拾 境界(せかい)は戦乱の鐘を鳴らす
(貴方に救われたのも、こんな場所だったかしらね)
紫が感傷に浸っていると、張り詰めるような気配を感じた。
「ゆ、紫様...あれは...」
藍の慌てた声がした。その目線の先には、空がピキピキとひび割れていた。
「藍しゃま...お空が、壊れて行ってます!」
橙が藍の服を握って泣きそうな声を出していた。
「藍、封印の書を持ってきてちょうだい。橙、霊夢に言伝を」
紫は、この非常事態に驚くでも慌てる理由でもなく、ただいつも通りに式達に指示を出した。
ーーー
博麗神社では、橙の言伝を聞いた霊夢が身なりを整え、魔理沙も早苗も慌ただしく用意をしていた。
「れ、霊夢様...一体何が...」
「博麗大結界にひびが入って、壊れかけているの。私と魔理沙で、現状を確認して来るから、それまで千はここで待ってなさい」
霊夢は札や針の数を数え、袖に入れた。
「私も行かせてください!霊夢様のお手伝いを...」
「これは、弾幕ごっこじゃないの。幻想郷の住民皆の命がかかっている。千、私が出掛けている間、貴女がこの神社を守るのよ。ただの留守番じゃないわ。この博麗神社を覆う規模の結界を張って、ここに逃げてきた人達を守って欲しいの。大切な役目よ。千なら出来るわよね?」
霊夢は千夢の言葉を遮り、そして千夢に目線を合わせ、肩を強く握った。
「でも...」
千夢は今にも泣き出しそうな顔をしている。
「大丈夫。絶対戻って来るから」
霊夢は笑顔で千夢にそう宣言した。
「霊夢、こっちは準備出来たぞ」
魔理沙が霊夢に声をかけた。それに早苗も頷いている。
「分かった。じゃあ早苗、住民達の誘導と永琳への連絡頼むわよ」
「了解です。行きましょう、早季ちゃん」
「はい、早苗様!」
早苗と早季は博麗神社を後にした。
「橙、千を頼んだわ」
「うん!千ちゃん、頑張ろう!」
「うん...霊夢様、魔理沙さん、気をつけて...」
「えぇ」
「あぁ」
そうして霊夢と魔理沙は異変現場へと飛び去って行った。
ーーー
空を飛んでいる間、魔理沙は何度も横目で霊夢を見ていた。
「何?そんなにちらちら見られると気が散るんだけど」
「悪い...なぁ、霊夢。お前、この異変どう思うよ」
「さぁね。それを見つけるために、こうして現場に向かってるんでしょ」
霊夢は、そう言い放つ。
「何だか気味が悪いんだよ、この異変」
魔理沙はそう小さい声で言葉を零した。
「着いたわよ」
その一言で、魔理沙は思考中の脳内を目の前の状況を理解する方へ切り替えた。
「これは...」
目の前にあるのは、大きな結界から垣間見えるその先の未知なる世界だった。
「穴が大きくなってるわね。多分、結界の修復は紫と藍が作業に取り掛かってるわ。私達は暴れている妖怪がいないか見回りましょう」
「修復に向かわないのか?」
「きっと紫がいればなんとかなるわ。それより幻想郷の混乱を抑える方が最優先よ」
そう言って霊夢が再び前方に目を向けると、恐ろしいものが目についた。
「嘘...でしょ」
「何だ...あれは...」
それに、霊夢も魔理沙も言葉を失った。
そこには明らかに幻想郷の妖怪達ではない、【異世界】の妖怪達が壊れた結界から次々となだれ込んでいる様子だった。