこ、水無月家にいくぞ!」


水無月パパならきっと何とかしてくれるとなぜか確信して、ちこと共に水無月家に向かう。


時計は0時を過ぎ、日付も変わっていた。


【視点変更:水無月花音】


トントン。


誰かに肩を叩かれてゆっくり覚醒する。


「雪月さん?」


明日の同じ時間に迎えに来るんじゃなかったっけ?


「ごめんなさいね。非常事態よ。花音ちゃん。」


時計を見る。


0時過ぎ。


「非常事態って?」


「明日、お家に帰りなさいって言ったけど、今すぐ帰ってほしいの!」


「どうしたの?」


「百合ちゃんが危ないわ!」


「!!」


百合ちゃんが…危ない?


「金ヶ崎実波って子、花音ちゃんは知ってるわね?」


「うん。」


「百合ちゃんは実波ちゃんに拉致されたの。」


「!!」


「これも雪月さんのシナリオなの!?」


許せない。


「…つっ!!」


雪月さんが頭を抱えて一瞬うずくまる。


「はぁ。はぁ。花音ちゃん、ごめんね。痛っ……。私は創造主の禁忌を破ってまであなたにお願いに来てるの。」


「禁忌?」


「創造主はその世界の人間に未来を教えてはいけないの。」


「もし教えたらどうなるの?」


「私は記憶を少しずつ失うの…。激しい頭痛と共に。」


「雪月さんのシナリオなんでしょ?百合ちゃんはどうなるの?」


「このまま花音ちゃんが私を信じてくれなかったら、百合ちゃんは死ぬわ。」


死ぬ?


誰が…?。


「だからお願い。今すぐ家に帰って。病院から抜け出せるように手配するわ。病院前に個人タクシーを待たせてある。花音ちゃんの家の前に着いた時、また新たな出会いがあるから、その人たちと金ヶ崎家の別荘に行って。」


「そこに百合ちゃんがいるから。」


「しゅ、守衛は今眠らせてるわ。お、お願い。今の私のシナリオを書き換えれるのは花音ちゃんだけ。こ、この世界の住人であるあなたの奇跡を願う力なの。」


「雪月さん!しっかりして!」


激しい禁忌の頭痛に襲われているようだ。


そこまでして…。


でも、これは雪月さんのシナリオじゃないの?


少し混乱してきた。


「今は、信じて。お願い…。」


雪月さんのバックには学園の制服が入っていた。


それに着替え、病院前にいるタクシーを目指す。


「花音ちゃん。」


「何?」


「ありがとう。シ、シナリオは実波ちゃんも書き換える力を持っているかもしれない。実波ちゃんに気をつけて。」


そう言うと、雪月さんは姿を消した。


「消えた?」


百合ちゃん。


今は雪月さんを信じて家に向かうしかない。


一体誰と出会うというんだろう?


守衛は確かに眠っていた。ゆっくりすり抜ける。


入る時はパスキーがいるけど、出る時は必要ないようだ。


すぐに扉が開いた。


エレベーターでエントランスまで行き外に出ると、確かにタクシーがハザードをつけて待機していた。


「水無月さん?」


運転手が声をかける。


「はい。」


「乗って。雪月から話しは聞いてるよ。」



―――――――



家の前に着いた。


誰もいない。


確かに誰かと出会うと言ってたけど。


すると、誰かが暗闇を駆けてきた。


「……水無月?」


「水無月ちゃん!?」


「坂上先輩、神杜先輩。」


「水無月!夏目先輩が危ない!お父さんと話しをしたい!」


「坂上先輩、タクシーに一緒に乗って下さい!百合ちゃんを助けます!」


「お前…何で知ってるんだよ。」


「話しはあとです!急いで下さい!」


そのまま先輩たちと一緒にタクシーに乗る。


「百合ちゃんは金ヶ崎家の別荘にいます。」


「それより、水無月お前外に出たらまずいんじゃないか?というより意識…戻ってるし。」


「今日戻りました。」


「お前も無茶するよな。泣いて損した。」


「坂上先輩は私が死んだと聞いて泣いてくれたんですか?」


「泣いたさ!悪いか?」


「少し嬉しいです。」


「でも、何で夏目先輩の居場所とか知ってるんだよ。」


雪月さんの話しをしようとすると、激しい目眩に襲われた。


「!?」


話すのをやめると正常に戻る。


再び雪月さんの話しをしようとする。


再び激しい目眩。


声が出せなくなるほどの急激な目眩。


まさか……雪月さんの話しは先輩たちにはできない?


「水無月どうした?大丈夫か?」


「はい。今は何も聞かないで下さい。」


今は百合ちゃんを助けないと。


今出会ったのが坂上先輩と神杜先輩でよかったとシナリオに感謝した。


あれ?


違和感。


私の今の存在って、創造主と主の世界の住人のちょうど間ではないだろうか?


なら、私もシナリオを造れば変わるのだろうか?


『奇跡を』


まさか、実波ちゃんも私みたいな状態なのではないか?


思いはぐるぐると回る。


雪月さんの姿が実波ちゃんにも見える可能性がある。


試しに2分後のシナリオを考える。


『実波ちゃんから電話がくる』


2分後を待つ。


すると、制服の左胸ポケットに入れた携帯電話が振動する。


『夏目百合』


「百合ちゃん!?」


「くすっ。ハズレ。」


百合ちゃんの携帯電話を使って実波ちゃんが電話したようだ。


シナリオ通りになった。偶然か必然か…。


待ってて百合ちゃん!


絶対死なせない!!


返事がない。


「実波ちゃん?」


それでも返事がない。慎重に声の方に進む。


ガタン。


床のでっぱりに躓いて手を付いた先、何かに当たる。


「これ、取っ手?」


引いてみる。地下への階段だ。


坂上先輩たちは屋敷に入ってくる気配がない。どうしてだろうか?


このまま一人で進む。


階段は明かりが灯されていて明るい。


「ようこそ花音。」


「実波ちゃん。」


「座って。」


テーブルには3人分の紅茶が用意されていた。


「か、かのん…?」


「百合ちゃん!?」


後ろでに縛られ床でぐったり倒れている。急いで向かおうとすると、実波ちゃんが立ちふさがる。


「まだよ。」


「百合ちゃんに何をしたの?」


「くす。アルコールタブレットよ。」


「!!」


百合ちゃんはアルコールに相当弱い。そこまで知っているとは。


「どうしてこんなことを?」


「決まってるでしょ。夏目重工のせいでお兄様はすべてを失ったのよ。だから、私も百合のすべてを奪ってやるの。」


「百合ちゃんは関係ないでしょ。」


「いいえ。夏目重工の罪は夏目家全員の罪よ。」


実波ちゃんは百合ちゃんに近づくと、再びタブレットを飲ませようとする。


「やめて!実波ちゃん!」


それ以上やると、急性中毒に陥る危険がある。


「なら、私に服従を誓いなさい。そうしたら夏目の罪は許してあげてもいいわ。」


「…。」


「どうしたの花音?嫌なの?」


そういうと百合ちゃんにタブレットを見せ付ける。


「いや、いやだよ…。いやだよ、もういや。」


一体どのくらい飲まされたのだろうか?いつもの百合ちゃんではなくなっている。


「どうすればいい?」


「そうねえ。土下座して忠誠を誓いなさい。」


どこまでも性格が歪んでいる。


「実波ちゃんってGLなの?」


「余計なお喋りは百合の為にならないわよ。」


ここで2分後のシナリオを考えてみる。



『実波ちゃんが転んで気絶する。』



「それが答えなの花音?」


実波ちゃんが百合ちゃんにタブレットを飲ませようとしていた。黙ってシナリオが訪れるのを待つ。


早く…。


だが、実波ちゃんは百合ちゃんにタブレットを飲ませてしまう。


「!!」


なんで!?さっきのは偶然だったのだろうか?


百合ちゃんが再びこちらを見て、一瞬ウィンクをする。


タブレットを口に入れられた瞬間、百合ちゃんは実波ちゃんにキスをしていた。


「!!」


驚いた実波ちゃんに百合ちゃんは更に深い大人のキスをする。


「この!!」


百合ちゃんを激しく突き飛ばす。


タブレットを実波ちゃんの口にいれ返したようだ。


この機を逃すまいと実波ちゃんに体当たりをお見舞いしようと私は思いきり駆け出す。


「花音!!ダメえええ!!!!」


百合ちゃんが実波ちゃんにぶつかろうとした瞬間に私を横から突き飛ばした。


そして、百合ちゃんと実波ちゃんがぶつかり合う。


「ぐっ!」


壁にぶつかり倒れる。


百合ちゃんを驚いて見つめると、そこには光るモノが…。


う…そ…。


「百合ちゃああああん!!!!」


自分でも驚く声ほど大きい声をあげた。


百合ちゃんがその場に崩れ落ちる。


実波ちゃんはそのまま動かない。


百合ちゃんの胸にカッターが突き刺さっていた。


「百合ちゃん!!」


「か、かのん…。大丈夫、だいじょうぶ…。」


私は怒りのあまり、実波ちゃんの胸ぐらを思い切り掴む。


「これで満足!?どうなの実波ちゃん!!」


「!!」


急に左腕に激痛を感じて意識が遠のいていった。


ゆ、百合ちゃん…。


【視点変更:坂上秋伸】


「一体水無月はどこから中に入ったんだ?」


正面玄関はカギがかかっていて入れない。窓もすべて施錠されている。


「あっちゃん、裏口とかないのかな?」


ちこが周囲を見渡す。


暗闇であんまり見えてないだろうけどな。


「裏にまわってみよう。」


足元に気をつけながら裏手へまわってみる。


「きゃっ!」


「うおっ!」


ちこが躓き、俺の背中に頭突きを食らわす。


「あ、ごめん。あっちゃん。」


「お前、ただでさえ頭悪いんだから頭に気をつけろよな。」


「む。あっちゃんよりは成績いいもん!」


むむむぅ。


むむぅ。


背中に視線が突き刺さる。


「わ、悪かったよ。」


被害者は俺なのになぜか謝る。


ま、加害者かもしれないのは置いといて。


こんな状況で、緊張感が全くない俺たち。


裏口にさしかかる。


ガチャ。


開いてる。


「お、お邪魔しまーす。」


何故か小声。


しばらく廊下を歩くと、床から明かりが漏れている部屋を見つけた。


「地下室?」


後ろからごくっと生唾を飲む音が聞こえる。


「ちこ…。俺は食べても美味しくないぞ。」


「ち、違うもん!緊張してるだけだよ~!」


「あっちゃんこそ、暗いからって変なことしないでよ。」


むむぅ。とうなる。


「するか!」


「小さい頃に一度暗闇で胸触られた。」


「ば、ばか!あれは壁のスイッチを探ってたら間違えて触っただけじゃねーか!」


まだ覚えてんのかよ。


しかも、あれは小学校低学年の頃だし。


って、俺も覚えてるし。


階段を降りる。


「いらっしゃい坂上君、ちこちゃん。」


「実波…。」


「水無月ちゃん!」


ちこが水無月にかけよる。


「夏目先輩…?」


水無月の横に倒れている夏目先輩の胸にはカッターが突き刺さっていた。


俺は駆けより慌てて引き抜く。


「あっちゃん!抜いちゃダメ!」


ちこが顔を手で隠し横向く。


血は吹き出ない。


刺さった場所を触ってみると、コルクで出来た十字架のアクセサリーに奇跡的に刺さっただけのようだ。


「怪我はしてない。大丈夫だ。」


ちこが安緒のため息をついた。


「実波、何でこんな事を。」


「お兄様の為よ!夏目家のせいでお兄様はすべてをなくしたのよ!」


「お兄さんの為?お前の為だろ?」


「!!…な、何を分かったふうな口を聞くの!」


「夏目先輩や水無月がお前のお兄さんを陥れたのか?」


「!!」


「実波は事実関係を調べたのか?お前はただ罪のない人を傷付けて自己満足してるだけだ!」


頼む実波…。分かってくれ。


心の中で強く願う。


「せっかく同じ世代のやつが水無月家や夏目家にいるんだ。一緒に協力して事実関係を調べるなり、私たちは仲良くやりましょうとかすればいいだろ?」


「実波の今の親父さんたちも、水無月や夏目と協力して街を発展させたから、名家と呼ばれてるんじゃないのか?」


「水無月家や夏目家は権力はあっても罪を裁いて刑を与えてるのは国だぞ?この街はあくまで街であって国じゃない!」


そこまで言うと実波はひざまずき涙を流しはじめた。


「そんなの…分かってる…。私はお兄様を救いたいだけなの。」


ちこが実波に近づき背中を優しくさする。そして、


「実波ちゃん、お兄さんはこんな仕返しみたいな事よりも、実波ちゃんがみんなと仲良くしてる姿を望んでると思うよ。」


「もっと違う方法でお兄さんを助ける方法を考えようよ。それこそ水無月ちゃんや百合先輩たちと。」


「私たちも協力するから。」



「ちこちゃん…。」


「……なさい。ごめんなさい。」


そのまま実波は泣き崩れた。


実波は思っているより素直に聞き入れてくれたようだ。


「なんちゃって。」


「きゃっ!」


実波がちこを拘束して首にカッターを当てる。


「綺麗事ばかり言って!!」


「やめろ!」


「坂上君、あなたの選択肢は3つよ。」


「3つ?」


「ええ。ちこちゃんを助けるなら百合を殺す。百合を助けたいならちこちゃんを殺す。誰も殺したくないなら坂上君が自分を殺す。」


「あっちゃん!」


「さぁ、どうする坂上君?」


くそっ。どうすればみんな助かるんだ。


必死に考える。


「坂上君?それで答えは?」


「あっちゃん!私はどうなってもいい!誰も殺さないで!」


「きゃっ!」


「ちこっ!」


ちこの左腕あたりでフラッシュしちこは気絶した。


「何をした!!」


「大丈夫よ。ちょっとうるさいから眠らせただけよ。」


「さぁ、どうする?坂上君?」


「どうしてだ。何でこんなことをするんだ。」


「私はお兄様を陥れた夏目を許さない。それに味方する人もみんな。」


「だから、ツーイーでまとめて始末しようとしたのに。百合は乗らなかった。」


「!!」


今…何て言った?実波がツーイーの事故を?



『今回の事故はテロかもしれない』



水無月のお父さんの話は事実に変わった。


「実波てめー。」


ずかずかと歩みよる俺。


「動かないで!!ちこちゃんが死ぬわよ!」


「てめー!お前だけは許さねぇ!」


「聞け実波!お前はさっき言ったように自己満足してるだけだ!!」


「いい加減気付け!」


「坂上君なんかには分からないわ!!」


「分かる!!今現に俺は大事なやつを奪われそうになってるんだ!!」


「だったら奪ってやるわ!!」


「よせっ!!」


「だったら早く決めなさいよ!どうするの!!誰を殺すの!!」


こいつ…!


「俺は誰も殺さない!!誰か殺すくらいなら俺は死を選ぶ!」


「坂上先輩!だめぇぇ!」


いつの間に意識が戻ったのか、水無月が俺の後ろから抱き着いてくる。


「先輩…ダメ。死んじゃだめ…。お願い。」


「水無月…。」


「あはははは。花音は坂上君が好きなのぉ?」


「坂上君、決めたなら早くしなさいよ。」


「ダメ!坂上先輩!」


「男らしく、早くしなさいよ。」


ちこに当てられたカッターが少しずつ動く。


「待って!実波ちゃん!」


「花音、これは坂上君が決めたことよ。」


「私、あなたに服従するから!」


「知らないわ。あなたは一度それを拒否してるはずよ。」


実波が冷たい視線を向けた。


【視点変更:水無月花音】


助けて。


助けてよ、雪月さん…。


このままでは、坂上先輩は間違いなく自殺してしまう。


「坂上君、早くしなさいよ。」


坂上先輩はさっき百合ちゃんから引き抜いたカッターを床から拾い上げる。


「坂上先輩!ダメ!やめてください!」


「水無月、俺はちこを守りたい。」


「ダメです!助けて!雪月さん!!」


思いは奇跡を起こすって言ってたのに。


「呼んだ?」


階段から雪月さんが姿を見せた。


瞬間、空間がまるで私と雪月さんしかいないように暗闇に包まれた。


「呼んだ?花音ちゃん。」


「助けて!雪月さん。」


「誰を助けるというの?」


「みんなを!みんなを実波ちゃんから助けて!」


「花音ちゃん、私と取引をするからには覚悟はできてるわね?」


「…どういう意味?」


「私は創造主よ。あなたにだけ利益が与えられると、世界はバランスを崩すわ。」


幼い顔立ちに赤い瞳。でも、その瞳は真剣に私を見つめている。


「雪月さんは何を望むの?」


「私?私は花音ちゃんと友達になりたい。私はこの世界でひとりぼっちだから。」


雪月さんの様子がおかしい。


「私は、花音ちゃんの願いを聞き入れた時、創造主としての力をすべて失う。元々いた世界にも帰れない。この世界に残される。死ぬこともなく、老化することもなく今のまま。」


「記憶も失う。だけど、たったひとり友達がいれば、私は救われると思う。」


「私は花音ちゃんを助けて、あなたたちがこれから自分で新しいシナリオを作っていくのよ。いい?」


「…うん。でも、雪月さんのほうだけデメリットが大きいよ。」


「だったら、こうしましょう。」


雪月さんから出された提案。


「これから時間が花音ちゃんが初めて坂上君と行ったモックフーズにまで逆戻る。あなたはまたそこからやり直してシナリオを変えて。記憶を無くした私を探して、ツーイーの試運転のあの日の運命を変えてほしいの。」


「それが嫌ならば、今この場で私が実波ちゃんを殺して事件解決という道しかないわよ。」


「……。」


私は実波ちゃんも救いたい。だから、提案を受け入れることにした。


「分かった。」


「花音ちゃん、過去でもう一度会いましょう。」


「うん。」


「願わくば……」


雪月さんが私にコルクで出来た星のネックレスを手渡す。


それを受け取り、私は雪月さんに微笑む。


「また過去で…。」


その瞬間、辺りは白く光り、温かい何かに包まれながら意識が遠のいていった。


みんな、


もう一度、過去で会おう。


意識がいきなり戻る。場所はモックフーズ。本当に時間が戻っている。


「水無月ちゃん?どうしたの?」


「何でもありません。」


神杜先輩はいちごサンドイッチを食べている。坂上先輩はコーヒーを飲んでいた。


しかも私は記憶がちゃんと残っている。


左手にコルクでできた星のネックレスを握っていた。


「水無月?」


「え?はい、なんですか?」


「どうした?ぼーっとして?」


「こういうのは初めてなので緊張してしまって。」


ごまかしてみる。


「そんなにかしこまるなよ。大丈夫だって。」


「そうだよ~。」


程よく会話を聞きながら、コルクの星ネックレスを眺める。


確か百合ちゃんもコルクでできたアクセサリーを持ってなかったっけ?


あれも雪月さんのだろうか?


もしそうなら、百合ちゃんも記憶が残ってる?


ぷにっ。


ぷにっ?


「水無月~。お前話全然聞いてないだろ?」


坂上先輩がほっぺをフォークで突っついていた。


「さ、坂上先輩!変なもの突き付けないでください!」


思わず立ち上がり叫んでしまった私。


恥ずかしくて顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。


周りの客も私たちに注目している。


「あ、あっちゃん。そんな人だったなんて。」


神杜先輩も両手で顔を隠す。


「あっちゃん!水無月ちゃんは食べられないんだよ!!」


神杜先輩が顔を隠したかと思ったらそのまま勢いよく叫びながら立ち上がる。


一呼吸遅いよね。この人。


「おい!そんな誤解が生じる言い方するなよ!」


焦る坂上先輩。少し笑えてきた。


「お客様。いかがなされましたか?」


「えっ!?」


坂上先輩を取り囲む黒いスーツを着た男たち。


私のボディガードさんたちだ。


やっぱり近くにいたんだ。


「誤解です!何もしてません!」


坂上先輩はかなり焦っている。何か面白いので、更に先輩を追い込んでみる。


「坂上先輩、そんなに私が食べたかったんですか?」


「ば、ばか!んなわけあるか!」


「よしよし水無月ちゃん。いい子いい子。」


神杜先輩が私を抱きしめて頭を撫でる。


ちょっと心地いい。


しかも神杜先輩、結構胸が…。


なんだろう…この敗北感。女の子の永遠の課題だ。


そろそろ坂上先輩が連行されてしまいそうなので、


「私は大丈夫です。問題ありませんから。」


ボディガードさんたちに冗談である事を告げる。


笑ったのは久しぶりな気がした。


「まったく、水無月がそんなやつとはな~。」


坂上先輩がやれやれといった感じでコーヒーを口にする。


「私と先輩はまだ出会ったばかりですが?」


前から知ってるのは私だけ。よく人は「時間が戻ってくれたらな~」とか言うけど、実際現実的に自分だけが時間が戻るというのは寂しいものだと思う。


今まで築き上げた関係も時間も相手だけが戻ってしまうのだから接するこちら側も難しい。


しばらく雑談し、坂上先輩と神杜先輩と別れた。


帰りの迎えの車の中で、私は携帯電話をカバンから取り出す。


アドレス帳を開き、百合ちゃんへ電話をかける。


2~3コールして、回線が百合ちゃんに接続される。


「もしもし?どうしたの?」


「百合ちゃん、今どこにいるの?」


「もう自宅にいるわよ。」


「今すぐ会いに行っていいかな?」


コルクのアクセサリーを確認したい。


「いいわよ。待ってるわ。」


「ありがとう。」


通話を切る。


「運転手さん、そのまま夏目のお屋敷に行ってもらえませんか?」


「かしこまりました。お嬢様、お着替えはよろしいのですか?」


「うん。制服のままで行く。」


「あと10分くらいで到着できると思います。」


「ありがとう。」


星のネックレスを首にかける。一見どこにでもありそうなアクセサリーだけど、雪月さんとの何らかのコンタクトを取る鍵のような気がする。


私がシナリオを変える。


それはもはや私が創造主にバトンタッチされたような錯覚を覚えていた。


でも、ツーイーの運転はもう決定している。例え、みんなをツーイーに乗せないようにしても事故はおきてしまうのではないか。


でも、実波ちゃんがツーイーの事故を計画したのが事実なら、私や百合ちゃんが乗らなければ事故はもしかして起きない?


「お嬢様?どうなされました?到着いたしましたが。」


「あ、ごめんなさい。」


考え事をしていたら、もう到着していたようだ。


呼び鈴を押し、屋敷に案内される。


周りの対応がとてもかしこまっていて息苦しい。私はそんなに偉い人間ではないのに。


しばらく歩いて百合ちゃんの部屋へ通される。


「いらっしゃい花音(かのん)。」


「急にごめんね百合ちゃん。」


「着替えもしないで、ほら、ここに座って。」


「うん。」


透明なガラステーブルに向かい合って座る。側に置いてあるニンジンのクッションを抱く。


え?何でって?


なんかこれふわふわしてて気持ちいいから。


「花音って、そのクッションいつも抱くのね。」


「何か気持ちいいんだよね。」


「あ、ほら花音、ちゃんと丈に気をつけて座らないと下着見えちゃうでしょ。」


百合ちゃんが隣に移動してきて、座るときにスカートが少し上にまくれてしまった丈を直してくれた。


「百合ちゃんしかいないからいいじゃない。女の子同士だし気にならないよ。」


「こういうのはね、普段からやってないといずれは公衆でやっちゃうものなのよ。」


「そういうものなの?」


「そうよ。ただでさえ花音は今まで屋敷暮らしだった世間知らずなんだから。」


「ぶ~。」


「ぶ~じゃないでしょ?」


「は~い。」


「返事は?」


「NRTでしょ。分かってるよ。」


N=のばさない。

R=連呼しない。

T=適当に言わない。


略してNRTと私と百合ちゃんは呼んでいる。のばさないというのはさっきみたいに「~」をつけるなという意味。


「で、本題は何なの?」


「百合ちゃんってコルクでできたアクセサリー持ってるよね?」


「これ?」


百合ちゃんはコルクでできた十字架のアクセサリーを首から下げていたようで、はずして渡してくれた。


受取って十字架の真ん中あたりを見る。


あの時、カッターがここに刺さったはずだ。


!!


あった。カッターの傷だ。


このアクセサリーも、あの時のまま時間だけが戻っている。


「百合ちゃん、このアクセ、誰にもらったの?」


「これ、街で男の人に襲われそうになった時に助けてくれた女の子からもらったの。お守りだからっていわれて。ほんとにあの時は私は殺されかねない状況だったから、命の恩人からの贈り物ってことで大事にいつも持ち歩いてるの。」


「ふ~ん。その女の子って、もしかして目が赤い人じゃない?」


「何で知ってるの花音?」


「え?いや、私も最近これもらったんだ。」


百合ちゃんに星のネックレスを見せる。


「きれいなネックレスね。大事にしなさいよ。」


「うん。」


そろそろ本当の意味での本題に入る。


「百合ちゃん?」


「何?」


「これに見覚え…ある?」


アルコールタブレット。もちろんあれは滅多に手に入らないものなので、市販のただのヨーグルトタブレットでごまかしている。


「タブレット?」


「うん。」


「見覚えって何よ?はっきり言いたい事は言っていいわよ。」


そして、あの最後の地下室の話をしようとした時、急激な眩暈に襲われる。とても激しいもので、言葉さえも出てこない。あの時もそうだった気がする。


なぜか雪月さんの事を話そうとするときに起こる抑止力。


そのときの眩暈と同じだった。


「花音!?」


百合ちゃんにそのまま抱きかかえられる。


「大丈夫?どうしたの!?」


もう眩暈は無い。やっぱり雪月さんの名は直接口にできない不思議な抑止力がかかっている。


「大丈夫。ごめんね。」


起き上がろうとする。


「だめ。少しこのままでいなさい。」


百合ちゃんに膝枕されている状態。


「は、恥ずかしいから。」


「ん~?何照れてるの花音~?それ。」


むにむに。


「ちょ、ちょっと~。体目的の介抱は犯罪だよ。」


「胸くらいいいじゃない。女の子同士だから大丈夫よ。ん~。残念ながらこれはAね。」


「Bだもん!じゃなくて、普通こういう状態で触るのはほっぺたじゃないの?」


「それは一般論であって私の行動原理ではないわ。」


うわ、屁理屈。


あ、本題。


「花音。」


急に真面目な表情になる百合ちゃん。


「何?」


「花音が何をしたいかは分からないけど、相談くらいは聞けるから答えは自分で出しなさい。」


「うん。ありがとう。」


「私は花音の味方よ。」


「うん。」


百合ちゃんはやさしく微笑んでいた。


少しずつ、私ができることをしていこうと思った。


できれば百合ちゃんと一緒に。


「百合ちゃん。」


「何?」


「水色。かわいい。」


胸のお返しで下着を覗きこむと思い切り頭を叩かれた。


しばらくは過去の通りの毎日だった。


私は今だにシナリオを書き換えられていない。


でも、不良女生徒に絡まれた日から異変が起きはじめた。


教師に仲裁され、神杜(かみもり)先輩の膝のケガを軽くハンカチで拭いていると見知らぬ女生徒に声をかけられた。


「水無月さん。」


胸のリボンは私と同じ。同級生だろうか?あまり見た事がないから違うクラスだろうか。


「ちょっと付き合ってもらえない?」


「水無月、俺達はもう帰るから。」


「はい。神杜先輩、今日はありがとうございました。」


「うん、またね。」


坂上先輩と神杜先輩は帰路についた。


「あの、あなたは?」


「私?私は仁科愛名(にしな まな)。同じ1年よ。」


「仁科さん、つき合うってどこに?」


シナリオが変わっている。何故?


過去にこの展開はなかった。


「ほら、行こっ!」


手を引っ張られ体育館倉庫に連れて行かれる。


体育館倉庫…。嫌な予感がする。


仁科さんに引っ張られ体育館倉庫に入る。


中はもう薄暗い。窓から入る夕日の明かりだけだ。


「仁科さん、何か用なの?」


「水無月さん。私と付き合ってください!」


「は?」我ながら間抜けな声になってしまった。


「仁科さんは女の子だよね?」


「ううん。格好は女の子だけど男だよ。」


「……。」


ん?意味がわからない。つまり女装男子というわけなのかな?


「ごめんなさい。何か頭が混乱してきたから帰る。」


すると、出入口にさっきの不良女生徒がいた。


花音(かのん)。あんたの先輩が叩いたお詫び、してもらうわよ。」


私は仁科さんを見る。もしかして不良女生徒の仲間だろうか?


仁科さんは悲しそうな顔をして俯いている。


ガラガラ。


ドーン。


カチャカチャ。


カチッ。


扉を閉められ鍵をかけられたようだ。油断した。


結局、私と仁科さんが二人で閉じ込められた。


「ごめんなさい。」


仁科さんが頭を深く下げた。


「仁科さん、あの人たちと仲間?」


「……。」


そんなわけないか。もし仲間なら私と一緒に閉じ込められるはずがない。


それより、なんだろう。こんな過去はなかった。


シナリオが変わり始めた?でも何故?誰が?


「水無月さん。」


「ん?」


「本当にごめんなさい。」


「仁科さんは、あの人たちに使われてるの?」


「うん。」


「さっきの告白もやらされたわけね?」


「…うん。」


「女の子…だよね?」


ここを否定されたら、私はかなりやばい状況だ。


「うん。」


ほっと胸を撫で下ろす。


「女の子に告白させられたのは何回目?」


「…5回目かな。でもね!」


仁科さんは少し強い口調になる。


「私は女の子同士より男の子同士が好きなの!!」


…いや、それは聞いてないし。


仁科さんは跳び箱に座る。


「どうやって脱出する?」


仁科さんが不安そうに聞いてきた。


窓には鉄格子が付いているので、窓からは出られない。


時間的に誰かが通りかかる事もない。


脱出の前にひとつ気になる事があった。


「仁科さんはいつからこんな事させられてるの?」


「……入学して一ヶ月くらいたってから。」


「私ね、孤児保育施設で育った孤児なの。」


「…孤児?」


「うん。物心ついた時にはもう孤児施設にいた。それがあの人たちに知られたの。」


泣きはじめる仁科さん。


「…もういい。許してあげる。」


仁科さんの背中を優しくさする。


「ありがとう。」


仁科さんは涙を拭いながら笑顔を見せた。


「脱出だけど、簡単な方法があるわ。」

私は携帯電話を取り出す。


「……みんな最初はそう言うの。」


そう言われて携帯電話の電波を見る。


圏外。


体育館倉庫だけ圏外っておかしい。


何だろうこの違和感。


「水無月さん?」


「ん?」


「電波、入らないでしょ?」


「…うん。」


「諦めて巡回が来るのを待ちましょ。」


違和感。


何だろう。私は得体の知れない違和感に襲われていた。


違和感の原因を冷静に考える。


「水無月さん?どうしたの?」


「ごめん。少し考え事させて。」


思考をこらす。


!!


待てよ。確か仁科さんはこれで5回目って言ってたような。


「仁科さん。ここに閉じ込められるのは初めて?」


「え?ええ。そうよ。」


嘘だ。


仁科さんはさっき言った。


『最初はみんなそう言う』


これは初めてここに閉じ込められた人は言わない。


それに、私はあの時携帯電話が圏外だと口にしていない。


でも、仁科さんから先に聞いてきた。


電波、入らないでしょう…と。


結果から真の黒幕は仁科さんと推測できる。


ここだけ電波が入らないという事は、まさか…。


私は少し危険な賭けにでる。


「仁科さん?」


「何?」


「さっきの告白の返事……していい?」


「えっ?あれは嘘だよ。」


私は仁科さんに歩みより抱き着く。


「み、水無月さん!?」


「私は男の子より女の子が好きなの。」


体を触るふりをして仁科さんのポケットを探る。


まずは上着。ばれないようにさりげなくポケットの上を這わせる。


「や、やめてよ水無月さん!」


少しパニックを起こす仁科さん。


そしてスカートのポケットに手を這わせた時、何かにぶつかる。


ばれないように中身を探る。


「仁科さん。」


私は耳元でそっとつぶやく。


「…なにが目的なの?」


仁科さんのポケットからそれを取ると、仁科さんが私を突き放す。


「騙してたわね。水無月さん。」


「これでおあいこ。」


私がポケットから奪ったもの。


電波除去装置。この機器は消しゴムくらいの大きさしかないが、約100メートル四方の電波を遮断できる。


「水無月さんも大胆ね。目的の為なら男も騙すって感じね。」


仁科さんの態度が変わる。やはり不良女生徒の仲間なのかもしれない。


「仁科さん。何をするつもりなの?」


「別に。あなたが気に入らないから。それだけよ。」


「嘘…つかないで。」


「なぜ嘘だと思うの?」


「この電波除去装置。メーカー知ってる?」


「……くっ。」


少し動揺した表情。


「金ヶ崎重工製。これは主に重要電機機器に使われる安全装置のひとつ。」


私は以前この機器の資料を百合ちゃんに見せてもらった事がある。


「…仁科さんのボスは実波(みなみ)ちゃんね?」


「……。」


黙秘か。でもそれはなんら意味はない。でも、この電波除去装置は何かに使えるかもしれない。


「これは実波からこっそりいただいたものよ。だから、実波は関係ないわ。」


「庇っているの?」


「そう思う?」


仁科さんが跳び箱から降り、ゆっくりと歩いてくる。


電波除去装置の電源を気付かれないように切る。


「仁科さんに今のうちに言っておく。」


「あら?何?」


「私は、みんなを救う。こんなところで無駄な時間を使うわけには行かないの。」


「何それ?恐怖で頭がおかしくなったの?」


「信じなくていい。私は、運命を変える!」


「あはははは。な~に?テレビ番組の見すぎなんじゃないの?大丈夫~?」


仁科さんとの距離はもう2メートルほどしかない。どんなものを隠し持っているか分からないので警戒態勢に入る。


「くすっ。早く呼ばなくていいの?百合先輩を。」


電源に気付いている?


「でも、偉そうなこと言っても自分だけの力じゃなにもできないんじゃない?」


「!!」


「あら?図星だった?そうよ、水無月花音(かのん)!あなたは誰かに頼らないとこんな危機すらも何とかできないお嬢様よ!!」


「違う!」


「違わないわ。私は物心ついたときからずっと一人なの。私はだから力を得たの。」


「力?」


「自分ひとりでも、負けない力を!」


「水無月!あなたは甘いわ!生まれた時から恵まれて、周りが守ってくれるから自分自身で何かをする力なんか持ってないのよ!」


刹那、思い切り胸ぐらを掴まれる。


「…仁科さんは、何が目的なの?」


「目的?そんなのあなたに話す必要はないわ。」


思い切り壁に押し飛ばされる。


「げほげほっ。」


どうする。どうやってここを切り抜ける。


すると仁科さんは携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。


「私よ。鍵開けてちょうだい。」


「水無月。早く助けを呼んだら?痛い目をみるのはこれからよ?」


「……。」


カチャ。カチャカチャ。


カチッ。


鍵が開けられる音が響く。


「ほら?早くいきなさいよ。水無月!」


仁科さんに背中を押され、倉庫から強制的に出される。扉から外に出た瞬間、何かに躓き転んでしまう。


「ぐう。」


「あははは。足元に気をつけないと危ないわよ。お嬢様~?」


あの不良女生徒たちが足をわざと引っ掛けたらしい。


「うあああ!」


そのまま仁科さんにお腹を踏みつけられる。そしてポケットから携帯電話を奪われてしまう。


「お嬢様?助けをお呼びしましょうか?」


「くっ。」


「反抗的な顔ね。認めたら?自分は無力だって。」


「…わ、私は無力じゃない。」


「あら?強いわね。お嬢様。」


「あの~。お取り込み中大変恐縮なのですが…。」


私と仁科さん、不良女生徒は一斉にこの場に似合わない気の抜けた声のほうに視線を向ける。


ブロンドの髪に赤い瞳。外国人?でもうちの制服を着てる。


「あ、私明日から留学でこの学園でお世話になるアンジェリカ・レーニエと言います。今日は手続きで学園にお邪魔してました。」


ペコリと頭を下げる。


「あの~。これは何の儀式なんですか?ジャポネーゼの風習はあまり分からないもので。」


「ジャポネーゼ?」


仁科さんが邪険な顔をしてアンジェリカと名乗る女の子に歩み寄る。


「私たちの国ではこの国のことをそう呼びます。」


「逃げて!危ないから!!」


私は思い切り叫ぶ。


「なぜ逃げるのですか?」


「お前、ふざけるなよ!」


仁科さんがアンジェリカに掴みかかろうとした瞬間、それはスローモーションに見えるほど可憐だった。


アンジェリカは仁科さんの右腕を掴み、さらりと彼女を一回転させた。


「ぐっ。」


地面に倒される仁科さん。つ、強い?


「この!!」


不良女生徒も殴りかかった。でも、アンジェリカは可憐にその攻撃をもろともせず避ける。


「これは歓迎の儀式ですか?なら、私からも。」


ゆっくり不良女性徒に歩み寄るアンジェリカ。


「ふざけんな!」


再び不良女性徒が攻撃に出る。


何だろう。とても可憐としか言えない。貴族がダンスをするような上品なフットワークで不良女性徒も一回転して地面に倒れ動かなくなる。


そして、今度は私と目が合う。


ま、まさか私も一回転されるのかな…。


あは、あはは。


心の中で空笑いする私。


ゆっくりとアンジェリカが歩み寄る。


そして、右手を握られた瞬間世界がグルリと回った。


「痛あ~。うう。」


気付いた時には視界にはきれいな黄昏色の空が広がっていた。


「あれ?儀式はこれでおしまい?」


「い、いや。あはは。」


「…なんてね。」


「え?」


「ごめんなさい。あなたはこの連中にいじめられていたように見えたから。」


「あ、はい。」


だったら私の事一回転させないで欲しかった。


「あの。ありがとうございました。」


「どういたしまして。と言っても、たまたま道に迷ってここに着いてしまったんですが。」


「え?そうだったんですか。でも、助かりました。」


「ちょっと場所を変えません?ここは薄暗くて気持ち悪いものですから。」


こうしてアンジェリカと校庭に移動する。まだ下校時刻には余裕があったので図書室に案内した。


「ここは、ライブラリーですか?」


「はい。こっちです。」


更に司書室に案内する。


「おお。とても懐かしい空間です。」


「あ、言い忘れました。私は水無月花音。1年生です。」


「私はアンジェリカ・レーニエ。アンジェと呼んでください。私も1年生です。」


「アンジェと一緒なんだ?」


それにしては少し大人びている。


腰まで伸びた綺麗なブロンズの髪。


ここで気付いた。


瞳が赤い。


「アンジェの国ってみんな目が赤いの?」


「いいえ。普通なら青です。」


「気に障ったならごめんなさい。」


「いえ、いいんです。えっとカノンとお呼びすればいいですか?」


「うん。私たちは同じ学年なんだから、敬語じゃなくていいよ。」


「はい。ですが、小さい頃からこのような話し方なので。」


「アンジェって貴族?」


「祖国での身分は外国では明かせない規則があります。ごめんなさい。」


という事は一般ではないということかもしれない。


「気にしないで。はい。どうぞ。」


魔法瓶に入れたアップルティをカップに移しアンジェに差し出す。


「ありがとう。わぁ。アップルティですね。」


自分の分もカップに移し向かいあって座る。


「私、アップルティが好きなの。」


うわぁ。飲み方も上品だなぁ、アンジェ。


「おいしい。」


「ありがとう。」


「カノンはいつもいじめられているのですか?」


「いや、そういう訳じゃないけど、私も身分的に敵が多いのかも。」


ふとアンジェにさっきの技を教えて貰おうと思った。


「ねぇアンジェ。さっきの技、すごかったよ。」


するとアンジェは恥ずかしそうに顔を赤くした。


「お見苦しいところをお見せしてすみませんでした。」


「アンジェ、私にも教えてくれないかな!」


私も力が欲しい。仁科さんに言われたとおり、今の私は無力だ。せめて護身術だけでも身につけたい。


「カノンはなぜ知りたいのですか?」


「私には守りたいものがあるの。それはとても大事な未来。」


「……。」


アンジェが私の瞳を真剣に見つめている。見極めているのだろうか?


「未来…とは何ですか?」


「ごめん。詳しくは話せないんだけど、どうしても守りたいものなの。」


「…カノン。武術には大切な事があります。」


「何?」


「私もきっかけはカノンと似たようなものでした。でも、他力本願では真に強くなれません。」


アンジェは優しい表情で続ける。


「カノン。人は誰かを助けたいと思った時に自然と体が動くのと同じで、相手の動きを読めば自然と体は反応するものです。」


「どうやって?」


「目です。目はまず先に反応する部分です。」


一旦アンジェはアップルティを一口飲む。


「カノン。私の目をよく見て。」


言われた通り目を見つめる。


赤い瞳が私を真っ直ぐみつめる。


一瞬アンジェの視線が胸元に落ちた。ほんの一瞬だった。


バシッ。


私は自然にアンジェの差し出した右手を受け止めていた。


「あれ?何で?」


「カノン、これが人間本来の防御反応です。」


「防御反応?」


「例えば目に水が跳ねたら無意識に目を閉じるのと同じです。目を守る為に意識ではなく脳が直接働くのです。」


「ですが、人間は自分の身を守る為だけに本能を発揮します。だから、無意識に攻撃する事はない。つまり、攻撃する前兆が必ず表情…特に目に出るのです。それを読めばいいんです。」


すごい。


プニッ。


「え?」


アンジェは不意にほっぺを突っついた。


「くす。カノンに必要なのは集中力かもしれません。」


「ありがとう、アンジェ。」


「どういたしまして。」


私もアップルティを飲む。


こうして雑談を交わし、結構アンジェと打ち解ける事ができた。


下校時刻も近くなり、軽く片付けてアンジェと別れた。


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