囚われの姉
その後、姉は体調を崩し暫く入院した。
見舞いに行く度、姉は私達にあの家で起こった事を話した。
それをあちらのお母さんは、気がふれたとか、躾がなって無いとか、疫病神‼︎とまで……
態々私達がお見舞いに行く時間帯を狙って、汚い言葉を使って姉を罵ってた。
今思えば、あの家で起きた事を姉が話すのを嫌って、監視に来ていた気がする。全ては姉を病気にして誤魔化そうとしていたんじゃないかと……。
それなのに罵られる姉に対して母は、みっともない!恥ずかしい!ただの我儘!ちゃんとしなさい!って、一切聞く耳を持とうとしなかった。
あの時ちゃんと姉を守ってあげてたら……
退院する時も、家に帰る事を異常に嫌がる姉を、文也さんが強引に連れて帰ってしまった。
母もその時は、肩の荷が下りてほっとしているみたいに見えた。
それが最後、まともな姉とあったのは……
それから1年以上連絡も無くて、『便りの無いのは、上手くやってる証』何て言いながら、母も内心では不安で仕方無かったと思う。
そして、久しぶりにあった姉は……心が無くなっていた。
1人ふらふらになって歩く姉を、通りすがりの人が不審に思い警察に、そして病院に運ばれたらしいんだけど。連絡を受けて迎えに行った時は、もう何も分からない状態で、いつからこんな状態になっていたのか?ずっと放ったらかしだったのか?
警察は最初、あちらの家に連絡したらしいけど拒否されたって、それで家に連絡が来たんだけど。
文也さん以外の家族は厄介払いしたみたいに、1度も顔を出さない。もう姉は何も話せないから……監視の必要も無くなったしね。
「んー……凄い話ね」
桜は腕組みしながら唸った。
「お姉さんの言ってる事が本当なら……それって、マジでやばいんじゃないの⁈」
「遅くなっちゃったわね。取り敢えず今日はこの位で、また後で……その間に相談しとくわ。少し時間くれる?」
「あ、はい!勿論……相談したら、ちょっと肩の荷が……重荷なら……諦めるから……」
「諦めるって!お姉さんの事?」
「友達を……危険な目に合わせられないし」
なら何で最初に相談したんだよー!
聞いちゃったらモヤモヤするでしょうよ。
だいたい普通そんな大仕事同級生に頼むかー
「ま、取り敢えず……時間頂戴‼︎ここから、1人で大丈夫?送って行こうか?」
「えっ⁈ああすぐだから……来栖川さんこそ、遅くまでごめんね」
「大丈夫よ!じゃここで!
あ、そうだ携帯番号聞いといて良い?わたしのも教えとくね」
「あ、はい!よろしくお願いします」
2人は公園を出て、二手に分かれた。
桜は足を止め振り返った。小さくなる紀代美の後姿を見送ると、バス停に向かって歩き出した。
「図々しい奴だな!こんな時間に、普通男友達の家に泊まりに来るかー!」
玄関を開け、目の前の桜を見下ろす無表情な翔太。
藤城翔太。小説家でシングルマザーの母茜と、住込みの家政婦、志穂子と3人暮らし。実は志穂子は、翔太にとって血の繋がった祖母。
茜と結婚する前に亡くなった、父慎太郎の母にあたる。
2年生になって翔太も大分背が伸びた。今では桜を優に超えている。
声変わりが始まった様子が、少しくすぐったい。
「いらっしゃい桜ちゃん!嬉しいわ。桜ちゃんは翔太君に引き合わせてくれた恩人だもの、遠慮しないで……翔太君、いつ迄もそんな所に立って無いで、上がって頂いて」
志穂子が満面の笑顔で桜を迎え入れる。
「今晩は!」
桜が爽やかに挨拶する。
志穂子の後ろから、ピレネーズのマシューとバーニーズのチョコが顔をだし出迎える。
「お邪魔しまーす!チョコ、マシュー今晩は」
そう言って2匹の頭を交互に撫でると翔太を追い越し前を歩く。2匹は嬉しそうに尻尾を振りながら桜の後ろを付いて歩く。その尻尾が交互に翔太に当る……結構痛い。
「桜ちゃんお夕飯は?」
「大丈夫です。バスの中でコンビニの
おにぎり食べました」
「遠慮しないで……」
「あ、はい本当に……」
「さすがにそこまで厚かましかったら問題だよ。だいたいどうなの?年頃の男の家に上り込む女子中学生!それを歓迎してる大人達!良くないよー‼︎」
「あら、翔ちゃん!いやらしい!」
茜が年頃の息子を茶化した。足元にはサバトラの猫がじゃれ付いている。それを鬱陶しそうに足で軽く蹴る。
「えー翔太!あんたあたしをそんな目で見てるの‼︎」
桜は両手で胸を隠し、翔太を睨み付けた。
「な、んな訳あるか‼︎」
「じゃー問題無いじゃない」
「そうよね。翔太君はそんな子じゃないわよねー」
「な、何で僕次第みたいになってんのかなー?分かんないよー今時の女子中学生は……」
「んも!翔太ウザっ‼︎何期待してんのよ!大丈夫よ、わたしはあんたには微粉も興味無いわ。だいたいタイプじゃないし!」
「あらー残念ね翔太君!桜ちゃんが結婚してくれれば、とっても楽しい家族になれたのに……」
案外本気でがっかりしてる様子の志穂子。
「…………」
なんだろう……告白してもいないのに振られた感じ、プライドが激しくを傷付いた。そして、この家族に何を言っても無駄な事に……今やっと気付いた。
「あれ?猫?……飼い出したの?」
「あん⁈ああ慎太郎さんだよ」
「慎太郎さん⁈」
「何か母さんに振り向いて欲しいって……昨日から野良に憑依しだして母さんにべったり……こんな事出来るんだーって感動してるところ。時々、マシューとチョコに追い回されてる」
「茜さんは知ってるの?サバトラが慎太郎さんって事……」
「まーね……黙ってた方が良いのかなって思ったんだけど、時々寂しそうにしてる母さん見てると……」
茜の足の裏で転がされ、お腹を見せながらゴロゴロ喉を鳴らす猫……。
「切ないね……」
「明日じゃなかったの?来るって言ってたの……」
「そうなんだけど……ちょっとね。重い相談受けちゃって、話長くなりそうだし、早い方がいいと思って……ガンコツ先生は……いるの?」
「いるよ!霊に元気ってのも変だけど……取り敢えず元気にしてる」
翔太にしか見えないが、ガンコツ先生こと秋田川は、静かに翔太の後ろに立っていた。
秋田川は志穂子の夫、つまり翔太の実の祖父にあたる。
「そうなんだ……翔太を守ってくれてるんだものね……」
「重い相談?って、珍しく言いづらそうだね……また何かに首突っ込んでんだろう?僕を巻き込むなよ‼︎」
翔太は嫌な予感しかしない。
「ま、話だけでも聞いてよ‼︎」
「駄目駄目!絶対駄目‼︎聞いたら絶対巻き込まれるに決まってんじゃん!聞こえなーい」
耳を塞ぎながら部屋の中を逃げ回る翔太、それを追い掛け無理矢理ソファに座らせる桜。
「真剣に聞いて!」
そう言うと、紀代美から聞いた話を丁寧に話た。
「……で?」
話を聞いてやっぱり後悔する翔太。
「だから、協力してって言ってるの」
「…………無理でしょう。無理無理無理無理。無理だって、話だけって言ったじゃん‼︎」
「翔太の力が必要なの!」
「かいかぶるなよ。力力って言うけど僕のは力でも何でも無いし、君の……あの、例のあれ?そ、あれの足元にも及ばない。それに、それってマジな奴だよ。ヤバイよ!」
「何、何?何か小説のネタになりそうね〜」
茜が興味津々に話に割り込んで来た。
「お仕事のお手伝い?」
志穂子がお茶と、剥いた桃を乗せた皿を机に並べた。
何でこの家の人間は、『誰も危ない事は辞めなさい!』とか言わないの?
翔太は心の底からがっかりした。
「明日、花園さんにお姉さんの自宅の場所聞いて見るわ。自宅周辺のリサーチしてみようと思って」
「リサーチって……」
翔太は泣きそうだった……身体は成長しても中身は余り変わっていない。
次の日の朝。桜は花園紀代美に、電話で佐登美の自宅を聞いた。
「わたしも行った方が良い?」
「大丈夫よ。今日は周辺の住人に軽く聞き込みして来るだけだから。翔太……藤城君に付き合って貰うわ」
「藤城君?やっぱり来栖川さんと藤城君って、付き合ってるの?仲良いよね」
「付き合ってる?冗談!相棒?いやいや……弟みたいなもんよ」
「弟?……ふーん」
紀代美は疑う様に返事をした。