表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
8/37

有る組織からの情報

1週間後、桜は慶城寺総合病院前バス停で紀代美と待ち合わせしていた。

抵抗したが、結局翔太の姿もあった。


早目に着いた2人は携帯をいじりながら、バス停に設置されたベンチの端と端に座り、紀代美が来るのを待っていた。


反対側の端っ子から桜が話し掛ける。

「この間の話!情報があったわ」

「……?この間の話?」

携帯から目を離し、桜の方を見ながら首を傾げた。

「有る組織からの情報によると……」

眉間に皺を寄せ、何処かの探偵の真似でもしてるのか?難しい顔した桜が、ゆっくり話始めた。


不審死した仁絵の夫である文也は、警察に呼ばれ連日事情を聞かれた。


妻は職場で虐めに会っていたんです。

毎日毎日ストレスでボロボロになって、そして、少しずつ精神を病んで行きました。


僕が早く気付いてあげていたら……


妻は日に日に酷くなる一方で、表に出る事を嫌い、食事も殆ど取らなくなっていました。

心配で病院を勧めた僕や僕の両親の事も、妻は激しく罵倒する様になりました。


亡くなる1週間前、妻は特に機嫌が悪く狂った様に暴れ、手が付けられ無い状態でした。

僕達は家を追い出され、いくら頼んでも家に入る事を許して貰えませんでした。


両親と行く当ても無く何日も彷徨い歩き、そろそろ妻の機嫌も少しは和んだかと思い様子を見に戻った所、あんな事に……


そう言って文也は泣き崩れ、それ以上語る事は無かった。


て、事らしいの……桜はそう言って

「こんな話、納得出来る?」

不満気に付け加えた。


有る組織って、それ警察じゃないの?

いいのかなぁ……そっちが気になって、内容が殆ど入って来なかったよ。



約束の時間通り、バスから降りて来る紀代美の姿が見えた。


「来栖川さーん、お待たせ」

桜に気付くと、手を振りながら近付いて来た。


「色々面倒掛けてごめんね。藤代君も、今日はありがとう」

紀代美はそう言って、翔太に向かって丁寧に頭を下げた。


学校以外で紀代美に会うのは初めてで、翔太はなんとなく照れ臭くて、顔を見ずに軽く頷いた。


「大丈夫なの?僕等みたいな部外者!お母さん嫌がるんじゃないのかなぁ?病院だって、僕等が居たりしたら迷惑じゃ……」

翔太は、気乗りしていないアピールをしてみた。


「母には説明してあるし、病院は……なんとか。あなた達の活躍は色々聞いてます。最後の砦なの、これが駄目なら諦めるしか無いから」


活躍?って、何?何?最後の……砦⁈ええ?……って何かすっごい責任感じるなぁ、一体僕等は何者になってるんでしょう?


役に立てる保証なんて無いのに……

まるでインチキ霊媒師だよ!

やばいよ訴えられるよ!

どうなのさ、桜さん!

やっぱ付いて来るんじゃ無かったなぁ……。

翔太は不安と後悔でいっぱいになっていた。


「じゃ、行きましょうか」

そう言って、歩き出す紀代美。

桜は意気揚々とそれに続き、不安だらけな翔太は足取り重くそれに続いた。


『慶城寺総合病院』ここらでは1番大きな病院で、最近新設された。

翔太は今日初めて訪れる。

桜は常連さんの関係で、何度か来た事が有るらしい。

正面入口を入ると、いきなり1階フロア全体が視界に飛び込んで来た。

天井の一画がガラス張りになっていて、そこから差し込む陽射しが室内全体を照らしていた。近代的で、清潔感がある。

翔太は暫し見とれていた。


正面奥には、受付カウンター。

今日は日曜日なので、シャッターは閉じられているが、大きな文字が離れたこちら側からでもはっきりと読めた。

手前には沢山の椅子が並んでいるが、今日は赤ん坊を抱いた母親と、幼稚園児位の男の子が椅子の間を走り回っているだけだった。

紀代美は迷い無く右に進む。

翔太は物珍しく、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く。

壁に設置されている案内板が目に入った。

『東棟へは、オレンジ色のラインをお進み下さい

西棟へは、緑色のラインをお進み下さい』

と書いてあり、床にはそれぞれラインが引いて有る。

翔太の足元にはオレンジ色のライン。

どうやら紀代美は、東棟に向かっている様子。

暫く進むと、

『この先職員以外立ち入り禁止』

と書かれたガラス張りの壁。

手前に並ぶ4台のエレベーター。

紀代美は上のボタンを押し、早く着きそうなエレベーターの前に立つ。

最初に到着したエレベーターに乗り込むと、8Fのボタンを押す。続けて開のボタンを押して、桜と翔太が乗るのを待った。

エレベーターが上がって行くのを、無言で待つ3人。

今更ながら、女子2人と密室に居る気不味さを、翔太はひたすら扉の上の階数をじっと眺めて紛らわした。


エレベーターが8Fに到着し、扉が開く。

同時に男女の言い争う声が飛び込んで来た。


「お願いします。合わせて下さい!」

「帰って!今更何しに来たの⁈帰りなさい‼︎」

「お母さん‼︎」

「辞めて!お母さん何て呼ばないで。わたしは最初から、あなたとの結婚は反対だったのよ。さっさと離婚届にサインして、2度と佐登美に関わらないで!」


紀代美の足は動かなかった。

後ろを歩く、翔太と桜の足も止まったまま。

紀代美の気持ちは分かる。

急かすつもりは無い、紀代美に判断を任せ待つ事にした。


言い争う女性の方は、紀代美と佐登美の母早苗だろう。紀代美とは余り似ていない気がするが、きっと紀代美は父親似?なのだろう。


一方相手は、佐登美の夫文也と思しき30代位の男性。ヒョロっと背が高く、色白で神経質そうな印象。


2人は病室の前で押し問答をしていた。


状況は知られてはいるものの、実際に身内が揉めている姿を、同級生の目の当たりにする事は抵抗があるだろう。

『どうしたものか?』暫し考えている様子だったが、2人の押し問答は終わる気配が無い。

それ以上に、ヒートアップしそうな状況。


「少し待ってて貰える?」


そう言って1人歩き出し、早苗と文也の争いに割って入った。


紀代美は何やら早苗に話している。


その間納得が行かない文也は、まだ立ち竦んだままその場を離れ様としない。


早苗は驚いた顔で、こちらを振り返った。

慌てて笑顔を繕い、お辞儀をして来た。

桜と翔太も頭を下げた。


紀代美に呼ばれ桜と翔太が近くと、文也が訝しげに目で追う。


「文也さん。あなたには関係無いわ。良い加減に帰って、これ以上しつこくつきまとう様なら考えが有るわよ」


文也に向けられた早苗の声は、かなり苛ついていた。

気を使ってか、声のトーンを下げてはいるが、こちらにも良く聞こえていた。


「今日は、本当にありがとうございます!」


そう言って、振り返った早苗は笑顔だった。しかし良く見ると、その笑顔は引き攣り、強張っていた。

八方美人で、いつも愛想の良い桜だったが、珍しく素直に笑顔を返す事が出来ず戸惑っていた。


「さっ!娘に、佐登美に会ってください」


扉には、面会謝絶と書かれた札が下がっている。

文也は諦めきれなそうに扉を睨んでいる。

早苗が静かに扉を開けると、部屋の奥にカーテンが見えた。


先に早苗が部屋の中へ一歩踏み入れる。振り返り翔太と桜に『どうぞ』と言う仕草をしてまた歩き出す。

2人は早苗に付いて中に入った。

最後に紀代美が部屋へ入ると、静かに扉を閉めた。

悔しげな表情の文也が、ゆっくり閉まる扉に消されて行く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ