拾壱 蜩は日暮れを報せる
「紫様、支度が整いました」
「ご苦労様」
結界の損傷から少し離れた小高い丘で、紫と藍は長い巻物を持っていた。
「行くわよ」
すぅと紫が息を吸い、そして紫は長い長い詠唱を始めた。紫の周りには方陣が生まれ、そこから生まれる紫色の光が紫を包んだ。
ーーー
霊夢と魔理沙は突如として現れた異世界の妖怪達の退治に追われていた。
「はぁ...はぁ...次から次へと妖怪が出て来やがる...これじゃ埒が明かないぜ!」
魔理沙は汗まみれになった顔を服で雑に拭い、そしてまた目の前の妖怪を相手にする。魔理沙から少し離れた所では霊夢が妖怪の相手をしていた。
「 【夢想封印】」
敵は雑魚ばかりだったが、何せ数が多い。倒せば倒すほど敵は増えるばかり。
「面倒臭いわねっ!紫、早くしなさいよ!」
霊夢は舌打ちして、結界に目をやる。1箇所だけだった結界の穴が、数10箇所に増えている。霊夢は、歯を食いしばった。
「霊夢!魔理沙!」
「大丈夫ですか!?」
後ろから聞きなれた声がした。十六夜咲夜と魂魄妖夢だった。
「咲夜、妖夢。来てくれたのね…。助かったわ。人手が欲しかった所なの」
「咲夜はあっちを、妖夢はこっちを頼むぜ!」
霊夢と魔理沙の顔に明るさが戻った。4人体制で増え続ける妖怪達を退治していった。
ーーー
博麗神社の境内では、千夢が1人お祓い棒を両手で強く握り、神社に張った結界を保っていた。これほどの結界を長時間張り続けるのは、並半端な事ではない。じりじりと霊力を奪われ、身体中が震え、もはや足をちゃんと地に付けているかも分からなくなるほど体力を消耗していた。
「千ちゃん!」
千夢が薄ら目を開けると、早季がこちらへ向かって走っているのが見えた。
「千ちゃん、お待たせ。私と早季ちゃんで結界を維持しておくから、貴女は少し休んでいて」
「早苗さん...」
早苗の言葉に、千夢は少し戸惑いながらも、2人が結界を張る姿勢をしたのを確認して、力を抜いた。
「はぁ...くぅ...」
力を抜いた瞬間、それまで1人で神社を守るという責任から解放され、それまで感じなかった汗がどっと溢れ、座り込んだ石畳の上にぽつぽつと雨の雫のように落ちた。呼吸を整え、周りを見渡してみると、永琳達が逃げる途中で怪我をした里の人達を手当していた。博麗神社の鳥居には、新しく避難してきた人達で溢れかえっていた。
「ねぇ、見た?里の近くで見たことのない妖怪達が暴れまくっているの...」
「あぁ、見たとも...。あんな恐ろしい妖怪は見たことがない...」
「博麗の巫女様がきっと退治して下さるさ」
「でもあんなにたくさんの数...無茶よ...」
「ふ、不吉な事を言うんじゃない!千ちゃんだっているんだぞ!」
人々の話を聞いた千夢は、胸元をぎゅっと握りしめた。
(霊夢様...大丈夫かな...ううん。霊夢様は絶対戻って来るって私に約束して下さったじゃない!それまでこの神社を私が守らなきゃ!)
千夢は涙が出そうになるのをぐっと堪えて、早苗達の元へ戻った。人々の喧騒に混じって、蜩が高らかに鳴いていた。