拾弐 日没は絶望を呼ぶ
日が暮れる頃、大きな地響きがした。
「な、なんだ!?これは!」
博麗神社にいる人間も妖怪も、混乱し始めた。
結界を張っていた千夢、早苗、早季も思わずその声に気を逸らしてしまった。
「な、なによ...あれ...」
女性が遠くを見て悲鳴を出した。一同がそちらに目を向けると、目の前にはこれまで見たことも無いような大きな妖怪が、夜の幻想郷に現れていた。
ーーー
「何なの...こいつ...」
「今までの比じゃないぜっ...」
「博麗大結界が...!」
「崩壊してるわ!」
霊夢達4人はそのあまりの大きさに、目を見開いた。禍々しいまでの赤黒い体は、大結界の壊れた部分から1歩、また1歩と近づいて来る。
「とにかく、全員で行くわよ!」
霊夢の一言で、4人は総攻撃を掛けた。
ーーー
紫は、目の前の状況が信じれなかった。
「どうして...こんな事が...」
「紫様、どうなさいますか...紫様っ!」
藍の言葉にも、紫は反応を示さなかった。
「これが...貴方が言っていた異変...なの?」
震える唇で、紫はそう呟いた。
ーーー
約210年前。
紫は、彼女を救ってくれた彼と共に暮らしていた。共に農作業もしたし、時に妖怪と人間について語り合った。
「なぁ、紫。私と2人で、妖怪と人間が共に暮らせる世界を創らないか?」
「妖怪と...人間が...?」
「そうだ。君となら、きっと出来る。君は妖怪の気持ちがよく分かるだろう。そして、君のように、人間から忘れられてしまった妖怪は大勢いるはずなんだ。私は、彼らと一緒に、彼らが安心して生きていける世界を作りたいんだ」
彼の真剣な眼差しに、紫は見とれていた。そして、垂れていた右の横髪を耳にかけ、こう言った。
「もちろんですわ。創りましょう...私達の世界を」
その顔には、あどけない少女のような笑みがあった。
それから10年ほど経ち、紫と彼は幾つもの血塗ろの闘いを繰り広げ、妖怪達が安全に暮らせる土地を創り上げた。季節は秋になっていた。高台に建てた神社から見た土地の景色には、黄金色に光る稲が風の動きに従って、自由気ままに動いていた。
「紫、君は言ったね。人間が妖怪を忘れてしまう理由を知りたいと」
「えぇ、確かに言いましたわね」
紫は、扇を少しだけ前後に揺らし、顔に風を送る。
「それはね...。人間が短命だから。というのが私の答えだよ。妖怪にとっての数10年は、私達人間にはとても長い時間なんだ。そして、人間は変わる。心も体も。そんな人間からすれば、妖怪は不変そのものなんだ。だけどね…」
彼は、小皺を深めて笑う。
「そんな不釣り合いな関係でも、私は君に出会えて良かったと思っているよ、紫」
夕日の逆光に照らされた彼の表情を、紫は知る事が出来なかった。
ーーー
新たな地響きと共に、紫は瞳孔を開く。
「もう一度、封印をしますわ。あの娘達に危害が及ぶ前に」
紫の目線の先には、妖怪と闘う霊夢達の姿があった。
紫は目の前で指を様々な形に交差させ、何かを唱えた。
ーーー
霊夢達4人は、背中に嫌な汗が伝うのを感じていた。
どんなスペルを発動しても、妖怪にびくともしない。それどころか、妖怪はどんどん東へ向かい、博麗神社の方へ向かっている。いつも冷静な咲夜が声を荒らげた。
「このままじゃ、皆が危ない!」
博麗神社には、レミリアやフラン、幽々子もいる。
「何とかしてあいつを止めないと!」
「でも、どうやって...」
魔理沙と妖夢もその顔に絶望も焦りを滲ませている。
「戻るわよ...」
小さくも確かに聞こえた声に、霊夢以外の3人は一斉に霊夢に目線を向けた。
「博麗神社に戻るわよ」
「で、でも...」
「魔理沙」
魔理沙が反論するのを遮り、霊夢は魔理沙の名を呼んだ。
「大丈夫」
それは、優しく、そして
強い意志の言葉だった。