終 蝶は暁を知らない
「れい...む...」
1歩、1歩と紫は黄金色に輝く霊夢に近づく。そして倒れ込むように霊夢の体を抱き締める。両手が、腕が、華奢な霊夢の感触を感じる事が出来ている。その事実を噛み締めるように、紫は両手を彷徨わせる。
「紫...私ね...紫とした約束を守りたかったの...覚えてる...?私が立派な巫女になったら、紫の好きな人を教えてもらうって約束...。あの時の紫、とても寂しそうだった...だからね...紫の好きな人は...人間だったんだろうな...って...思ってたのよ?」
霊夢は紫の耳元で、一文字一文字を振り絞るように紡ぐ。その言葉を、全てこの世に遺すように。
「だから...いつか、紫が...その人と幸せに暮らせるように...妖怪と...人間が、手を取って...一緒に笑い合える...そんな幻想郷に...したかったの...でも、紫は...いつだって...どこか寂しそうな顔のまま...私...私...」
気づけば、嗚咽が混ざっていた。紫はぎゅっと霊夢を抱き締めた。それに励まされるように、霊夢は言葉を紡ぐ。
「それでね...私...紫が私にしてくれたように...誰かに...伝えたかった...博麗の事も...人間の事も...妖怪の事も...。それで思ったの...私は...千と...千夢と一緒に暮らしたこの時間...とても幸せだったけど...紫は...私と過ごした10年間...幸せだったのかな...って...」
紫は溢れ出る涙を流しながら、言葉を発する為に大きく息を吸った。
「幸せだったわよ...楽しくて...貴女が成長する度...涙が出そうなくらい...嬉しくて...嬉しくて、たまらなかった...!だけど...貴女が成長する度...この日が来るのが...怖くて...貴女が...消えてしまうんじゃないかって...私が...貴女を連れて来なければ...その方が...幸せだったんじゃなかったのかって...でも、貴女を手放したくなかったの...貴女と一緒にいたかった...貴女の笑顔を...貴女が成長する所を...ずっと...ずっと見ていたかった...!」
その言葉に、霊夢は微笑んだ。
「ありがとう...紫...私ね...幻想郷に来て良かった...貴女について来て...本当に良かった!紫...私...幸せたっくさん貰ったわ...もう...言葉に出来ないくらい...」
「幼馴染みも...」
「同じ務めをする親友も...」
「人間の友達も...」
「妖怪の友達も...」
「大切な家族も...」
「充分過ぎるくらいの幸せ貰ったわ...私...ずっとそばにいるわ...だって...私はこの幻想郷が...大好きだから...紫の愛する幻想郷を私も愛しているから...!だから、さよなら...私の最愛の人...」
ぱんっと何かが弾けた。今まで感じていた肌の感触が消えていた。
「れ、い...む...あぁぁ!」
紫が流した雫は、彼女を包む光たちによって、美しくキラキラと輝いていた。
ーーー
「み、見ろ!妖怪が...消えていくぞ!」
神社の外では、陽の光と共に、妖怪が光の粒となって消えていくのが視認された。妖怪が消え去り、荒らされていたはずの地面は、新たな芽吹きが既に生まれていた。緩やかな風が、魔理沙達の顔をそっと撫でる。神社にいた人々は歓声を上げた。千夢と早季は手を取って喜んでいた。
「霊夢...」
「霊夢さん...」
魔理沙と早苗は、音もなく涙を流した。
山肌から太陽が顔を出し、眩いまでの光が、人々を包み込むかのように明るく照らした。
幻想郷の住民達は、絶対に忘れてはいけない。
この温もりを。
この朝日を。
この日。
新たな【幻想郷】が誕生したー。
そこは、人間と妖怪が共生していく場所。
人も、妖も、神も、亡霊も。
誰もが愛した理想郷ー。
そして、
一人の巫女が愛した幻想郷ー。
終