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蜉蝣の巣  作者: 春日向楓
友達の怪談
7/37

仁絵

翔太と桜は石上家の情報を得る為、出来るだけ石上家に近い家から訪ねる事にした。

隣の家と言っても、石上家だけは割と離れた場所に建っていた。


1軒目に訪れたのは、純和風な庭が目を惹く、平家建ての家のインターフォンを押した。手入れの行き届いた庭は、住んでる人間の性格なのか、隅々迄気を配られているのが良く分かる。


少し間があって、上品なお婆さんの声が聞こえて来た。

桜はインターフォンに向かって、適当な会社の名前を語った。怪訝な返事を返す住人に、桜はすかさず、アルバイトでこの辺の地域調査をしている事。昔からこの町に住んでる人に話しを聞いている等、迷う事無くまるで本当の事とこっちが錯覚してしまいそうな程、はっきりと丁寧に説明した。


相変わらず適当な嘘が上手い……絶対結婚相手には選びたく無いタイプだ……翔太は横でぼんやり考えていた。


しかし住人は、

『知らない人間を家に上げると息子に叱られる。他所様の事は話せない』

そんな主旨の事を話すと、やんわりと断わって来た。


まー考えて見ればその通りだ。責められるものではない。


桜は無理せず、

「分かりました。お忙しい所申し訳ありませんでした」

と告げ、さっさと離れた。


次の家はかなり古い木造の家で、傷みも激しく、先程と違って殆ど庭の手入れもされている様子は無い。

長く伸びきった草木に、隠されたインターフォンらしきものを押し、暫く待つが何の反応も無い。

留守なのか?それとも誰も住んでいないのか?桜は今回もあっさり諦めると次に向かった。


次に選んだ家は今迄より大きな家で、立派な門には『大河内』と表札が出ていた。

なんの戸惑いも無く、桜は今度もインターフォンを押す。暫くすると男性の声が聞こえて来た。


例の如く、桜が適当な事を喋ってる。


「なんかの調査してる訳?」

男性の声には不信感が混じっている。


翔太は気が気じゃ無い。何かあったらいかに素早く逃げるか、そればっかりを考えていた。


「はい……古くから住んでいる方でしたら、何かとこのへんの事はお詳しいかと……」

桜は探り探り話すと、返答を待った。


その男性は急に低い声になると、伺う様に

「何が知りたいの?……」

「はい!御近所さんとの付き合い方をテーマに……」

桜は言いかけたが、思い直し正直に

「実は、石上さんの事で……」


え?何?急に、そんなストレートに聞いちゃ不味いんじゃ無いの⁉︎なんで?強引過ぎだよ!

知らないぞ!翔太は桜の隣でハラハラしながら、いつ逃げ出すかタイミングを計っていた。


すると男性は、少し待ってる様に告げるとスイッチが切れた。


玄関の扉が開き、思ったより年配の70代位の男性が顔を出した。玄関から3m程の門の前に立っているこちらを探る様に見ていたが、やがて桜を確認すると、おいでおいでと手招きをした。


人の良さそうなその男性は、優しい笑顔で2人を招き入れた。


リビングに通されると、高級そうなアンティークの家具が目を引いた。決して嫌味っぽく無く、大切にされ住人と一緒に年を重ね自然と寄り添っている感じがした。


「ゆっくりしなさい」

大河内はどっしりとした皮のソファに、2人が座る様促した。


翔太は思わずキョロキョロ見回していると、桜から脇腹に肘鉄を食らった。

翔太はうずくまりそうになるのを必死に耐えた。


タイミング良く、奥からその男性の妻らしき60代位の上品な女性が、ワゴンに乗せたお茶のセットを運んで来た。


「あ、すいません。お構いなく」

桜が恐縮してそう言うと、

「久々の可愛らしいお客様で、とても嬉しいの。ご迷惑かもしれないけど、年寄りに付き合って下さる」


そう言って本当に嬉しそうに満面の笑顔で、桜と翔太の前に綺麗な花柄のカップを並べると、ポットから紅茶を注ぎ入れてくれた。年齢の割には、話し方や仕草がとても可愛らしく、素敵なおばあちゃんという感じがした。


見た事の無い高そうなお菓子が一緒に添えらていた。

「ありがとうございます」

そう言って、桜と翔太は軽く頭を下げたが、余り歓迎されても内心心苦しかった。


「石上さん家の事だよね」

「あ、はい!差し支えなければ……」


「ああ、あの土地は元々、東城と言う人が住んでたんだよ」

「東城?」


昔、ここいら一帯は、東城家の土地でね。代々、政治家やら医者やらの家系で、相当な財力を成していたんだ。


ところが、先先代がとんだ放蕩息子で、莫大な財産を一代で食い潰してしまった。以来、土地を切り売りして食い繋いで来たんだ。


で、最後に残ったのが、東城仁絵と言う30代の女で、あの家に1人で住んでいた。


仁絵は私の幼馴染の1人娘でね。


幼馴染みの憲一は、一代で潰した親父さんを嫌ってか、この土地から逃げる様に東京の大学に進学してからは、一切こっちに帰って来る事は無かった。


それが、彼が出て行って20年近く経った頃突然、色白で綺麗な女性と、小さな女の子を連れて帰って来た。

久しぶりに会って積もる話しもあったが、またゆっくり会おうと約束してその時は別れた……結局、それが最後になってしまった。


その帰りに事故にあい、幼馴染夫婦は亡くなってしまったんだ。


1人娘の仁絵だけは助かり、憲一の両親が親代わりとなって育てて来た。


子供のいなかった私達は、仁絵が自分達の娘の様に思えて、彼女も小さい頃良くこの家に遊びに来てくれたもんだよ。


『看護士になるのが夢』と、その頃から良く言っていて、頑張って勉強していた。


やがて彼女の努力は報われ、念願叶って看護師になれた時は、嬉しそうに報告に来てくれた。


就職と共に家を離れてしまったが、『大変だけど仕事が好き』と言っていた笑顔が、輝いていた。


しかし、働き出して暫くして仕事にも慣れた頃、祖母が風邪を拗らせ寝込む様になり、それ以来介護が必要になってしまった。


高齢な祖父には、慣れない家事や祖母の面倒は難しい。結局、看護士の仕事を諦め、祖父母の面倒を見る為仁絵が連れ戻された。


育てて貰った祖母を献身的に介護しながら、祖父の生活の面倒を見る。そんな仁絵の姿が、近隣住民には不憫に見えた。同じ年頃の子は、恋愛したりお洒落を楽しんだりと、1番楽しい時期なのに。


祖母を見送った時、その頃には祖父も既に寝たきりになっていた。無我夢中で日々を過ごし祖父が亡くなた時、仁絵は心の底から『やっと開放された!』と思ったそうだ。


ほっとした時、仁絵は久々に鏡の前に立った。

そこに映った、なりふり構わずボロボロに疲れ切った姿の自分。夢を追い掛け順風満帆だった、あの頃の姿は影も形も消えていた。

30半ばを過ぎた、空っぽな女がそこにいた。



祖父の葬式の時、寂しそうにそう話していた。

壮絶な介護の後、我に返って現実を見た仁絵。

1人年老いて行く恐怖や孤独は、わたし達には計り知れ無いものがあったんだろう。


両親の保険金や、残された土地や家があったから、この先生きて行くのに困る事は無かっただろうが……世間に取り残された時間を取り戻そうと、暫くして仁絵は働きに出た。


看護士の仕事は、長くブランクが空き過ぎてしまったから、病院で介護の手伝いをしていたそうだ。


その頃には明るくなって良く笑っていた。近所の住人とも上手くやっていたし。


だが、働き出して1年程経った頃だったか、仁絵の家に20歳位の、若い男が出入りする様になった。


仁絵は近所の人間に『結婚するかも……』等と嬉しそうに話していたが……一回り以上の年の差に、大丈夫なんだろうかとみんな素直に喜べずにいた。


忠告する者もいたが、余り立ち入った事は憚れ、本人が幸せならばと見守る事にした。



やがて、祖父母が残した古い家を壊し、8年前にあの家を新築した。


すると、その直後に若い男の親らしい夫婦が一緒に住み始めた。


その頃からだ、仁絵は見る見る痩せ、どんどん暗くなって行った。近所の誰とも話しをしなくなり、やがて誰も彼女の姿を見なくなった。



ある日、その若い男の家族が揃って旅行にでも出たのか、一週間程留守をした。帰宅して直ぐ、救急車があの家に止まったんだ。


その時だ、久々に仁絵の姿を見たのは、痩せ細りまるで老婆の様な女が担架に乗せられ家から出て来た。

そして救急車に乗せられると、それっきり帰って来る事は無かった。


「その後……仁絵さんは?」

「分からない。その後の仁絵の噂は一切聞く事は無いし……あの家族自体、近所の誰とも、話しはおろか挨拶さえもした事が無い。何か得体の知れない、不気味さを感じる家族だ……」




「ありがとうございました。すっかりご馳走になってしまって、すいませんでした」

桜と翔太はお礼を言って丁寧にお辞儀をした。


「いや、またおいで。それに……何か分かったら教えてくれないか?仁絵の事……不憫でならないんだ。よろしく頼むよ」


「はい!」

2人はもう一度お辞儀をして、門を出た。



「佐登美さんの家を見て、今日は帰りましょう」

そう言って桜が歩き出した。その後ろを付いて翔太も歩き出す。


「結果オーライだったけど、あんなストレートに聞いて、石上さん家にチクられたらどうすんのさ」


「大丈夫よ。石上家は近所とは余り良好な付き合いは無かったみたいだから。佐登美さんも一切するなって強要されていたらしいって、花園さんから聞いてたし、みんな不満はあっても庇う人なんて居ないわよ」


「……そう言うもん?」


「仁絵さんの事。御近所さんから佐登美さんに知られるのが、余程恐かったのかしらね」



桜と翔太は、石上家の正面に立ってみた。


「花園さんの話によると、昼間は誰もいないらしいわ」

翔太は何気にベランダ横の窓に、視線を向けた。


誰もいない?……!


2人は家の周りをぐるりと一周した。

「翔太。何か気になる事あった?」

「2階に……人影が」

「2階?……何処何処?」


『危険だ‼︎翔太!急いでここを離れた方がいい!』

いつも落ち着いて指摘する秋田川が、珍しく声を荒げた。

原因が分からなかったが、ずっと胸騒ぎがしていた翔太は桜の腕を掴むと


「帰るよ!」

その場を走り去った。


「何⁈……どうしたの?」

「先生が危険だって言ってる」

「ガンコツ先生が?……翔太、何を見たの?」

「女の人?……異常に痩せた」

「仁絵さんかしら……だとしたら、翔太に見えてわたしに見えないって事は……やっぱり仁絵さんは亡くなってるのよね。花園さんのお姉さんが言ってるのは……やっぱり、仁絵さん?」

「でも……悪意を感じたのはあの女の人からじゃない」

「どう言う事?」


良くわからないけど……翔太にはあの窓にいる女の人が、ただ寂しそうに見えた。


「んー……大河内さんの話しだと……救急車で運ばれた時は瀕死の状態だったのよね。どこの病院かしら、警察も介入してるかもしれないわね。警察にも家のお得意さんがいるから、その時の事、何か情報無いか探って見るわ」


「えーそんなの一般人に教えてくれないでしょ?」


「大丈夫よ!任せといて」


ああ……そうだった。この人の情報筋舐めちゃいけなかったんだ


「佐登美さん本人にも会っておきたいわねー」


「入院してるんでしょ?家族でも無いのに合わせてもらえる訳無いじゃん!両親だって、他人には合わせたく無いでしょ」


「花園さんに相談して見るわ」


人の話しを聞かないなー……相変わらず。

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