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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
9/37

老婆

早苗がカーテンに手を掛けると、それはゆっくりと開かれた。

ベッドの枕側を高くし、横たわる女性の姿が徐々に目の前に現れた。

紀代美より早苗に面影が……

翔太は息が止まった‼︎

女性は背もたれに身体を預け、何処と言う訳でなく、多分意志も無く宙を見詰めていた。

しかし、それよりも先に翔太の目を凍りつかせたのは、その女性の身体に絡み付いた老婆の姿。老婆は何も語らず、じっとこちらを見ていた。


「ひっ!」

翔太は思わず声を漏らした。


「何っ!翔太びっくりするじゃない!」


突然大きな声を出した翔太に驚き、桜も思わず大きくなった自分の声に焦った。そして、声のトーンを出来る限り落とし、逸る気持ちを抑え

「何か見えるの?」

そう聞きながら、翔太の返事を待つ桜の瞳が、キラキラしていたのを翔太は見逃さ無かった。


どうなっているのか?1度逸らした視線を恐る恐る戻す。

やはり此方を見ている。

出来るだけ視線に気付かない振りをしながら、気を付けて全体を見た……が、良く分からない。

老婆の身体は変な方向に捻じ曲がっているのに、顔だけが、しっかりこちらを向いている。その顔は、多分微笑んでいる模様。

多分?を付けたその微笑みと思しき表情は、全体的にいびつに歪んだ顔に、口元は所々欠けた歯を見せ大きく横にひっ釣れて開いていた。その様は、とても一般に言う微笑み?とは程遠く、翔太の背筋を凍らせるには充分おぞましく見えた。


翔太に気付いているのか、その視線はずっと翔太を捉えている。


秋田川が、すっと翔太の前に立ち塞がった。


「翔太?翔太‼︎」

桜が心配そうに翔太の顔を覗きこんだ。


「あ、ごめん。…………分かった」

そう言って、翔太は扉の方向に歩き出した。


桜は翔太に付いて部屋を出た。


紀代美と早苗は怪訝そうに見送った。


「翔太。大丈夫⁈何が見えたの?」

「お婆さん……?」

「お婆さん?仁絵さんじゃないの?」


「仁絵⁈」

後ろから突然大きな声がし、翔太と桜は飛び上がりそうになった。

振り返ると文也が立っていた。忘れていたがずっと部屋の外に居た様だ。

「仁絵って……君達が何故彼女の事?」


初対面の相手から飛び出した、忘れかけていた……いや、忘れたくても忘れられない名前に、文也は動揺した。


桜はチッ!軽く舌打ちし、面倒臭さそうに文也をあしらった。

「……怖っ!」

翔太は思わず、言葉が漏れた。


「今は構ってられないの。話しに割り込んで来ないでくれる!」


桜は文也に話し掛けるな!と、まるで犬の躾でやる様に、無言で掌を文也に向け『待て!』とやった。


「で、翔太どんな様子だったの?」

「え?ああ……」


このまま文也を無視してても、結局この人抜きでは話しが進まない気がする。ま、正直に話してくれればの話だけど……翔太は悩んだ。


「あの……文也さん。仁絵さんにお婆ちゃんの話しを聞いた事有りますか?」

「お婆ちゃん?……」


文也は眉間に皺を寄せ、翔太と桜の顔を交互に見比べた。


「この人入ると面倒になるよ!花園さんのお母さんに嫌われてるし」


さっきから面倒そうな桜にムッ!っとしながら、無表情に文也が口を開く。


「両親が亡くなって、婆さんに育てられたって言ってたけど……婆さんには凄く世話になったって、それが?」


「あの家で、不思議な経験をした事は?」


「不思議な経験?ある訳無いだろう!どいつもこいつも、何だってそっちに持って行きたがる。さっきから何なんだ。こっちの質問にも答えろよ!お前等はここで何してる!」


文也は家の事を言われると、とたんに不機嫌になった。

桜から聞いた紀代美の情報の中でも、文也は家に触れると機嫌が悪くなるらしい。

確かに気持ちの良い話では無いが、この状態になっても完全否定を貫くのには、何らかの事情があるに違いない。

そしてその何かを、文也は必死に隠している。翔太にはそう見えた。


「本当に?……あれだけ強い念がこもった家、霊感が無い人間だって、何らかの違和感があった筈だよ⁈」


文也の質問には答えず、直球を投げて見た。

珍しく強い口調で問う翔太に、桜は只ならぬ雰囲気を感じた。

翔太の真っ直ぐな目に、文也は視線を逸らした。


「あんた!仁絵さんの時みたいに、佐登美さんを見殺しにすんのか⁈」


翔太は冷たく、軽蔑を込めた言葉を文也にぶつけた。

文也は、激しく反応した。


「な、な、何言ってる!誰を見捨てたって言うんだ。そんな事有る訳無いだろう」


一気に顔が赤くなり、声を荒げた。

頭に血が上ったせいか、言葉が思う様に出て来ない。


「だったら教えてよ。仁絵さんが亡くなった時、あんた何してたの⁈」


珍しく翔太の挑発的な話し方に、桜の方が面食らった。


「お前は一体何なんだ!佐登美の病気に仁絵がなんの関係が有る。子供が、面白半分に首突っ込むな‼︎」


挑発された文也の怒りも沸点間際。

「佐登美さんの症状の原因は……どんな形であれ仁絵さんが関わってるのは確か……で、取り敢えず今現在、佐登美さんに取り憑いてるのは……多分仁絵さんのお婆ちゃん」


急に穏やかな口調で話す翔太、文也は怒りの矛先を無くした。

そして、翔太の言葉に混乱した。


「…………何言ってる⁈」


「正直に言わないと、本人に聞けば全部分かっちゃうのよ。翔太にはそう言う力が有るの。ただのガキンチョじゃないんだから!」


翔太の迫力に押され気味な桜も、負けじとタイミングを見計らい言葉を挟んだ。


「…………?」


「でもあのお婆ちゃん、見た目相当怖いけど……そんなに悪意を感じ無いんだよなぁ。本当にやばいのは……多分、家の中」


「何を言ってるのか、全く分からない」

文也は首を振った。


「まだ惚けるの?それで佐登美さんを守ってるつもり?そんなんじゃ、佐登美さんに合わせて貰えないのは当然じゃないのかなぁ」


その時、翔太の背後の扉が静かに開いた。


「あの?……」


半分開いた扉から顔を出し、申し訳無さそうに紀代美が声を掛けた。

紀代美は、文也を見てギョッとした。

「文也さん、まだ居たの?」


半分閉まっていた扉が、勢いよく開けられた。

早苗が顔出し、ぐるっと一同を見渡す。

文也に気付くと、早苗の眉間に皺が寄り、一気に不愉快そうになった。


「あなたまだ居たの!いい加減にしてって言ってるじゃない!性懲りも無く呆れた人だわ。とっとと帰りなさい‼︎」


早苗の甲高い声が廊下に響く。


紀代美は唇の前で人差し指を立てながら

「しっ!しー!」

と、興奮して大声を出す早苗に向かって言った。


「お母さんここは病院よ。そんな大きな声出さないでよ!恥ずかしい」


紀代美が、珍しく険しい表情を見せた。

親子の間では珍しく無いのかもしれ無いが、翔太と桜には新鮮に映った。


「あの、藤城君!さっき言ってた、分かったって……どう言う事?」


そう言ってこちらを見た紀代美の表情は、いつもの紀代美に戻っていた。


「えっとー……」

「翔太、説明しといた方が良いんじゃないの?」

翔太を促す桜が、子供に世話焼く母親みたいに見えた。


「……ああ、うん!でも、大丈夫かな……」

翔太には、少し不安があった。

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