拾肆 蝶は宵に舞う
「あ、魔理沙さん!」
「早苗様!」
千夢と早季は、2人に声をかけた。
「早くしないと、妖怪が...。博麗神社が襲われてしまいます!」
「そうです!皆怖がって今にも暴れそうなんです!霊夢様に急ぐように言ってください!」
千夢と早季の後ろでは、人も妖怪も死の恐怖に怯え、泣き喚き、苛立ちを露わにしていた。それを見た魔理沙と早苗は、顔を見合わせそして口を開いた。
「今、霊夢が準備に取り掛かってる...だからその時が来るまで、待っててくれないか?」
「私からもお願いよ。皆さんもお願いします。どうか、落ち着いて下さい!この通りです!」
早苗が頭を下げると、魔理沙も勢いよく頭を下げた。それをみた千夢や早季、先程まで苛立ちを露わにしていた住民達は、息を呑んだ。
ーーー
(ねぇ〜ゆかり!今日もお泊まりする〜?)
(えぇ。今日はどんな話をしましょうか)
(怖い話は無しね!)
(あら、怖いんですの?まだまだですわね…)
(違うもん!毎日ゆかりが怖い話をするからだもん!)
耳元で聞こえる調べに、霊夢は瞳を閉じた。
ーーー
10年前。
その日の夜も博麗神社には、1人の子供と1人の妖怪がいた。その子供は、妖怪の膝の上に乗り、ぶらぶらと足をばたつかせていた。
「ねぇ、ゆかりには好きな人いないの〜?」
「そういう霊夢はいるのかしら?」
「私はいるよ!でもね、ひみつ〜!」
「じゃあ、私からも秘密にしておきましょうかね」
「え〜!けち〜!」
「貴女が立派な巫女になったら、教えてあげますわ」
「ほんと!?じゃあ、私頑張る!」
「ふふふ...」
ーーー
霊夢は、ふっと笑った。
「懐かしいなぁ...」
「何がですの」
先程聞いたばかりの声が、鮮明に聞こえた。そして、霊夢はその者に言う。
「おかえり、紫」
扉の前に佇むその眼光は、じっと霊夢を見つめていた。
ーーー
外は夜明けが迫り、遠い山の輪郭が白く光っていた。
ーーー
「何の真似事だと聞いているの」
「見て分からない?アンタを待ってたのよ。こうして...」
互いに微塵も動かないまま、顔と唇だけが動いていた。
「何をする気?」
「質問が多いわよ、紫。それに、これからしようとしてる事なんて、紫が一番知っているはずでしょ?」
挑むような顔が紫に向けられる。
「そこに全て書いてあったわ。200年前のこの時期に、初代の博麗の禰宜が行った、博麗大結界の封印術がね」
霊夢の目線が紫から漆塗りの箱の中身に移る。
「この本を見つけたのは、御霊会の翌朝よ。たまたま納屋の整理をしていた時に、あたかも見てくださいって言ってるかのように置いてあったわ。私、びっくりしちゃった。だって、言えば予言みたいなものでしょう?しかも、その【役目】を担うのが、私なんだものね...」
紫は、霊夢の言葉をただ無言で聞いている。
「紫は、それを知ってて、私を外の世界から連れて来た。10年後には、こうなる事を知っていて、孤児の私を博麗の巫女にした。まるで生贄として差し出すように。幻想郷で生まれ育っていない...私を...」
霊夢の声が、徐々に怒りを含んでいるのに気づいた紫は、耐えきれず声を上げた。
「違う...違うのよ...。確かに、この事は知っていたわ。それが、彼の...初代の遺言でしたもの...。だけど、私は、貴女を...」
「時間がないわ。始めましょう...最期の舞を」
そう言って、霊夢は静かに舞い始めた。
早く...遅く...
軽く...力強く...
シャラシャラと紙の擦れる音は、その舞をより繊細なものにし、艶やかな黒い髪は、舞うものをより優雅に魅せる。
「お願いよ...私は...私は...」
紫の声に耳を傾ける事なく、霊夢はただ無心に舞う。そして、蝶がその羽を休めるかのように、静かに舞を辞めた。紫は、目線を落とし、乱れる呼吸を落ち着かせようとした。その刹那ー。
「ゆかりっ!」
幼い子供の声が聴こえた気がした。声の元に目を向けると、そこには涙を浮かべながら、こちらに微笑む霊夢の姿があった。
そしてその体は、黄金色に輝いていた。
次回、最終話。